作品タイトル不明
51.薬師協会
私はトレイト伯爵に連れられて薬師協会に赴いた。
白い石造りの建物は遠目にも分かるほど巨大で、幾重にも重なる列柱と高くそびえる尖塔が、ここが王都でも指折りの権威ある機関であることを雄弁に物語っている。正面に立った瞬間、その威圧感に思わず息を呑んだ。
「……大きい」
率直な感想が、ぽつりと零れる。
そのまま伯爵に促されて中へ入ると、外観以上に整然とした空気が流れていた。磨き上げられた床を踏みしめながら長い廊下を進むと、やがて大きな扉が開かれる。
その先に広がっていたのは、すり鉢状に席が設けられた講談室だった。
円形に近い構造の中、段差ごとに無数の席が並び、そこには薬師協会に属するであろう人々がずらりと座っている。白衣姿の者、年嵩の者、鋭い眼差しを向ける者。その数と視線の重なりに、背筋が自然と伸びた。
……人、多すぎない?
圧倒されて立ち尽くす私の背に、トレイト伯爵の手がそっと添えられる。
「大丈夫だ。行こう」
そう言って、伯爵は迷いのない足取りで前へ進み、私もそれに引かれるようにして歩き出した。
無数の視線を浴びながら通路を抜け、気がつけば、私はトレイト伯爵とともに講壇の上へと上がっていた。
みんなの視線が一点に集まる中、トレイト伯爵は一歩前に出た。講談室に満ちていたざわめきが、波が引くように静まっていく。
「本日はご多忙の中、この場に集まっていただき感謝する」
低く、よく通る声だった。飾り気はないが、自然と背筋を正させる力がある。
「薬師協会の皆には、私個人としても、日頃から多大な尽力をいただいている。そのことを、まずは深く礼を申し上げたい」
一礼すると、場の空気がわずかに和らぐ。そして伯爵は顔を上げ、次の言葉を続けた。
「ここにいる多くの方は、覚えておられるだろう。私の娘が原因不明の症状に侵され、衰弱していった件を」
講談室のあちこちで、小さなどよめきが起きる。
「協会の皆は総力を挙げて調査に乗り出してくださった。考え得る限りの仮説を立て、薬を調合し、治療法を模索してくれた。その助力と誠意に、今も感謝している」
トレイト伯爵は、そこで一度、言葉を切った。
「だが結果として、娘を治す手段は見つからなかった」
静寂が落ちる。
「症状は進行し、私は父として、次第に希望を失いかけていた」
その視線が、ゆっくりとこちらへ向けられる。
「そんな時、私は一人の少女と出会った。錬金術という、聞き慣れぬ技術を扱う者――ルイだ」
一斉に視線が私へ集まり、思わず息を呑む。
「彼女は、私が状況を説明すると、驚くほど短時間で原因を突き止めた。そして、薬となる素材を見極め、自ら危険な場所へ赴いて採取し、迷いなく薬を完成させた」
伯爵の声には、はっきりとした確信が込められていた。
「その薬によって、娘は完治した。今は普通の生活に戻るためにリハビリ中だ」
場内がざわめく。驚き、疑念、そして興味の入り混じった空気。
「私は、その時に確信した。この錬金術という技術は、人の役に立つものだと。いや、人を救う力を持っていると」
トレイト伯爵は、講談室を見渡した。
「だからこそ、この技術は、個人の手に留めておくべきものではない。世に知れ渡り、正しく評価されるべきだと私は考えた」
そして、静かに宣言する。
「本日、この場に皆様をお招きしたのは他でもない。錬金術という新たな技術を、薬師協会の皆様に正式に知っていただき、認めていただきたい。そのために、ここへ来たのだ」
それから、私の背にそっと手を添えると、前に出す。
「この子が新しい技術の使い手、ルイ・グレンジャーだ」
その一言で、私に意識が集まる。ざわり、と空気が揺れた。
驚き、疑念、好奇、警戒。様々な感情を孕んだ視線が、一斉に私へと突き刺さる。
――落ち着いて。
胸の前で小さく息を整え、私は一歩、前へ出た。
「は、はじめまして。ルイ・グレンジャーと申します」
なるべくはっきりと、けれど必要以上に気負わないように名乗る。
「本日は、このような場を設けていただき、ありがとうございます」
ぺこりと一礼すると、ざわめきがわずかに強まった。
「私は錬金術という魔法技術を使っています。今日は、その錬金術を皆さまに実際に見ていただき……そして、薬師協会の一員として認めていただければと思い、ここに参りました」
正直な気持ちを、そのまま言葉にする。その瞬間、周囲の視線がさらに熱を帯びた。
「さて、どんな技術だ?」
「魔法、技術?」
「どんなのだろうか?」
そんな囁きが漏れ聞こえる中、トレイト伯爵が一歩前に出る。
「では、始めよう」
そう言って、講壇の中央――あらかじめ用意されていた机の方へと歩き出した。私もそれに続く。
壇上に置かれた机は広く、調合しやすいようになっている。トレイト伯爵は立ち止まり、講談室を見渡してから、はっきりと言った。
「今から、この場で錬金術を見てもらう。言葉ではなく、結果で判断してほしい」
視線が一斉に机へと集まる。私は深く息を吸い、袖を軽くまくった。
「……それでは、始めます。これから私が作るのは、ポーションと呼ばれる、飲む傷薬です」
その一言が落ちた瞬間、講談室にざわめきが走った。
「飲む、傷薬……?」
「傷の治療は外用が基本だぞ」
「それで、傷口が……塞がると?」
疑念、困惑、半ば呆れたような視線。先ほどまでの期待とは違う、より厳しい目が私に向けられる。
飲めば治るなど、常識外れもいいところだ。そう思われているのは、痛いほど伝わってくる。
私は小さく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
――大丈夫。
ここに立つと決めたのは、私自身だ。疑われることも、試されることも、最初から分かっていた。
周囲のざわめきは、まだ消えない。けれど、今の私には関係ない。
集中するのは、素材と自分の感覚だけ。錬金術は、結果で語る。私は心を強く保ち、静かに調合の準備を整え始めた。