作品タイトル不明
あなたがお願いすれば、彼らは動く
「こ、この道宗を手こずらせるとは……あの竜め、なかなかやるな」
まさに戯言としか思えない発言を、チーム袋小路のメンバー達は延々聞かされていた。
あの後、荷物持ちと補助係の二名に救助されたアイ、ノエル有栖川、道宗の三名は、回復魔法とアイテムの使用によりどうにか元どおりになった。
しかし、無惨な敗北は彼らの高いプライドを傷つけてしまう。気まずい空気が流れるなか、淡々と探索は続いていた。
今、彼らチーム袋小路はRTAにおいてはトップである。最も評価が分かりやすい部門であり、これだけは絶対に譲るわけにはいかなかった。
(必ず一位をキープしなくてはな。そうでなければこの道宗、いや会社自体どうなってしまうのか想像もつかんわ)
彼は心の中で呟いた。そうまでして今回のランキングに拘るのには理由がある。
◆
時は二日前の朝に遡る。
チーム袋小路の社長道宗は、とある古ぼけた民家へと足を運んでいた。
「社長になられた道宗さんではありませんか。わざわざお越しいただけるなんて! さあ、ご遠慮なさらずに上がってください」
その老人は、五月だがまだ敷いてあった炬燵に招くと、妻にお茶やお菓子などを持ってくるよう頼んでいた。
「いやいや! そのようなご配慮は不要です。湯河原さん、この度は突然お邪魔してしまい、申し訳ありませんでした。実は……折行ってご相談したいことがございまして。会長からです」
すっかり高齢になった男の名前は湯河原小五郎といって、会長とも特に親しい間柄であった。
「会長から? 一体なんでしょう」
「あまり時間がなく、いきなり本題から入ることをお許しください。実は今、会長が探索者界隈の事業において、窮地に立たされていることはご存知でしょうか?」
「……窮地に?」
この時、小五郎は思わず妻の顔を見たが、彼女は小さく首を振り、何も知らないことを伝えている。
「はい。日本のダンジョン事業というものは、ギルドやダンジョン庁の創立、一般市民への認知に至るまで、会長が長年に渡り尽力してきたことは、すでに語るまでもありません。あの恐ろしく貧しい時代において、ダンジョン事業というものがなければ多くの国民がどうなっていたか。会長はパイオニアとして、どれだけ精魂を込めて活動していたか。お二人はよくご存知のはずですね?」
「ええ、ええ! 勿論ですとも。会長のお助けがなかったら、私達や他のみんなも、今頃どうなっていたことか。この恩は死ぬまで忘れません」
約十五年前、ダンジョンが日本に出現するまでは、国内は史上類を見ない大不況に襲われていた。
正社員の仕事は勿論募集がなかった。しかもアルバイトや派遣についても同様で、いかがわしい闇バイトが横行していた。特に高齢者は仕事に全くありつくことができず、多くの人々が路頭に迷うこともあった。
さらには物価が大きく高騰し、今までは問題なく過ごせた生活費でも足りない日常となっていた。ここ数年は物価も元どおりになってきているが、あの時代はまさに地獄であった。
小五郎をはじめとした高齢者達は、まだまだ仕事を続けなくてはならなかったが、どうしても働き口を見つけられずにいた。そのような時、彼らを援助して仕事を紹介してくれたのが、現在の会長である。
日本に出現したばかりのダンジョン探索を民間化させること、また高い水準で探索を行う環境を作ること、それらの仕組みをまず作っていくためには、多くの仕事が必要であった。
会長は何より、仕事先に困っている高齢者達に募集をかけ、十分な待遇を持って業務を与えていく。
ギルドの設立にあたり、しなくてはならない作業は溢れるほどあったが、それらのほとんどは専門的な知識を有するものではない。だからこそ、ただ真剣に仕事をこなしてくれる人々を欲した。
ダンジョンが出現したばかりの頃、驚くほどのスピードで民間化が進められていたが、これは会長の手腕によるものも大きい。
彼はダンジョン事業においては初期の古参であり、政府関係者を含め多くの繋がりを持っていた。
当時生活に困り果てていた全国の人々は、彼によって救われていた。大きな恩を感じている者がほとんどである。
「その会長が今や、地位を追われ社会的に殺されつつあります。これは詳しくはお伝えできないのですが、同期のギルド関係者に多数の有力な人材を引き抜かれ、さらにはありもしないでっち上げの犯罪疑惑をかけられたのです。それだけではありません、他のライバル会社達は、かつては同じ競争相手として敵意はなかったにも関わらず、今では何かにつけて因縁をふっかけては、会社もギルドも潰そうと躍起になっているのです。会社の中にも裏切り者が溢れ、犯罪を犯して捕まる者まで出てきました。つまり今、会長も我々も崩壊の危機に瀕しているということです」
「そ……それは……」
道宗はその後も、実際にはありもしない話をひたすらに語り続け、会長が大変な状況にあるという誤った認識を植え付けようとした。
実際にはそんなことはないし、道宗の話は全体的にボヤけているものばかり。しかし、小五郎も彼の妻も、そもそもが理解の及ばない話だったから、徐々に信じるようになってしまう。
(信じているな。こんなボケ老人ども、あと一押しでいける)
俯き加減になった道宗は、体を震わせながら、いかにも泣き出しそうな演技を始めた。
「実は……お許しください! 私は会長に無断でここにやってきました。会長は誇り高い人です。自らが追い込まれていることなど、誰にも話そうとしない。しかし、このままではあの人は、自殺する可能性だってあるでしょう! だから私はなんとかしようと……うう。皆様のお力を、どうかお借りできませんか!」
「そ、その。私達の力なら、いくらでも。ただ、一体どうすれば?」
道宗は心の奥で笑った。
「本当に……本当にお助けいただけるのですか!? では、お言葉に甘えさせていただきます。二日後に開催されるダンジョンフェスティバルのことは、ご存知ですか?」
「はい。存じております」
「ならば話は早い! ダンジョンフェスティバルで上位に入賞されることが、会長を救い出す唯一の方法なのです。あの一大イベントの権威というものは計り知れない。あのイベントで我々チーム袋小路が活躍さえできれば、どのような悪辣な陰謀があろうと者の数ではありません。すべては二日後、二日後にかかっているのです」
小五郎と彼の妻は、またも顔を見合わせて困惑しきりになっていた。確かに長くダンジョン関連の業務に当たらせてもらってはいたが、ダンジョン自体のことはよく知らない者がほとんどだったからである。
道宗はそうした人々のことをよく知っていたし、だから利用できると踏んでいた。
「あなた達には、ダンジョン組合だけではなく、日本全国に同士がいますよね。それはもう膨大な数の、会長を慕う人々が」
「ええ、おります」
「そして彼らをまとめる協会長であるあなたがお願いすれば、彼らは動く」
「そうですが……その。具体的には何を?」
やはりいける。実は先日、会長との飲み会で頼もうとしていたことは、彼らを使うことであった。