軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EP 2

ベビーメロロンの誕生(庇護欲へのハッキング)

メロロンの種を植えてから、約一ヶ月。

権田農場の広大な敷地内に建てられた二つの特別温室では、異様な熱気が渦巻いていた。

「……よしよし、温度は完璧だ。おっ、 蔓(ツル) がまた少し伸びたな」

第一温室。権田源蔵は、額の汗を拭いながら、ピンポン玉ほどの大きさに育った小さな青い実を愛おしそうに見つめていた。

農業一筋三十年。数々の作物を育ててきた源蔵だが、このメロロンの成長には、今までにない不思議な愛着を感じていた。

その時だった。

メロロンから伸びた細く柔らかな蔓が、するすると意思を持つように動き、源蔵の太い指にきゅっ、と巻き付いたのだ。

「おや? まるで赤ん坊が指を握るような……」

『……パ、パ……』

「——え?」

源蔵の動きがピタリと止まる。

『おみず……すき。……パパ、ありがとう』

温室の中に響いたのは、鈴を転がすような、片言の幼い少女の声だった。

メロロンが、喋った。

普通なら恐怖する場面だ。しかし、源蔵の脳内では強烈なドーパミンが分泌され、長年眠っていた【父性】と【庇護欲】がバグのような音を立てて暴走を始めた。

「おぉぉ……! し、喋った! 俺をパパと呼んだのか! そうかそうか、お前は女の子なんだな! よし、お前の名前は今日から『メロ美』だ! パパが、世界で一番甘いお水(肥料)を飲ませてやるからな!」

『えへへ……メロ美、パパ……だぁいすき』

「うぉぉぉぉぉッ!! メロ美ぃぃぃぃ!!」

源蔵は感涙に咽び泣きながら、高級肥料が入ったジョウロを狂ったように振り回し始めた。

一方、第二温室にいる妻・恵もまた、致命的なバグに直面していた。

『……ママ。また……きてくれた……』

「あぁっ……! 喋るのね、貴方……なんて可愛いの……!」

恵の指に蔓を絡ませていたのは、源蔵のメロ美よりも少しだけ声変わり前の少年に似た、中性的な声色を持つ実だった。

『ママ……さみしかった。……ずっと、いっしょに、いて?』

「ええ、ええ! もちろよ! ママはずっと貴方の傍にいるわ、私の『メロ彦』……!」

恵は両手で顔を覆い、母性の暴走による熱い涙を流していた。

長年夫婦二人三脚で生きてきた彼らの心の隙間に、「子供を育てる喜び」という疑似体験が、恐ろしいほどの精度でハッキングを仕掛けていたのである。

——そして、その日の夕食。

「……源蔵さん、お茶、淹れたわよ」

「ああ、悪いな」

食卓に並んでいたのは、分厚いロックバイソンのステーキでも、高級ワインでもなかった。

【ルナミスキング(ルナキン)のテイクアウト・ハンバーグ弁当(銅貨5枚)】と、急須で淹れた安いお茶。たったそれだけだった。

「メロ美の夜の温度管理があるからな、今日はサッと食える弁当で正解だ」

「ええ、私もメロ彦の蔓を優しく拭いてあげなくちゃいけないから、料理をしてる時間なんてとても……」

夫婦は向かい合って座っているものの、互いの目線を一切合わせていなかった。

数日前まであんなに見つめ合い、愛を語り合っていた二人の視線は、弁当のハンバーグを虚無の表情で咀嚼しながら、それぞれ自分の温室の方向だけを向いていた。

【神界セレスティア —— 女神のコタツ部屋】

「うわぁ……エッグい……」

ルチアナはコタツに入り、缶ビールを片手にドン引きの声を漏らした。

彼女の部屋の巨大モニターには、無言でルナキン弁当をかき込む権田夫妻の姿が映し出されている。

「呼び出されて来てみれば……なんというホラー映像ですの」

隣で高級ポップコーンを優雅に摘まんでいるのは、急遽駆けつけた月の女神カグヤである。

「カグヤ、見た? たった一ヶ月よ。あんなに豪華だった食卓が、たった一ヶ月で銅貨5枚のファミレス弁当にグレードダウンしたわ。これ、メロロンの第一段階『庇護欲へのハッキング』が完了した証拠ね」

「ええ、完璧に脳を焼かれていますわね。互いへの興味が完全に消失し、『メロロン(疑似家族)』へと愛情の全てが吸い取られていますわ」

『ピローン♪』

ルチアナのエンジェルすまーとふぉんが鳴る。

「あ、ちょっと待って。リリスからメッセージだわ。えーと……『ルチアナ先輩、その配信のURL教えてください! 私もルナキンのドリンクバーからこっそり見ますぅ!』……あの子も好きねぇ」

ルチアナは手早くURLを共有し、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。

「さぁ、ここからがメロロンの真骨頂よ。ただの『可愛い我が子』が、今度は『狂気の疑似恋愛』へと進化する……。ポップコーン、追加で錬成するわよ、カグヤ」

「ふふっ、神界の退屈しのぎには最高のリアリティショーになりそうですわね」

神々の悪趣味な実況をよそに、権田夫妻の「家庭」という土台は、音を立てて崩壊の第二段階へと突入しようとしていた。