作品タイトル不明
EP 8
【介入】鬼神の 龍儀(ルール)
夜の帳が下りたポポロ村。
BAR『鬼龍』の店内には、ショパンの『夜想曲 第20番』が静かに流れ、琥珀色のライトがカウンターを照らしていた。
マスターの龍魔呂は、いつものように真鍮製のオイルライターでマルボロ赤に火を点けた。
カチッという重厚な金属音が響き、ゆっくりと紫煙が立ち上る。
「……そろそろ、来る頃か」
龍魔呂の呟きと同時に、店の扉が力なく開いた。
「ま、マスター……。今日の……差し入れ……です……」
現れたのは、ポポロ村の英雄たち――キャルル、リベラ、ルナ、ルチアナ、ラスティア。
しかし、その姿はあまりにも無惨だった。
頬はこけ、目の下には死人のようなクマ。髪はボサボサで、服からはパチンコ店特有の脂っこい匂いとタバコの煙が染み付いている。
彼女たちは震える手で、カウンターに大量の景品を並べた。
『特上マカロン』、『高級フルーツ缶』、『魔界特製フォアグラ・クッキー』。
「……これ、受け取って、ください……。あ、あと……ポンポンも……お願いします……」
キャルルが、焦点の定まらない目で龍魔呂を見つめる。その袖口からは、ドワーフ闇金の『借用書(金利トゴ)』の端がハミ出していた。
龍魔呂は、並べられたお菓子には一切目を向けず、ただ静かに、彼女たちの「手」を見た。
銀玉のハンドルを握りしめすぎて、指が赤く腫れ上がり、小刻みに震えている。
「…………」
龍魔呂は無言でカウンターを出ると、ふらつく彼女たちの前に立った。
キャルルたちは、いつものように「褒めてもらえる」と期待し、期待と欲望に満ちた目で彼を見上げる。
だが、龍魔呂の手は、彼女たちの頭には置かれなかった。
「もういい。店を出ろ」
低く、地を這うような龍魔呂の声が店内に響いた。
「え……? マスター、どうして……?」
「今日のお菓子、気に入らなかったの……!? 明日はもっと……もっと万枚出して、一番高い景品を……!」
狼狽する彼女たちに向かって、龍魔呂は鋭い眼光を放った。
「菓子を持ってくるのは、子供たちのために……助かっていた。だが」
龍魔呂はリベラのポケットから、ハミ出していた『借用書』を二本指で引き抜いた。
それを見たリベラが、真っ青になって凍りつく。
「お前たちが身を削り、理性を捨て、金を借りてまで持ってくる菓子に、何の価値がある。……俺の 龍儀(ルール) には、二つの掟がある」
龍魔呂はマルボロを灰皿に押し付け、静かに語り始めた。
「一つ、カタギの者には手を出さない。
二つ、俺が身を置くこの場所は、守る対象だ」
彼は、一歩前に出た。圧倒的な威圧感が、女性陣のパチンコ脳を一瞬で現実に引き戻す。
「お菓子を持ってくるのは助かる。……だが、お前たちがボロボロになり、その手から血を流し、笑顔を失うのは、俺の龍儀に反する。……お前たちは今、傷ついている。誰よりも深く、な」
「マ……マスター……」
キャルルの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
龍魔呂の言葉は、愛の告白などではない。それは、自分の生活圏を守る「鬼神」としての冷徹な警告であり、同時に慈悲でもあった。
「いいか。……俺は、お前たちをそんな風にした『元凶』を許さない」
龍魔呂の瞳の奥で、赤黒い闘気が静かに揺らめいた。
彼の怒りは、目の前の女性陣ではなく、彼女たちをここまで「破壊」した存在――ルナミスパーラーと、裏で算盤を弾くニャングルへと向けられていた。
だが。
「……元凶?」
キャルルが、涙を拭きながらポツリと呟いた。
続いて、リベラ、ルチアナ、ラスティア、ルナが、互いに顔を見合わせた。
彼女たちの思考は、龍魔呂の「優しさ(介入)」を受け取った瞬間、パチンコ依存症特有の『狂った 論理(ロジック) 』によって、再び最悪の方向へと加速し始めた。
(……マスターが怒っている。それは、私たちの自堕落に怒っているのではない。私たちを傷つけている『障害』に怒っているのだわ!)
(つまり……私たちがマスターに愛を届けるのを邪魔している『ルナミスパーラー』こそが、悪なのね!?)
「マスター……分かりました。私たちの『間違い』は、今ここで正します」
キャルルが立ち上がり、瞳にマッハ1の閃光を宿した。
「私たちが傷ついている……その原因は……あの、うるさくて、全然当たらないガオガオン群が出るパチンコ店ですね!」
「そうですわ。あの店のせいで、私の 収支(ポートフォリオ) はボロボロ……マスターを悲しませる原因を、放置しておくわけにはいきません!」
「よく言ったわ、あんたたち! 遠隔操作で神から金を巻き上げた罪、万死に値するわ!」
龍魔呂は、少しだけ眉をひそめた。
(話が通じているのか……?)と。
だが、時すでに遅し。
龍魔呂の「不器用な介入」は、依存症末期の女たちに【店をぶっ潰すための正当な理由】を与えてしまったのだ。
「全軍……突撃です!!」
キャルルの号令とともに、女性陣は『鬼龍』を飛び出していった。
彼女たちの背後には、もはや「龍魔呂に愛されたい」という欲望を超えた、「パチンコで負けた怒り」と「正義の執行」を履き違えた凄まじい殺気が渦巻いていた。
龍魔呂は、静かになった店内で再びライターのカチッという音を響かせ、短く呟いた。
「……やりすぎたか」