作品タイトル不明
52.錬金術の実演
まず初めに【道具召喚】を発動し、調合に必要な器財一式を呼び出す。続いて、【素材保管】からポーションに必要な素材を取り出した。
「なっ……!? 急に道具と素材が現れたぞ!」
「何もないところから……?」
「錬金術って、こんなことまで出来るのか……!」
次々に上がる驚きの声に、場の空気が一気にざわめく。確かに、無から有が生まれたように見える光景だ。そう感じるのも無理はない。
「これは錬金術の魔法の一部です。【道具召喚】で必要な道具を用意し、【素材保管】に収めていた素材を取り出しただけですよ」
簡潔に説明すると、納得したように頷く者もいれば、まだ信じられないといった表情を浮かべる者もいる。
「錬金術って、素材を混ぜて薬を作るだけじゃないのか……?」
「必要な物を即座に取り出せるのは便利だな。喉から手が出るほど欲しい」
「だが、本番はここからだろう。調合はどうする?」
感嘆、羨望、そして期待。様々な声が飛び交う。だが、それらに応えている時間はない。
私は視線を作業台へ戻し、静かに調合へと意識を切り替えた。
「ポーションに使う素材はリンドリンドの樹液、マリンドの葉、トルッカの蜜です。まず、回復効果を合わせる作業から入ります」
私はマリンドの葉とトルッカの蜜を手前に用意する。
「まず、トルッカの蜜と刻んだマリンドの葉を容器に入れます。そして、マリンドの葉に【成分抽出】という魔法をかけます。すると、マリンドの葉の成分がトルッカの蜜に抽出されます」
簡単に説明をした後、実演する。マリンドの葉を刻むと、容器にトルッカの蜜とそれを入れる。混ぜ棒を入れると、かき混ぜながら【成分抽出】を発動させる。
あの時と同じような感覚で【成分抽出】をしていると、マリンドの葉の成分がトルッカの蜜に溶け込んだ。
「この状態では、二つの成分がそのまま残っていることになるので、効力が変わりません。ですが、【合成】という魔法を使って、二つの成分を一つにすることでその効力は跳ねあがります」
「……【合成】だと?」
「本当にそれで効力が?」
「我々の概念とはかけ離れた理論だな」
周りが【合成】の魔法を聞いて、信じられないといった様子だ。だから、実演する。
混ぜ棒でかき混ぜながら、【合成】をかける。失敗しないように慎重に重ねていくと、二つの成分が一つに合成された。
念のため、鑑定をしてみると、ちゃんと合成に成功しているようだった。
「これで自然治癒能力を高める作用と傷そのものの再生を助ける成分が合わさりました」
「どんな効果に変わったんだ?」
「服用者の自然治癒能力を大幅に高め、外傷・内傷を問わず損傷部位を本来の状態へ再構築し、止血と回復の安定化を同時に行う高性能回復薬です」
「ちょっと待て。マリンドの葉とトルッカの蜜の成分では考えられない効力だぞ!」
「これが【合成】の力です。単一ではそれほど効力が発揮しないものでも、かけ合わせれば倍以上の効力を発揮するようになります」
「信じられん……。我らの理論とはまるで違う」
理解が追いつかない理論と、否定できない結果を前に、困惑と動揺が渦を巻くように広がっていく。
調合の常識が、今まさに音を立てて崩れ落ちている。その事実だけが、重く場にのしかかっていた。
「このままでも回復薬として使えますが、即効性に欠けます。そこで、リンドリンドの樹液に含まれる、舐めた瞬間、体の内側がじんわりと温かくなる成分から即効性だけを抜き出して、出来上がった回復薬に【調合】、付与します」
説明を終えると、出来上がった回復薬にリンドリンドの樹液を垂らす。混ぜ棒を入れると、今度は【調合】の魔法を発動させる。
反発し合う成分を一つにまとめ上げ、私の理想とするポーションが出来上がった。
「これが、飲めばすぐに傷が回復するポーションです」
ポーションを瓶に入れて差し出すと、この場にいた人たちは身を乗り出した。
「もう調合が終わった、だと?」
「もっと、工程が必要ではないか?」
「鑑定士、鑑定士はいるか?」
その言葉に数人の鑑定士が名乗り出た。席を立ってこちらに来ると、ポーションを見つめる。
「鑑定しても?」
「はい、大丈夫です」
ポーションを差し出すと、鑑定士たちはスキルを発動させた。
「……これは! 本当にその通りの効力がある!」
「信じられん……。本当に飲む傷薬が出来ているとは!」
「だが、我々の鑑定では先ほど言ったような詳細な情報は出てこないな」
複数の鑑定士による鑑定で、このポーションが効力があることが証明された。だけど、それを信じない人たちもいる。
「本当に効力があるのか? ほんの切り傷を治す程度じゃないか?」
「誰か、実際にやってみたらどうだ? そうじゃないと、信じられん」
「どこまでの傷が治るのか見てみたい」
まだ、疑う声がある。ざわつく講談室。すると、部屋の壁際に立っていた人が中央に近づいてきた。背中に槍を抱え、冒険者風のいで立ちをした人。いや、人ではなく獣の顔をした黒ヒョウの獣人だ。
「だったら、俺が実証をしてみよう」
そう言って、その獣人は私の目の前にやってきた。黒ヒョウの獣人は腰に括りつけた、ナイフを手に取った。
「どれくらいの傷なら治る?」
「深く傷つけても大丈夫です」
「……そうか」
そう言うと、黒ヒョウの獣人は――自分の手の甲を突き刺し、ナイフを貫通させた。途端に大量の血が滴り落ちて、場が騒然となる。
「そ、そんなに深く傷つけて……本当に治るのか?」
「普通なら数か月はかかる傷だぞ?」
「ど、どうなるんだ……」
みんなが固唾を呑んで見守る中、私はポーションを手渡した。黒ヒョウの獣人は受け取ると、ためらうことなくポーションを飲み干す。
すると、すぐに変化が現れた。みんなの前で見せていた傷口から滴る血が止まり、見えていた肉が塞がりだしたのだ。
「なんだ!? 何が起こった!?」
「血が止まっていく!? 傷口も塞がっているぞ!」
「まるで、回復魔法みたいだ!」
その様子を見ていた人たちは席を立って、前に集合した。そして、塞がっていく傷口を凝視した。
「傷口が……なくなった。痕が全くないぞ!」
「痛みは、痛みはどうだ?」
「……ほとんどない。信じられない」
「そ、そんな! 神の奇跡と言われる回復魔法と同等の力を持つとは!」
塞がった傷口を見て、人々は驚愕の声を上げた。みんな、信じられないと言わんばかりに騒ぎ立てた。
これまで薬とは、時間をかけて身体を回復させるものだった。痛みに耐え、包帯を替え、何日も、何週間もかけてようやく癒える。それが当たり前だったはずだ。
だが、その常識は、今この場で根底から覆された。飲んだ瞬間に傷が塞がり、痕すら残らない。そんな薬が存在するなど、誰が想像しただろう。
講談室は熱を帯び、興奮と混乱が入り混じったざわめきに包まれる。
戦場が変わる、治療の在り方が変わる、回復魔法の価値はどうなる。次々に飛び交う声は議論となり、やがて怒涛のように膨れ上がっていった。
錬金術が生み出した一瓶のポーションは、ただの回復薬ではない。人々の価値観と、医療の在り方そのものを揺るがす存在として、この場に深く刻み込まれていた。