作品タイトル不明
11.痛みを我慢することのない日の始まり
「イザベルお母様、今……大丈夫?」
そう声をかけると、ベッドの上のイザベルお母様は、ゆっくりとこちらを向いて微笑んだ。
「えぇ、大丈夫よ。入ってちょうだい」
その言葉に甘えて、私は部屋へ入り、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。
「今日もルイの顔を見られて幸せだわ。あら……気のせいかしら。少し背が伸びた?」
「もう、昨日会ったばっかりだよ。そんなわけないじゃん」
「ふふっ、そうね」
冗談めかして言い返すと、イザベルお母様は楽しそうに笑った。けれど、その笑顔はどこか無理をしている。
私には分かる。呼吸の浅さ、ほんの一瞬遅れる動き。きっと今も、胸の奥で痛みを抱えている。
だから私は、迷わず持ってきた小瓶を差し出した。
「あら……これは、飴?」
「ううん。飴じゃないよ。改良した痛み止め」
その言葉に、イザベルお母様がぱちりと目を瞬かせる。
「えっ……これが、お薬?」
「見た目は飴だけど、中身はちゃんと薬だよ」
琥珀色の粒が、瓶の中でかすかに光を反射している。一見すれば、本当に甘い飴にしか見えない。
「この中に、薬草が入ってるの。この前飲んだのと、同じ成分」
「まぁ……同じものなの?」
「うん。加工の仕方を変えただけ」
そう言って、私は瓶の蓋を開け、ひとつ取り出した。指先に乗せると、表面は硬く、つるりとしている。
「前は、すり潰したままの薬草だったでしょ?」
「えぇ……あれは、すぐに効いてくれたけど……」
保存には適さなかった。その続きを、イザベルお母様は言葉にしなかった。私はそれを気にせず、説明を続けた。
「水分をぎりぎりまで調整して、形を整えたの。こうして丸くしておけば、飲み込みやすいでしょ?」
私は指で、楕円形の薬を軽く転がす。
「そして、仕上げにこの外側。森で見つけた木の蜜で、包んであるの。空気に触れると固まって、口に入ると溶ける性質があるから」
「まぁ、そんなものが……」
「だから、保存が出来るし、使いたい時にすぐ使える。中の薬草は、空気に触れないから劣化もしない」
一つひとつ、噛み砕くように説明すると、イザベルお母様はそっと私の手を握る。
「……ルイ」
「なに?」
「こんなに考えてくれたのね」
その声は、とても優しくて、少しだけ震えていた。
「ルイがこんなに考えてくれたことが嬉しい。もう、それだけで胸がいっぱいなのに……。痛みまで取れるなんて……。これは夢かしら?」
「夢じゃないよ。私が考えて作った、ちゃんとしたお薬だよ」
しっかりと手を握って言えた。私はちゃんとした薬が作れたのだ。
「だから、これからはお薬を飲んだらちゃんと痛みは消えるし、痛いのを我慢する必要なんてないんだよ」
長年苦しんでいた痛みから解放される。それを思うと、嬉しさで胸がいっぱいになる。イザベルお母様もこんな風に嬉しい気持ち、なのかな?
「飲んでみて」
「……じゃあ、いただこうかしら」
私は、その言葉を待っていた。イザベルお母様の体を起こし、その手に薬を一つ乗せる。恐る恐る口に含むと、私はそっと水入りのコップを差し出した。
それを一口飲む。ゴクリと音がすると、薬は胃の中に入っていった。しばらく待っていると、イザベルお母様の表情が明るくなった。
「痛みが引いていくわ。あの時と同じ……」
「薬は効いているみたい。これで、痛い時にこのお薬を飲めば、痛みは消えるよ」
「えぇ……。ルイ、ありがとう。これで、痛みを我慢しなくてもすむわ」
お互いに手をギュッと握りあう。そこには確かに、言葉に言い表せない嬉しさがあった。
長い間、イザベルお母様は痛みを抱えたまま、誰にも悟られないように笑ってきた。眠れない夜も、息が詰まる朝も、弱音ひとつ吐かずに。
でも、もう――。
「……あたたかいわ」
ぽつりと零れたその声は、痛みではなく、安堵の色を帯びていた。
「胸の奥が、静かになっていくの。ずっと、そこにあった重たいものが……溶けていくみたい」
私は思わず、唇を噛みしめる。胸がいっぱいで、言葉が出てこなかった。
「ルイ……ありがとう」
イザベルお母様は、ぎゅっと私の手を包み込み、額を寄せる。
「あなたがいてくれて、本当に良かった」
「……うん」
それ以上は、言えなかった。
痛みが消えたことが嬉しい。でもそれ以上にこれから先、イザベルお母様が「我慢しなくていい日々」を生きられることが、何よりも嬉しかった。
この薬は、ただの痛み止めじゃない。イザベルお母様の時間を、奪われていた日常を、少しずつ取り戻すための第一歩だ。
私は、そっと目を閉じて心の中で誓う。
これは、始まりに過ぎない。今はまだ、痛みしかとれないけれど……いつか、イザベルお母様の病気を完治させる。
ううん、イザベルお母様だけじゃない。ロザンお父様の腕と足、ファルスお兄様の体質と肺、アマリアお姉様の魔力。
私は、錬金術で道を切り開く。
誰かに与えられた奇跡じゃない。自分の力で奇跡を起こしてみせる。