作品タイトル不明
23.再生の湯の効果
「……お湯は、よし」
浴槽いっぱいに張ったお湯から、ほわほわと白い湯気が立ち上る。指先に触れる空気まで温かくて、このまま何もせずに入ってしまいたくなる。
でも、今日はそれだけじゃない。
「じゃあさっそく、再生の湯を垂らしてっと……」
小瓶を傾けると、透明な液体がぽたり、ぽたりと湯面に落ちた。再生の湯は、水面に波紋を広げながら、すっと溶け込んでいく。
色も、匂いも変わらない。……変わらなさすぎて、逆に不安になる。
「……大丈夫、だよね?」
以前のやらかしが脳裏をよぎり、胸の奥がひくりとする。私は念のため、お湯に鑑定をかけた。
【再生の湯入りのお湯】
・温かいお湯
・この湯に浸かると、筋肉の緊張を和らげ、血行を促進し、自己回復能力を高める
「……うん。ちゃんと効果、付いてる」
思わず小さく息を吐く。
「理論上は問題なし。だったら……実地確認だよね」
私は調合続きで疲れ切った手を、恐る恐る湯の中へ差し入れた。
――瞬間。
「あ……」
じんわりとした温かさが、皮膚を越えて奥まで染み込んでくる。強い刺激はないのに、凝り固まっていた筋肉が、ゆっくりとほどけていくのがはっきり分かる。
血が巡り、疲労が溶ける。手が、軽い。
「おぉ……これは……」
思わず声が漏れた。
「凄い。ちゃんと、効いてる……!」
湯から手を引き上げながら、私は満足そうに頷く。
「これなら……うん。期待、できるね」
再生の湯は、間違いなく成功だった。後はこのお湯にロザンお父様を浸からせるだけだ。
私は浴室から飛び出すと、執務室に向かった。
「ロザンお父様!」
「ん? どうした、そんなに慌てて」
「ロザンお父様の体の調子を整える薬ができたの! 効果もちゃんと確認した! だから、お湯に入って!」
「……お湯に?」
「いいから、早く!」
「お、おい!?」
私は有無を言わせず腕を掴み、椅子から引き上げた。そのまま半ば引きずるようにして、浴室へ向かう。
「薬って、この前話していたあれか?」
「うん、そう! だから、入って!」
「本当に作ってしまうとは……」
ロザンお父様は呆れたように息を吐き、それから柔らかく笑った。
「よくやったな、ルイ」
大きな手が、ぽん、と頭に乗る。
「お湯に薬を混ぜてある、というわけか……分かった。折角お前が作ってくれたものだ。ありがたく使わせてもらおう」
そう言って服を脱ぎ、慎重に足を運びながら浴槽へ向かう。そして、ゆっくりと湯に体を沈めた。
「……ふぅ……」
湯に浸かった瞬間、空気が変わった。
「……」
「……ルイは、ここにいるのか?」
「うん。効果、見たいから」
「……そうか」
少し気恥しそうに視線を逸らすロザンお父様。申し訳ないとは思うけれど、ここは譲れない。
私はすぐさま鑑定を走らせる。
【状態:慢性的筋疲労/筋力低下】
【部位:右脚・腰部・背部・右肩】
【原因:長時間の座位姿勢による筋硬直、血流不良、過度な代償動作の蓄積】
【備考:左上肢・左下肢欠損により、右半身へ負荷が集中】
【現状評価:回復が追いつかず、痛みと可動域低下が進行中】
うん、以前と変わらない。ここから、どう変わるか。じっと見つめていると、ロザンお父様の眉がぴくりと動いた。
「……おや?」
次の瞬間。
「おっ……これは……!」
目を見開き、湯の中の自分の腕を見つめる。
「どう? 効いてきた?」
「血が……流れているのが、分かる……!」
すると、今度は驚いたように肩を回す。
「固まっていた筋肉が、内側から溶けるように解れていく……いや、違うな。身体そのものが、若返っていく感覚だ!」
腰に手を当て、ゆっくりと動かす。
「痛みが……ない。いつもなら、ここで必ず鈍い痛みが走るのに……!」
今度は、右脚。試すように力を込めると、スムーズに動くのが分かる。
「動く……重さが、違う……!」
「本当!?」
「ああ。確実に軽い……いや、これは軽いなんてものじゃない」
信じられないものを見るように湯舟を見る。
「こ、これが……ルイの作った薬の効果、なのか?」
その声は、震えていた。だから、笑顔でいう。
「うん、私が作ったの!」
「……そうか。ルイは凄い薬を作ったんだな。ありがとう」
ロザンお父さんはにこやかに笑い、私の頭を撫でてくれた。褒めてくれるのは嬉しいけれど、それ以上にロザンお父さんの体の調子が良くなった方が嬉しい。
「じゃあ、体の不調が治るまで浸かっていて!」
「あぁ、そうさせてもらおう」
私は終わった後に期待しながら、浴室から出ていった。
◇
「ルイ、上がったぞ」
浴室の扉が開き、ロザンお父様がにこやかな表情で姿を現した。頬にはほんのり血色が戻り、立ち姿もいつもよりずっと堂々としている。
「体の調子はどう?」
「まるで現役時代に戻ったみたいだ。今なら……そうだな、片手でもドラゴンを倒せそうなくらい軽い」
「本当に!?」
「ああ。本当にだ。冗談じゃない。それくらい、体が言うことをきく」
力強く頷くその姿に、胸の奥がじんわりと熱くなる。声にも、動きにも、迷いや痛みの影がない。
でも、念のため。
「ちょっと、鑑定させてね」
私は集中し、ロザンお父様へ鑑定をかけた。
【状態:完全健康】
【筋疲労:なし】
【慢性痛:消失】
【血流状態:極めて良好】
【可動域:年齢平均を大きく上回る】
【筋肉状態:柔軟性・反応速度ともに最適】
【備考】
・長年蓄積されていた筋硬直、血行不良は完全に解消
・代償動作による負担の痕跡なし
・現状、日常生活および戦闘行動に支障なし
「……!」
思わず、息を呑んだ。
「すごい……完全に、治ってる」
「はは……そうか」
ロザンお父様は、自分の手を開いたり握ったりしながら、穏やかに笑う。
「痛みがないだけじゃない。身体が、ちゃんと自分のものに戻った感じがする」
「良かった……本当に……」
胸いっぱいに広がる安堵と、達成感。それを噛みしめながら、私は思う。これは、成功だ。間違いなく。
すると、ロザンお父様が片手で私を抱き上げた。
「俺の娘は凄いな! 天才だ!」
「ロ、ロザンお父様……」
「本当にお前は良くできた子だ」
満面の笑みで頭をこすり付けてきた。褒めてくれるのが嬉しくて、私は自然と笑った。
私の作った薬が効いて本当に良かった。
初めての調合は決して簡単ではなかった。手順を間違えれば失敗し、成分のバランスを崩せば、ただの無駄になっていたはずだ。それでも私は、やり遂げた。
この方法を使えば、複数の成分を一つにまとめられる。それぞれの力を打ち消すことなく、むしろ相乗させて引き出すことができるのだ。
ならば、次に生まれる薬は、もっと強く、もっと優しい効果を持つだろう。
錬金術の可能性は、底知れない。一つの成功が、新しい発想を生み、さらに次の挑戦へと繋がっていく。
この魔法を使って、まだ誰も見たことのないアイテムを作り出す。
それで、家族のみんなを治すんだ。