軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EP 7

元・悪役たちの『農業ASMR』と、至高の塩むすび

ジリジリと照りつける、アナステシアの太陽。

ポポロ村・カイト農場の広大な畑には、二人の男の荒い息遣いが響いていた。

「はぁッ……! ぐ、うぅぅ……! なんで、たかが雑草がこんなに抜けないんだ……!」

かつて、ワイズの課金によって「攻撃力9万」を誇った元・勇者ゼロス。

彼は今、ピカピカのレプリカ鎧を剥ぎ取られ、タローマン製の安物のオーバーオール姿で、泥まみれになりながら雑草と格闘していた。

カイトの【赤ペン】によってステータスを初期化された彼の肉体は、見事なまでに貧弱だった。ドワーフ製セラミックの白い歯を食いしばっても、根を張った雑草一本に大苦戦している。

「おい金髪! 腰が浮いてるぞ! 腕の力だけで抜こうとするな、大地の重力を下半身で感じて、根っこから引き抜け!」

麦わら帽子のカイトが、冷たい麦茶の入ったヤカンを持ちながら容赦ない怒声を飛ばす。

「ひぃッ! す、すいません!」

ビクッと肩を震わせ、ゼロスは泣きべそをかきながら再び草をむしり始めた。

一方、ゼロスから数十メートル離れた『 米麦草(まいばくそう) 』の畑では、異様な光景が広がっていた。

ザクッ! ザクッ! ザクザクザクザクッ!!!

「……なるほど。刃の侵入角度を右に2度傾けることで、茎の繊維への抵抗を極限まで減らし、かつ根元にダメージを与えない……これが、『斬る』ではなく『刈る』という事か。奥が深いな……!」

かつて世界を憎み、全てを真っ二つにしようとしたネフィリム・ミラース。

彼はタローマン製の麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いた完璧な農家のスタイルで、カイトに魔改造された【シックル(絶対稲刈りカマ)】をマッハの速度で振るっていた。

漆黒のコートを脱ぎ捨てた彼の顔からは、もはや「ダークヒーロー」の影は消え失せ、「稲刈りの効率化に目覚めたガチの職人」の顔つきになっていた。

「おいおい、あの中二病の兄ちゃん、完全に『ゾーン』に入ってまっせ」

ニャングルが算盤を弾きながら、呆れたように笑う。

「あれだけ高速で刈り取っても、米麦草の断面が芸術的に美しい。……カイト様、彼は優秀な小作人になりますね。終身雇用で契約書を巻いておきましょうか?」

リバロンが、スッと懐から雇用契約書(※ポポロ村に圧倒的有利な条件)を取り出した。

カンカンカンカンッ!!

「昼の 休憩(メシ) だ。泥を洗ってこい、小作人ども」

鬼神・龍魔呂が、野外炊事場の巨大な 銅鑼(どら) を鳴らした。

水道で泥と汗を洗い流し、フラフラになりながら炊事場へ向かったゼロスとミラースの前に、木製のトレイがドンッと置かれた。

「本日のまかないだ。『太陽芋と肉椎茸のガーリック炒め』、そして『新米の米麦草で作った塩むすび』だ」

龍魔呂がタバコをふかしながら告げる。

何の変哲もない、ただの塩むすび。かつてのゼロスなら「こんな質素なもの、僕の口に合うか!」と蹴り飛ばしていただろう。

だが、6時間の過酷な肉体労働(草むしり)を終え、課金バフが切れて全身の筋肉が悲鳴を上げているゼロスの体は、炭水化物と塩分を猛烈に欲していた。

ゼロスは震える手で、まだ温かい塩むすびを持ち上げ、ガブリと齧り付いた。

「……あ」

その瞬間、ゼロスの脳天に雷が落ちた。

米麦草の弾力、絶妙な塩加減。噛めば噛むほど広がる甘み。そして、肉椎茸の強烈な旨味とニンニクの香りが、疲労困憊の細胞一つ一つに染み渡っていく。

「う……うっ、ううぅぅ……ッ」

ゼロスの目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

「美味い……! なんだこれ……! 僕が今まで、高級レストランで食べていたどんな料理よりも……美味い……ッ!!」

「おう、当たり前だ」

カイトが自分の塩むすびを頬張りながら、ニヤッと笑った。

「てめぇが自分の汗と泥で稼いだ、正真正銘の『 実力(ステータス) 』で食うメシだからな。……金(課金)で買った中身スッカスカの数字じゃ、絶対に味わえねぇ味だろ?」

「カイト……さん……ッ!!」

ゼロスは声を上げて泣きながら、塩むすびを貪り食った。己の薄っぺらさを自覚し、労働の尊さに目覚めた瞬間だった。

「はいはい、労働の価値が分かったなら、ここにお 賽銭(スパチャ) を入れてくださいの! 銅貨1枚でいいですの!」

感動の涙を流すゼロスの横から、アイドル人魚のリーザがちゃっかりと『お布施箱』を差し出す。

「あらあら、ゼロスさん。手がマメだらけですね。食事が終わったら、私の『月光薬(激痛・超回復)』を塗ってあげますからね♡ これで午後も休まず働けますよ♡」

キャルルが、黒い笑みを浮かべながら怪しげな薬瓶を振っている。

(この村……飯は美味いが、住人が全員悪魔か……!?)

ミラースは静かにガーリック炒めを咀嚼しながら、ポポロ村の恐ろしさを悟っていた。

【神界セレスティア —— 炎上神ワイズの配信ルーム】

「ふはっ……アハハハハッ!! 傑作だわ! あのイキってたネフィリムが、完全にただの『農家のおっさん』になってるじゃない!!」

天界の会議室。

女神ルチアナが、コタツに入って芋ジャージ姿のまま、腹を抱えて爆笑していた。彼女の手元にはビール缶とイカの塩辛がある。

その横では、月の女神カグヤも上品に肩を震わせていた。

「ぷっ……あんなに薄っぺらかった金髪の勇者が、塩むすび一つで号泣してますわよ。滑稽ですけれど……ある意味、健全な姿に戻りましたわね」

『米麦草の刈り取りASMR、助かる』

『なんか塩むすび食いたくなってきた』

『農民アニキかっけぇ! ゼロス君も草むしり頑張れ! 1000Gスパチャ!』

モニターに流れる 弾幕(コメント) は、もはや「悲劇」や「ざまぁ」を求めるものではなく、完全に「DASH村的な農業スローライフ配信」を楽しむ視聴者の声で溢れかえっていた。

「……ありえない」

そのモニターの前で、炎上神ワイズは【エンジェルすまーとふぉん・無限】を握りつぶさんばかりの力で握りしめ、ワナワナと震えていた。

「私の……『悲劇の復讐チャンネル』が……! なぜ『ポポロ村・農業体験ASMR』にアルゴリズム変更されているんですかァァァッ!!」

ワイズの完璧なプロデュース(ヤラセ)は、カイトという大自然のバグによって完全にコメディ枠へと書き換えられてしまったのだ。

「認めない……こんな平和な視聴者の 反応(トラフィック) 、私にとっては屈辱だ……!」

ワイズのインテリ眼鏡の奥で、暗い炎が燃え上がる。

「ならば、次は『概念』や『農業』すら通用しないものをぶつけるまで。……そうですね、例えば、太古に封印された『意思を持たない機械兵器』や……」

ポポロ村の平和な昼下がり。

だが、プライドを粉々にされたクソ神の次なる 悪意(プロット) が、早くも形を作ろうとしていた——。