作品タイトル不明
幕間 ざまぁを添えて 第四話
夏の離宮に幽閉され、今まで可愛がっていたはずの取り巻きすら殆ど訪ねて来なくなった。
そんな元王妃のもとに、マカロンの入った箱が届けられた。
差出人の名前はない。
しかし、そこに『トリニー・タラント様へ』と書かれた封筒がついていた。
「あぁ…」
夫ですら『王妃』としか呼ばなくなった自分の本名。
しかも、結婚前の名前だった。
封を開けると、達筆で、
『せめてもの、なぐさめに』
と便せんに一行だけ書かれていた。
孤独と絶望に打ちひしがれていたトリニーに、久しぶりに温かな感情がよみがえる。
「どなたからの贈り物かしら?」
頬をほんのりと赤く染め、トリニーは、侍女に聞いた。
しかし、返事は返ってこない。
いつもなら、癇癪を起こして殴るところだが、今日の彼女は機嫌がよかった。
毒見役もいないこの夏の離宮で、赤いマカロンを一つ手に取り口に入れると、上品な甘さが疲れ切った体に染みた。
「おいしい……」
常に美食に囲まれていたはずのトリニーですら、ここまで美味しいマカロンを食べたことはなかった。
「あら……私としたことが……」
トリニーは、無意識に流れた涙をハンカチで拭った。
望んでいたものとは、あまりにも違う現実に、心が疲れ果てていたのだろう。
差出人不明でも、良かった。
誰かが、自分を思ってくれている事実が嬉しかった。
それから、数日に一度、トリニーの元に品物が届くようになる。
口紅
果物
流行りの本
どれも高価なものではないが、彼女を考えて選んでくれたと思えるほど、好みにぴったりの物ばかりであった。
「本当に、どなたからの贈り物なのかしら?」
気になるトリニーは、毎日、窓際に立ち、誰が離宮に訪れているのかを見るようになった。
そして、ある日、彼女が目にしたのは、ルー・トラビスだった。
フランシスの側近中の側近である。
「どうして…」
トリニーは、理解ができなかった。
フランシスも、ルーも、苛め抜いた記憶しかない。
それなのに、まるで母を慕うような優しさをもって、この寂しい離宮に彩りともなる品物を届け続けてくれる。
届人がルーであるところ、これは、フランシスの一存によるものであり、側妃の実家はかかわっていないのだろう。
謎と不安が入りまじるが、延々と続く贈り物に、いつしか、フランシスに自分は嫌われていなかったのではないかと思い込むようになっていった。
自分の見たいものしか見ない人間の典型的な反応であり、フランシスには予想通りの展開である。
そして、ある日、ピタリと贈り物が届かなくなった。
特に、とろけるように美味しい甘味は、食べられないとなると、どうしても欲しくて堪らない。
「お願い、お菓子を頂戴」
侍女にすら両手を合わせてお願いするトリニーだが、あの贈り物の甘味以外では、満足がいかない。
マカロン、フィナンシェ、マシュマロにキャンディ。
このまま一生食べられないのかと絶望に突き落とされた日、突然離宮を訪れたのは、王となったフランシスだった。
フードを目深に被り、気配すら感じさせない彼に、トリニーは、得体のしれない気味悪さを感じる。
しかし、
「トリニー様、どうぞこちらを」
目の前に、精巧な細工が施されたチョコレートを置かれると、無意識に手に取り口に運んでいた。
「あぁ…これよ、これ」
満足気に頷く彼女に、フランシスの口元が笑いをこらえきれず、震えている。
「ところで、トリニー様、お願いがあるのですが」
「お願い?」
「貴方の派閥にいらっしゃったシーザー・メノー氏をご紹介頂きたいのです」
頭が切れすぎることで、同派閥からも疎まれていた男。
愛想がなく、口煩かった男を、トリニーは、あまり好きではなかった。
「なぜ、そんな男と知り合いになりたいの?」
「今の政権は、あまりに母の実家が力を持ち過ぎています。あれでは、旧勢力の反発が強過ぎて進む話も進みません」
この言葉は、トリニーの耳には、甘味以上に甘く響いた。
己の派閥を再び政権の表舞台に押し出せば、こんな肩身の狭い思いをしなくて済む。
「任せなさい。明日、同じ時間に」
「感謝いたします」
フランシスは、こうべを下げると、一度も振り返らず退出をした。
それほど、トリニーの顔はだらしがなく、フランシスは、笑いを堪えるのが苦しくて仕方なかったのだ。