軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

テランス様の来訪1

残りの荷物の整理を終え、あとは明日の入学を迎えるばかりになり。わたくしは、寮の部屋でナイジェルとのんびり過ごしていた。

「姉様、なにかして欲しいことはないですか? 紅茶を淹れましょうか? それとも本でもお持ちしましょうか?」

……訂正するわ。『のんびり』とは言えないわね。ナイジェルが忙しなくわたくしの世話を焼こうとするのでなかなか落ち着いていられない。お前はわたくしのメイドではなくて、騎士でしょうに!

「ナイジェル、落ち着きなさい」

語気を強めてぴしゃりと言うと、ナイジェルの大きな背中が丸くなる。それは突然の激しい雨に打たれ、ずぶ濡れになった犬のような様子だ。……見ているだけで、哀れを誘うわね。

「紅茶をエイリンに淹れてもらってお話をしましょう? 騎士学校時代のお前の話を、もっと聞きたいわ」

ため息を一つついてそう言うと、ナイジェルの表情がぱっと華やぐ。

しかしエイリンが淹れてくれた紅茶は……別の人物のためのものとなってしまった。

「こんにちは、ウィレミナ嬢」

テランス様が、部屋を訪れたのだ。

事前連絡なしの来訪に急用かと首を傾げたけれど、どうやらそうではないらしい。ナイジェルが飲むはずだった紅茶を、彼はのんびりとした表情で堪能している。

婚約者『候補』とはいえ、突然女性の部屋に来るのはどうなのかしら。おモテになるテランス様にとっては、日常茶飯事のことなのかもしれないけれど……

ナイジェルはテランス様の来訪に機嫌を損ねたようで、いつもの無表情ながらも不穏な空気を醸し出している。義弟とはいえ、今のお前は護衛なのだからお客様にそんな態度をしないの!

「ナイジェル、お客様にちゃんとご挨拶をして」

「……お久しぶりです、テランス様」

促すと、ナイジェルは低い声音で一応の挨拶をした。

「うん、久しぶりだね弟君。お噂はかねがね聞いているよ。かなりの大躍進をしているそうだね」

「別に、そのようなことは」

渋々という態度をまったく包み隠さずに、ナイジェルはテランス様と会話をする。そんなナイジェルを見て苦笑しながらも、テランス様はいつもの通りに穏やかな様子だ。

「テランス様、本日はどのようなご用件で?」

「君の顔を見に来たんだよ。私たちは婚約者なのだし」

『婚約者』。その言葉に眉を顰めるわたくしに、テランス様は麗しいかんばせでにこりと笑う。

いつもながら、温厚に見えて考えがよく読めない方だ。貴族であるからには、感情が不透明であることは褒められるべきことなのだろう。だけど淑女をからかうことは、褒められたことではない。

「貴方は婚約者候補です。わきまえてください、テランス様」

なんと返そうかと悩んでいる間に、ナイジェルがぴしゃりとテランス様を跳ねつけた。その表情はめずらしく怒りが露わで、わたくしは目を丸くする。テランス様に対して、ナイジェルは妙に感情が剥き出しだ。……そんなにお茶を邪魔されたのが、嫌だったのかしら。

「姉上は公爵家の大事なご息女です。事実の誤認を招く言葉は慎んでください。そのような発言をよそでもしているのでしたら、お父様に報告を……」

「してない、してないよ! 手厳しいね、君の義弟は」

テランス様は慌てたように首を数度左右に振ると、困ったように眉尻を下げた。

「ですが、ナイジェルの言うことは正論ですわね」

決定ではないことを、決定のように言いふらされてしまうのは困る。

わたくしの婚約に関する決定権はお父様にしかなく、その意向を無視した言動は褒められたことではない。

「いやはや、君も手厳しい」

「本当に顔を見に来ただけですの?」

「……実はついでの話もあるんだ。君の耳にも入れた方がいい話かと思ってね」

テランス様はふっと笑った後に、少し難しい顔をした。

「それは、どんな……」

「ご側室が四年ぶりに懐妊された。ご側室の侍女殿経由だから間違いない話だ。もう少し安定してからの発表になるみたいだね」

告げられたその言葉に――わたくしは目を瞠った。