作品タイトル不明
33.傷を負ったアマリアお姉様(1)
「イザベルお母様、体調はどう?」
「ええ。ルイのお薬のお陰で、ずいぶん楽になったわ。……痛みがないだけで、こんなにも気持ちが明るくなるなんて、不思議ね」
そう言って、お母様は穏やかに微笑んだ。その表情を見て、胸の奥が少しあたたかくなる。
「良かった! 新しいお薬、補充しておくね。もし少しでも違和感があったら、我慢しないでちゃんと飲んで」
「ふふ、分かってるわ。先生よりも、今はルイの言うことの方が信用できるもの」
私は照れながら、小さな瓶に新しい薬を足す。これで、しばらくは大丈夫なはずだ。
「最近のルイは、とても忙しそうね」
「え?」
「ロザンやファルスのために、薬を作っていたんでしょう? 上手くいったの?」
心配そうに、でもどこか誇らしげにお母様が尋ねる。
「うん。大変だったけど、ちゃんと効果は出たよ。ロザンお父様も、ファルスお兄様も、前よりずっと元気になったの」
「そう……良かったわ」
お母様は静かに息を吐き、胸に手を当てた。
「ルイの錬金術は、本当に凄いのね。どんな病気も、こうして少しずつ良くしてしまうんだから」
「えへへ……でも、まだまだだよ」
私は首を横に振り、ぎゅっと拳を握る。
「素材の知識も足りないし、調合だって、もっと良く出来るはず。だからね、これからもっと沢山の素材を探すの」
「ルイ……」
「錬金術で、みんなの体をちゃんと治してあげたい。痛いのも、苦しいのも、我慢しなくていいように。家族が、毎日笑っていられるように」
そう言うと、お母様は驚いたように目を瞬かせてから、そっと私の頭に手を伸ばした。
「ありがとう、ルイ。でもね……無理だけはしないで」
「大丈夫。だって、家族のためだもん」
その言葉に、お母様は少し目を潤ませて、優しく笑った。
「本当に……優しい子ね」
その笑顔を守りたい。ただそれだけの気持ちが、胸の奥で静かに、でも確かに燃えていた。錬金術は手段だ。目的は家族の健康と、幸せな日常。
絶対に錬金術をもっと上手く使えるようにする。私は心の中でそう誓いながら、イザベルお母様を気遣う。
「私のことはいいから、イザベルお母様は自分の事を考えて。ちゃんと食事は取れている? 睡眠は十分に取った?」
「ふふっ。これじゃあ、どちらが親なのか分からないわ」
「私はイザベルお母様のお医者さんみたいなものだからね。イルセ先生が来ない間は、私が責任を持たなきゃ」
「だったら、私はルイの言うことを聞かないといけないわね」
痛み止めが出来てから、こんな風に冗談を言い合えるようになった。体調がいい、わずかな時間だけど、交流が持てて心が温まる。
この時間がずっと続けばいい。そう思っていた時、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
一体、どうしたんだろう? そう思っていると、扉がノックされて、乱暴に開かれた。
「ルイ様! こちらにいらしたのですね!」
「レジーナ? どうしたの?」
「アマリア様が、先ほど村に戻られたのですが……その、怪我をされていて……」
「えっ? アマリアお姉様が?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。全身から、すっと血の気が引いていくのが分かる。
この土地は王都から遠く離れた辺境にあり、人の生活圏と自然との境界が曖昧だ。村を一歩出れば、そこはもう魔物の生息域。森や岩場には常に危険が潜み、油断すれば命を落としかねない。
そんな環境の中で、村が今も平穏を保てているのは――アマリアお姉様の存在があったからだ。
剣士であるアマリアお姉様は、村の周囲に現れる魔物を毎日のように討伐している。誰かが怪我をする前に。家や畑が荒らされる前に。危険の芽を摘み取るため、自ら進んで外へ出ていく。
それは、誰かに強制された役目ではない。「自分がやる」と決めて、危険な仕事を引き受け続けているのだ。
だからこそ、これまで大きな被害は出ていない。村の平和は、アマリアお姉様が日々、命を賭けて守ってきたものだった。
――けれど。
その積み重ねた危険が、ついにお姉様自身の体を傷つけた。そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
怪我……どれくらい、酷いの? 私はそう思いながら、無意識のうちに拳を握りしめていた。
「今、アマリアお姉様の所へ行くわ」
そう言って、立ち上がった時――手をギュッと握られた。振り向くと、不安げな表情をしたイザベルお母様がいた。
「ルイ……。アマリアの事が分かったら、知らせにきて頂戴」
「うん、分かった。必ず、お母様の所に来るよ」
アマリアお姉様が怪我をしたと聞き、イザベルお母様も気が気じゃないみたいだ。必ず戻る事を伝えると、私は急いで部屋を飛び出していった。
◇
「アマリアお姉様!」
叫ぶように名前を呼びながら、私はアマリアお姉様の自室へ飛び込んだ。部屋の中には、すでにロザンお父様とファルスお兄様の姿がある。
そして、ベッドの上。
アマリアお姉様は、上半身を少し起こした状態で横たわっていた。血の匂いが微かに漂っている。その光景を目にした瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。
考えるより先に、私はベッドの傍へ駆け寄っていた。
「怪我は……!? どこをやられたの? 深いの!?」
「落ち着け、ルイ」
低く、しかしはっきりとした声がかかる。
「今、傷の状態を確認しているところだ」
ロザンお父様はそう言いながら、慎重な手つきで傷の位置を確かめていた。
町にいるイルセ先生は、今この村にはいない。医者がすぐ駆けつけてくれる状況ではなかった。
だからこそ、ここにいる者たちで、どうにかしなければならない。
この中で最も怪我の手当てに慣れているのは、長年現場に立ってきたロザンお父様だ。戦いや事故に何度も立ち会ってきた経験が、今はイルセ先生の代わりとなっている。
私は息を整えながら、アマリアお姉様の顔を見る。苦しそうに眉を寄せてはいるが、意識ははっきりしている。
良かった、意識はある。だったら、きっと大丈夫なはずだ。そう自分に言い聞かせながら、ロザンお父様の診察が終わるのを待っていた。