作品タイトル不明
道宗君、ワシをバカにしているのかね?
ダンジョンフェスティバルまで残り三日となった夜。
とある料亭に、三人の笑い声が響いていた。髭を生やした老人と中年の男、それから二十代後半の女が一見楽しそうに世間話に花を咲かせている。
中心にいるのはチーム袋小路の会長である。その隣で酒を注いでいるのは、社内ライバー筆頭のアイだった。少し離れて会長の機嫌を伺っているのは道宗だ。
「いやぁ道宗君。どうやら今度のダンフェスでは、ランカー連中がほとんど参加しないそうじゃないか」
「ええ、そのとおりです。もう我々の勝利は、ほぼ決まったも同然。いよいよ我々の時代ですよ」
二人のやりとりを、にこやかにアイが見つめている。しかし時折、道宗相手に鋭い視線を送っていた。
(さっさと切り出せや。あたしに言わせようってんじゃないよね? このクソ親父)
ダンフェスに参戦するチームはあらかた出揃った。皆予め参戦を予告し、Utubeは大騒ぎになっている。
やはりランカーはほぼいないと、そう道宗は考えていたのだが。時が近づくにつれ、当初の【作戦】だけでは心許ない気持ちが膨らんできた。
彼の作戦とは、ダンジョン探索中に事故を装い、他のチームを進行できないよう妨害することである。
だが、今回参加する唯一のトップランカー勢である氷堂と、彼と一緒に潜る景虎は予想を遥かに超えて強かった。
ここ最近配信をリサーチしている際に、自身の見積もりが大幅に甘いことに、今更ながらに気づいてしまったのだ。
こうなってしまったら、もう手段を選んではいられない。そのため彼は、ルックスの良いアイを連れてきて、会長の機嫌を取りつつ交渉することにした。
アイもまた、いくら汚い手を使おうと構わないと思っている。だからこそ、こうしてやって来たのだ。
「ところで会長……今回のダンフェスについて、一つご相談が」
「ん? なんだ? 会社はこれ以上は増やせんぞ。ガッハッハ!」
「あははは!」
アイの乾いた笑い声が響く。
「いやー、会長のお力があれば、支社の一つや二つ、いくらでも作れるでしょうな。実はですね、その……我々の勝利をさらに盤石にする、有効な一手を思いついたんですよ。これでもう確実、勝率100%になる方法です」
「ふむ? しかし道宗君。すでに我らの勝ちは盤石だと、そう言っておったろう」
「ええ、それはもう! ですがね、万が一のことがありますから」
道宗は手をこすりながら、会長の顔を上目遣いに見つめる。ハエが時々見せる仕草に似ていた。
「氷堂のチームとか、他のチームとか……ちょっと先に潰しておけませんかね?」
「何? それは、どういう——」
「会場に着く前に、有力な連中にちょっと……ちょっとだけ怪我をしてもらうようなことは?」
会長の上機嫌な赤い顔が、途端に青くなってゆく。
「不正をしようというのか?」
「不正だなんてとんでもない。これはただの事故、事故なんです」
「そうですよ会長」
たまらずアイが話に割り込む。
「あたし達が輝く道を、万が一でもアリに邪魔されたら堪りません。だって、あいつらってば才能なし。華もなければ登録者数もカスばっか。そんな奴らが少しでも力をつけていたら、これは大変なことです」
会長は理解できないとばかりに首を捻っていた。
「お前達はつまり、ワシの力を借りて人を雇い……ダンフェスの参加者を挑戦前から出場できないようにしたい、そう申しておるのか?」
「一部です。我々が——」
「道宗君、アイさん、聞きなさい」
二人はスッと血の気が引くのを感じた。会長の目が怒りで染まっている。
「よくもまあ、恥ずかしいことを頼めたものじゃ! この半端者どもが!」
その後、道宗とアイはこっぴどく説教を受け続けた。気がつけば二時間は怒鳴られており、会長の声が掠れてきたほどである。
「とにかく、ワシは正々堂々と、一位を取ることを信じておる。できるな?」
「は、はい」
(はいじゃねーよボケ社長が)
アイは憎悪の眼差しで道宗を睨むが、彼は気づいていない。
「せっかく我々もチームとしてアゲアゲなんじゃからな。そういえば、我々も参加宣言をしとったな。どれ、いかほどの反響があるかのー」
ようやく機嫌を取り戻した会長が、スマホを取り出してUtubeにログインする。道宗はハッとした。
「今回の参戦宣言は、アイのアカウントでしたんじゃったな」
「は、は、はいー。でも、今日はちょっと、観ないほうが」
アイもまた慌てていた。しかし会長は配信を見つけると、すぐにタップしてしまう。
「ほほーう。なかなか盛況なようだな。……ん? 待てよ、この再生数は……はあ!?」
あまりのショックに、老人はカツラと入れ歯がズレてしまう。慌てて直したものの、再生数を見てワナワナと震えた。
「に……2814回再生だと? 道宗君、これは一体どうなっているのかね?」
「あれ? おかしいですね。多分それ、2800万の間違いですよ。メガネをおかけになって、よくご覧に」
「道宗君、ワシをバカにしているのかね?」
「あ、あ、あれー? おっかしいなー。きっと何かの不具合ですよこれ、」
「道宗ぇー!」
会長の怒鳴り声が響き渡り、二人はこれでもかと責められ続けてしまった。
かつては数百万の再生など当たり前だったチーム袋小路のエースが、この有り様とは。さすがのアイも青筋を立てるどころか、顔面蒼白になるばかりだ。まるで能面である。
その後、会長が帰った後、ゾンビのようになった二人はかろうじて歩くことができた。
「どうすんの社長? あたしら、今度こそ絶対勝たなきゃいけないんだけど」
「……ふん。会長なぞに頼ろうとした俺が間違っていたさ。見ておけアイ。当日、お前は必ずナンバーワンとして輝くさ。まだ秘策は残ってる」
どんな手を使っても、確実に一位をもぎ取る。
道宗は生まれたての子鹿のように歩きながら、それでも勝利を確信していた。