軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47.解毒薬の効果

解毒薬が完成すると、私は間を置かずトレイト伯爵へとアポイントメントを入れた。使者を出してから、そう時間は経っていないはずだったが——返事は驚くほど早く届いた。

すぐに来てくれ。時間がない。

簡潔で、しかし切迫した文面だった。その一文だけで、状況が楽観できないことは十分に伝わってくる。

私たちは必要最低限の準備だけを整え、急ぎオルフェン伯爵家の屋敷へと向かった。馬車の中で揺れながら、私は何度も解毒薬の瓶を確かめる。澄んだ液体が揺れるたび、これが本当に間に合ってほしいと、無意識に指先に力がこもった。

そして、屋敷に到着すると――トレイト伯爵がエントランスで待っていた。

「おぉ、よく来てくれた! 挨拶はいい、娘の部屋に来てくれ!」

トレイト伯爵は切羽詰まったように、私たちを案内した。足早に進むその姿は本当に急いでいる様子だった。

「娘の容態が急変して、今、ベッドで横たわっている。急いで、解毒薬を飲ませてくれないか?」

「はい、分かりました」

「……本当に解毒薬が出来たんだな?」

「大丈夫です。ちゃんと、毒を中和する解毒薬が出来ています」

不安そうに話しかけてきたところを、私は自信をもって言葉を返した。それだけで、トレイト伯爵の表情が緩んだ。

そして、私たちは娘さんの部屋にたどり着く。

「アリスティアは無事か!」

声を荒げてトレイト伯爵が中に入る。ベッドには娘さん、アリスティアが横たわり、母親らしき人が心配そうな顔をで傍で付きっきりだった。

「あなた……アリスティアが苦しそうで……」

「もう大丈夫だ。きっと解毒薬が効く」

不安そうな母親にトレイト伯爵が力強い言葉をかける。そして、私たちの方を振り向いた。

「さぁ、こちらへ。アリスティアの隣に来てくれ」

そう呼ばれると、私はベッドの横に来た。すると、アリスティアの様子が良く分かった。

息を荒げて、苦しそうにしている。顔半分を覆っていた青黒い脈が脈づいて毒が進行しているのが目に見えて分かった。これは、早く解毒薬を飲ませないと。

【素材保管】から解毒薬を取り出す。アリスティアの体を起こすと、その口に瓶を近づけた。

「……薬です。飲んでください」

そう声をかけると、かすかにアリスティアの唇が動いた。私は慎重に瓶を傾け、零れないよう角度を調整する。時間はかかったが、彼女は確かに、少しずつ薬を飲み下してくれていた。

最後の一滴が喉を通ったのを見届けると、役目を終えた瓶は、淡い光を残してシュンと消える。

「あとは……様子を見ます」

アリスティアの体を静かに横たえ、私たちは息を潜めて見守った。部屋の空気が張り詰め、誰もが言葉を失ったまま、その小さな体に視線を注ぐ。

やがて、最初の変化が現れた。

浮かんでいた青黒い脈の動きが、ぴたりと止まったのだ。

「……止まった?」

「だ、大丈夫、よね……?」

オルフェン夫妻の声には、戸惑いと不安が滲んでいた。私も固唾をのんで見守る。

すると、止まっていた青黒い脈が、ゆっくりと縮み始めた。まるで毒そのものが溶けて消えていくかのように、徐々に、確実に小さくなっていく。

「あなた……脈が……!」

「ああ、見てくれ……小さくなっている!」

顔の半分を覆っていた青黒い脈は、みるみるうちに薄れ、やがて跡形もなく消え去った。そこに現れたのは、病の影を感じさせない、透き通るような白い肌だった。

それと同時に、荒く苦しげだった呼吸も次第に落ち着きを取り戻し、穏やかな寝息へと変わっていく。

だけど、油断は出来ない。

「最後に、鑑定をします」

症状が完全に落ち着いたのを見計らい、私はそっと鑑定をかけた。

【アリスティア・オルフェン】

・健康状態:衰弱

・アズルヴェノムの毒を受けていたが、解毒薬により毒は完全に中和された状態

内容を確認し、胸の奥に溜まっていた緊張を、ようやく吐き出す。

「大丈夫です。毒は……すべて中和されています」

「ほ、本当か……!?」

「じゃあ、この子は……助かるのね?」

震える声で問いかけるオルフェン夫妻に、私ははっきりとうなずいた。

「はい。あとは体力が回復すれば、普通の生活に戻れると思います」

その瞬間だった。

オルフェン伯爵は深く息を吐き、まるで張り詰めていた糸が切れたかのようにお互いに体を寄せ合った。夫人は口元を押さえ、こみ上げるものを必死に堪えている。

「……ありがとう……本当に……」

「この子を……アリスティアを救ってくれて……」

ベッドのそばに駆け寄り、夫妻は交互に娘の名を呼びながら、その小さな手を包み込む。その表情に宿っていたのは、疑いようのない安堵と、溢れ出るほどの愛情だった。

その様子を少し離れた場所から見つめながら、私は静かに拳を握りしめる。

ちゃんと、毒が消えた。

失敗したらどうなるか、考えないようにしていた不安。解毒薬が本当に効くのかという恐怖。それらが、ようやく現実から遠ざかっていく。

胸の奥に広がるのは、確かな手応えと、じんわりとした喜び。

ちゃんと……救えた。

大それたことをしたつもりはない。それでも、目の前で誰かの命が救われたという事実は、思っていた以上に重く、そして温かかった。

私はそっと息を整え、小さく微笑む。

静かな部屋には、穏やかな寝息と、幸せに満ちた沈黙だけが残っていた。