作品タイトル不明
50.一人で王都に
馬車に荷物を積み終えると、私は見送りに来てくれた家族と向き合った。
「じゃあ、行ってきます」
出来るだけ、いつも通りの笑顔でそう告げる。その瞬間だった。
「ルイ!」
耐えきれなかったように、アマリアお姉様が勢いよく抱きついてくる。
「また、ルイがいなくなるなんて……寂しいわ! しかも、一人で王都になんて! もし悪い人に出会ったらと思うと、心配で心配で……!」
「もう、大丈夫だよ。こう見えても、成人したんだから」
「だーめ! ルイはまだまだ子供よ! やっぱり私が一緒についていって、ルイを守らなくちゃ!」
ぎゅう、と離れない腕に、さすがに困っていると。
「アマリア、ルイが困っているよ」
呆れたような声とともに、ファルスお兄様がアマリアお姉様の肩に手を置いた。
「気持ちは分かるけど、いつまでも引き留めていたら、ルイが出発できないよ」
「でも……!」
「それに、ルイは自分で決めて、この道を選んだ。だから、応援してあげるのがいいんじゃないかい?」
ファルスお兄様は、私のほうを見て、静かに続ける。
「心配だからこそ、信じて送り出す。それが家族じゃないか」
「……お兄様」
名残惜しそうにしながらも、アマリアお姉様の腕が、少しだけ緩んだ。そこへ、低く落ち着いた声が重なる。
「まったく、その通りだ」
振り返ると、ロザンお父様が笑って立っていた。けれど、その目には隠しきれない寂しさが滲んでいる。
「寂しいのはな、アマリアだけじゃない。俺も同じだ」
一瞬、言葉を切り、私をまっすぐ見据えた。
「だが、ルイは自分の意思で王都へ行くと決めた。その覚悟を、親として誇りに思う。怖さも、不安もあるだろう。それでも前に進むと決めたのなら……胸を張って行ってこい」
ロザンお父様は、最後に小さく笑った。
「この家は、いつでもお前の帰る場所だ」
その言葉に、アマリアお姉様がそっと私から離れる。
「……必要になったら呼んで。いつでも駆けつけるから」
「うん。約束する」
私は家族一人ひとりの顔を胸に刻み、馬車へと足を踏み入れた。
こうして、私は王都へ出発した。
◇
馬車の揺れに身を任せながら、私はこれまでの出来事を思い返していた。
きっかけは、トレイト伯爵の娘さんだった。原因不明の毒に侵され、誰も手の施しようがなかったその症状を、私は錬金術で解毒した。
あの時は、ただ必死だった。目の前で苦しむ人を、放っておけなかっただけだ。
けれど、その結果――私の錬金術は、薬師協会の会長でもあるトレイト伯爵に「人を救う技術」だと認められた。
錬金術は、便利な技術。素材を組み合わせ、新しい効果を生み出す力。
でも、それは今まで、私にとって身内のための力だった。家族の体を支えるため。大切な人たちが、少しでも楽に生きられるようにするため。
それだけで、十分だと思っていた。
けれど、あの一件で考えが変わった。私の錬金術は、家族だけじゃなく、他の誰かの命も救える。苦しみを和らげ、未来を繋ぐことが出来る。
その可能性をトレイト伯爵は評価し、薬師協会で正式に紹介する場を用意してくれた。
錬金術が、人のためになる技術なのだと。それを、世に示すために。
とても、ありがたい話だ。
正直に言えば、少し怖くもある。私の技術が、どこまで通用するのか。期待に応えられるのか。
でも、それ以上に。試してみたい、と思ってしまった。
私の錬金術が、どこまで人を救えるのか。どこまで、役に立てるのか。
そして王都には、私の知らない知識が溢れている。それらを学べば、もっと出来ることが増える。
家族の病気もいつか、必ず治したい。
そのために私は、王都へ行く。
誰かに言われたからでもない。自分で選んだ道だ。
◇
屋敷に到着すると、トレイト伯爵が自ら応接間まで出迎えてくれた。
「やぁ、よく来てくれた」
穏やかな笑みを浮かべながら、伯爵は一歩こちらに歩み寄る。
「君が王都に来る日を、心待ちにしていたよ。長旅だっただろう。疲れは残っていないかい?」
「お気遣い、ありがとうございます。少し疲れはありますが、問題ありません」
「それなら何よりだ」
そう言って、伯爵は満足そうに頷いた。ひと息置いてから、私は切り出す。
「……伯爵。お嬢様の、その後の体調はいかがでしょうか」
その問いに、トレイト伯爵の表情が柔らぐ。
「君のおかげでね。今では、ようやく自分の足で立てるほどまで回復したよ。まだ万全とは言えないが、確実に前へ進んでいる」
ちゃんと解毒がされて、日常生活が過ごせているみたいだ。胸の奥に、ほっとしたものが広がる。
「改めて礼を言わせてほしい、ルイ。君がいなければ、今のあの子の命はなかった」
伯爵はそう言って、深く頭を下げた。
「いえ……私が出来ることをしただけです」
「それでもだ」
伯爵は顔を上げると、今度は空気を切り替えるように背筋を正した。
「さて、本題に入ろうか。今後の予定についてだ」
その声色に、自然とこちらも気を引き締める。
「君が扱う錬金術については、すでに薬師協会へ伝えてある。新しい技術が生まれたこと、そしてそれが人の役に立つものであると、すでに証明されたということも含めてね」
私は黙って、続きを待つ。
「だから私は提案した。今後は錬金術を活用した薬作りを、正式に広めていくべきだ、と」
一見すれば、順調に話が進んでいるように聞こえる。
だが――。
「……もっとも」
トレイト伯爵は、わずかに言葉を切り、苦笑を浮かべた。
「全員が、すぐに納得したわけではない」
その表情に、ほんの少しだけ陰りが差す。
「『聞いたことのない技術だ』『前例がない』……そういった声も、当然あったよ」
嫌な予感が、胸をかすめる。
「結局のところだ。まずは、皆の前でその錬金術とやらを確認する必要がある、という話になってね」
伯爵は静かに、しかしはっきりと告げた。
「薬師協会の面々が揃う場で、君の錬金術を実演してもらうことになった」
その言葉は、期待と同時に確かな重みを伴っていた。
「私もすぐに信用されるとは思ってませんでした。だから、やらせてください」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
否定されるかもしれない。疑われるかもしれない。それでも、逃げる理由にはならない。
私はもう、知ってしまったからだ。自分の錬金術が、人の命を救えるということを。
それを確かめたい。それを示したい。
そして、もっと多くの知識を得て、もっと多くの人を救えるようになりたい。
家族のためだけの力だった錬金術は、今、私の中で形を変えつつある。
「確認されるのなら、構いません。皆さんの前で、私の錬金術をお見せします」
それは挑戦であり、試練であり――覚悟だった。トレイト伯爵は、私の言葉をじっと見つめ、やがて小さく頷いた。
「……いい目をしている」
その一言に、背筋が伸びる。
王都は、甘くない。薬師協会も、きっと優しくはない。
それでも。私は、自分で選んで、ここに来た。
この先に待つのが否定だとしても、それを乗り越える力を、私はもう持っている。
錬金術師ルイとして。私は、一歩前へ踏み出す覚悟を決めた。