作品タイトル不明
EP 6
クイーン&プリンスの降臨と、最強農民の『大いなる勘違い』
権田農場の二つの温室は、もはや「農地」ではなく、極彩色の欲望が渦巻く「魔境」と化していた。
『……ふぁぁ。源蔵さん、私、もうすぐ「大人」になっちゃうみたい……』
第一温室。
そこに鎮座していたのは、メロロンの最終形態——【クイーンメロロン】に進化した『メロ美』だった。
マスクメロンの網目はまるで高級なレースのドレスのように妖しく輝き、完熟しきった果肉は、源蔵が近づくたびに「ぽよんっ、ぽよんっ」と暴力的なまでに魅惑的に揺れる。
「メ、メロ美……! なんて美しさだ……! お前は世界一の女王様だ!」
『えへへ……嬉しい。でもね、源蔵さん。私、もっともっと甘くなるために……「極上の土と水」が欲しいの。普通の肥料じゃ、もう満足できない体になっちゃったみたい♡』
「あぁっ! 任せておけ! 融資の枠は限界だが、必ず用意してやるからな!」
第二温室でも、全く同じ光景が繰り広げられていた。
『恵……。俺の根が、究極の栄養を求めて疼いているんだ。君の愛で、俺を満たしてくれないか?』
重低音のイケボを響かせるのは、スマートで流線型のボディに進化した【プリンスメロロン】の『メロ彦』である。 蔓(ツル) で恵の顎をクイッと持ち上げる仕草(蔓クイ)は、完全に歌舞伎町のナンバーワンホストのそれだった。
「メロ彦……! ええ、ええ! ゴルド商会からこれ以上借金できなくても、私、貴方に最高の土を用意してあげるわ!」
——数時間後。
三大国の緩衝地帯、ポポロ村。
カイト農場の入り口に、二つの「動く亡霊」が姿を現した。
「「ご、ごきげんよう。ポポロ村の皆さん……♪」」
そこに立っていたのは、ゲッソリと頬がコケ、目の下には真っ黒なクマを作り、幽鬼のようにフラフラと歩く権田源蔵と恵の夫婦だった。
毎日【生米と水道水】だけで命を繋ぎ、全財産をメロロンの肥料代(指名料)に溶かした二人の肉体は、完全に限界を迎えていた。
にもかかわらず。
二人は骨と皮だけの震える手をギチギチと固く繋ぎ合い、顔面だけは引きつった満面の笑みを浮かべていた。融資の社会的信用を保つための偽装【マスク夫婦】の維持である。その目が完全にバキバキにガンギマリしている。
「ヒィィィィッ!? 仲の良さが逆にサイコホラーですの!!」
リーザが悲鳴を上げて、農作業中のミラースの背後に隠れる。
「おいおい、なんやあのおっさおばはん。服はボロボロ、体はゾンビ、でも手ぇだけは絶対に離さへん。新手の呪術か何かでっせ……」
ニャングルがドン引きしながら算盤を盾に構えた。
「……カイト殿。私ら夫婦の、切なる願いだ……。あなたの農場で使っている『S級指定の 神土(コンポスト) 』と『陽薬水』を……売ってくれ……!」
「もうお財布は空っぽなの……でも、この指輪と、最後の手形(社会的信用)で……どうか……!」
源蔵と恵が、手を繋いだまま泥だらけの地面に這いつくばり、カイトの足元に小銭と書類を差し出した。
常人ならば、新手の集団ヒステリーか新興宗教の狂信者かと疑い、即座に衛兵を呼ぶだろう。
だが、麦わら帽子を被ったS級農民・カイトは違った。
彼は【超硬度クワ】を地面に突き立て、権田夫婦のガリガリの肉体と、狂気に満ちたバキバキの瞳、そして固く繋がれた手を、ひどく真剣な表情で見下ろした。
「…………」
カイトの沈黙に、周囲の空気が張り詰める。
(カイト様のことだ、この二人が『農作物の魔性』に狂わされ、金策のために形だけの仮面夫婦を演じていることを見抜き、赤ペンで正くに引き戻すおつもりだろう……)
リバロンが息を呑んで見守る中、カイトは深く、深く頷いた。
「……てめぇら。自分の育ててる 作物(メロン) が、ついに『 収穫期(クライマックス) 』に入るんだな」
「「はい……ッ!」」
カイトはドテラの懐で腕を組み、感嘆の息を漏らした。
「極限まで食事を絶ち、贅沢を捨て、己の肉体を削ってまで……作物の『土と水』に全てを捧げる。さらには、収穫の瞬間に自らの味覚と嗅覚を最高潮に研ぎ澄ますための、ストイックなまでの【生米断食】……」
「……はぇ?」
リーザが間抜けな声を出す。
「それだけじゃねぇ。農業ってのは、一人じゃ限界がある。夫婦が、互いの不満や利害関係(離婚の危機)すら超越して、最高の一品を作るという共通の目的のために、こうして固く手を繋ぎ合って『理想の生産者』を演じ続けている……」
カイトの目には、メロン(キャバクラ)に狂った哀れな依存症夫婦ではなく、『人生と家庭のすべてを 農業(マスクメロン) に懸けた、 求道者(プロフェッショナル) 夫婦』の美しい姿として映っていたのだ。
「すげぇ気合い(農業魂)だ。……いいだろう、てめぇらの覚悟、確かに受け取った。金はいらねぇ、手形もしまえ。俺の農場の『最高級・腐葉土』と『月光薬入りの水』を持っていきな。……二人で協力して、最高のメロンに仕上げろよ」
カイトはニヤリと笑い、最高級の肥料セットをドサリと二人の前に置いた。
「おおぉぉ……! カイト殿、感謝する! これでメロ美が喜ぶ……!」
「メロ彦、待っててね! 二人で一緒に運ぶわよ!」
二人は狂喜乱舞し、重い肥料の袋を(手を繋いだまま火事場の馬鹿力で)背負うと、マッハの速度で自分の農場へと走り去っていった。
「「「…………ええぇぇぇぇぇぇ!?」」」
ポポロ村の面々が、揃ってズッコケた。
【神界セレスティア —— 女神のコタツ部屋(実況スタジオ)】
『アッハハハハハハハッ!!! バカ! カイトのバカ!!』
ルチアナがコタツの上を転げ回り、呼吸困難になるほど爆笑していた。
『ストいっくな生米断食でも、夫婦協力でもないわよ! ただ金が尽きて、融資を引っ張るために仮面夫婦を維持してるだけよ!! マスクメロンだけに「マスク(仮面)夫婦」ってダジャレを、なんでそんなクソ熱い 農業精神(ロジック) で肯定しちゃうのよ!!』
『ひーっ……! 腹が……腹が痛いですわ! カイトのヤツ、夫婦の狂気に油を注いで、最高の肥料をタダで渡しちゃいましたわよ!!』
カグヤも扇子を放り出し、涙を拭って大笑いしている。
『あぁっ! 何を笑っているのだお前たちは!』
オリンだけが、一人真顔でモニターに張り付いていた。
『主人公の勘違いのおかげで、PVがさらに爆上がりしているぞ! 見ろ、コメント欄も「カイトの農業サイコパスフィルター優秀すぎるww」「これぞ本物のマスク夫婦だなww」と大絶賛だ! ゆけ! 走れ権田夫婦! 私の第2種(銀河神)への道を切り拓けぇぇぇ!!』
オリンの絶叫と共に、物語はいよいよ【収穫の時(メロロンの寿命)】へと向かって、最後のギアを上げようとしていた——。