軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.ロザンお父様の不調

「ふぁ~……」

朝食の途中、思わず大きなあくびが零れてしまった。慌てて口元を押さえたけれど、時すでに遅しだ。

「あら? ルイ、もしかして寝不足?」

「うん……。昨日、本を貰ったでしょ? あれが嬉しくて、つい読み込んじゃって。気づいたら夜中だったの」

昨夜は、ページをめくる手が止まらなかった。目を閉じれば続きを思い出してしまって、布団に入ってからもしばらく眠れなかったくらいだ。

何か、イザベルお母様の治療のヒントがないか探してみたが、昨日見た中ではそれらしいものが見当たらなかった。

まだ見ていないページにあるのか、それともあの本に載っていないのかは分からない。でも、まだ希望は残っている。

「まあ、それは大変じゃない!」

すると、アマリアお姉様が勢いよく立ち上がった。

「私が膝枕をしてあげるから、ここで寝て! 今すぐ!」

ぽんぽん、と自分の膝を叩いて誘ってくる。

「い、いや……流石に椅子に座ったまま横になるのは……」

「じゃあ、お部屋に行きましょう? お部屋で膝枕をしてあげるから、少しでも寝た方がいいわ!」

選択肢が……ない。アマリアお姉様の圧が、いつも以上に強い……!

「だ、大丈夫だよ! ほら、ちゃんと起きてるし、元気いっぱいだよ!」

「でも、途中で眠すぎて倒れたりしたら大変だもの!」

「そんなこと、絶対ないってば!」

むぅ、と頬を膨らませる。もう……ちょっと心配しすぎだよ。

すると、くすりと笑う声が聞こえた。

「ははっ。朝から随分と大変そうだね」

「ファルスお兄様、助けて!」

縋るように声を上げると、ファルスお兄様は苦笑しながら肩をすくめる。

「アマリア。ルイはもう子供じゃないんだ。自分の体調くらい、ちゃんと分かって管理できるよ」

「それが出来ていないから心配してるのよ!」

間髪入れずに返される。

「ルイは、調子に乗って痛い目を見ることがあるじゃない! 今回だって寝不足のまま森に行って、途中で辛くなって、うっかり座り込んで、そのまま眠っちゃって……そこを魔物に――!」

「話がどんどん酷くなってる!?」

「だから今日は家で大人しくすると約束してくれないと、私は落ち着かないの!」

勢いそのままに言い切られて、思わず言葉を失う。

ファルスお兄様が呆れたようにため息をつく一方で、アマリアお姉様の表情は真剣そのものだ。

……相変わらず、私に関する被害妄想が激しい。しかも毎回、最悪の事態を迷いなく想像できるのだから、ある意味すごい才能だと思う。

でも、折角素材の事を知ったのに、森に行かないのは出来ない。今でもすぐに飛び出していきたいのだから。

だから、ここはアマリアお姉様を説得するしかない。

「じゃあ、少し仮眠を取ってから森に行くよ。それならいいでしょ?」

「だったら、私の膝枕を!」

「アマリアお姉様は今日は冒険者と一緒に魔物駆除に行くでしょ? だから、ダメ」

「そ、そんな!?」

私が断ると、この世の終わりかと言わんばかりにショックを受けた様子だった。

「うぅ……ルイが職業選定の日からあまり甘えなくなった……」

「アマリアもルイ離れをする時が来たのかもね」

「わ、私は離れないわよ! 絶対に!」

すると、アマリアお姉様は私を力強く抱きしめた。これは……アマリアお姉様はしばらくは離れないな。

「うーん、よく寝た!」

朝食の後、小一時間ほど仮眠を取ったおかげで、体はすっかり軽くなっていた。重かった瞼も頭の奥の靄も消えて、思考も冴えている。

これなら、森へ行っても問題なさそうだ。そんなことを考えながら廊下を歩いていると、正面からロザンお父様がやって来た。

けれど、すぐに違和感に気づく。

お父様は眉をひそめ、右腕を何度も回すように動かし、腰をかばうように左右へ揺らしていた。歩幅もいつもより小さく、足運びがどこかぎこちない。

「ロザンお父様……? どうしたの?」

声をかけると、一瞬だけ動きが止まり、それから気づかれまいとするように背筋を伸ばす。

「ん? ああ……ちょっと体の調子が悪いだけだ」

そう言いながらも、歩き方は明らかに崩れている。

ロザンお父様には、左腕と左足がない。昔、魔物との戦いで失ったものだ。

左脚の代わりに義足代わりの棒を括りつけ、それで歩いているが、どうしても体のバランスは偏る。支える右足と腰、背中には、常に大きな負担がかかっているはずだった。

それでもお父様は、痛みを表に出さない。

「最近、執務の仕事が増えてな。そのせいだろう。ファルスばかりに頼るわけにもいかん」

淡々とした口調。けれど、その言葉の裏に、無理を重ねている気配がはっきりと滲んでいる。

「……そうなんだ。何か、私に出来ることない?」

「心配しなくていい。ルイには、こうしてお茶を淹れてもらっている。それだけで十分だ」

そう言って、大きな手が私の頭に置かれ、ゆっくりと撫でられた。優しい仕草。けれど、その感触に、胸の奥が少しだけきゅっと縮む。

まだ、子ども扱いされている。もちろん、その優しさが嫌なわけじゃない。でも。

私はもう、守られるだけの存在じゃない。錬金術を使えるようになって、出来ることは確実に増えた。

お父様が痛みを我慢しているのを、見て見ぬふりなんて出来ない。

私だって、もう力になれるはずだ。

「ちょっと待って」

「ん?」

私はロザンお父さんを鑑定した。

【対象:ロザン・グレンジャー】

【状態:慢性的筋疲労/筋力低下】

【部位:右脚・腰部・背部・右肩】

【原因:長時間の座位姿勢による筋硬直、血流不良、過度な代償動作の蓄積】

【備考:左上肢・左下肢欠損により、右半身へ負荷が集中】

【現状評価:回復が追いついておらず、痛みと可動域低下が進行中】

良かった……怪我でも、古傷の悪化でもない。魔物との戦いの後遺症でもない。

原因は執務仕事。

長時間机に向かい、同じ姿勢で書類を処理し続けた結果、筋肉が固まり、血の巡りが悪くなり、疲労が抜けきらないまま蓄積している。しかも、それを支えているのは右半身だけ。

歩くのも、立つのも、体を支えるのも、すべて片側に負担が集中している。その状態で無理を重ねれば、こうなるのは当然だった。

痛いはずだ。でも、お父様はそれを「ちょっと調子が悪い」で済ませている。

戦場で命を賭けてきた人が、今は机に向かい、家と領地を守るために、静かに、誰にも言わず、体を削っている。

「ロザンお父様」

私は顔を上げる。

「それ、放っておくともっと酷くなるよ」

「……何の話だ?」

少し驚いたように、お父様がこちらを見る。

「筋肉がね、もう限界なんだ。ずっと同じ姿勢で、無理な動きを続けてる。ちゃんと休ませないと、動かすたびに痛みが出るようになる」

一瞬、沈黙。ロザンお父様は、少しだけ目を伏せた。

「……そんなところまで、分かるようになったのか」

「うん」

気まずそうに視線を反らす。どうやら、ロザンお父様は分かっていたようだ。私は、ぎゅっと拳を握る。

「イザベルお母様だけじゃない。ロザンお父様だって、我慢しなくていい」

錬金術は、病気だけのための力じゃない。痛みを和らげ、体を支え、無理を減らすことだって出来る。

見つけた。今度は、お父様のために出来ること。

「ロザンお父様の体も私が良くする」