作品タイトル不明
24.お手伝い
「んー……ないなぁ……」
私は机に広げた生活圏素材辞典を、最初の頁からもう一度、丁寧に読み返していた。効能、相性、副作用、加工方法。どれも細かく確認している。見落としは、ない。
それでも、家族の症状に決定打になりそうな素材は見当たらなかった。
「回復力を底上げする素材はある。でも……根本を治すものじゃない」
記載されているのは、体力回復、痛みの緩和、症状の一時的な抑制。どれも「助けにはなる」が、「治す」には足りない。
私は指先で頁をなぞりながら、思考を整理する。
「つまり……この辞典は、日常生活圏で安全に使える素材が中心なんだよね」
生活圏素材。その名の通り、村や町の周辺で採取でき、一般人が扱っても問題のないものばかり。だからこそ、効力も穏やかで、作用範囲も限定的だ。
「家族の症状は、もっと深いところに原因がある……」
慢性的で、複合的。一時的な回復素材では、追いつかない。
なら、答えは一つ。
「……そもそも、この本に載ってない素材を探す必要があるんだ」
答えがあるとすれば、違う本にあるだろう。それとも、まだ本に載っていない素材があるか……。
「自分の足で捜し歩くのは現実的じゃないし、やっぱりここは本の知識を借りるべきだよね。でも、その本は……」
そっと、生活圏素材辞典を撫でる。本は高価なものだ。辺境で貧乏の私の家で簡単に買える物ではない。
この本は中古だが、中古でもそれなりに値段が張るはずだ。きっと、私のために少ない貯蓄を切り崩して買ってくれたのだろう。
だから、また新しい本が欲しいなんて言えない。でも、本がないと家族の治療に必要な素材集めが出来ない。
「……やっぱり、ここは私が錬金術で稼ぐしかないか? 自分が欲しいものだから、自分で働いて買う」
錬金術はこの世界では未知の魔法だ。その未知の魔法で作られたアイテムを売るには、ちゃんと錬金術が認められないといけない。
そのためには、イルセ先生に渡した痛み止めが認可されれば、錬金術で作ったアイテムを売れる。
「とにかく、今はイルセ先生の報告を待たなくっちゃ。きっと、良い報告が来るに違いない」
イルセ先生があんなに絶賛してくれたんだ、きっと認可されて、錬金術という魔法が認められるに違いない。
それまで自分が出来ることは、出来るだけ調合をして経験値を貯め、今後に備えることだ。
「でも、次は何を作ろうかな……。うーん……」
生活圏素材辞典を見ながら唸る。その時、扉がノックされた。返事をすると、扉から現れたのはロザンお父様だった。
「あれ? どうしたの?」
「ちょっと、ルイに手伝って欲しいことがあるんだが……いいか?」
「もちろん、大丈夫だよ。何をすればいいの?」
時々お願いされるお手伝い。私は笑顔で答えた。
「ファルスの付き添いをしてくれないか? これから、村の魔物の被害を見て回るんだが……」
「あー、それね。分かったよ」
「助かる。じゃあ、玄関で待っていてくれ」
こうして、時々ファルスお兄様の付き添いを頼まれることがある。今回も、その一つだった。
ファルスお兄様は生まれつき肺が弱く、深く息を吸うことが出来ない。呼吸が浅くなりがちなせいで体力が続かず、筋力もどうしても人より落ちてしまう。
少し歩くだけでも息が上がり、無理をすれば、すぐに顔色が悪くなる。
以前、村の見回りの途中で倒れてしまったことがあった。幸い大事には至らなかったけれど、それ以来、一人での行動は控えるようになった。
「だから、付き添いは必要不可欠なんだよね」
もし途中で呼吸が乱れたら、休ませる。必要なら支える。最悪の場合は、すぐに連れ戻す。それが、私に任された役目だ。
玄関へ向かいながら、私は自然と気持ちを切り替えた。
これはただの散歩じゃない。ファルスお兄様の体を守る、大事な仕事だ。
だからこそ今日は、しっかり目を離さないようにしよう。
◇
「ファルスお兄様、お待たせ!」
「付き合ってくれてありがとう。忙しいんじゃなかった?」
「全然大丈夫! ファルスお兄様の体が大切だからね!」
「ふふっ、ありがとう」
玄関に行くと、すでにファルスお兄様が待っていてくれた。近寄ると、当たり前のように頭を撫でてくれる。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
ファルスお兄様が歩き出すと、私はその後を追っていった。
「錬金術師になってから、ルイは忙しそうだね。錬金術は順調なの?」
「うん、順調だよ! 毎日が新しい発見でとても楽しい!」
「それは良かった。他にはない職業だから、どうなるかと思ったけれど……ルイには心配は必要なかったね」
雑談しながら歩いているが、これはちょっと雑談しすぎだ。
「本は役に」
「ファルスお兄様、ストップ!」
「?」
「喋りすぎだよ。体が疲れちゃうから、雑談禁止!」
歩きながらの雑談は体に負担がかかる。これからお仕事で見回らないといけないのに、先にへばってしまったら大変だ。
「まだ、体は良いよ。というか、調子がいいくらいだ」
「それでも、ダメ。また無理をして、途中で歩けなくなるから。というか、何回か休みを入れて、現場に行くよ」
「ルイは厳しいなぁ……」
「それは、もちろん! ファルスお兄様を倒れないようにするのが、私の役目だからね」
大好きなファルスお兄様が倒れたら悲しい。だから、そうはさせないように細心の注意が必要だ。
私が厳しい目を向けると、ファルスお兄様は諦めたように笑った。
「ルイの言う通りにするよ。だったら、一緒に景色を楽しもうか」
「そうこなくっちゃ!」
これで、ファルスお兄様の負担が減る。私は喜ぶと、二人で並んで景色を楽しみながら現場へと急いだ。