軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

42.オルフェン伯爵の説得

約束の日、私たちは王都にあるオルフェン伯爵の屋敷を訪ねた。さすがは伯爵家というべきか、屋敷はひと目で分かるほど大きく、装飾も豪華だ。

けれど、その威容に気後れしている暇はない。私は胸の内で気合を入れ直し、ロザンお父様と並んで屋敷の中へと足を踏み入れた。

案内された応接間で腰を下ろし、私は静かに呼吸を整える。必ず説得する。その決意を心に宿したまま、伯爵が現れるのを待った。

「待たせたね」

扉が開き、オルフェン伯爵が姿を見せた。

「やぁ、君がグレンジャー男爵か。トレイト・オルフェンだ。よろしく」

「お初にお目にかかります。ロザン・グレンジャーです。本日はお時間を割いていただき、ありがとうございます」

「同じく、ルイ・グレンジャーです」

そう名乗ると、伯爵は一瞬だけ私に視線を向け、わずかに目を細めた。

「あぁ、君が……。よろしく」

ロザンお父様が差し出された手を取り、握手を交わす。それに続いて、私はスカートの端をつまみ、貴族の礼に則って丁寧に一礼した。

挨拶が終わると、お互いにソファーに腰かける。

「遠いところ、よく来てくれた。早速で悪いんだが、本題に入らせてもらおう。錬金術についてだ」

すると、すぐにトレイト伯爵は本題を切り出してきた。

「話しは聞いた。なんでも、ルイ嬢は職業選定の儀式で世界で初の錬金術師という職業を与えられたそうじゃないか。前例のない職業で大変だったのではないか?」

「えぇ。確かに、前例のない職業だと聞いた時は驚きました」

そう前置きしてから、ロザンお父様は一度、私の方へと視線を向ける。その目には、隠しきれない誇らしさが滲んでいた。

「ですが、世界で唯一の職業を与えられたという事実は、父として誇らしく思っております。困難も多いでしょうが、それだけの価値がある力だと信じています」

「ほう……」

トレイト伯爵は短く相槌を打ち、興味深そうに顎へと手を当てた。

「確かに、世界で初という称号は重い。しかし同時に、可能性でもある。……それで、その錬金術というのは、具体的にはどのような魔法技術なのかな?」

探るような視線が、今度ははっきりと私へ向けられる。場の空気が、わずかに張り詰めたのを感じた。

私は背筋を伸ばし、ゆっくりと口を開く。

「錬金術は、ひとつの魔法だけで成り立つ技術ではありません」

言葉を選びながら、はっきりと告げる。

「素材に含まれる効力を抽出し、不要な成分を取り除いて、必要な形へと再構成します。その過程で、複数の魔法を同時に、あるいは連続して使用します」

「効力を……抜き出す、だと?」

「はい。素材から本来持つ力だけを取り出し、それを液体などのアイテムとして固定化する力です」

説明を終えると、トレイト伯爵はしばらく沈黙したまま、私を見つめていた。

「……なるほど。薬師が行う調合とは、根本的に違うわけだな」

そう呟く声には、感心と同時に、わずかな警戒が混じっている。

「素材の性質そのものに干渉し、力を作り替える技術……。それは確かに、既存の魔法体系からは外れている」

伯爵は目を細め、慎重な口調で続けた。

「便利である一方、扱いを誤れば危険にもなりかねない。……君の力、想像以上に厄介そうだな、ルイ嬢」

その言葉に、私は小さく息を吸い、正面から伯爵の視線を受け止めた。

「新しい技術というのは、往々にして危ういものだ」

トレイト伯爵はそう前置きし、静かだが重みのある声で語り始めた。

「検証が不十分な段階で使われる技術ほど、危険なものはない。特に、人体に影響を及ぼす薬となればなおさらだ。だから私は、薬は薬師が作るべきだと考えている」

伯爵はゆっくりと指を組む。

「薬師の調合には、長い年月の積み重ねがある。失敗も成功も、すべてが記録され、体系化されてきた。だからこそ、安心して使える。前例のない技術よりも、過去に裏打ちされた技術の方が信頼に値する」

その言葉を受け、ロザンお父様は一度だけ目を伏せ、それから真っ直ぐに伯爵を見返した。

「仰ることは理解できます。薬師の調合が、多くの経験と歴史に支えられていることも承知しています」

しかし、そこで言葉を切り、はっきりと続ける。

「ですが……薬師も、最初から今の信用を得ていたわけではないでしょう。かつては、何もないところから始まり、試行錯誤を重ね、失敗と検証を積み上げてきた。その結果として、今の信頼がある」

ロザンお父様の声には、揺るぎない信念が宿っていた。

「ならば、錬金術も同じです。今は始まったばかりでも、検証を重ね、実績を積み上げていけば、いずれは信用に足る技術になるのではありませんか」

「……理屈としては、正しい」

トレイト伯爵は小さく息を吐き、首を横に振った。

「だが、問題はそこではない。信用に足る技術と認められるまでには、膨大な検証が必要だ。その過程で――」

伯爵の視線が、ゆっくりと私へと向けられる。

「犠牲が出る可能性もある。その検証に、自分の家族を使う覚悟はあるのか?」

空気が、凍りついたように感じた。

「もし、人体に悪影響を及ぼす失敗作を生み出してしまったら? それを使った責任を、ルイ嬢――君は負えるのか?」

その声は責めるようでもあり、同時に諭すようでもあった。

「期待され、注目される立場で、その重荷を背負うのはあまりにも酷だ。君はまだ若い。新しい技術のすべてを背負わせるには、重すぎるのだ」

トレイト伯爵はそう結ぶと、私を案じるような眼差しで静かに見つめてきた。

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。

重すぎる、か。

確かに、怖くないと言えば嘘になる。失敗の可能性も、責任の重さも、分からないほど子供ではない。けれど、それでも。

私は一度、深く息を吸い込み、トレイト伯爵を真っ直ぐに見つめ返した。

「確かに、錬金術は新しい技術です。検証が足りないという点も、否定できません」

そう前置きしてから、はっきりと声を出す。

「でも、だからといって、最初から危険だと決めつけて、使われる機会すら与えないのは違うと思います」

伯爵の眉が、わずかに動いた。

「もし、少しでも危険があると判断したものは、外には出しません。それが出来ないのなら、錬金術師を名乗る資格はないと思っています」

私は視線を逸らさず、言葉を続けた。

「責任が重いのは分かっています。けれど、重いからといって背負わなければ、何も始まりません」

一瞬だけロザンお父様の方を見てから、再び伯爵へ。

「薬師だって、最初は同じだったはずです。失敗を恐れながら、それでも検証を重ねてきた。私は、その道を今歩き始めただけです」

応接間に、静寂が落ちる。

「それに――」

私は、少しだけ言葉を選び、覚悟を込めて言った。

「もし、錬金術が誰かを傷つける可能性があるのなら、その責任から逃げるつもりはありません。だからこそ、私自身が向き合います。誰かに押し付けたりはしません」

最後まで言い切ると、胸の奥で小さく震えていた不安が、確かな決意へと変わっていくのを感じた。

私はもう一度、トレイト伯爵を見据えた。

「重荷だと言われるなら、背負えるように努力します。それが、世界で初めて錬金術師になった者の責任だと思っています」

私の言葉を受け、トレイト伯爵はすぐには口を開かなかった。指を組んだまま、じっと私を見つめている。その視線は、試すようであり、同時に量るようでもあった。

やがて、ふっと息を吐く。

「……覚悟だけは、本物のようだな」

低く呟くその声から、先ほどまでの鋭さがわずかに抜け落ちている。

「口先だけで語る者は多いが、責任の重さを理解したうえで前に出る者は少ない。君は、少なくとも逃げるつもりはなさそうだ」

伯爵はゆっくりと背もたれに身を預け、そして結論を告げるように言った。

「だったら、それを証明してみせよ」

ロザンお父様が、はっとしたように顔を上げる。

「証明、ですか?」

「そうだ。言葉ではなく、行動でだ」

トレイト伯爵は立ち上がり、扉の方へと視線を向けた。

「ついてきなさい。二人とも」

それだけ告げると、控えていた使用人に短く指示を出す。私とロザンお父様は顔を見合わせた後、無言で頷き、伯爵の後に続いた。

案内されたのは、屋敷の奥にある一室だった。厚手のカーテンが窓を覆い、外の光はほとんど入らない。部屋全体が、どこか閉ざされた空気に包まれている。

扉が閉まった瞬間、私は違和感を覚えた。人が、いる。

部屋の中央。そこには、一脚の椅子が置かれ、その上に一人の少女が座っていた。

年の頃は、私よりも年上。俯いたまま、両手を膝の上で固く握りしめている。その表情はヴェールに隠れてよく見えない。

静まり返った部屋の中で、トレイト伯爵が低く言った。

「彼女が……私の娘だ。君に、その覚悟を証明してもらう相手になる」

そう言って、トレイト伯爵は静かに歩み寄り、娘と呼ばれた少女の前に立った。そして、ためらいのない手つきで、顔を覆っていた薄いヴェールを持ち上げる。

その瞬間、息を呑んだ。

少女の右半身に、異様な光景が広がっていた。

肌の下を這うように、青黒い脈が無数に浮き上がっている。血管というには太く、まるで別の何かが体内で蠢いているかのようだ。肩口から腕、首筋へと走るその線は、不規則に脈打っている。

右目の周囲にも、その青い脈は食い込み、白目にまで滲むように広がっていた。瞳はかすかに濁っており、見えているのか定かじゃない。

どこか侵食されている。そんな言葉が脳裏をよぎる。

少女は微動だにせず、椅子に座ったままだった。だが、両手は強く握りしめられ、指先が白く変色している。耐え難い姿に、必死に押し殺しているのが、痛いほど伝わってきた。

「君の錬金術で娘を治せるか?」

その声は試すようでもあり、悲痛な声に聞こえた。