作品タイトル不明
第十三章 絶対無敵の銀河アイドル
【スランプ】リーザの溜息と、割引シールの虚しさ
『♪ポポ~ポ、ポポポ……』
天魔窟のスーパーマーケット『デモンズ・マート』に、あの独特なBGMが流れていた。
夕方の混雑時。
主婦や魔族たちがひしめき合う中、精肉コーナーの前に、一人の少女が亡霊のように立っていた。
アイドル・リーザである。
彼女は帽子を目深に被り、サングラスで顔を隠しているが、その視線は鋭く「ある一点」に注がれていた。
(……来たわ)
バックヤードから、半額シールを持った 店員(オーク) が現れる。
その瞬間、リーザの動体視力が極限まで高まった。
(狙うは『国産・魔界豚の切り落とし』……! 定価500ゴールドが、半額で250ゴールド……!)
店員がパックにシールを貼ろうとした、その刹那。
リーザの手が光速で伸びた。
「ふっ!」
シュパッ!
誰よりも早く、半額シールが貼られた瞬間のパックをカゴに入れる。
完璧なスナッチ(強奪)。
勝利だ。今日の夕飯は、これで豚キムチ炒めができる。
「……ふふ、勝った」
リーザは口元を緩めた。
だが、その直後。
ふと我に返り、スーパーの天井を見上げて深い溜息をついた。
「……はぁ。私、何やってるんだろ」
◇
カイト農場の女子寮、リーザの部屋。
そこは「1LDK」というにはあまりにも物が溢れた、生活感の塊のような空間だった。
干しっぱなしのストッキング。
散乱したコスメの試供品。
そして、テーブルの上には、先ほど勝ち取った「半額シールの豚肉」が鎮座している。
「……おはよー、じゃなくて、こんばんは……」
リーザはベッドに倒れ込み、天井のシミを見つめた。
先日の「ファミレス12時間耐久女子会」と「ダンジョン・ダイエット」を経て、彼女の中で何かが燃え尽きていた。
体重は戻った。肌の調子も、デュークの強制就寝指導のおかげで戻りつつある。
だが、「心」が満たされない。
「私の夢は、銀河一のアイドルになって、石油王と結婚して、ドバイに別荘を建てることなのに……」
現実はどうだ。
スーパーの特売時間を暗記し、ポイントカードの倍率を気にし、家賃(寮費)のために節約料理を作る日々。
「……地味。地味すぎるわ、私」
リーザは、鏡台の前に座った。
そこには、かつてステージで輝いていた頃の写真が貼ってある。
「マイクを握れば女王様……のはずなのに。今の私は、ただの『節約上手な村娘A』じゃない」
情けなくて、涙が出てきそうだ。
彼女は再び、豚肉のパックを見つめた。
半額シールの黄色い輝きが、今の彼女には「お前の価値はその程度だ」と言っているように見えた。
コンコン。
その時、ドアがノックされた。
「リーザちゃん、いるー?」
「……カイト?」
ドアを開けると、そこにはカゴいっぱいの野菜を抱えたカイトが立っていた。
「元気ないってリベラさんから聞いたよ。……何か悩み事?」
「……別に。ただの五月病よ(今は秋だけど)」
リーザは力なく笑い、カイトを部屋に入れた。
カイトはテーブルの上の「半額豚肉」を見ると、パァッと顔を輝かせた。
「あ! 豚肉だ! ちょうどよかった!」
「え?」
カイトは自分のカゴから、青々と太った立派な「長ネギ」を取り出した。
「僕ね、Sランクの『極太・癒やしネギ』を持ってきたんだ。豚肉といえば、やっぱりネギだよね!」
「……は?」
「これをたっぷり刻んで、豚肉と一緒に炒めると最高だよ! 疲労回復効果もあるし、喉にもいいから、アイドルのリーザちゃんにぴったりだと思って!」
カイトは満面の笑みでネギを差し出した。
その純粋すぎる善意。
普段なら「ありがとう」と言えるはずだった。
だが、今のリーザの心には、その「家庭的すぎる優しさ」が逆に突き刺さった。
「……違う」
「え?」
「違うのよカイトぉぉぉッ!!」
リーザが叫んだ。
彼女はネギを受け取らず、その場に崩れ落ちた。
「私が欲しいのは、ネギじゃないの! 栄養とか、疲労回復とか、そんな所帯じみたものじゃないのよぉ!」
「ええっ!? じゃ、じゃあキャベツ? それともニラ?」
「野菜じゃないわよ! 私が欲しいのは……!」
リーザは、窓の外の夜空に向かって手を伸ばした。
「『 歓声(コール) 』よ……! 鼓膜が破れるくらいの爆音の歓声と、目がくらむようなスポットライトと……そして、使い切れないほどの『お 金(マネー) 』が欲しいのよぉぉぉッ!!」
魂の絶叫。
それは、貧乏生活に疲れ果てたアイドルの、偽らざる本音だった。
「リーザちゃん……」
カイトは驚いて目を丸くした。
彼女がここまで追い詰められているとは知らなかった。
ネギを持ったまま立ち尽くすカイト。
その時。
夜空を引き裂くように、巨大な光がカイト農場の上空に出現した。
『――Ladies and Gentlemen!!』
「えっ!?」
「な、何!?」
突如響き渡るアナウンス。
空に浮かび上がったのは、リーザの運命を変えることになる、とてつもなく巨大な「告知ホログラム」だった。