作品タイトル不明
16.まずは下調べ
「さてと……どんな物を作って不調を治そうかな?」
私は自室の机に腰掛け、生活圏素材辞典をぱらりと開いた。
「ロザンお父様の症状は……」
頭の中で、さっき見た鑑定結果をなぞる。
慢性的筋疲労。右脚、腰部、背部、右肩。原因は、長時間の座位姿勢と、代償動作の蓄積。
「つまり、左側を使えない分、右側だけで体を支えてる。歩く時も、立つ時も、座る時も、全部」
しかも、最近は執務が増えている。長時間、同じ姿勢で机に向かい、書類仕事。
「片側の筋肉を使う。血流が悪くなる。回復しないまま、また使う」
今のままだと悪循環だ。
「これ、放っておいたら痛みが常態化する。動かす度に痛いのが当たり前になって、可動域も狭くなる」
戦場で負った怪我じゃないからこそ、誰にも気づかれず、誰にも止められず、じわじわ悪化していく。
「……嫌だな、それ」
お父様は、痛みを我慢するのが癖になっている。それが出来るほど強い人だからこそ、余計に危うい。
「じゃあ、どう治す?」
私は辞典を開いた。ぱら、ぱら、とページをめくりながら、ただ素材を探すんじゃなく、必要な効果を言葉にしていく。
「まず第一に必要なのは……筋肉を緩めること」
硬くなった筋肉を、無理に動かせば余計に傷つく。だから、緊張を解く。
「次に、血流改善」
血が巡らなければ、疲労物質も流れないし、回復に必要な栄養も届かない。
「それから……回復そのものを助けること」
一時的に楽になるだけじゃ意味がない。次の日も、その次の日も少しずつ楽になっていく必要がある。
この三つの作用があれば、ロザンお父様の不調は軽くなるはずだ。だったら、その効果がある素材を探していこう。
私は生活圏植物辞典をめくり始める。
ぱら、ぱら、とページをめくる。素材の一つ一つを確認していると、あることに気が付いた。
「説明が短い?」
説明が、驚くほど短い。効果はちゃんと書いてあるのだが、詳しくは書かれていなかった。昨日読んでいた時は気にならなかったが、いざ使ってみるとその簡単な説明に違和感を覚える。
「どうして? 確か、この本は鑑定スキルを使って得た情報が載っているはず……」
困惑しながら私は本を閉じ、表紙から最初のページへと戻った。今まで、あまり意識せずに読み飛ばしていた前書き。
そこに、こう書かれていた。
『本書は、生活圏で確認されている素材について、一般的な鑑定スキルによって得られた結果をまとめたものである』
「……一般的な、鑑定スキル。一般的……?」
頭の中で、さっき自分が見た鑑定結果が浮かぶ。
部位。原因。状態の進行度。負荷の仕組み。そして、素材を鑑定した時も詳しいことが書かれていた。
「……全然、違う」
この辞典に載っているのは、何に効くかだけ。明らかに私の鑑定のほうが詳細に載ってある。
「もしかして私の鑑定って……他の人とは、違う?」
今まで、当たり前だと思っていた。見えるから、分かるから、使っていただけ。でも、それが当たり前じゃないとしたら。
まるで、全部見えているみたいに。
「鑑定スキルにも、差がある……?」
いや、それだけじゃない。
「もしかして……私の鑑定は、結果を見るだけじゃなくて」
原因も、構造も、未来の変化も。全部、読み取っている。
「……特別、なのかも」
そう思った瞬間、背筋に小さな震えが走った。怖さよりも、戸惑いよりも強く湧いてきたのは、責任感だった。
私に与えられたのは世界で唯一の錬金術師だけじゃない。世界で唯一の特別な鑑定も貰えたことになる。
だけど、そのお陰で道が開けた。この鑑定があれば、どんなことも詳しく調べられて、きっと今後の助けになるだろう。
「なんか、強い相棒を手に入れたような感じ。ふふっ、よろしくね、鑑定ちゃん」
ただのスキルだけど、心強い味方が出来たみたいで嬉しい。この鑑定があれば、きっと色んな難題もクリア出来るだろう。
「じゃあ。とりあえず、素材となるものの選別をしないとね!」
私は改めて、生活圏植物辞典を開いた。
「まずは筋肉を緩めるような効果があるものは……」
一つずつ素材を確かめていくと、あるページに目が留まった。
《ラクリマの枝》
・筋肉の緊張を和らげる効能がある
・肌に触れるとかぶれる成分が入っている
「うん、見つけた。だけど、有害な成分が入っているみたいだから、取り扱いには注意だね」
筋肉に効く成分はこれで大丈夫だろう。じゃあ、次は血行を良くする成分が入った素材はっと……。
《ルーファの根》
・血行を促進する
・食用には向かない
「血行を促進させる素材はこれでオッケーだね。でも、食べられないのか……」
ということは、今回作る薬は口に入れない形の方がいいのかな? さて、次は……。
《アレアの花》
・自己回復能力を高める
・ハチの好物
「あっ、良い素材発見! これなら、疲れた体も一気に回復しそう。でも、近くにハチがいるかもしれないのか……」
きっと、ハチがいるんだろうけど……。何か、対策を取らなくては。
私は三つの素材が載ったページを順番に見比べ、小さく息を吐いた。
「筋肉を緩める、血行を良くする、回復を助ける……効果としては、全部そろってるね」
欲しかったものは全部見繕えた。これなら、良い薬が出来そうだ。
「……全部、森に行かないと手に入らない素材だ」
改めて、辞典を閉じる。
「でも、逆に言えば……材料がそろえば、ロザンお父様の不調にぴったり合ったものが作れる。うん、方向性は決まり」
私は立ち上がった。
「じゃあ、次は素材集めだね。ちゃんと対策して行こう。ハチにも、森にも。素材集め開始だ!」
そう決めて、私は部屋を後にした。