軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34.傷を負ったアマリアお姉様(2)

「ふむ……」

「父さん、どう?」

「アマリアお姉様の……傷の具合は?」

私たちが息を詰めて見守る中、ロザンお父様は傷口から視線を上げ、重々しく口を開いた。

「急所は外れている。思っていたより、傷は深くない」

「本当?」

「……良かった」

その言葉に、張り詰めていた空気が一気に緩む。思わず、皆が同時に胸を撫で下ろしていた。

――だが。

「ただしこの傷は、何針か縫わなければならないな」

「そ、そんな……」

「また……体に傷跡が残るのか……」

縫う、という言葉がずしりと胸に落ちた。それは、ほとんど手術に近い処置だ。

この世界にも傷薬は存在する。だが、ゲームのように飲んだ瞬間、傷口がふさがるような都合の良いものはない。

実際には、傷を縫合し、薬効で少しずつ回復を促す。それが一般的な治療だ。回復魔法という手段もあるにはあるが、使える者はごく一部。高価で貴重な存在だった。

そんな現実の中でアマリアお姉様は、貴族の令嬢でありながら、生傷が絶えない。村を守るために剣を取り、魔物と相対し、自らの体が傷つくことを厭わない。

……お姉様は、いつもそうだ。誰かの代わりに前に出て、危険を引き受ける。その結果、体に残る傷さえも、迷いなく受け入れてしまう。

だから、心配で堪らなくなる。

横たわるアマリアお姉様の手を、私はぎゅっと握った。すると、お姉様はゆっくりとこちらに視線を向け、いつものように柔らかく笑ってみせる。

「心配かけたわね。でも、大丈夫よ。こんな傷、すぐに元通りになるから」

「でも……痛いことには変わらないよ。この痛み、代わってあげられたらいいのに……」

「この痛みを、ルイに?」

アマリアお姉様は、驚いたように目を見開いてから、きっぱりと言った。

「そんなこと、絶対にさせないわ。――っつ」

「アマリア、落ち着いて」

身じろぎした拍子に、痛みが走ったのだろう。それでもお姉様は眉を寄せただけで、すぐに表情を整える。

……きっと、これ以上私たちを心配させないためだ。痛みを押し殺してでも、いつもの調子を崩さない。その優しさが、胸に刺さる。

「まったく、アマリアは無茶をする」

治療の準備を進めながら、ロザンお父様が低く言った。

「この様子だと……魔力での攻撃が必要な魔物と戦ったな」

「えっ、また?」

「アマリア……」

この世界には、通常の武器では倒しきれない魔物が存在する。そういった相手が現れた場合、本来は魔力を扱えるロザンお父様が出るのが決まりだ。

――だが。

アマリアお姉様は、お父様を呼ばず、自ら対処してしまった。その事実に、私たちの胸はざわつく。

「いつも言っているだろう。その場合は、俺を呼べと」

「それだと、被害が出てしまうわ。勝てない相手じゃなかったし、私でも……」

「結果がこれだ」

ロザンお父様の声が、少しだけ強まる。

「怪我をするような相手と戦うな、と何度言えば分かる」

その言葉の重みを、アマリアお姉様も分かっているはずだ。それでも、お姉様は首を横に振った。

「いいえ。私は、もっと強くなる」

「アマリア……」

「だから、強い相手から逃げている場合じゃないの」

一瞬、部屋の空気が張り詰める。

「……強い敵と戦わないことは、弱さじゃない」

ロザンお父様は、静かに、しかしはっきりと言った。

「強さとは、自分の力を正しく理解することだ」

「理解しているわ。だからこそ、魔力が必要な相手でも勝てた」

「それは違う」

ロザンお父様は、真っ直ぐにアマリアお姉様を見据える。

「それでは、真の強さには辿り着けない」

二人の視線がぶつかり合う。まるで、怪我のことなど忘れてしまったかのように、互いに一歩も引かない。

私は、その様子を見つめながら、胸の奥で小さく息を呑んだ。

家族だからこそぶつかる想い。守りたい気持ちと、前に進みたい覚悟。どっちの気持ちも分かるし、どっちの気持ちも尊重したい。

だけど、今大事なのはそれじゃない。

「二人とも、喧嘩をしないで! 今は、アマリアお姉様の傷口を塞ぐのが先決だよ!」

「……そうだったな、すまん」

「ごめんなさい、ルイ」

私が二人に対して怒ると、二人は反省したように言葉を吐き出した。そんな二人を見て、ファルスお兄様が呆れたようにため息を吐く。

「アマリアの無事を確認出来たし、僕たちは一旦下がろう。父さんの治療の邪魔になる」

「うん。いい? 二人とも口喧嘩しちゃダメだからね。絶対だよ、絶対」

「わ、分かった……」

「もうこれ以上、口喧嘩はしないわ」

二人にそう約束させ、私たちは部屋を出ていった。

「というわけで……アマリアお姉様は、今は落ち着いているよ」

「途中で二人の口喧嘩が始まった時は、どう止めようか迷ったけど……ルイが間に入ってくれたんだ」

「そう……」

私たちの報告を聞いて、イザベルお母様は小さく息を吐いた。表情は柔らいでいるけれど、その瞳の奥には、まだ消えきらない心配が残っている。

「二人とも、教えてくれてありがとう」

そう言って微笑んではくれたものの、完全に安心した様子ではなかった。

「アマリアはね……昔から、家族のためなら自分のことを後回しにする子なの」

「……うん」

「だからこそ、兄弟であるあなたたちが、しっかり見ていないといけないわ」

静かだけれど、重みのある言葉だった。

「もちろん。そのつもりで、毎日頑張っているよ」

「私も!」

二人して答えると、イザベルお母様は少し驚いたように目を瞬かせ、すぐに優しく微笑んだ。

「ふふ……頼もしいわね」

そして、私たち一人一人の顔を、順番に見つめる。

「兄弟ってね、ただ血がつながっているだけの存在じゃないの」

「……?」

「嬉しい時も、辛い時も、同じ方向を向いて支え合える。時にはぶつかっても、最後には手を伸ばし合える。それが、家族よ」

イザベルお母様の声は穏やかで、胸にすっと染み込んでくる。

「アマリアが前に出すぎるなら、止めてあげる人が必要。ロザンが厳しくなりすぎるなら、間に立つ人が必要」

「……それが、私たち?」

「ええ、そうよ」

イザベルお母様は、そっと私たちの体に手を伸ばし、優しく抱きしめてくれる。

「一人では背負いきれないものも、兄弟で分け合えば、きっと軽くなるわ」

「……うん」

「……そうだね」

私は、ぎゅっと拳を握る。

「だから、困った時は一人で抱え込まないで。必ず、家族を頼りなさい」

「分かった」

「約束するよ」

その言葉を聞いて、イザベルお母様はようやく、心から安堵したように微笑んだ。

「ありがとう。あなたたちが一緒にいてくれるなら、きっと大丈夫ね」

その笑顔を見て、私は改めて思う。だったら、アマリアお姉様が私を頼ってくれるように、頑張るしかない。

そのためには、私が役に立つことを示すのが一番だ。

「イザベルお母様、ファルスお兄様。見てて。私、アマリアお姉様の傷を癒して見せる」