軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3.ズルート茶の試飲

「ロザンお父様、ファルスお兄様!」

私はお茶の入ったビーカーを手に、勢いよく執務室へ突撃した。

「どうしたんだ、ルイ。今は仕事中だぞ」

「まぁまぁ、父さん。ルイがこんなふうに飛び込んでくるなんて、何か良いことでもあったんじゃない?」

ロザンお父様が少し不機嫌そうに眉をひそめるが、ファルスお兄様が穏やかな笑みを浮かべて、その場を和らげてくれる。

「錬金術を使って、茶葉からお茶を抽出してみたの。二人に飲んでほしくて」

「ほう……もう錬金術を試しているのか。感心だな」

「初めての職業だっていうのに、ずいぶん余裕そうだね。そんなに嬉しそうな顔をして」

そう言われて、二人の表情がふっと柔らいだ。

どうやら、私が錬金術をちゃんと使えているか、内心では心配していたらしい。けれど、こうして成果を持ってきたことで、その不安が一気にほどけたようだった。

「それにしても……ルイがお茶を淹れてくれる日が来るとはな。お転婆だったルイが、だぞ?」

ロザンお父様はしみじみと呟き、目頭を指で押さえる。

「ちょっ、泣かないでよ……」

「うぅ……成長したなぁ……」

「いや、泣くほどのことじゃないでしょ……」

「それだけ嬉しいってことさ。もちろん、僕も同じくらい嬉しいけどね」

「いや! 俺が一番嬉しいに決まっている!」

……そこ、張り合うところなの?

「まったく、父さんはルイのことになると本当に甘いんだから」

ファルスお兄様は苦笑しつつ、私の方を見る。

「じゃあ、せっかくだ。早速いただこうかな?」

「俺の分も頼む」

二人はカップを手に立ち上がり、私のそばへ寄ってきた。差し出されたカップに、出来立てのお茶を静かに注ぐ。

その瞬間、二人の表情がわずかに変わった。

「……これは、いつものお茶か?」

「うん。教えてもらった茶葉を使ったよ」

「え、同じもの? 同じ茶葉で、こんなに変わるのかい?」

「香りがまるで違うな。それに、色も澄んでいる。どう見ても、いつものお茶じゃない」

二人の視線が、ゆっくりと私に向けられた。まるで、一体何をした、と言わんばかりだ。

「これが錬金術の効果だよ。ちゃんと茶葉の成分を抽出できたから、匂いも色も良くなったの」

「錬金術とは……茶葉から正しく成分を引き出す力、というわけか。なるほど」

「だったら、ルイの将来はお茶汲み職人かな?」

「もう! お茶だけじゃないよ。色んな素材から成分を抽出できるんだよ。たぶん」

「そこは、まだ未知数なんだね」

くすっと笑いながらも、ファルスお兄様は優しく目を細めた。

「でも……ルイが錬金術を使ってくれて、本当に良かったよ」

「……そうだな」

しみじみし始めた二人を見て、私は我慢できずに声を上げた。

「それより、早く飲んで! 感想、聞かせて!」

二人は顔を見合わせて、どこか楽しそうに笑った。

「はは、せっかちだな」

「じゃあ、いただこうか」

「あぁ」

そう言って、二人は同時にカップを口に運んだ。

どうだろう? ちゃんと、美味しいって思ってくれるかな?

ドキドキしながら見守っていると――二人の目が、ほぼ同時に見開かれた。

「な、なんと……!」

「こ、これは……」

「ど、どう!?」

その反応は何!? 思わず前のめりになる。

「信じられないほど、飲みやすい……!」

「渋みがまったく刺さらない。香りだけが、すっと残る……」

「いつもの、あの嫌味な苦さがない……本当に同じ茶葉なのか?」

ファルスお兄様はカップを見つめ、ロザンお父様はもう一口、確かめるように飲んだ。

「……美味い」

「これは、仕事中が捗る味だよ」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぱっと明るくなった。

「ほ、本当!?」

「ああ。本当だ」

「むしろ、今までのお茶が何だったのかと思うくらいだよ」

二人は顔を見合わせ、少し困ったように笑った。

「これなら、無理に気合を入れなくても飲めるな」

「父さん、いつも顔をしかめて飲んでたもんね」

「……あれは、覚悟を決めて飲んでいたんだ」

そんなやり取りを聞きながら、私はぎゅっと拳を握る。

「……よかった」

私の錬金術が役に立った。いつも大変な二人の力になれたんだ。それだけで、胸がいっぱいになる。

「すごいよ、ルイ」

「これは、立派な成果だ。錬金術師としても、家族としても」

ファルスお兄様が柔らかく微笑み、ロザンお父様が深く頷く。

「このお茶のおかげで、仕事の負担も随分と減るだろう。ルイ、ありがとう」

「減るどころじゃないよ。仕事が捗る味だよ。ありがとね、ルイ」

二人は私に近寄ると、優しく頭を撫でてくれる。

「えへへ……」

頑張ってよかった。本当に、そう思えた瞬間だった。

けれど、その空気がふっと揺らぐ。ロザンお父様が、手にしたカップを見つめたまま、どこか寂しそうに口元を歪めた。

「……この味なら、イザベルにも飲ませてやりたいな」

「……そうだね」

ファルスお兄様も、静かに頷く。

その名前が出た瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられた。イザベルお母様は、長い間、病に伏している。

体の節々が痛み、内臓の働きも少しずつ衰えていく。日によって症状はまちまちで、起き上がれる日もあれば、丸一日ベッドから動けない日もある。

薬師や医師にも診てもらった。出来ることは、痛みを和らげる薬を処方するくらい。それ以上の治療法はなく――。

「……不治の病、だからね」

ファルスお兄様が、ぽつりと呟いた。その言葉に、執務室の空気が重くなる。

「このままでは、少しずつ体が弱っていく。治す術はない、か……」

それは、この家では誰もが知っている事実だった。だからこそ、誰も軽々しく口にしない。

でも。私は、そっと自分の手を見つめた。

さっきまで、確かにこの手で結果を出した。正しく成分を引き出し、不要なものを取り除き、今までよりもずっと良いものを作った。

錬金術。素材の力を、正しく引き出す技。

「……ねえ。もしかしたら、だけど」

私のささやきに、二人が私を見る。

「お母様の病気も……錬金術で、どうにか出来るかもしれない」

一瞬、沈黙が落ちた。

「……ルイ」

「それは……」

「無理だって、思う?」

自分でも分かる。希望的観測だ。軽々しく言える話じゃない。でも――。

「不治の病って言われてるのは、今までの方法で治せないってだけだよね」

「……」

「だったら、まだ試されてない方法があっても、おかしくないと思う」

錬金術は、この世界に存在しなかった力。新しい職業だけど、そこには新しい可能性が眠っている。

「素材の成分を正しく取り出せるなら、体に必要なものも、きっと……」

そこまで言って、少し不安になる。期待させすぎるのは、怖い。けれど。

「……希望が、ないわけじゃないな」

ロザンお父様が、低く、しかし確かな声で言った。私を見る目はどこまでも優しい。期待をしたいけれど、期待をかけ過ぎたくない。そんな思いで溢れていた。

「まだ何も分からない。でも……ルイがそう言ってくれるだけで、救われるよ」

ファルスお兄様が優しく微笑む。まだ未知の錬金術に可能性を感じてくれている。その言葉に、胸が熱くなる。

今は、まだ確証なんてない。だけど――。

私の錬金術は、確かに今まで出来なかったことを可能にした。

「……まずは、調べてみる」

私は、小さく拳を握った。

「お母様の病気に、何が必要なのか。錬金術で、出来ることがあるか」

それは、決意だった。家族のために。そして、お母様のために。

この力を私は使う。