作品タイトル不明
21.ロザンお父様の薬の調合(2)
「じゃあ、次はルーファの根だ」
私は作業台の上に素材を並べ、軽く息を整えた。淡い土の匂いをまとった根は、表面がごつごつとしていて、ところどころに細長い茎と葉がそのまま残っている。見た目は野草そのものだが、薬草としてはそれなりに名の知れた存在だ。
「えーっと……まずは基本からだね。一応、鑑定しておこう。成分はどこに含まれているのかな?」
意識を集中させ、鑑定を発動する。
【ルーファ】
・川辺に自生する薬草
・茎より上部は活用方法はない
・根の部分に血行を促進する成分が含まれている
・食べると辛味が強く、食用には向かない
「うん、やっぱりそうだよね」
想像通りの結果に頷く。重要なのは根だけ。茎や葉は、今回は完全におまけだ。
「じゃあ、この茎の部分は……【切断】っと」
魔法を使うと、刃物を使ったかのように茎と葉がすぱっと分離した。作業台の上には、ずっしりとした根の部分だけが残る。
「これで下準備は完了。さてと、問題はここからだね」
私は根を手に取り、少し考える。今までの経験上、水に成分を溶かし出すのが一番手軽で確実な方法だ。
いつものように容器に水を注ぎ、その中にルーファの根を丸ごと沈める。混ぜ棒でゆっくりとかき回しながら、【成分抽出】を発動した。
しばらく様子を見てから、私は容器を覗き込み、再び鑑定する。
【水】
・ただの水
「……うん。まあ、そうだよね」
苦笑しつつも、想定の範囲内だ。常温の水で簡単に溶け出すほど、都合のいい成分じゃない。
「じゃあ、次は定番。温度を上げてみよう」
今度は容器に手をかざし、【温度上昇】を発動。水はじわじわと熱を帯び、やがて湯気を立てるお湯へと変わった。そのまま、再び【成分抽出】を行う。
「これなら、さすがに……」
期待を込めて鑑定する。
【お湯】
・ただのお湯
「ダメかー!」
思わず声が出た。
「どうして!? 水でもダメで、お湯でもダメって……」
私は容器の中の根を見つめる。見た目には、何一つ変化がない。色も、匂いも、濁りすらしない。
「血行促進の成分があるって書いてあったのに……」
つまり、問題は溶媒か、方法か。それとも――。私は混ぜ棒を止め、腕を組んで考え込んだ。
「……んー、何がだめなのか」
ジーッと根を観察する。この形……なんか見覚えが……。
「……ショウガ、に似ている」
ふと、頭に浮かんだのは前世の記憶だった。ショウガは皮をむくというより、切った瞬間に断面から独特の香りと成分が立ち上る。つまり、重要なのは中身を外に晒すこと。
「じゃあ、このルーファの根も同じかも」
一瞬、皮を剥ぐべきかとも思ったが、すぐに首を振る。
「いや、皮をむく必要はない。このまま輪切りにして、内部を外気と水に触れさせればいいんだ」
理屈が立てば、あとは試すだけだ。
私は容器からルーファの根を取り出し、まな板の上に置く。ずしりとした重みが、根に栄養が詰まっていることを物語っていた。
「【切断】」
スキルを使うと、根は一定の厚みで次々と輪切りになっていく。断面は瑞々しく、ほんのり刺激のある香りが立ち上った。
「……やっぱり、こっちだ」
確信を深めながら、輪切りにした根を再び容器へ戻す。先ほど温めておいたお湯の中に沈め、混ぜ棒でゆっくりとかき混ぜながら【成分抽出】を発動した。
「さて、どうかな……鑑定」
【???】
・微量の血行を促進する成分が含まれている
「おっ……!」
思わず声が弾む。確かに、ほんのわずかだが反応があった。
「よし、このまま続行……【成分抽出】」
混ぜる手を止めず、意識を集中させる。
【???】
・少量の血行を促進する成分が含まれている
「増えてる!」
液体の色が、わずかに変わった気がした。気のせいじゃない。確実に成分が溶け出してきている。
「だったら、もう少し……!」
さらに抽出を続ける。
【ルーファの液】
・血行を促進する成分が含まれている
「キターッ!」
思わず両手を握りしめた。失敗続きだっただけに、この成功は素直に嬉しい。
「うん、これは文句なしの成功だよね」
容器の中の液体を見つめながら、満足そうに頷く。これなら、狙い通り血行を促進する効果が期待できるはずだ。
「よし、二つ目完了!」
私は気持ちを切り替え、次の素材へと視線を向けた。
「この調子で……最後はアレアの花だね」
アレアの花を机の上に置き、私は改めて鑑定をかけた。欲しいのは、どこに成分が含まれているのか。その一点だ。
【アレアの花】
・森の明かりが少ない場所に自生する
・花びらに自己回復能力を高める成分が含まれている
・ハチの好物
「……花びら、だね」
間違いない。成分の所在を確認すると、私は花から丁寧に花びらだけを摘み取った。余計な部分は混ざらないよう、慎重にだ。
新しい容器に水を張り、その中へ花びらを入れる。混ぜ棒で軽くかき混ぜながら、【成分抽出】を発動した。
「さて……どうかな?」
【???】
・微量の自己回復能力を高める成分が含まれている
「あ、出てきた……?」
思わず声が漏れる。だが、期待してもう一度【成分抽出】を重ねると――。
【???】
・微量の自己回復能力を高める成分が含まれている
「……増えてない」
さらにもう一度。
【???】
・微量の自己回復能力を高める成分が含まれている
「うーん……このやり方じゃ、これ以上は無理か」
微量止まり。成分は確かに存在しているけれど、効力として使えるレベルには届いていない。
「じゃあ、温度を上げてみよう」
私は容器に手をかざし、【温度上昇】を発動。水はすぐに湯へと変わる。花びらがふわりと揺れ、淡い色がにじみ出した。
「これなら……?」
【???】
・微量の自己回復能力を高める成分が含まれている
「……ダメ、か」
結果は変わらない。花びらは成分を持っている。けれど、水やお湯に浸した程度では、十分に引き出せないらしい。
「つまり……やり方が間違ってる」
私は湯の入った容器を見つめながら、小さく息を吐いた。
ルーファの根の時と同じだ。このままじゃ、成分は眠ったまま。
「……もう一段階、手を加えないとダメだね」
そう呟きながら、次の方法を考え始めた。私はしばらく黙り込み、容器の中で揺れる花びらをじっと見つめた。
水に浸しても、お湯にしても、反応は微量止まり。つまり、溶媒や温度の問題じゃない。
「……花、そのものに手を加えないとダメなんだ」
ぽつりと零れた言葉に、自分で頷く。ルーファの根もそうだった。切って、内部を晒して、ようやく成分が動き出した。
「でも、花びらは……切る?」
違う。花びらは根や茎と違って、もともと薄くて柔らかい。切ったところで、内部構造が劇的に変わるとは思えない。
そこで、ふと前世の記憶がよぎった。
「……そうだ」
乾燥した花。ハーブティー。ポプリ。花を乾かして、香りや成分を引き出す文化。
「お茶にしたり、お風呂に浮かべたり……してたよね」
そう。生のままではなく、一度水分を抜く。乾燥させることで細胞が壊れ、成分が外に出やすくなる。
「つまり生花じゃなくて、ドライフラワーにする必要があるんだ」
乾燥。水分を飛ばすことで、内部構造を変化させる加工。ルーファの根で言えば輪切りに相当する工程だ。
「確か、乾燥させる魔法が……あった! よし、【乾燥】!」
花びらへ向けて魔法を発動させると、内側に含まれていた水分が一気に抜け、瑞々しかった花びらは音を立てるようにしてカラカラに乾いていく。
乾燥した花びらを、そのままお湯に浮かべた。前世では香りやリラックス目的で使われていた方法だけど、この世界なら成分を効率よく引き出す手段として、ちゃんと理屈が通る。
「このまま【成分抽出】」
お湯の状態を保ったまま魔法を重ねる。さて、どうだろう。
【???】
・少量の自己回復能力を高める成分が含まれている
「あっ……増えてる!」
思わず声が漏れる。さらに調整し、抽出を続ける。
【アレア花の液】
・自己回復能力を高める成分が含まれている
「……っ!」
一瞬、息を呑んでから、拳をぎゅっと握った。
「やった……! ちゃんと、ちゃんと抽出できてる!」
胸の奥から、じわじわと喜びが込み上げてくる。これで三つ目も成功。試行錯誤は、確かに結果へと繋がった。
「これで三つの素材から成分を抽出させた! 今度は本当に効力があるか、実践だ!」