作品タイトル不明
22.ロザンお父様の薬の調合(3)
【ラクリマの液】【ルーファの液】【アレア花の液】。三つの抽出液が完成した。いずれも成分の状態は良好。抽出精度も申し分ない。
問題は、どう使うかだ。けれど、その答えはすでに頭の中にあった。
「この液をお風呂のお湯に混ぜて、体を浸からせる。そうすれば、全身の不調を整えられるはず」
ルーファの根は食用に適さない、と資料には明記されていた。つまり、飲用以外の方法を取る必要がある。
外用となれば、肌から成分を浸透させるのが自然だ。だが、薬液を全身に塗り広げるのは、正直あまり気持ちのいいものではない。
そこで思いついたのが入浴だ。
「お湯に混ぜれば、全身に行き渡るし、不快感もない。何より、気持ちいい」
我ながら、理にかなった方法だと思う。問題があるとすれば、本当に効果が出るかどうか。それだけだ。
私は洗面器を召喚し、水を張る。湯へと変え、その中へ三つの液を慎重に垂らした。
「……じゃあ、まずは手だけ。少し失礼して」
調合続きで疲れている右手を、そっと湯の中へ沈める。筋肉の緊張を和らげ、血行を促進し、自己回復を助ける。理屈の上では、完璧なはずだった。
じっと目を閉じ、感覚に集中する。
……けれど。
どれだけ待っても、手が軽くなる気配はない。疲労が抜ける感触も、温かさ以外、何も伝わってこなかった。
「……おかしい」
私は眉をひそめ、洗面器の中のお湯を鑑定する。
【壊れた成分が入ったお湯】
・複数の成分が互いに反発し、機能を失っている
・温かいお湯
「……え?」
思わず、声が漏れた。
「う、嘘。成分が、壊れてる!?」
勢いよく立ち上がる。どれも正しく抽出したはずの成分だ。ただ混ぜただけで、壊れるなんて。そんな話、どこにもなかった。
「反発……? どうして……?」
思わず、力なく呟いた。胸の奥が、すとんと落ちる。期待していただけに、その落差が大きかった。
失敗だ。
せっかく正しく抽出できたはずの成分が、ただ混ぜただけで壊れる。考えていた方法が、根本から否定されたような気分になる。
「……はぁ」
小さく息を吐くと、肩が自然と落ちた。
けれど。
私は、ぎゅっと拳を握りしめる。
「落ち込んでる場合じゃない」
成分自体は、間違いなく正しく抽出できている。問題は、その先だ。
「合わせた瞬間に反発したってことは……まだ、何か足りない工程があったはず」
視線が自然と洗面器へ戻る。壊れた成分を含む、ただの温かいお湯。
「そう。成分は作れた。でも、組み合わせるための手順が抜けてたんだ」
ガクッと落ちた気持ちを、無理やりではなく、確かに立て直す。これは失敗じゃない。次に進むための情報が増えただけだ。
「……よし。もう一度、考え直そう」
そう呟いて、私は頭を切り替えた。
「ゲームではどうしてたっけ? 調合する時に使ったもの……。そうだ、中和剤っていうのがあったな」
思い出す。あれは、属性の違う素材同士を合わせる時に、必ず必要になる存在だった。
「中和剤は……性質の違う成分同士が、ぶつからないように間に入るもの」
火と水、光と闇。相反する属性をそのまま混ぜれば、反発して壊れるのは当たり前だ。だからこそ、中和剤で性質を均してから、ひとつにまとめていた。
「そういえば……ゲームでは、ただ混ぜるだけじゃなかった。調合っていう魔法を使ってた」
素材を並べ、魔力を流し込み、意図した形へとまとめ上げる専用の工程。中和剤を使わなくても、調合魔法そのものが、性質の衝突を抑えてくれていた。
つまり。
「やり方は、二つある」
中和剤を使って、物理的・化学的に成分を整える方法。もしくは、魔力を介して成分を制御する、調合という魔法の方法。
「どっちが、この世界で再現できるか……。まずは、中和剤の素材を探そう」
私は【素材保管】から生活圏素材辞典を取り出し、内容を読み込んだ。だけど、そこには中和剤らしき素材は見当たらなかった。
「なるほど……。だったら、この世界では中和剤が使えない。となると、残りは……錬金術のほう」
ステータス画面を開き、錬金術の項目をチェックする。一つずつ丁寧に見ていくと――。
「あった! 【調合】!」
私の予想は当たった! この魔法があれば、三つの成分を一つにまとめることが出来る!
早速、容器を準備して、その中に三つの液体を入れた。それから、混ぜ棒を入れてかき混ぜる。
「よし、【調合】!」
調合の魔法を発動する。すると、指先に違和感を覚えた。三つの気配を感じるのは、きっと成分のことだ。なるほど、調合の魔法を使うと成分の気配が分かるんだ。
とりあえず、そのまま【調合】の魔法を発動させながらかき混ぜた。最初は良い感じにまとまっていたが、次第に混ぜ合わなくなってしまう。
「あれ? なんか……反発しているような」
不安が一気に押し寄せてくる。なんとか、慎重に魔法を発動させるが、上手く混ぜ合わない。そして、どんどん反発は強くなり――液体がカッと光った。
ボン!
「わっ!」
液体が破裂し、白い煙が発生した。
「げほっ! ごほっ! こ、これは?」
煙を手で仰いで、容器を見る。すると、容器の中の液体はどす黒く変色していた。
「わー……これは分かりやすい失敗」
成分が反発し合って、調合が失敗したようだ。この光景……ゲームに似ている。
「んー……。混ぜ合わせるのが結構難しい。もっと、繊細にやっていかないと、同じ目に合う」
今のでなんとなく感覚が掴めた。だから、次は成功するはずだ。
新しい容器を用意し、その中に三つの液体を入れる。混ぜ棒を入れてかき混ぜ、【調合】を発動させる。
「慎重に……慎重に。反発させないように、優しく……」
自分に言い聞かせながら、【調合】を発動させる。最初は問題なく、三つの液は素直に溶け合っていった。
けれど、途中でぴたりと動きが止まる。見えない壁に押し返されるような、嫌な感触。
「……焦らない。大丈夫」
呼吸を整え、魔力の流れを細く、丁寧に調整する。押し込むのではなく、寄り添うように。
すると――。
反発していた成分が、ゆっくりと、ゆっくりと溶け合っていく感覚が伝わってきた。
「……これ。これだ、この感覚……!」
ぐるり、ぐるりと、渦を巻くように混ざり合い、やがて三つはひとつの流れになる。抵抗が消え、指先に伝わるのは、静かで安定した手応えだけ。
「あ……一つに、なった……?」
恐る恐る鑑定する。
【混合液】
・三つの成分が安定して融合した液体
・筋肉の緊張を和らげる
・血行を促進する
・自己回復能力を高める
「……っ!」
思わず、拳を握りしめた。
「やった……! ちゃんと、合わさってる……!」
失敗しかけた不安も、張りつめていた緊張も、一気に弾けていく。胸の奥から、じんわりと喜びが込み上げてきた。
「これはもう、ただの混合液じゃないよね」
私は少しだけ誇らしい気持ちで、その液体を見つめる。
「よし。名前、決めよう」
体を癒やし、整え、回復を助ける。そんな願いを込めて。
「回復促進薬バス用? ……ううん」
一瞬考えて、首を振る。
「再生の湯だ!」