作品タイトル不明
第二十九章 権田夫婦・メロロン狂騒曲
裕福な農家と、魅惑の『禁断の種』
ジュワァァァァッ……!
分厚く切られたロックバイソンの極上ステーキが、鉄板の上で暴力的なまでに香ばしい音と匂いを立てている。
「さぁ、恵。今日のステーキは、ルナミスデパートの地下で仕入れた特上モノだ。たっぷり食べてくれ」
「ふふっ、ありがとう源蔵さん。でも、こんな贅沢ばかりしていては、太ってしまうわ」
ポポロ村から馬車で数十分の距離にある、広大な農地。
そこを束ねる地主であり、凄腕の農家でもある権田 源蔵(50歳)と、その美しき妻・恵(45歳)の食卓は、今日も笑顔と豪華な食事で彩られていた。
ルナミス帝国特産の高級ワインが、クリスタルのグラスに注がれる。
彼らは長年連れ添ったおしどり夫婦であり、農業の腕も一流。村人たちからも「権田夫妻のようになりたい」と羨望の眼差しを向けられる、まさに理想の夫婦であった。
「なに、気にするこたぁないさ! 俺たちが丹精込めて育てた『米麦草』は今年も豊作、ゴルド商会への卸値も過去最高だ。これも全部、お前が傍で支えてくれたおかげだ。愛してるぞ、恵」
「もう……源蔵さんったら。私も、あなたの泥だらけの大きな手が大好きよ」
チンッ、とワイングラスが重なり、二人は幸せそうに微笑み合った。
「……そういえば、源蔵さん。今日、ドンガン地下帝国の行商人から、珍しい『種』を買ったんでしょう?」
ステーキを上品に切り分けながら、恵が尋ねた。
「ああ、これさ」
源蔵は懐から、ビロードの小袋を取り出した。中には、エメラルドのように怪しく輝く、二粒の奇妙な種が入っていた。
「行商人曰く、S級指定の幻の果実……『メロロン』の種らしい。なんでも、天上の甘露をも凌ぐ究極の糖度と、蕩けるような果肉を持つメロンだそうだ。栽培難易度は極悪らしいがな」
「まぁ。でも、源蔵さんの腕ならきっと育てられるわ」
恵の瞳が、種の放つ妖しい輝きに吸い込まれるように細められた。
「あぁ。俺とお前で一粒ずつ、別々の温室で育ててみようじゃないか。今年のポポロ村・農業品評会で、あの『カイト農場』のバカでかい野菜どもを出し抜いて、俺たちのメロロンで金賞を獲ってやるんだ!」
「ふふっ、素敵な目標ね。私、負けないわよ?」
二人は無邪気に笑い合った。
夫婦の絆を深めるための、ささやかな競い合い。
それが、お互いの人生と財産、そして理性を根こそぎ奪い去る【人生クラッシャー】の始まりだとは、この時の二人は知る由もなかったのだ——。
【神界セレスティア —— 女神のコタツ部屋】
『ピローン♪ ゴッドチューブのおすすめ動画が更新されました』
「んぁ……? 何よ賢者君、私が月人君のライブのアーカイブ見てる時に通知なんて……」
ルチアナは、芋ジャージ姿でコタツに寝転がりながら、エンジェルすまーとふぉんの画面を気怠げにスワイプした。
『あなたへのオススメ:【密着・権田夫妻のメロン栽培ドキュメンタリー】が、急上昇ランキングに浮上しています』
「はぁ? なんで私のアカウントに農業動画が……あ、そういえばこの間、あのヤラセクソ 神(ワイズ) がBANされた時、カイトの農業ASMRを少し見たせいでおすすめのアルゴリズムが狂ったのね」
ルチアナはため息をつきながら、缶ビールをプシュッと開け、何気なくその動画のサムネイルをタップした。
「ま、ちょっとだけ見てやるか。……ん? S級指定果実『メロロン』の種……? ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。あれって確か、太古に神々が『人間の理性をぶっ壊すから』って封印したはずの、特級の精神汚染植物じゃないの!?」
ルチアナの背筋に、嫌な汗が伝った。
「嘘でしょ……なんであんな危険物が、人間の農家の手に渡ってんのよ! ……カ、カグヤ! ちょっとカグヤ! 暇なら私の部屋に来なさい! ヤバいリアリティショーが始まったわよ!」
裏垢でレスバをしていたカグヤを通信で呼びつけながら、ルチアナは画面の中の「幸せそうな権田夫妻」を、半分哀れむような、半分ワクワクするような目で見つめていた。
究極の不倫劇(メロン栽培)の幕が、今、神々の監視のもとで静かに上がった。