作品タイトル不明
20.ロザンお父様の薬の調合(1)
「よし! 体調は万全! よく寝て、頭もスッキリ! 今日は調合日和だ!」
朝食をお腹八分目まできちんと食べ、イザベルお母様との面会も済ませ、軽く体を動かしてから自室へ戻ってきた。体調は申し分なし。気分も前向きで、余計な雑念もない。
これなら、集中して調合に向き合える。
「今日は、調合がすごく順調に進む気がする……!」
私は気合を入れるように、拳を天井へ突き上げた。
「やるぞ、やるぞー!」
えいえいおー! と、声に出すだけで、不思議とやる気がさらに湧いてくる。
「まずは素材の準備だね。【素材保管】から出してっと」
【素材保管】の魔法を発動すると、空間がわずかに揺れ、必要な素材が手元へと現れた。今回は三種類。机の上に丁寧に並べてから、すぐに鑑定をかける。
「うん、全部品質100」
思わず頬が緩んだ。
「これなら、かなりいいものが作れそう」
素材よし、体調よし、気合よし。
条件はすべて揃っている。私は深く息を吸い込み、机の前に立った。さあ、今日の調合を始めよう。
「まずは……ラクリマの枝から」
【道具召喚】で軍手を出し、手にはめる。それから、ラクリマの枝を手に取った。
「これには二つの成分が入っている。筋肉の緊張を和らげるものと、肌がかぶれるもの。このかぶれる成分を除去しなきゃいけないね」
ラクリマの枝を指先でくるりと回しながら、頭の中で成分構成を整理する。
筋肉の緊張を和らげる成分は優秀だ。薬としても、湿布や塗り薬の素材としても価値が高い。問題は、もう一方――接触しただけで赤く腫れたり、かゆみを引き起こす刺激性の成分だ。
「たぶん、自然界では害獣よけとか、自己防衛のための成分なんだろうね」
植物が自分を守るために、刺激物を持つのはよくある話だ。けれど、人の体に使う薬としては致命的だ。
このまま使えば、効果はあっても副作用でアウト。むしろクレーム案件である。
「表皮を剥がすことも考えたけど」
それだと工程が増えるし、細かい作業で面倒だ。何より、今回はもっとシンプルで確実な方法がある。
「やっぱり、【成分消去】が一番だよね」
不要な成分だけを狙って消し去る。今の私なら、十分に可能なはずだ。
私はラクリマの枝を机に置き、軽く手をかざす。
「【成分消去】」
静かな声と同時に、淡い光が枝を包み込んだ。魔力が表面へと染み込み、目的の成分だけを正確に探り当てていく感覚が伝わってくる。
あ、これだ。
肌を刺激する、チクチクとした違和感のある成分。それだけを指定して、切り離す。光がふっと消え、枝は何事もなかったかのように静かにそこに残った。
「……よし」
すぐに鑑定をかける。
【ラクリマの枝】
・独特の甘く青い香りを放つ
・筋肉の緊張を和らげる成分を含む
・表皮にあった皮膚刺激性の成分は取り除かれた
視界に表示された情報を確認して、私は思わず声を上げた。
「消えてる……! かぶれる成分、ちゃんと消去できてる!」
さっきまであった刺激性成分の表記が、綺麗さっぱり消えている。残っているのは、筋肉の緊張を和らげる有効成分だけだ。
「うん、完璧!」
思わず笑みがこぼれる。
「これなら安心して使えるし、効果もそのまま。むしろ、無駄がなくなって扱いやすくなったかも」
ラクリマの枝をそっと持ち上げながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。ちゃんと考えて、ちゃんと狙って、ちゃんと結果が出る。
「物を作るのって楽しい」
小さく呟いてから、私は次の工程へと視線を移した。
「次は、成分を抽出する」
私は【道具召喚】で耐熱の容器を呼び出し、そこへ【水召喚】で澄んだ水を注いだ。続いてラクリマの枝を中へ入れ、混ぜ棒を差し込む。
「じゃあ……【成分抽出】」
ゆっくりとかき混ぜながら、魔法を発動させる。
……が。水面には、何の変化も起きなかった。色も、匂いも、そのまま。
「んー……」
嫌な予感がして、すぐに鑑定をかける。
【水】
・ただの水
「やっぱりか」
どうやら、普通に成分抽出をかけただけでは、ラクリマの枝の成分は水に溶け出さないらしい。
「じゃあ、次は……お湯にしてみよう」
私は【温度上昇】で水の温度を上げる。湯気が立ちのぼり始めたところで、再び【成分抽出】を発動させ、混ぜ棒で丁寧にかき混ぜる。
少し待ってから、もう一度鑑定。
【???のお湯】
・微量の筋肉の緊張を和らげる成分が抽出されている
「お、出た」
でも、ほんの微量だ。
「なるほど……そのままじゃ、成分がなかなか外に出てこないってことか」
枝の繊維がしっかりしすぎていて、水やお湯に触れても、内部まで成分が溶け出しにくいのだろう。
「だったら、先に枝そのものを加工する必要があるね」
私はラクリマの枝を一度容器から取り出し、机の上に置く。
「【粉砕】」
魔法が発動すると、枝はぱきぱきと音を立てて砕け、細かな粉末へと変わった。
「うん、これなら表面積が一気に増える」
粉砕したラクリマの枝を再び容器に戻し、混ぜ棒を握り直す。
「これで、もう一度……【成分抽出】」
今度こそ、しっかりと成分を引き出せるはずだ。私はそう期待しながら、丁寧にかき混ぜ始めた。すると、お湯がほんのり色づいたのが分かった。
すかさず、鑑定をする。
【???のお湯】
・小量の筋肉の緊張を和らげる成分が抽出されている
「えー!? これでもダメ!?」
そんな……今まで成功していた処置を施したのに、成分が抽出されていない! これだと、何か他の方法を考えなくちゃいけない。
私は錬金術の画面を開いて、細分化された魔法を確認した。この中に何かヒントがあればいいんだけど……。
「何かあったかなー。木から成分を抽出するには……」
私は錬金術の画面を眺めながら、頭の中で情報を整理していく。
成分は確かに存在している。【成分消去】で余計なものを取り除いたから、有効成分だけになっているのも確認済みだ。それなのに、抽出量が増えない。
「お湯にしても、粉砕してもダメ……」
ここで一度、前提を疑う。
「そもそも、成分が水に溶けにくい可能性は高いよね」
植物由来の成分といっても、全部が水溶性とは限らない。油に溶けやすいもの、熱で壊れやすいもの、繊維の中に強く結びついているものもある。
ラクリマの枝の場合、もしかして成分が閉じ込められている可能性がある。
「……繊維そのものが、邪魔をしてる?」
枝は木だ。木の繊維は硬く、丈夫で、簡単には壊れない。だからこそ、建材になるし、武器にも使われる。
「成分は、木の繊維の奥深くに固定されてるんだ」
だから、いくら水やお湯を用意しても、表面からしか成分が出てこない。粉砕しても、繊維構造そのものは残っている。
「だったら……木の繊維を、壊せばいいんじゃない?」
完全に。物理的に砕くんじゃなく、構造そのものを変える。木を、木じゃなくする方法。
「……燃やす?」
でも、その瞬間、首を振った。
「ダメダメ。燃やしたら成分も一緒に消えちゃう」
成分消失は論外だ。
――けど。「燃やす」と「壊す」の間に、何か中間があった気がする。私は、錬金術の画面をスクロールしながら、記憶を探る。
「木を高温で処理して……完全には燃やさず……」
そこまで考えた瞬間、頭の中でカチッと音がした。
「……木炭!」
そうだ。木炭。木を高温で加熱して、水分や不純物を飛ばし、繊維構造を壊しつつ、完全には燃やさない状態。
「木炭って、内部がスカスカになるんだよね」
だから軽くて、多孔質で、吸着性が高い。ということは――。
「成分が、外に出やすくなる……!」
木としての構造を壊しつつ、成分そのものは灰にしない。むしろ、炭化することで閉じ込められていた成分が、解放される可能性が高い。
「それに木炭にしたあとで粉砕すれば、表面積も構造破壊も両立できる」
これは、かなり有力だ。
「よし……やってみよう」
胸の奥が、わくわくと高鳴る。失敗続きだったけれど、今度は当たりの予感がする。
「ラクリマの枝、次は炭化処理だね」
私はそう呟き、ラクリマの枝にそっと手をかざした。
「【温度上昇】」
魔力を込めると、枝の表面がじわりと黒ずみ、繊維が焼かれる独特の匂いが立ちのぼる。炎は出していない。それでも内部までしっかりと熱が通り、枝は次第に軽く、脆く変化していった。
炭化。
植物の構造そのものを壊し、内部に閉じ込められていた成分を、外へ出やすくする処理だ。
「うん……ちゃんと炭になってる」
完全に炭化したことを確認してから、私はそれを容器へ移し替え、続けて【粉砕】を発動する。黒い炭はさらさらとした細かな粉へと変わった。
「これなら、水ともちゃんと接触するはず」
私は再び耐熱容器のお湯に、その粉末を加える。混ぜ棒を握り、深呼吸ひとつ。
「【成分抽出】」
ゆっくり、丁寧にかき混ぜながら魔法をかける。
すると。さっきまで透明だったお湯が、ほんのりと色づき始めた。微かな香りも立ちのぼり、空気が変わったのがはっきり分かる。
「……あ」
すぐに鑑定をかける。
【ラクリマの液】
・筋肉の緊張を和らげる成分を十分に含む
「やった! ちゃんと、抽出できてる……!」
ただの微量じゃない。はっきりと、目的の成分が抽出されている。しかも、不純物なし。
「なるほど……」
私は液体を見つめながら、小さく頷いた。
「枝のままだと繊維が強すぎて、成分が閉じ込められてたんだ。粉砕だけじゃ足りなくて、構造そのものを壊す必要があった……だから、炭化」
炭にすることで細胞壁は完全に崩れ、成分は水に溶け出しやすくなる。さらに、有害成分は事前に消去済み。だから、必要なものだけを取り出せた。
「……うん、理屈は通ってる」
失敗して、考えて、試して、また失敗して。それでも諦めずに手を動かして、ようやく辿り着いた答えだった。
「はぁ……」
気づけば、肩の力が抜けていた。
「大変だったけど……ちゃんと、できた」
胸の奥に、じんわりとした達成感が広がっていく。苦労した分だけ、その感覚は確かで、温かい。
「まずは一つ目、完成!」
嬉しさで声が弾けるが、次の工程へと気持ちを切り替える。調合は、まだ終わりじゃない。でも、最初の山は確かに越えた。
そう確信できるだけの成功が、そこにはあった。