作品タイトル不明
EP 8
【接近】龍魔呂がルチアナを追い詰める
「はぁ……はぁ……! まさか、バレているなんて……」
カイト農場の館、2階の廊下。
創造神ルチアナは、ドレスの裾を翻して逃げ込んでいた。
彼女の懐には、神界の最高級酒『神の雫(大吟醸)』の一升瓶が、亜空間収納で隠されている。
これは彼女が毎晩、寝酒としてこっそり嗜んでいる秘蔵の品だ。
「あんな『くさや』なんていう毒ガスのために、私の大吟醸を渡すわけにはいかないわ! 絶対に!」
ルチアナは廊下の角を曲がり、物陰に身を潜めた。
心臓が早鐘を打つ。
まるでホラー映画のヒロインの気分だ。
コツ……コツ……コツ……。
静寂な廊下に、重く、静かな足音が響いてきた。
「……逃げても無駄だぞ、ルチアナ」
低く、地を這うようなバリトンボイス。
鬼神・龍魔呂だ。
「ひっ……!」
ルチアナが息を止める。
足音は迷いなく近づいてくる。
「私の鼻は誤魔化せん。……芳醇な米の香り。フルーティーな吟醸香。貴様の残り香と混じって、実に甘美な匂いだ」
(変態だわ! 完全に変態の発言よ!)
ルチアナは震え上がった。
だが、次の瞬間。
ドォォンッ!!
目の前の壁に、龍魔呂の手が叩きつけられた。
逃げ場を塞ぐ、完璧な先回り。
「……捕まえたぞ」
至近距離。
龍魔呂の顔が目の前にあった。
切れ長の瞳。整った鼻筋。そして、くさやを食べた後とは思えない、男の 色気(フェロモン) 。
「り、龍魔呂……?」
ルチアナの頬が朱に染まる。
(ち、近い……! なにこの距離感!?)
龍魔呂は真剣な眼差しで、ルチアナの瞳を覗き込んだ。
彼にとって、今は一刻を争う事態だ。
庭では炭火で炙られた「くさや」が最高の焼き加減を迎えている。冷めれば味は落ちる。
今すぐに酒が必要なのだ。
「……ルチアナ。話がある」
龍魔呂が囁く。
その声には、渇望と焦燥が混じっていた。
「私は今、猛烈に『欲している』のだ」
「えっ……?」
「我慢の限界だ。……貴様が持っている『あれ』を、今すぐに私によこせ」
(あ、あれって……私の……ハート!? それとも私の体!?)
ルチアナの脳内で、都合の良い変換回路が暴走を始めた。
鬼神が欲する「あれ」。
それは大吟醸のことだが、恋愛脳と化した女神には「愛」としか聞こえない。
「そ、そんな……急に言われても……」
「隠しても無駄だ。貴様の身体から、溢れ出るほどの『雫』の香りがしているぞ」
「きゃあぁぁっ!?」
ルチアナが顔を覆った。
(大胆すぎるわ! なんて情熱的な求愛なの!?)
廊下の陰から、その様子をこっそり覗き見ていた野次馬たち(ラスティア、リーザ、リベラ)が、息を呑んで震えていた。
「う、嘘でしょ……? あの龍魔呂様が、あんな強引に……?」
「壁ドンよ……! リアル壁ドンよ!」
「ルチアナ様、貞操の危機ですわ……!」
誤解が誤解を呼び、カイト農場の廊下は、トレンディドラマのクライマックスへと突入しようとしていた。