軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14.本

その後、イルセ先生は、私が作った薬を丁寧に包み、屋敷を後にした。向かう先は、薬師協会。新しい薬が完成したことを正式に申請し、認証を受けるためだ。

薬師協会の認証を得られれば、その薬は「安全性と効果が確認された正規の薬」として扱われる。誰にも怪しまれることなく使うことができ、医師や薬師の判断で患者に処方することも可能になる。

逆に言えば、認証を受けない薬は、どれほど効果があっても「得体の知れないもの」として扱われてしまう。それほど、この認証は重要だった。

イルセ先生は、私の作った薬の効能を実際に確かめた上で、はっきりとそう言っていた。

「この薬を求める患者は他にもいることでしょう」

強い副作用もなく、痛みだけを確実に和らげる。しかも、従来の鎮痛薬よりも即効性が高く、体への負担が少ない。

それほどの薬ならば、一部の人だけが使うのではなく、もっと多くの人に届けるべきだ――イルセ先生は、そう考えたのだ。

だからこそ、まずは薬師協会の認証を受ける。正しい手続きを踏み、安全であることを証明し、必要としている人のもとへ、堂々と届けるために。

イルセ先生の背中を見送りながら、私は小さく息を吸った。この薬は、イザベルお母様のように痛みに耐えている人を、確かに助けられる力を持っている。

もし、この薬が誰かの苦しみを少しでも和らげられるのなら。夜を、少しでも穏やかに眠れるようにしてくれるのなら。

それは、きっと作る意味のある薬だ。

まだ始まったばかりで、分からないことばかりだ。それでもこの一歩が、誰かの明日へ繋がっていく。

そう信じながら、私は静かに拳を握りしめた。

「よし! 約束通り、ちゃんと帰ってこれた!」

夕日が沈みきる前、私はなんとか屋敷へと戻ってきた。今日も素材の採取と魔物の駆除を終え、充実感で胸がいっぱいだ。これで明日は、部屋にこもって心ゆくまで錬金術に打ち込める。

服についた埃を軽く払い、屋敷の中へ入る。自室でひと息ついてから、夕食の時間に合わせて食堂へ向かった。

扉を開けると、すでに三人が席についている。

「みんな、お疲れ様!」

「ああ、ありがとう」

「ルイもお疲れ様」

「今日も元気そうね。さ、いただきましょう」

四人で声を掛け合い、揃って食事を始める。食堂には、自然と笑い声が広がった。

今日あった出来事を報告し合い、ときには笑い、ときには真剣な顔で話す。何気ない会話だけれど、この時間こそが、私にとって何より大切なひとときだった。

温かな食事と、変わらない家族の声。この時間が何よりも好きだ。

「そうだ。ルイに渡したいものがあるんだ」

「私に?」

その時、ロザンお父様がそう言った。突然の事で戸惑っていると、布に包まれた何かを手渡された。

「……これは?」

「開けてみなさい」

ずっしりと重く、固い何か。そう言われて、紐をほどいて、布をめくる。すると、そこには――。

「……本?」

それは一冊の本だった。

「表紙を、見てごらん」

「表紙? ええと……『生活圏素材辞典』? ……あっ、もしかして!」

「そうだ。それは、身近に生えている植物についてまとめた本だ。ルイは今、素材を集めているんだろう? 何か手がかりになればと思って、買ってきた」

差し出された本を受け取り、思わず目を凝らす。厚みのある表紙は何度も開かれた跡があり、長く使われてきた実用書だと一目で分かった。

今の私は、まさに手探りで素材を集めている状態だった。

森や草原に生えている植物を一つずつ鑑定し、素材になりそうなものは慎重に採取して持ち帰る。どれが素材か分からない以上、出来ることはそれしかなかった。

だが、その方法は想像以上に時間がかかる。

役に立たない草を何度も当たって時間を無駄にして、似たような見た目の植物を前に足を止める。そのたびに鑑定を行い、成果が得られないまま日が暮れることも少なくなかった。

どれが、薬になる素材なのか分からない。

その不確かさが、採取作業を地道で根気のいるものにしていた。効能のある素材を探すには、数を当たるしかない。時間も労力もかかる、ひたすら地味な作業。

だからこそ、この一冊が持つ意味は大きかった。

そっとページをめくる。紙が擦れる小さな音とともに、色鮮やかな挿絵と整った文字が視界に飛び込んできた。

「わぁ、凄い!」

一つ一つの項目に、形状、香り、生育環境、そして簡潔ながらも要点を押さえた解説が添えられている。しかも、丁寧に鑑定の結果まで書かれてあった。

読み進めるたびに胸が弾み、思わず次のページへ、さらに次のページへと指が止まらなくなった。

――けれど。

何枚目かのページを開いたところで、私はふと手を止めた。

『当該素材は一定の薬効成分を有することが確認されているが、抽出の問題から、現行の調合法では実用的な薬剤としての製剤化には至っていない』

私は、思わずその一文を指でなぞった。

効能は、ある。だが、薬として作れない。

この世界には、そうした素材が数多く存在しているのだ。確かな薬効が確認されていながら、抽出が難しい、成分が壊れやすい、有害な副産物が混じる。そうした理由で、薬として形にすることを諦められてきた植物たち。

つまり、今までの方法では「出来なかった」だけ。

「……でも」

胸の奥が、静かに高鳴る。

私の錬金術は、成分を見極め、不要なものを排除し、必要な部分だけを残す力だ。効力を高め、有害な成分を消し去ることも出来る。

錬金術は世界に存在する「出来なかった」を「出来るかもしれない」に変えられる。やっぱり、錬金術は可能性の塊だ!

「ロザンお父様、ありがとう! これで錬金術が捗るよ」

「良かった。だが、無理はするなよ」

「うん!」

私は本を胸に抱きしめ、小さく頷いた。

急がなくていい。焦らなくていい。一歩ずつでも、前に進めばいい。

この手にある知識と、この身に宿る力で。いつか必ず、救える日が来ると信じて。

私の錬金術はここからが本番だ。