作品タイトル不明
51
ヴィヴァーレ軍が国境地帯から全面撤退し、凱旋したハイスーク領主が公爵の位を賜って正式に王国の守り手となり、テラコーヤ王国軍元帥の座に就いた今日この頃。
世間の注目はテラコーヤの政争やヴィヴァーレの再侵攻に向けられると思いきや、人々の関心はイレギュラーダンジョンが始めた新しい乗り物事業やら商売の仕組みに集まっていた。
まず、テラコーヤ国内の主立った領都や大きな街が迷宮列車で繋がれ、人々の往来が激増した。人の移動が増える前に貨物列車が走っていたので、国内の隅々にまで物資が回るようになった。
王都カンソンの全域を異界化した事で、周辺の領地からもイレギュラーダンジョンの受け入れを申し出る領主が出始めた。
ハイスークとの同盟を結んでいた領地では、異界化領域の拡張に足踏みをしていた領主達が、新参の領地に先を越されてなるものかと、軒並み自領の全域を異界化する要望を出してきた。
この流れにより、テラコーヤ王国の実に三分の二に及ぶ地域がダンジョンの領域と化した。まだ異界化していない地域は、大領地派閥四家や武闘派貴族連合の領地くらいである。
そしてもう一つ。異界化した領地に建てられた迷宮列車の駅舎と、その街にある冒険者ギルドや商人ギルドの建物内に、巨大なお知らせボードが設置された。
そのお知らせボードには、実験的に各街の商店で売りに出されている各種アイテムや素材などの相場表がリアルタイムで表示されている。
流石に全ての商品を表示するのは無理があるので、特に取引の盛んな物品を中心に最高価格と最低価格が更新されていく。
さらに、巨大お知らせボードの下には小型のお知らせボードが並んでおり、巨大お知らせボードに表示されてない品物の相場を検索する事ができる。
これを設置した当初、街の人々は、複数の商品名と数字が並ぶ画面の意味が分からず困惑していたが、行商人の一人がその意味に気付いていち早く動いた。
基本的には、安い街で買って高い街で売るという、これまでやって来た商売の基本に則しただけである。安く買える場所と高く売れる場所が一目で分かる有用性を直ちに見抜いた商人だけが、スタートダッシュで大層儲ける事ができたとか。
ちなみに、相場表お知らせボードへの登録は、基本的に各店舗の自己申告に任せてあるので、今のところお知らせボードの使い方を理解している一部の者しかこの恩恵に肖れていない。
「この辺りは、ある程度下地を作って放置だな。あとは街の人達が勝手に考えるだろう」
便利な道具の一環として開放しておけば、商人同士でルールを決めたりして仕組みを整えてくれるはずだと、街づくり好きな迷宮核は相場表の扱いを街の住人達に丸投げした。
『迷宮の仕掛けを、人間達に明け渡すのか? ……なんだか妙な感じだ』
「自販機の支払い操作と大差ないよ」
西の森の魔核が、ダンジョンの運営を人間に委託しているようで落ち着かないとソワソワするので、街づくり好きな迷宮核は自分の考えを説明する。
何でもかんでもこちらの作ったものをただ与えているだけでは発展も成長もなく、人が本来持つ試行錯誤を経て進化する強みを活かせない。
特定の機能を備えた道具を用意するので、使い方は自分達で工夫して文化を研磨していって欲しいのだ。
「まあ、ある程度はこっちの望む流れになるよう誘導するけどね」
『ふーむ、そういう事か……』
『くくく、良いではないか。人間社会の発展の起点を我らが担う。まさに支配者の在り方よ』
『――』
『黒』
「腹黒くないよ?」
王都の魔核が先輩魔核達と意見の一致を示したので、とりあえず否定しておく街づくり好きな迷宮核であった。
※ ※
テラコーヤ王国内の異界化した地域が、クローゼン大陸に人々の入植が始まって以降、類を見ない勢いで発展していく中。
大領地派閥四家や武闘派貴族連合の領地は、時代に取り残されたかの如く衰退の影に覆われていた。
国は超好景気なのに、彼等の領地だけほぼ変化が無い。
海に面して他大陸との交易をやっているトーテイフ領と、同じく海沿いで自前の交易商船団を持っているフナトバ領はギリギリ現状維持を保っている。
が、大森林の恵みで成り立つタイナンゴ領と、牧場や農園を営む大平原のレイフィールド領は、主力商品の需要低下で収穫量は変わらないのに収益は落ちる一方。
異界化地域の領地から遥かに質の高い資材や果実が供給されているので、顧客も減少の一途を辿っていた。
そうして、最初に音を上げたのはレイフィールド領だった。
テラコーヤ王国最大の平原で、広大な牧場と農園を運営して来られたのは、それを維持できるだけの収益があったからこそ。
十分な儲けを出せなければ、大牧場で飼育する大量の家畜の餌代や、世話役の給金も満足に払えなくなってしまい、経営が破綻する。
レイフィールド領で働いていた作業員達は、不足する生活費を稼ぐために王都へ赴き、そこから出稼ぎ労働者向けの日帰り迷宮列車に乗って『ゼイラーロフ迷宮ランド』に通っていたほどだ。
大領地の牧場や農園で働いている作業員が、王都近郊の迷宮施設で出稼ぎをしている。無論、そのような有様を大っぴらにはできないので、誰もがこっそりと動いていた。
作業員達は、長年仕えてきたレイフィールド領の牧場や農園にも愛着を持っているので、経営が傾いたからと言ってあっさり見捨てるような事はしない。
そんな調子で、経営難に陥りつつも何とか事業を保たせていたレイフィールド領だったが、領主が折れた。
ある日、溺愛している一人娘が、令嬢達の集うお茶会から帰って来て酷く落ち込んでいた。
聞けば、身分的にも格下の令嬢達が、流行デザインの迷宮産ドレスで身を飾っている中、自分は型落ちのドレスしか着られない事で恥をかいた。
別段、厭味を言われたり嘲られたりはしなかったが――
『あの、私達は最近ハイスークの大舞踏会で見た『コスメイカー』という魔道具を導入しましたの』
複数の家が連名で利用契約をして、件の貸衣装部屋に置いてあった衣類を生成する魔道具を使えるようになった。
『宜しければ、何着か都合致しますわ』
――と、同情された。
居た堪れなくなって会場を飛び出し、そのまま帰って来てしまったのだと泣く娘に、レイフィールドの領主は決断する。
今後、大領地三家に睨まれ、派閥からも弾かれるのを覚悟で王都に出向き、ハイスーク領主に取り次いで貰って同盟契約と領地の異界化を希望した。
娘の為にというよりも、娘の話を切っ掛けにあの大舞踏会を思い出したのだ。
そして、このままでは確実に 沈む(没落する) と判断。生き残る為に無駄な自尊心は棄て、己の名誉に懸けてハイスーク領主にこれまでの事を謝罪した。
「レイフィールドがハイスークに下ったか……」
「ふん、あやつなど、我ら四家の中でも領地が広いだけの凡人よ」
「……そっすね」
タイナンゴの領主がそわそわしている様子に見ないふりを決め込みながら、フナトバ領とトーテイフ領の領主は、頼みの綱である交易に力を入れて何とか盛り返そうと模索するのだった。
※ ※
テラコーヤ王国内の領域化ラッシュが落ち着き、各街との魔素循環も安定している今日この頃。差し迫った作業も無く、余裕ができた街づくり好きな迷宮核は、次の一手を考える。
「そろそろ遠洋に出られる大型の魔道運搬船を導入して、他大陸との交易も視野に入れようか」
ゼイラーロフ領のお隣、ハイスークの飛び地となっているオーテイア領の河川港を使えば、やや内陸の領地からでも直接交易船を出せるだろう。
『ふむ。船に仕込んだ霊体系の魔物の視点が何処まで届くのか、把握しておくのも悪くないな』
『海か。冒険者共の情報では、陸とは比べ物にならぬ大型生物が棲んでいるらしいが』
『――』
『興』
魔核達もそれぞれ海には興味があるようだ。クローゼン大陸外の情報は殆ど持っていないが、外から持ち込まれた王都の魔核には、多少なりとも情報が記憶されていた。
「他所の大陸のダンジョンには、『空間拡張』なんて機能があるのか。便利そうだな」
残念ながら王都の魔核はそういう能力を持っていなかったが、空間拡張の機能がついた迷宮産の魔道具等を吸収すれば、会得できる可能性があるらしい。
「うちの無限収納鞄とは違うのか?」
『別』
王都の魔核によると、空間拡張と次元収納は別物との事。
「そういや、次元収納鞄は生き物とか入れられないんだったな」
次元収納は容量が大きく、収納物の時間はほぼ凍結状態になり、収納量による重量も加算されない。生き物は弾かれる。
一方、空間拡張は大体元の容量の二倍から三倍で、大きい物でも五倍程度。時間凍結効果は無く、生き物も普通に出入りできる。収納量によって重量は加算される。
こちらは身に着ける収納鞄よりも、もっぱら馬車やテントなど居住空間に利用されるそうな。
空間拡張機能があれば、限られたスペースを有効利用できる。
「どうにか取り寄せできないか考えてみよう」
街づくり好きな迷宮核は、交易で外の大陸から他所のダンジョン産魔道具の輸入を検討するのだった。