作品タイトル不明
EP 9
【陥落】「何ですかこれぇぇ!? 美味しすぎますぅぅ!!」
ガブリッ。
ルナが巨大なハンバーガーに喰らいついた瞬間。
食堂の時間が停止したかのように、全員が息を呑んで彼女を見つめた。
ルナの動きが止まる。
彼女は目を見開いたまま、口元のバーガーを離そうとしない。
「…………」
(……ん?)
ルナの脳内で、緊急警報が鳴り響いた。
未知の味覚情報が、味蕾から脳髄へと津波のように押し寄せている。
まず最初に感じたのは、バンズの香ばしさと、バターの甘み。
次に、カリカリに焼かれたベーコンの塩気と燻製の香り。
そして、歯がパティ(肉)に到達した瞬間。
ジュワァァァァァッ!!!
「んぐっ!?!?」
ルナの口の中で、肉汁の爆弾が破裂した。
エンペラー・バッファローの濃厚な脂の甘み。粗挽き肉の野性的な旨味。それが、とろけたチェダーチーズのコクと混ざり合い、オーロラソースの酸味と一体となって、舌の上で暴れ回る。
「(な、何ですかこれ……!? 野菜の味と全然違いますぅ! 甘くて、しょっぱくて、脂っこくて……!)」
ルナの清浄な味覚中枢が、パニックを起こした。
今までの人生で摂取してきた「野菜の優しい味」とは対極にある、「暴力的な旨味」。
「……はふっ、はふっ……!」
ルナは無我夢中で咀嚼を始めた。
飲み込むのが惜しい。でも、早く胃袋に収めたい。
一口食べるごとに、脳から快楽物質がドバドバと分泌されていくのが分かる。
「ルナ様……?」
リベラが心配そうに声をかけるが、ルナは聞こえていない。
彼女はバーガーを持ったまま、フラフラと横にある黒い液体――**『魔界コーラ』**のグラスに手を伸ばした。
「(口の中が、脂でギトギトですぅ……何か、飲み物を……)」
彼女はストローを咥え、一気に吸い込んだ。
シュワワワワワッ!!!
「ぶふぁっッ!?!?」
ルナがむせ返る。
喉を焼き切るような強炭酸の刺激。そして、鼻に抜けるスパイスの香りと、強烈な甘み。
「(痛い!? 喉が痛いですぅ! でも……)」
脂っこくなった口の中が、炭酸によって一瞬でリセットされる快感。
そして、その後に訪れる強烈な糖分の多幸感。
「……あ、あぁぁ……」
ルナの瞳がトロンと潤み、頬がピンク色に染まった。
もう、止まらなかった。
彼女はバーガーを置き、今度は山盛りの『爆裂ポテト』を両手で鷲掴みにした。
「ルナ様!? お行儀が悪いですわ!」
リベラの制止も聞かず、ルナはポテトを口に放り込む。
カリッ、ホクホク。
揚げたてポテトの油と塩気が、コーラで洗われた口に再び襲いかかる。
「んんん~ッ!!」
ルナが叫んだ。
「何ですかこれぇぇ!? 美味しすぎますぅぅ!!」
彼女は涙目でカイトを睨みつけた。
「カイトさん! 貴方は今まで、こんな美味しいものを独り占めしていたんですかぁ!?」
「えっ、いや、みんなで食べてたよ?」
「ズルいですぅ! 私にもっと寄越してください! コーラおかわりぃぃ!」
ルナはグラスを突き出し、残りのポテトをリスのように頬張った。
その姿に、もはや「健康帝国の女帝」の威厳は欠片もない。あるのは、ジャンクフードの虜になった一人の少女の姿だけだ。
「……勝った」
龍魔呂がガッツポーズをした。
「見たか……! これが脂と糖の勝利だ!」
「やったぜ! 青汁地獄からの解放だぁぁ!」
レジスタンスの男たちが歓声を上げる。
ルチアナたち女性陣も、「これで化粧品が買えるわ!」「ジャージも買い直すわよ!」とハイタッチを交わした。
「野菜? 知りませんそんなもの! 今はポテトの時間ですぅ!」
ルナのその一言が、健康帝国の崩壊を決定づけた。
夜明けの光が食堂に差し込む中、カイト農場に再び、自由と不摂生の時代が訪れたのだった。