作品タイトル不明
EP 2
伝説の暗殺者オカンと、炎上神の『 台本(シナリオ) 』投下
「ギャアアアアアッ! 命ばっかりは! 命ばっかりはお助けをぉぉッ!」
「うるせぇ。お前のその甘みは、大根の旨味を引き立てるために必須なんだよ」
ポポロ村の中央広場に隣接する、巨大な野外炊事場。
カイトが捕獲した【人参マンドラ】をまな板に放り投げると、待ち構えていた漆黒のエプロン姿の男——元・世界最強の暗殺者にして現・カイト農場の専属料理人、 鬼神龍魔呂(たつまろ) が静かにタバコの紫煙を吐き出した。
「……五月蝿い食材だな。だが、悪くないツヤだ」
ガリッ、と奥歯で角砂糖を噛み砕く。次の瞬間、龍魔呂から放たれた【赤黒い闘気】が空間を歪ませた。世界を滅ぼすレベルの殺意が、ただ「野菜の下ごしらえ」のためだけに一点集中する。
シャンシャンッ!!
彼の手にある【牛刀 210mm】が閃光となって瞬いたかと思うと、人参マンドラは悲鳴を上げる間もなく、ミリ単位の狂いもない完璧な「乱切り」へと解体され、ルチアナ教会の神聖魔法(※キャルルが事前に付与)によって安らかに成仏した。
「よし、 出汁(スープ) の温度も完璧だ。タローソンとルナキンが共同開発した黄金のコンビニ出汁……ここに月見大根と太陽芋の餅巾着を投下する」
グツグツと煮え滾るタローマン製の巨大な魔導鍋。開栓と同時に、周囲一帯に「深夜のコンビニのレジ横の匂い」が暴力的なまでに充満した。
これこそが、三大国の兵士たちを狂わせる究極のB級グルメレーション——【PRO型(ポポロ煮込みおでん)】である。
「は、はわわわわ……っ! 良い匂いですの! これが資本主義の香り……!」
一番乗りで鍋の前に陣取ったのは、人魚姫リーザだった。彼女はMyタッパーと割り箸を構え、プロの試食枠のごとき素早い動きで出汁の染みた月見大根をハフハフと頬張る。
「んふぅぅぅ! 味が! 味が中まで琥珀色に染み込んでますの! パンの耳と一緒に食べると実質、高級フレンチのフルコースですのぉ!」
「リーザちゃん、がっつきすぎですよ。ほら、肉椎茸のすり身詰めもどうぞ! 私がカイトさんのために取っておいた一番大きなやつですけど!」
キャルルがニコニコしながら、自分の権限(村長)をフル活用してリーザのタッパーに具材を山盛りにしていく。
「お前らなぁ……少しは味わって食えよ」
カイトがクワを置きながら呆れたように言うと、背後からスッと、完璧な温度で淹れられた陽薬草のハーブティーが差し出された。
「お疲れ様でございます、カイト様。本日の収穫も規格外の品質。市場に出せば、またルナミス帝国の株価が変動いたしますね」
完璧な一礼と共に現れたのは、ルナミス帝国執事検定1級を持つ人狼族の天才宰相・リバロンだ。
「おおきにおおきに! カイトはんの野菜と、龍魔呂はんのおでんのおかげで、今日もポポロ村の財政はウハウハでっせ!」
その横で、金の算盤を弾きながら猫耳族の財務担当・ニャングルが 煙管(キセル) を吹かしている。彼特有の神眼(並外れた動体視力)は、落ちている1円(銅粒)すら見逃さない。
「さっきも、アバロン魔皇国のスアイ親衛隊(魔族)と、ルナミス帝国のキャルル村長ファンクラブ(人間)が、PRO型おでんの『底に沈んでるおまけブロマイド』を巡って小競り合いを起こしましてな。仲裁料として両軍から金貨100枚ずつ巻き上げておきましたわ! 争い(アホ)は金になりまっせ!」
「お前ら、あんまりあくどい商売してると、そのうち天罰が下るぞ」
カイトが呆れ半分でハーブティーを啜った、その時だった。
【神界セレスティア —— 炎上神ワイズのプライベートルーム】
「……チッ。なんだこの村は。オーガニック(自然体)すぎて反吐が出る」
大量のマルチモニターを前に、ワイズは舌打ちをした。
彼の視線の先には、おでんをつつきながら平和に笑い合うポポロ村の映像が映し出されている。
「悲劇がない。対立がない。こんな平坦な 日常(ログ) では、ゴッドチューブの視聴者は1ミリも動かない。……エンタメには『起爆剤』が必要なんですよ」
ワイズは指先でインテリ眼鏡を押し上げると、手元の【エンジェルすまーとふぉん・ 無限(インフィニティ) 】の漆黒の画面をタップした。上限金額のないブラックカード仕様のその端末から、魔界の深部へと非通知のコールが発信される。
『……何の用だ、クソ神』
スピーカーから、地を這うような低い声が響いた。
「お疲れ様です、ミラースくん。君の悲願である『魔王簒奪』のための資金調達、調子はどうですか?」
画面が切り替わり、漆黒のロングコートに身を包んだ男——天使と魔族の禁忌の 混血(ネフィリム) であるミラースの姿が映る。彼の周囲には、一刀両断された魔獣の死骸が山を築いていた。彼の手には、いかなる物質をも斬り裂く妖刀『 哭刀(こくとう) 』が握られている。
『要件だけ言え。俺は忙しい』
「単刀直入に言いましょう。新しい『 台本(シナリオ) 』が書き上がりました。ターゲットは三大国の緩衝地帯、ポポロ村の近隣にある開拓村です」
ワイズがスマホをスワイプすると、ミラースの目の前の空間が割れ、10億ゴールドという莫大な金塊が入った宝箱がドサリと落下した。
「そこの村を、君の率いる過激派で『適当に』焼き払ってください。女子供も容赦なく。あぁ、直接的な命令ではありませんよ? 私はただ、そこに資金を落としただけ。君たちが勝手に暴走した……そういうコンプライアンス(建前)です」
『……胸糞の悪い野郎だ。だが、この金は貰っておく』
ミラースは忌々しげに宝箱を蹴り開けた。
(今は従ったフリをしてやる。この資金で軍備を整え、ラスティアを殺し魔王となる。そして最終的には、この画面の向こうのクソ神も、見せかけの勇者も、俺の【ソード】で真っ二つに斬り捨ててやる)
ミラースの腹の内など百も承知で、ワイズはカプチーノを飲み干し、口角を歪めた。
「最高に悲惨な 絵(え) をお願いしますよ。絶望の炎が燃え上がったその瞬間に、私の手駒である『彼』を投入しますから」
ワイズの背後には、出番を待ちわびる一人の男の姿があった。
完璧に整えられた金髪と、ドワーフ製セラミックの不自然なほど白い歯を輝かせるイケメン勇者——ゼロス・ディバイン。
「お任せください、ワイズ様。皆さんの『悲しみ(PV)』が、僕に悪を討つ『 力(スパチャ) 』をくれます! さぁ、早く村人たちには泣いてもらいましょう!」
ゼロスは爽やかに笑いながら、ふかしていた高級ポポロシガーを、神界の美しい大理石の床にポイッと投げ捨てた。
「ええ。最高の『ざまぁ劇』の開幕です」
人工的な悪意に満ちた炎上神の「台本」が、泥臭くも力強い「農業の理」が支配するポポロ村へと、静かに、そして確実に忍び寄っていた。