作品タイトル不明
10.痛み止めの改良(2)
森から戻るなり、私は自分の部屋へ駆け込み、扉を閉めた。迷っている時間はない。頭の中に残っている発想が、熱を失う前に形にしなければ。
机の前に腰を下ろし、深呼吸ひとつ。
「……よし」
【素材保管】を開き、採ってきた木の蜜を取り出す。容器の中には、琥珀色の塊が静かに横たわっていた。指で軽く触れてみると、想像以上に硬い。
「……カチカチだね」
森で見た、あのとろりとした状態とはまるで別物だ。このままでは、すり潰したロキニン草を包むことなんてできない。
「まずは……この蜜を、元の状態に戻さないと」
包むためには、流動性が必要だ。つまり、固まる前の性質を理解する必要がある。
「素材を使う前に、素材を知る。基本だよね」
そう呟いて、私は指を伸ばした。
「鑑定!」
【ミリジングの木の蜜】
・ミリジングの木の内部に生成される天然蜜
・ほのかに甘い味を持つ
・空気に触れる、または温度が下がると固化する
・熱が加わることで溶解する
「なるほど。空気と冷えで固まって……熱で溶ける、か」
つまり、森で見た現象は自然なものだったということだ。空気に触れた瞬間に固まり、口に入れた途端に溶けた理由も、これで説明がつく。
「だったら、答えは簡単。熱を与えればいい」
固まったからといって、性質が変わったわけじゃない。条件を整えてやれば、ちゃんと元の姿に戻る。
「これなら、すり潰したロキニン草を問題なく包める」
不安が一気に消し飛び、希望だけが残った。これなら、出来る!
私は早速ロキニン草を用意した。【洗浄】で綺麗にして、容器にいれて【粉砕】する。そして、【成分消去】を行い、苦味を消す。これで、イザベルお母様が飲んだ薬と同じ状態になった。
改めて、その薬をスプーンですくう。草がすり潰された状態。水分が多くて、このままだと蜜で包み込めない。もう少し、形が整うようにしなければ。
「……もう少し、水分が減れば丸くなるかな?」
ギリギリまで水分を減らし、残ったものを丸く固める。そうすれば、ミリジングの木の蜜で包み込めるはずだ。
だけど、水分を取りすぎたら、効能が減ってしまう。ギリギリまで乾燥させることが重要だ。
「よし、まずは【乾燥】」
すり潰したロキニン草に向けて【乾燥】の魔法を放つ。すると、どろどろだったものから、少しずつ水分が蒸発していく。スプーンで水分を確認しながら、品質を確かめた。
【品質:98】
【品質:98】
【品質:98】
「よし、まだ品質が変わっていない。もう少し、水分を抜いて……」
【品質:98】
【品質:98】
【品質:97】
「……品質が、変わった! ここだ!」
はっきりとした手応えが伝わり、私は即座に【乾燥】の魔法を解除した。これ以上は駄目。ほんの一歩先で、すべてが台無しになる。今が、乾燥のギリギリライン。
改めて、すり潰したロキニン草に目を落とす。
余分な水分は抜け、表面はさらりとしている。それでいて完全には乾ききっておらず、内側にはまだ、しっとりとした湿り気が残っていた。汁が滲み出ることはない。けれど、崩れるほど乾いてもいない。
スプーンで軽く寄せると、素直にひとまとまりになる。
「……うん。これが、最適な状態」
残ったわずかな水分が、粉砕されたロキニン草同士をつなぎ止めている。私はその塊をスプーンで転がし、形を整えた。自然と、楕円形になる。
「これなら……飲み込みやすい」
薬として、ちゃんと人が使う形になった。ここまでたどり着いた嬉しさで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「形は出来た。次はここに、ミリジングの木の蜜を絡める」
皿の上にロキニン草の塊を置き、別の容器から蜜を取り出す。
「【温度上昇】」
魔法をかけた瞬間、琥珀色の塊が、みるみるうちに柔らかさを取り戻した。固体だった蜜は、ゆっくりと形を崩し、とろりとした光沢を帯びていく。
「……よし」
溶けた蜜をスプーンですくい、ロキニン草へとかける。転がすたびに、蜜が表面へ均一に広がっていく。
包む。覆う。空気を遮断する膜を、丁寧に作る。
「【乾燥】」
静かに魔法を発動させた。次の瞬間、蜜は再び固まり始めた。表面から少しずつ、確実に。
ロキニン草を包み込むように、透明感のある膜が形成されていく。
「……」
私は息を止めて、その変化を見守った。完全に固まったのを確認してから、そっと手に取る。
「……出来た?」
恐る恐る、指先で触れる。硬い。でも、脆くない。中身を確かに守っている感触。
「やった! これが本当の痛み止めの薬だ!」
失敗だと思ったところから、絶望しか見えなかったところから。ちゃんと、辿り着けた。
胸の奥に込み上げる喜びを噛みしめながら、私は完成した薬を、しっかりと握りしめた。
「これで、イザベルお母様は痛い時に薬が飲める。今まで以上の効果のある薬を飲めるんだ!」
心の底から嬉しかった。ずっと、痛みに苦しんでいたイザベルお母様が、痛みを感じない時間を作れることが。苦しさから解放される時間を作れることが、何よりも嬉しい。
「……いや、まだだ。まだ、一つしか作っていない。これを沢山作って、いつでもどこでも使えるようにしなくちゃ」
一つじゃ足りない。痛みは一日に何回か来る。そのためには、一つだけじゃ足りない。
喜びを一度押し込めて、私は再び机に向かった。とりあえず、これを五十個作る。そのために、手を動かさなくちゃ。
私は【素材保管】からロキニン草を取り出し、すり潰し始めた。