作品タイトル不明
EP 6
【集金】第3の支払日! 天界からの監査官、堕ちる
「ふぇぇ……カイトさぁん。なんか空がピカピカ光ってますぅ」
ポポロ村、カイト農場。
縁側でスイカ(品種改良済み・糖度5000%)を齧っていたリリスが、呑気に空を指差した。
カイトが上空を見上げると、分厚い雲がモーセの海割りのようにパカッと左右に開き、そこから神々しい黄金の光の階段が地上へと伸びてきた。
ラッパの音が鳴り響き、光の中から現れたのは、純白の翼と銀縁メガネをかけ、分厚いバインダーを持った一人の天使だった。
「見習い女神リリス! および、上級女神ルチアナ! 貴様らの滞納している借金が、ついに天界の国家予算を超えました! 本日は天界監査局のトップであるこの私、大天使ザドキエルが、全財産を『差し押さえ』に参りました!」
厳格にして冷酷。一切の妥協を許さない「天界の取り立て屋」の降臨である。
「アバババババ! ガチの監査官が来ちゃいましたぁぁ!」
リリスがスイカを喉に詰まらせる。
「……おい、リリス。お前ら、今度は何を買ったんだ?」
カイトがクワを握る手に青筋を立てた。
「あの……その……ルチアナ先輩が『月人くんの限定等身大純金像』を……私が『天界産・高級メロンパン1万個』を……」
「お前ら、マジで畑の肥料にしてやろうか」
ザドキエルは冷たい目でカイトを一瞥した。
「そこの人間。お前が彼女たちの連帯保証人ですね。すでに調べはついています。この農場、そして村にある小料理屋『鬼龍』。すべて天界の資産として没収します。抵抗は無意味――」
「小料理屋『鬼龍』だと?」
カイトの顔色が変わった。
「おい、天使。この畑はどうでもいいが……あいつの店に手を出すのはやめとけ。マジで『死』を見るぞ」
「ふん、下等な人間の脅しなど。私自ら、その店を封鎖してご覧に入れましょう!」
数分後。
ザドキエルは自信満々で、ポポロ村の裏通りにある小料理屋『鬼龍』の暖簾をくぐった。
「天界監査局です! この店はたった今、差し押さえ――」
言葉の途中で、ザドキエルの背筋がゾクリと凍りついた。
厨房の奥。
そこには、ワインレッドのタートルネックを着た巨躯の男、鬼神 龍魔呂が立っていた。
龍魔呂は無言で角砂糖を噛み砕き、真鍮製のオイルライターを鳴らした。
カチッ。
(な、なんだこの男は……!? 人間のはずなのに、背後から底知れぬ『赤黒い地獄の闘気』が……! 私の聖なるオーラが、恐怖で震えているだと!?)
「……何の用だ、白鳩。俺の城でデカい声を出すな。ミンチにしてハンバーグに混ぜるぞ」
龍魔呂が【牛刀 210mm】を構え、ガチの殺意(DEATH4モード)を解放しかけたその時。
背後からカイトが滑り込んできた。
「ストップ、たつまろ! こいつは天界の役人だ。斬ったらちょっと面倒なことになる!」
「……チッ。俺の包丁を汚させやがって」
龍魔呂が舌打ちをして闘気を収める。ザドキエルはへなへなと腰を抜かしそうになったが、なんとか監査官の矜持で立ち直った。
「こ、コホン! 暴力には屈しませんよ! とにかく、借金のカタとしてこの店は――」
「おい、天使」
カイトがザドキエルをカウンターに座らせた。
「差し押さえるのは勝手だが、最後に『この村の価値』を味わってからにしろ。たつまろ、アレを出してやってくれ」
龍魔呂は無言で頷き、冷蔵庫からカイト農場産の『極上・太陽トマト』を取り出した。さらに、横には禍々しい瘴気を放つ『魔王の卵』がある。
神速の包丁捌き。
トマトは一瞬で極限まで薄くスライスされ、氷水で締められた細麺のカペッリーニと絡められる。
仕上げに、龍魔呂の闘気で旨味だけを抽出した「魔王の卵」の濃厚な黄身を、ソースとして回しかけた。
「……食え。【太陽トマトと魔王卵の冷製カペッリーニ】だ」
「ふ、ふん! 神の舌を持つ私に、下界の粗末な飯など……!」
ザドキエルは渋々フォークを手に取り、パスタを一口すすった。
「――――――――っ!?」
ザドキエルの脳内に、ビッグバンが起きた。
太陽の如きトマトの爆発的な甘みと酸味。それを包み込む、魔王の卵の狂暴なまでに濃厚なコク。そして、それらを完璧なバランスで調和させる龍魔呂の『神の腕』。
「あ……ああ……あああああっ……!」
ザドキエルの背中から生えていた純白の翼が、ボサッ、と音を立てて抜け落ちた。
「な、なんて美味さだ……。天界の 神酒(ネクタル) すら、この一皿の前では泥水に等しい……! 私は今まで、何を食べて生きてきたんだ……!」
ザドキエルは涙と鼻水を流しながら、一心不乱にパスタを皿まで舐め回した。
「おかわり! おかわりをください! お金ならあります、天界の経費で全額落としますからぁぁ!!」
「……ふぇぇ。監査官様が、完全に食欲の奴隷に落ちちゃいましたぁ……」
リリスがドン引きしながら見つめている。
「……おい、白鳩。借金の差し押さえはどうした」
龍魔呂がタバコをふかしながら見下ろす。
「シャッキン? サシオサエ? 何ですかそれは。そんなことより、私はこの店で一生ご飯を食べていたいです。……そうだ! 私、今日からこの村の『住み込み警備員』になります! だから毎日三食、このご飯を作ってくださいぃぃ!」
こうして、天界で最も恐れられた冷酷無比な大天使ザドキエルは、銀縁メガネを投げ捨て、自らジャージ(緑色)に着替えて「ただの食い意地が張ったニート」へと堕ちた。
カイトとリリスの借金は有耶無耶になり、ポポロ村にはまた一人、厄介(だけど物理ステータスは最強)な居候が増えたのである。