軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

53.実演の結果

黒ヒョウ獣人のすっかり治った手を、講談室に集まっていた人々が食い入るように見つめていた。

先ほどまで深々と刻まれていたはずの傷は跡形もなく塞がり、皮膚は元通り――いや、それ以上に健康そうにすら見える。

「……確かに、完全に塞がっているな」

「まるで、神の奇跡を目の前で見せられたようだ……」

「飲んだだけで、ここまでの効果が出るなど……どういう理屈だ?」

誰もが眉をひそめ、何度も角度を変えて確かめる。疑い、困惑、そして隠しきれない興奮が、室内に渦巻いていた。

その様子を一歩引いた位置から見ていた私は、静かに口を開く。

「錬金術の強みは、素材の成分をそのまま使うことではありません」

視線が、一斉にこちらへ向いた。

「素材が本来持っている効力を、最大限――いえ、余すことなく発揮させる。それが、錬金術という魔法技術です」

私は手にしたポーションを示しながら、続ける。

「この技術を使えば、今まで見向きもされなかった素材でも、その真価を引き出すことができます」

ざわ、と空気が揺れた。

「効力が薄いからと捨てられてきた素材。副作用が強く、扱いづらいと敬遠されてきた素材。条件が厳しすぎて、実用に耐えなかった素材」

思い当たるものが、誰の頭にも浮かんだのだろう。講談室のあちこちから、息を呑む音が漏れる。

「……それらの欠点を調整し、不要な部分を削ぎ落とし、必要な効果だけを残す。それが出来るのが、錬金術です」

一瞬の静寂のあと――。

「それって……」

「待て、それが本当なら……」

「今まで使えなかった素材が……全部……?」

声が重なり合い、次第に抑えきれないざわめきへと変わっていく。

「素材の価値が……変わる?」

「いや、塗り替わる……!」

「とんでもないことだ!」

誰かが、震える声でそう呟いた。

そうだ。これは単なる新しいポーションではない。

採取されることすらなかった素材が価値を持ち、捨てられてきた資源が主役になる。革命が、始まろうとしていた。

講談室は、期待と興奮に満ちたざわめきに包まれ、もはや誰も、それを否定できる者はいなかった。

すると、ずっと成り行きを見守っていたトレイト伯爵が前にでる。

伯爵は一度、講談室を見渡し、興奮に揺れる空気を受け止めるように深く息を吸った。

「皆、少しだけ静かにしていただけるだろうか」

その落ち着いた声に、次第に騒めきは収まっていく。伯爵は黒ヒョウの手、そして私の持つポーションへと視線を移し、続けた。

「確かに、今目の前で示された効果は驚異的だ。だが、忘れてはならない。錬金術は、まだ新しい魔法技術だ」

慎重な言葉選びだった。

「体系化も途上であり、検証も十分とは言えない。すぐに全てを鵜呑みにし、広く用いるには危うさが残るだろう」

その一言に、何人かが頷く。

「だが、それでもなお、この可能性は計り知れない」

講談室に、静かな緊張が走る。

「今まで価値がないと切り捨てられてきた素材が、人を救う力へと変わる。資源不足に悩む地域でも、治療や支援が可能になるかもしれない。この芽を、未知だからという理由だけで摘み取るのは――人類にとって、あまりにも大きな損失ではないだろうか」

伯爵の視線が、一人一人を確かめるように巡っていく。

「だから私は提案したい。錬金術を、危険な異端として退けるのではなく、人に役立つ魔法技術として、正式に検証し、育てる道を選んではもらえないだろうか」

一拍置いて。

「それが、未来に繋がる選択だと、私は信じている」

沈黙。そして、最初に声を上げたのは、年配の研究者だった。

「……確かに、頭ごなしに否定するには、成果が大きすぎる。管理と検証を徹底するなら、試す価値はあるだろう」

好意的な反応が、少しずつ広がっていく。

「だが、事故が起きた場合の責任はどうする? 副作用の検証が追いつくまで、使用範囲は限定すべきだ」

懐疑的な声も、同時に上がった。

それでも、不思議と否定一色にはならなかった。誰もが、可能性の大きさを否定できなかったからだ。

「段階的に導入するべきだ」

「治療用途から始めるのが妥当だろう」

「研究機関を設け、データを蓄積する必要がある」

意見が交わされ、議論が重ねられていく。混乱ではなく、建設的な議論へと、確かに場は変わっていた。

「まだ錬金術の成果が試されていない。まずは成果を積み重ねていくのが重要だ」

「成功例をもっと積み重ねていく必要がある。そうでなければ、人々が安心して錬金術で作ったアイテムを使用できない」

「では、どのような形が望ましい? ポーションのように、新しいアイテムを生み出す形か?」

議論は、そのまま次の段階へと進んでいった。感情的な賛否ではなく、「では、どうすれば認められるのか」という現実的な協議へと移っていく。

「問題は、安心だ。人々が不安なく使えると、どう示すかだな」

そんな声が飛び交う中、一人の薬師が慎重に手を挙げた。

「では……既存の薬を改良する、というのはどうだろうか?」

その言葉に、場の空気が一瞬止まる。

「今すでに使われている薬なら、安全性も用途も分かっている。それを錬金術で改良し、効果が向上したと示せれば――」

「比較ができる、というわけか」

「確かに、それなら成果が分かりやすい」

ざわめきが、再び熱を帯びる。

「既存の薬より効果が高い。副作用が軽減されている。使用条件が緩和されている」

そんな成果が示されれば、誰もが否定しにくい。錬金術の有用性を示すには、これ以上ない題材だった。

「大きな実績になるな」

「民衆にも説明しやすい」

「医療分野から浸透させるのは、理にかなっている」

次々と頷きが広がり、意見は自然と一つにまとまっていく。

既存薬の改良。それを錬金術の最初の公式実績とする。

そして、誰からともなく視線が、一点へと集まった。私だ。

話は一気に具体性を帯びていく。どの薬を対象にするか、どの程度の改良を目指すか、誰が検証を担うか。

十分に話が煮詰まったところで、トレイト伯爵が再び前へ出た。

「ルイ」

穏やかだが、逃げ場のない声だった。

「錬金術の価値を世に示すため、既存の薬の改良に取り組んでもらいたい。これは、君個人のためでもある。君の実績として、確かな形に残るだろう」

講談室の視線が、私に集まる。

一瞬だけ考える。だが、答えは最初から決まっていた。

「……分かりました」

私は、はっきりと頷いた。

「錬金術で、人の役に立てることを証明できるなら。その役目、引き受けさせていただきます」

その言葉に、場の空気が少しだけ緩み、同時に新しい期待が生まれた。

こうして錬金術は、理念ではなく成果によって評価される道を歩み始める。

その最初の一歩を、私が踏み出すことになったのだった。