作品タイトル不明
9.痛み止めの改良(1)
「さて、どんな風に改良するべきか……」
部屋を出たあと、私は廊下の壁にもたれかかり、ゆっくりと息を吐いた。胸の奥に残る、さっきまでの温かさと同時に、刺さるような悔しさ。
でも、泣いている暇はない。
「問題点は、はっきりしてる」
私は指を一本立てて、頭の中で整理を始める。
「第一に、保存ができないこと」
生の薬草をすり潰しただけ。水分も多く、時間が経てば腐敗する。成分だって変質する。これは、知識としても、実感としても明らかだった。
「つまり、形を変えないといけない」
乾燥、粉末化、もしくは別の媒体に移す。前世の現代の知識とゲームで培った知識が合わさって、次々と案が浮かび上がる。
「でも、乾燥させたら……成分、落ちるよね」
乾燥によって失われる揮発性の成分。特に、痛みを抑える即効性の部分は、生の状態だからこそ強く働いていた。
私は、二本目の指を立てる。
「第二の問題。効果を保ったまま、保存する方法がない」
ただ保存できればいいわけじゃない。効く状態でなければ、意味がない。
「じゃあ、成分だけを他に移す?」
頭の中で、錬金術の魔法の欄が思い浮かぶ。
「……ううん、そんな魔法はなかった」
成分を他の物質に移すことも考えたが、そういう便利な魔法はなかった。
「だけど、錬金術で苦味は消せた」
それは事実だ。【成分消去】で、不要な要素だけを取り除いた。
「……だったら消すだけじゃなくて、守る方向に応用できない?」
今まで私は、いらない成分を削ぎ落とすことばかり考えていた。でも逆に必要な成分だけを、外界から切り離すことはできないだろうか。
「劣化の原因は、空気と水分と時間。それらと接触しない状態を作れれば……」
思考が、一気につながる。
「表面を覆う薄い膜を作って、成分を閉じ込める」
粉にする必要はない。液体にする必要もない。ただ、閉じ込めればいい。
「すり潰した状態のまま、保存できればいい」
生の効果があって、保存が出来る。この方法が一番ベストだと思う。
私は、三本目の指を立てた。
「第三の課題。携帯性と使用の簡単さ」
痛い時に、すぐ使えないと意味がない。先ほどの形だと緊急時には向かない。私がイザベルお母様に付きっきりになれば問題は解決出来るが、現実出来ではない。
やはり、ここは現代の薬の形が良いと思う
「……一口サイズ。錬金術で量を整えて、包んで……」
そこまで考えて、私ははっとした。
「……これ、いける。ロキニン草の生効力を保ったまま、劣化を防ぐ。苦味は消去済み。使う時は、そのまま口に入れるだけ」
失敗じゃない。方向性は、間違っていない。
「保存膜の作成、試してみよう」
やるべきことは決まった。あとは、それにふさわしい素材を見つけるだけだ。
◇
「んー……これは素材じゃないな」
手に取っていた葉をそっと指から離し、私は立ち上がった。あれからずっと森を歩き回り、保存膜になりそうなものを探しているけれど、そう都合よく見つかるはずもない。
「やっぱり、何かヒントがないと難しいか……」
薬草でも、鉱石でもない。でも、成分を守れる何か。
そんなことを考えながら、あてもなく森の中を進んでいると、不意に人の声が耳に届いた。
それも、切迫した声じゃない。笑い声が混じった、やけに楽しそうな声。
「……この声、もしかして」
好奇心を刺激され、私は音のする方へと駆け出した。
木々の合間を抜けた先。そこには、森の中の小さな空き地で、村の子供たちが木の棒を手に、スライムと戦っている光景があった。
「よっしゃ! 倒したぞー!」
「こっちも大丈夫!」
「安全確認、よし!」
掛け声も動きも、やけに様になっている。子供たちは役割分担までして、ぴょんぴょん跳ねるスライムの集団を、次々と叩き潰していった。
その元気な様子を見て、私は前に出ていった。
「わー、今日もやってるねー」
私が声をかけると、子供たちは一斉にこちらを振り向いた。
「ん? あ、ルイだ!」
「おっ、ルイ、やっほー!」
「ルイもスライムとホーンラビット狩りする?」
次の瞬間、わっと駆け寄ってくる足音。木の棒を抱えたまま、泥だらけの子もいれば、妙に誇らしげな顔をしている子もいる。
私は思わず笑ってしまった。
「うーん、今日は用事があるからいいかな」
「えー!」
「ルイ強いのに!」
「前に一人でスライム十匹まとめて倒してたじゃん!」
そんなこともあったなぁ、と思い出す。私が姿を見せると、子供たちは自然と輪になって集まってきた。
一応、私は領主の娘。それなりに立場もあるし、大人たちの前ではお嬢様として扱われることも多い。
でも、ここでは違う。みんな、長年の友達のように親し気に話してくれる。
「ねえねえ、見てよ! 今日の作戦すごいんだぞ!」
「俺が前に出て、こいつが横から叩くんだ!」
「んで、私が周りを確認する」
「へぇ、ちゃんと役割分担してるんだ」
「だろー? この前、ルイが言ってたやつ!」
「言ってた……?」
「囲まれる前に倒せって!」
「あと、油断すると跳ねてくるから気をつけろって!」
あぁ……言ったかもしれない。何気なく教えたつもりだったけれど、ちゃんと覚えて実践しているらしい。
「えらいえらい。ちゃんと成長してるね」
「へへー!」
「褒められた!」
「やったー!」
頭を撫でると、子供たちはくすぐったそうに笑った。その無邪気な笑顔を見て、胸の奥が少し温かくなる。
「でも、疲れちゃったー。甘いもの食べに行こ」
「いいね! 森の飴でも食べに行くか!」
「ルイも一緒に行こう?」
「じゃあ、一緒に行こうかな」
「やったー!」
子供たちは嬉しそうに声を上げ、私の手を引いて森の奥へと歩き出す。枝をかき分け、踏み慣れた獣道を進んでいくと、やがて一本の大きな木の前で立ち止まった。
幹には、無数の古い傷跡。ここがそれだと、ひと目で分かる。
「よっしゃ、穴開けるぞー!」
一人の子供が手慣れた様子でナイフを取り出し、幹にぐっと突き立てた。鈍い音とともに刃が食い込み、ナイフを引き抜いた瞬間――。
とろり。
淡い琥珀色の蜜が、ゆっくりと穴から溢れ出した。
蜜は幹を伝って流れ落ちるが、数拍も経たないうちに、ぴたりと動きを止める。空気に触れた部分から、まるで飴のように固まっていった。
「じゃあ、もらいっと!」
「俺も俺も!」
「わーい!」
子供たちは競い合うように、固まった蜜を指で剥がし、そのまま口に放り込む。
「んー、あまーい!」
「森に来たら、やっぱりこれだよなー」
「これが目当てで来てるかもしれない」
貴重な甘味に、みんな満面の笑みだ。
私も一欠片を手に取り、口に入れる。軽く歯に当たったあと、すぐにとろりと溶け出す。
「……美味しい」
小さく呟いた瞬間、舌の上で弾けるように甘さが広がった。
ほんの数拍前まで、確かに飴だったものが、今はもう何の抵抗もなく喉へと流れていった。
空気に触れると固まって、水分を含むと溶ける。頭の中で、その性質を言葉としてなぞる。
私は無意識のうちに、指先に残った蜜を親指と人差し指でそっと擦り合わせていた。表面は、かちりとした感触がある。だが力を入れると、内側はしっとりと粘りを持ち、簡単に形を変える。
乾燥すれば、形を保つ。湿れば、崩れる。そして体内に入れば、抵抗なく溶ける。
「……あ」
思わず、息と一緒に声が漏れた。
胸の奥で、ばらばらだった考えが、一気に一本の線に繋がっていく。今まで、何度も悩んできた問題。効果はあるのに、保存できないという致命的な欠点。
でも、もし。この蜜で、薬草を包んだら?
空気を遮断し、乾燥と劣化を防ぐ。持ち運びができ、必要な時まで形を保つ。そして、口に入れれば――体内の水分で自然に溶け、薬草だけを解放する。
私は、ゆっくりと視線を上げた。
傷だらけの幹から、静かに溢れ、固まり、また次の蜜を生み出す琥珀色の滴。それはまるで、森そのものが用意してくれた答えのように見えた。
人工じゃない。無理もない。自然の理に沿った、完璧な保護膜。
「……これ、使えるかもしれない」