作品タイトル不明
EP 6
【誘惑】リベラ理事長、深夜の『飯テロ』に屈する
時刻は深夜3時。
カイト分校の理事長室には、まだ明かりが灯っていた。
「……はぁ。ルチアナ様の補習計画に、ラスティアの更生プログラム……やることが山積みですわ」
デスクに向かうリベラは、疲れ切った顔で書類に判子を押していた。
彼女のデスクの脇にあるのは、ルナから差し入れられた『特製野菜スティック(味付けなし)』と『常温の水』のみ。
「……健康的。ええ、とても健康的ですわ。体が軽いですもの」
リベラは自分に言い聞かせながら、セロリを齧った。
シャクッ。
青臭い水分が口に広がる。
空腹は紛れるが、心は満たされない。脳の奥底で、何かが悲鳴を上げている気がした。
(……何か、ガツンとくるものが食べたい……)
ふと、そんな思考が過った瞬間。
『クンッ……?』
リベラは鼻をひくつかせた。
換気ダクトの方から、奇妙な風が流れてきている。
それは、彼女がここ数日嗅いでいなかった匂い。
焦げた醤油? いや、もっと動物的な……牛脂の焼ける香り。
そして、鼻腔をくすぐるスパイシーな刺激臭。
「な、何ですの……? この暴力的な匂いは……」
リベラの胃袋が、意思に反して「ギュルルルッ!」と盛大な音を立てた。
彼女はフラフラと立ち上がり、匂いの発生源――廊下へと続くドアに近づいた。
コンコン。
控えめなノックの音がした。
「……どなた?」
「ルームサービスだよ」
聞き覚えのある声と共に、ドアの隙間からスッ……と「皿」が差し入れられた。
そこに乗っているのは、黄金色に輝くスティック状の物体。
「……っ!?」
リベラは後ずさった。
フライドポテトだ。
しかも、ただのポテトではない。揚げたてで、表面に岩塩がキラキラと光り、湯気と共に濃厚な油の香りを放っている。
「こ、これは……! 校則で禁止されている『高温で揚げた炭水化物』……!」
リベラは震える声で警告した。
「カイト様ですね!? 没収します! 直ちに撤収しなさい!」
だが、ドアの向こうから悪魔の囁きが聞こえた。
「冷めちゃうよ? 揚げたてだよ? 龍魔呂さんが作った、Sランクポテトだよ?」
「くっ……!」
リベラの理性が揺らぐ。
深夜3時。最も判断力が低下し、最もカロリーを欲する魔の時間帯。
目の前の 黄金(ポテト) が、「私を食べて」と誘惑している。
(一口だけ……味見として没収するだけなら……)
リベラの震える指が、ポテトに伸びた。
まだ熱い。指先に伝わる油の感触。
彼女はそれを口に運んだ。
カリッ……。
ホクホク……。
その瞬間。
リベラの脳内で、何かが爆発した。
「んんんんんッッ!?!?」
彼女は目を見開き、天を仰いだ。
(何これ……!? 美味しい……! 暴力的に美味しいですわッ!!)
口の中に広がる、爆裂ポテトの濃厚な甘み。
それを引き締める岩塩の塩気。
そして何より、「油」。
数日間、青汁と野菜で清められていた乾いた細胞に、熱い油が染み渡っていく。
「あ、あぁぁ……! 塩が! 油が! 五臓六腑に駆け巡りますわぁぁ!」
リベラはその場に崩れ落ち、夢中で二本目、三本目を口に放り込んだ。
止まらない。理性の堤防が決壊した。
「……お口に合いましたか?」
ガチャリ。ドアが開いた。
そこには、トレイを持ったカイトと、ニヤリと笑う龍魔呂が立っていた。
トレイの上には、肉汁滴る『ダブルチーズバーガー』と、黒く輝く『コーラ』。
「な、何ですのそれは……! そんな茶色の塊……!」
リベラは涙目で抗議しようとしたが、龍魔呂が無言でコーラを差し出した。
ポテトで油っぽくなった口が、炭酸を求めている。
彼女はグラスを奪い取り、一気に煽った。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……プハァッ!!
「……ッ!! シュワシュワしますわぁぁぁ! 喉が焼けるようですわぁぁ!」
脳天を突き抜けるカフェインと糖分の衝撃。
リベラの眼鏡がズレ、瞳がトロンと潤んだ。
「……理事長。ハンバーガーもいかがですか?」
カイトが悪魔の笑顔でバーガーを差し出す。
リベラはもう、抵抗できなかった。
彼女は震える手でバーガーを受け取り、大口を開けてかぶりついた。
ガブリッ。
ジュワワァァァ……!
肉汁とチーズの濁流が、彼女の全てを飲み込んだ。
「……はふッ、んぐッ……!!」
リベラは咀嚼しながら、恍惚の表情で呟いた。
「……美味しい……。規則なんて……健康なんて……どうでもいいですわ……!!」
【陥落】。
鉄壁の風紀委員長は、深夜のジャンクフードの前にひれ伏した。
「……ふふ。ようこそ、こちらの世界へ」
龍魔呂が満足げにタバコ(Lark)を取り出した。
「さあ、リベラ。次は貴女が『共犯者』になる番だ」
「……ええ。分かりましたわ」
リベラは口元のケチャップを舐め取り、眼鏡をクイッと押し上げた。
その瞳には、かつての「法と秩序の番人」の光はない。あるのは「カロリーの信徒」としての狂気だけだ。
「ルナ様にも……この『幸せ』を教えて差し上げなくてはなりませんわね?」
最強の参謀が寝返った。
レジスタンスは今、勝利への確信と共に、次なるターゲット(女子寮)へと向かう。