作品タイトル不明
40.久しぶりのイルセ先生
「アマリアお姉様、待って!」
玄関の扉に手を掛けたアマリアお姉様を呼び止め、慌てて駆け寄った。
「どうしたの、ルイ?」
「昨日、やっと傷が治ったばかりなのに……もう行くの?」
「えぇ。ルイのポーションのおかげで、怪我は完全に治ったし、痛みもまったくないわ」
そう言って、アマリアお姉様は怪我をしていた脇腹を軽く叩き、問題ないと示してみせる。
「でも、一日くらい様子を見ても――」
「その必要はないわ。だって、ルイが作ってくれた薬なんだもの。ちゃんと完全復活したところを見せなきゃ」
にこりと笑って、さらに続ける。
「ルイの薬がどれだけ凄いか、みんなに言いふらすためにもね」
ポーションの性能を疑っているわけじゃない。だけど、治ったばかりで無理をするのは、やっぱり心配だ。とはいえ、この張り切りようを見る限り、止めても聞いてくれそうにない。
私は小さくため息を吐き、【素材保管】から一本の瓶を取り出した。
「……もし、また怪我をしたら大変だから。予備のポーション、作っておいたよ。持って行って」
「ルイが……私のために?」
「当たり前でしょ。怪我して動けなくなったら、困るじゃない」
「嬉しい!」
「わっ!」
ポーションを渡そうとした瞬間、正面からぎゅっと抱きしめられた。相変わらず力が強くて、ちょっと苦しい……!
「こんなに可愛いルイに心配してもらえたら、どんな強い魔物だって倒せそうだわ! ドラゴンでも一ひねりよ!」
「もう、大げさなんだから……ちゃんと持って行ってね」
「えぇ。怪我をしても、使わないようにするわ!」
「だから、そうじゃなくて! 怪我をしたら、すぐ使うの! いい?」
「うぅ……ルイが作ってくれたと思うと、使うのがもったいないんだもの……」
強い口調でいうと、アマリアお姉様はしょんぼりとした様子でポーションを受け取った。だけど、そのポーションを見ると、優しい顔になる。
「でも、心強いわ……。これがあるだけで、安心して戦えるもの。ルイ、本当にありがとう」
そう言って、アマリアお姉様は私の頭を撫でた。昨日から褒められ過ぎで、照れ疲れしそうだ。
「じゃあ、行ってくるわね」
「うん! 無事に戻ってきてね」
「もちろんよ。ルイが待っていてくれるんだもの。絶対に無事に戻ってくるわ」
そう言って、アマリアお姉様は玄関の扉を開けて外に出ていった。それを見送ると、やっぱりちょっとだけ不安な気持ちが膨らんでいく。
「ううん、絶対に大丈夫! さて、私は錬金術の研究でも始めようかな」
用事が済んだ私は自室に直行して行った。
◇
「この素材と、この素材を【調合】して……いや、【合成】かな? 二つの効果を併せ持たせるべきか、それとも一つの効果を極限まで強化するべきか……」
私は生活圏素材辞典に視線を落とし、ページをめくりながら思考を巡らせる。
同じ素材でも、組み合わせ次第で結果は大きく変わる。相乗効果が生まれることもあれば、互いの作用を打ち消し合って、かえって効力が落ちることもある。
「汎用性を取るなら複合効果。でも、即効性や確実性を求めるなら、単一特化……」
実際に調合すれば一番早く経験は積める。けれど、素材は有限だし、失敗は許されない場面も多い。だからこそ、事前に頭の中で何度も組み立て、結果を想像しておく必要があった。
素材の性質、効能の方向性、相性。それらを一つひとつ照らし合わせ、仮説を立てる。こうした積み重ねが、いざという時、迷わず最適解を選ぶ力になる。
「……うん。次に試すなら、この組み合わせが一番現実的かな」
私は静かに頷き、辞典の端に指を置いた。
そのまま次の素材の組み合わせを考えようとすると、扉をノックされた。
「はーい」
返事をすると、扉からメイドのレジーナが現れた。
「ルイ様、イルセ先生がお見えになりましたよ」
「えっ? 本当!?」
「はい。今、イザベル様の診察中です」
「だったら、行く!」
久しぶりのイルセ先生だ! 前に渡した薬がどうなったのか、ずっと気になっていたところだ。
私はすぐに部屋を飛び出して、イザベルお母様の部屋に向かった。
「イルセ先生、こんにちは!」
部屋に飛び込むと、そこにはイルセ先生の他、ロザンお父様も一緒にいるところだった。
「ルイ様。お久しぶりです」
「こら、ルイ。もう少し大人しく入ってこれんのか」
「えへへ、ごめんなさい。診察はどう?」
「はい、いつも通り滞りなく終わりましたよ。以前と変わらない結果です」
今回の診察も以前と変わらない内容だったみたいだ。イザベルお母様の容態が悪化してなくて、心底ホッとした。
「新しい痛み止めのおかげで、身体的な苦痛だけでなく、精神への負担も大きく軽減されています。その影響でしょう。良好な状態が安定して続いていますよ」
「はい。ルイのお薬のおかげで、穏やかな時間を過ごせています。毎日がとても楽になりました。ルイには、心から感謝しています」
「ルイが、もう立派に錬金術師として人の役に立っている。それが俺は誇らしい。本当に、よく頑張っているな」
そう言って、ロザンお父様は優しく私の頭を撫でてくれた。嬉しい。でも……さすがに褒められすぎな気もする。
「……それはそうと、イルセ先生! 以前渡した、私の薬はどうだった? 問題はなかったの?」
照れくさい気持ちを胸の奥に押し込み、私は本題を切り出した。
あの時、イルセ先生は革命が起きると言っていた。あの薬が、どんな評価を受けたのか――それが、どうしても気になっていた。
もしかしたら、すでに誰かを救っているのかもしれない。そう思うと、胸の鼓動が早まる。
期待を込めて視線を向けた、その瞬間――イルセ先生の表情が、ゆっくりと硬く曇った。
「……あの薬は、薬師協会に持ち込みました。成分、作用、錬金術による生成過程。そのすべてを、正式に説明しました」
少しの間をおいて、イルセ先生が口を開く
「ですが薬としての認可は、下りませんでした」
「え……?」
言葉が、喉につかえる。
「それどころか……錬金術によって薬を作る行為そのものが、現行の規定では違法だ、という意見が出たのです」
「違法……?」
重く、逃げ場のない言葉だった。まるで、これまで積み上げてきたものに、冷たい壁を突きつけられたかのように。
「そ、そんな……! 錬金術が違法だと!? そんな話があってたまるか!」
ロザンお父様は、怒りを隠そうともせず勢いよく立ち上がった。拳を握りしめ、床を踏み鳴らすその姿から、本気の憤りが伝わってくる。
「ルイの錬金術が、そんなふうに言われるなんて……」
イザベルお母様は胸元に手を当て、青ざめた表情で首を振った。
「何かの……何かの間違いではありませんか……?」
その二人を前に、イルセ先生は悔しそうに、しかし静かに首を横に振る。
「間違いではないでしょうね。新しい技術であるがゆえに、検証が不十分。それが、彼らの結論です」
「効果があると分かっていても、ですか?」
「ええ。たとえ結果が明白でも、既存の理論と手法から外れている以上、薬とは認められないそうです」
理屈としては分かる。けれど、納得できる話ではない。
「そんな理不尽があるか!」
ロザンお父様は声を荒らげた。
「錬金術は人を救うための、新しい道だ! それを頭ごなしに否定して、違法だなどと……!」
「イルセ先生……」
イザベルお母様が縋るように視線を向ける。
「どうにかなりませんか? このままでは、ルイの錬金術が……存在しないものとして扱われてしまいます」
一瞬、沈黙が落ちた。イルセ先生は目を伏せ、深く息を吸いそして、ゆっくりと顔を上げた。
「……正攻法では、難しいでしょう」
「それじゃあ――」
「ですが、方法がないわけではありません」
その声音には、決意が宿っていた。
「直接、薬師協会に出向きます」
「乗り込む、ということか?」
「ええ。錬金術の工程と、効果、その再現性をすべて示すのです」
理屈ではなく、実例で。書類ではなく、現実で。
「彼らが求めるのは安全性と再現性。ならば、それを完璧に満たしてみせましょう」
「でも、それって……」
「簡単ではありません。むしろ、危険です。失敗すれば、錬金術は禁止技術として正式に封じられる可能性すらある」
部屋の空気が、張り詰める。それでも。
「それでも、やるしかありません」
イルセ先生は、はっきりと言い切った。
「ルイ様の錬金術は、人を救える。本物です。それを知らないという理由だけで否定させるわけにはいかない」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。気づけば、私は小さく拳を握っていた。
「……私が行く」
「ルイ?」
「私が作った薬だもん。ちゃんと、自分で説明する」
大人たちが一斉にこちらを見る。
「錬金術が人を傷つける技術じゃないって、ちゃんと証明する」
こうして錬金術を違法とした世界に、真正面から挑むことが決まった。
薬師協会へ。錬金術の未来を懸けて。