軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44.素材を探す

「ここが資料室だ」

トレイト伯爵に導かれて足を踏み入れたのは、薬師協会の奥に位置する一室だった。扉を開けた瞬間、紙とインクが混じり合った、どこか懐かしい匂いが鼻をくすぐる。

部屋は想像以上に広く、壁という壁すべてが本棚で埋め尽くされていた。天井近くまで積み上げられた棚には、年代の異なる分厚い書物が整然と並び、その数は一目では把握しきれない。背表紙の色も形もばらばらで、長い年月の積み重ねがそのまま形になったかのようだった。

「ここには、今までに作られてきた薬に関する資料がすべて保管されている」

伯爵はそう言いながら、棚の一つに手を置く。

「調合法、失敗例、投与後の経過記録……単なる完成品のレシピだけではない。誰が、どんな目的で、どのような素材を使い、どんな結果に至ったのか。その一つ一つが、詳細に書き残されている」

なるほど、と息を呑む。成功だけでなく、失敗まで含めて残されているという点に、この場所の本当の価値があるのだろう。

「素材に関する記録も多い。産地、採取時期、加工方法による性質の変化、そして薬にした際の相性までだ」

「……ただの本棚じゃないんですね」

「そうだ。ここは薬師協会の記憶そのものと言っていい」

知識は個人の中で完結すれば、いずれ失われる。だが、こうして文字として残され、積み重ねられることで、次の世代へと確実に引き継がれていく。

私は改めて、本棚を見渡した。この静かな部屋の中には、数え切れない試行錯誤と、命を救おうとした意志が、眠っている。

そう思うと、自然と背筋が伸びた。

「この中の書物は自由に見ていい。もし、他に必要なものがあったら、用意しよう」

「いえ、これで十分です。ありがとうございます」

「もし、何かあったら我が屋敷を訪れてくれ。ではな」

トレイト伯爵は簡単に説明し終えると、すぐにその場を退散した。きっと、ずっとここにいたら、調べものが進まないと気を使ってくれたのだろう。

「しかし、凄い数の書物だな。この中から、本当に素材を見つけるのか?」

すると、私についてきたロザンお父様が困ったように頭をかいた。確かに、ここから目的の素材を探すのは大変だ。だけど、手がかりがないわけではない。

「大丈夫。まず、調べるものは決まっているよ」

「何を調べるんだ?」

「アズルヴェノムを調べる」

「なるほど……。まずは毒を持っている魔物を調べるんだな。分かった、手伝おう」

「ありがとう」

二人ならきっと早くアズルヴェノムにたどり着ける。私たちは二手に分かれて、資料室の本棚を見回り始めた。

「ルイ、これじゃないか?」

その声に本から顔を上げて、振り向く。ロザンお父様が一つの本を手に取って立っていた。

「見せて」

私はその本を受け取ると、内容を見る。

【アズルヴェノム】

・蜂型の魔物

・主に森林地帯に生息

・巣を中心とした集団行動をとる

・強い縄張り意識を持ち、侵入者には即座に反応する

・体内に毒を有しており、刺針および体液に毒性あり

読み進めるほどに、厄介さがはっきりしてくる。特に「集団行動」という一文が目を引いた。一体だけならまだしも、複数同時となれば、対応を誤れば命取りになりかねない。

「蜂の魔物……。しかも森に群れで、か」

「やっぱり、簡単にはいかないよね」

私は静かに頷き、さらに頁を繰った。すると、そこには――

「……天敵、?」

頁をめくると、項目の下部に小さく、しかしはっきりとした追記があった。

――天敵。

私は思わず、その文字を指でなぞる。

【ヴェルドリーパー】

・二足歩行する植物型の魔物

・主に森林地帯の奥深く、アズルヴェノムの巣の近辺に出現

・身体各所から蔦を自在に伸ばし、捕縛・締め付け・刺突を行う

・移動は遅いが、待ち伏せを得意とする

・アズルヴェノムを好んで捕食する

さらに視線を下へ移す。

・体内にアズルヴェノムの毒を中和・分解する成分を有する

「あっ、これ!」

思わず声を上げて、頁を指さした。探し求めていた情報。まさに、それだった。

ヴェルドリーパー。二足歩行する植物の魔物で、体内にアズルヴェノムの毒を分解・中和する成分を持つ存在。だからこそ、毒を持つ蜂型魔物を捕食しても平然としていられる。

この成分があれば!

「ロザンお父様、ヴェルドリーパーを捕まえたい! この魔物なら、体内に解毒成分を持ってる。これがあれば、毒を安全に扱える薬が作れる!」

勢いよく説明すると、ロザンお父様は顎に手を当て、短く息を吐いた。

「なるほど……。その魔物の素材を使って、毒を抑える薬を作るつもりなんだな」

「うん。ヴェルドリーパーがあれば、薬として成立する」

私の言葉に、ロザンお父様は一度だけ深く頷いた。

「魔物の討伐と捕獲なら、俺とアマリアに任せろ。必ず生きたまま、あるいは素材を傷めずに持ち帰ってくる」

「……ううん。私も行く」

即座に言い返すと、空気が一瞬、張り詰めた。

「ルイが? それは危険だ」

ロザンお父様の表情が、はっきりと険しくなる。

「ルイはまだ、前線で戦えるほどの力を持っていない。連れて行けば、守る側の負担が増える」

正論だ。私だって、それは分かっている。戦闘経験も少なく、足手まといになる可能性は高い。

それでも――。

「ちゃんと、ロザンお父様の言うことは聞く」

私は一歩も引かず、まっすぐに目を見て言った。

「絶対に無茶はしない。戦わないし、前に出ない。ただ……素材を見極めて、採取する。それだけ」

私が行かなければ、どこを、どう切り取るか分からない。欲しい成分を、無駄なく、確実に手に入れるためには私が必要だ。

「……約束できるか?」

「うん。危険なことはしない。必要なこと以外は、何もしない」

しばらくの沈黙のあと、ロザンお父様は重々しく息を吐いた。

「……分かった。ルイも連れて行こう。ただし、俺の指示には絶対に従え」

「うん! ありがとう!」

胸の奥が、ぱっと明るくなる。これで、必要な素材に手が届く。

ヴェルドリーパー。アズルヴェノムの毒を制御する鍵となる存在。

私は、確かに一歩、薬を完成させる未来へと近づいていた。