軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EP 11

【誘惑】極限の24時間と、パンの耳の悪魔

「……そーっと置け。床板を傷つけるなよ。修理費(罰金)を取られるからな」

ポポロ村の南区画、ルナミス帝国軍に割り当てられた陣地(空き倉庫)。

近衛騎士団長キュロスの慎重な指示のもと、数人の帝国兵がかり出され、奪取してきた重さ50kgの『レオンハート獣人王国軍の旗』を、床に毛布を敷いてからそっと安置した。

ピィィィン……!

その瞬間、両軍の魔導スマートフォンに通知が飛び、空中に【防衛カウントダウン:残り23時間59分59秒】というホログラムタイマーが浮かび上がった。

「やった……。これで、この倉庫に引きこもって丸一日耐え抜けば、我々の勝利だ……」

「長かった。本当に長かった……」

兵士たちが、泥だらけの床に力なくへたり込む。

彼らの体力と気力は、もはやマイナスに振り切れていた。

昨日から「水」すらまともに飲んでいない。腹にはニャングルの店で買った『飲む二郎』が僅かに残っているが、ストライキ中のリーザが運んでくれないため、指をくわえて見ていることしかできないのだ。

『ガリッ……ガリガリッ……』

その時、倉庫の分厚い鉄扉の向こうから、不気味な音が聞こえてきた。

窓の隙間から外を覗いた副官が、ヒッと息を呑む。

「だ、団長! 外にレオンハート軍が! 罰金を恐れて扉を破壊できないため、爪を隠した指の腹で、必死に扉をこじ開けようとしていますゥゥ!」

外には、目を血走らせ、口からヨダレを垂らした獣人たちが、まるでゾンビのように無音で倉庫を取り囲んでいた。彼らもまた、極限の飢餓状態である。

「……構うな。放置しろ。我々にはもう、彼らを撃退する体力も弾薬もないのだ。ひたすら無音で、息を潜めて時間をやり過ごすしか……」

キュロスが乾ききった喉を鳴らした、まさにその時。

コンコン。

陣地の裏口から、場違いなほど軽快なノックの音が響いた。

「はーい、お邪魔しますぅ~! ポポロ・イーツでーす!」

ガチャリと裏口が開き、ひょっこりと顔を出したのは、赤いストライキ用ハチマキを巻いたままの芋ジャージ姿、人魚のリーザであった。

その手には、氷水がたっぷり入ったクーラーボックスと、タローソンのロゴが入った巨大なビニール袋が握られている。

「き、貴様……! 何用だ! ストライキ中だろうが!」

キュロスが、最後の力を振り絞って立ち上がる。

「ええ、公式の『軍用物資の運搬バイト』は絶賛ストライキ中ですぅ! でもね、今は私のお昼休みなの。だからこれは【個人事業主としてのプライベートな訪問販売】なんですよぉ♡」

リーザはニコニコと笑いながら、クーラーボックスを開けた。

カラン……コロン……。

たっぷりの氷の中で冷やされた、透明なミネラルウォーターのペットボトル。その表面には、美しい水滴がキラキラと輝いている。

「あ……ああっ……」

「み、水だ……! 冷たい、水……!!」

丸一日水分を摂っていない帝国兵たちの目が、完全に釘付けになった。

砂漠でオアシスを見つけた遭難者の顔である。

「さらにさらにぃ~! 炭水化物が足りてない皆さんのために、私が特別にタローソンのパン工場から直接仕入れてきた、極上の【パンの耳(無料廃棄分)】もセットでお付けしちゃいまーす!」

リーザがビニール袋をガサリと揺らすと、フワッと小麦の甘い香りが倉庫内に漂った。

「ど、どうだいキュロス団長! 水とパンの耳の『オアシス・セット』! 喉から手が出るほど欲しいでしょぉ? 今ならなんと、特別価格・**金貨1000枚(1000万円)**でお譲りしますよぉ♡」

「なっ……!? き、貴様ァァァ!! ただの水道水とパンの耳(廃棄物)だろうが! それがなんで金貨1000枚になるんだ!!」

キュロスが激昂して叫ぶ。

もはやニャングルのぼったくりすら可愛く思えるほどの、悪魔的暴利である。

「えー? だって、ここで皆さんが倒れたら、旗を奪い返されて負けちゃうんでしょぉ? 帝国兵の誇りと命が、たったの金貨1000枚。安いお買い物じゃないですかぁ?」

リーザが、人の弱みにつけ込む完璧な「闇金ブタジマくん」のような顔で笑う。

「ふざけるな! 我々の軍資金は、ニャングルと損害賠償に全額むしり取られて『ゼロ』だ! 払える金など……!」

「あ、それなら大丈夫ですぅ!」

リーザは、ジャージの懐から見覚えのある書類を取り出した。

「【地下帝国ドンガン・ドワーフ・ファイナンス(トゴ:10日で5割)】の融資契約書ですぅ! 軍資金がないなら、団長さんの『個人名義』で借金すればいいんですよぉ! 私が保証人になってあげますから、ここにサインするだけで、すぐに冷た~いお水が飲めますよぉ♡」

「な……っ!? わ、私個人の給与を抵当に入れろというのか!?」

帝国の近衛騎士団長に、闇金で借金をさせる。

もはや軍隊のルールなど完全に超越した、極悪非道な貧困ビジネスである。

「だ、団長……」

「キュロス団長……もう……限界です……」

背後を振り返ると、精鋭であるはずの部下たちが、干からびたミイラのような顔でキュロスを見つめ、涙を流して懇願していた。

彼らの忠誠心が、パンの耳と水の一杯の前で崩れ去ろうとしている。

「……私は……帝国軍人の誇りを……」

キュロスはワナワナと震えながら、自身の胸に手を当てた。

クラウゼヴィッツの『戦争論』には、「水とパンの耳のために闇金から金を借りろ」とは一言も書かれていない。

「あーあ。じゃあ、裏口でヨダレ垂らしてるレオンハート軍の毛玉さんたちに売ってこよーっと。彼らなら、喜んで借金して水飲んで、体力回復して旗を奪い返しに来るでしょうねぇ」

リーザが、わざとらしくクーラーボックスを閉めようとした、その瞬間。

「……待て!!」

キュロスの目から、一筋の美しい涙がこぼれ落ちた。

「……借りる。私が、私の全財産を懸けて借金をする……! だから……その水を、部下たちに飲ませてやってくれ……ッ!!」

「まいどありぃー! さすが団長さん、太っ腹ぁ!」

チャリン♪ という電子音と共に、キュロスの魔導スマホに「ドワーフ闇金からの融資完了(と絶望の金利)」の通知が届いた。

ここに、大陸最強のルナミス帝国軍・近衛騎士団長は、一人の極貧アイドルに敗北し、多重債務者へとクラスチェンジを果たしたのである。

「さぁみんな! 飲め! 食え! 借金(私財)で買ったパンの耳だ! 味わって食えェェェ!!」

「「「うおおおおッ!! 水が美味い! パンの耳が、高級ホテルのクロワッサンのようだァァァ!!」」」

涙ながらにパンの耳をかじり、冷たい水を奪い合うルナミス軍。

しかし、彼らの「24時間防衛」はまだ始まったばかり。

そして外では、水を買えなかったレオンハート軍が、嫉妬と飢えで完全に理性を失いかけていた。

代理戦争のフィナーレは、もうすぐそこまで迫っている。