作品タイトル不明
幕間 ざまぁを添えて 第三話
アルジェが居なくなった王城は、フランシスにとっては、大きな墓場のように思えた。
どれだけ華やかでも、色がないように見える。
目の前に並べられたのは、彼女が残していった品々。
その半分以上がフランシスが勝手に盗んだものであり、もう半分が廃棄されたのを拾ったものだった。
日を追う事に香りが消えていく品々に、フランシスは、絶望すら感じる。
彼は、父の早すぎる退位など、望んでいなかった。
己の勢力を広げ、実力でねじ伏せてから、自らの手で奪い取る予定だったのだ。
しかし、十九歳の少年の今の実力など、巨大な盃に一滴の水を垂らされたようなもの。
直ぐに乾き、何も残らない。
「今は、時を待つ。いつか、必ず…」
そう心に誓う彼には、たった一人だが、心を許せる側近がいた。
元々は、奴隷だった少年ルー。
彼には、大金を積まれてフランシス暗殺を請け負わされた過去がある。
しかし、寝室でフランシスの首にナイフを突きつけたはずのルーは、気づけば床に寝転がされていた。
フランシスが鍛錬を積んできた体術が成果を見せた一瞬だった。
体格は、さほど差がない。
いや、多少だが、ルーの方が大きかったかもしれない。
しかも、フランシスの腕は細く、筋肉もついていない。
それでも、ナイフは取り上げられ、逆に首元に突きつけられていた。
「お前…死にたくはないだろ?」
激しくうなずくルーに、フランシスは、温情を与えることにした。
いや、温情という名の呪縛。
自分に逆らわない駒を欲していたフランシスは、ルーにやさしい言葉と美味しいご飯、温かい寝床などを与え、時には、嫌という程叩きのめし、自分に心酔させていった。
こうして出来上がったのが、フランシスだけの影、ルー・トラビスだ。
茶色い髪に色素の薄い目。
標準以上の容姿にも関わらず、全く印象に残らないのは、本人があえて気配を消しているからに他ならない。
フランシス暗殺に駆り出されるだけあり、その実力は、なかなかなものだった。
なにせ、依頼人と元締めをあっという間に全員消してきたのだから。
幼い頃、両親に売り飛ばされ、暗殺を生業とする組織で育て上げられていた。
人の首を切り落とすなど、パンを切るより簡単だ。
フランシスは、母の派閥の末席にいたトラビス男爵が、跡継ぎ不在でお家断絶になっているのを知っていた。
そこから名前だけ頂き、ルーを側近として働かせている。
フランシスだけのルー。
ルーだけのフランシス。
二人は、敵ばかりの王城で、背中を守りあえる仲間でもあった。
部屋に戻ったフランシスは、彼を呼び出した。
「なぁ、ルー…今、父上達は、どうしている?」
「元王は、置物のように椅子に座ったまま動かず、元王妃は、メイドを殴り、元王太子は、ギャーギャー喚いております」
ルーにとって、彼らはフランシスの身内ではなく、敵。
名前を呼ぶことすら嫌悪するらしく、名称呼びを貫いている。
そこに『元』がつくようになって、ルーの口角は、心なしか上がっているように見えた。
「再び権力を取り戻すことはないだろうが、徹底的に叩く必要があるな」
「もちろんでございます。フランシス王」
暫定的な王であり、ほぼ王城を回しているのは母親の実家連中だが、一応フランシスは王である。
どこへ行こうと、何をしようと、止められる者は居ないのだ。
手っ取り早く王城を掌握するなら、恐怖政治だろう。
気に入らない者を全て抹殺し、こびへつらう者だけを傍に置けばいい。
しかし、それでは、アルジェを手に入れる前に国が廃れてしまうだろう。
フランシスは、あの三人を有効活用し、最もみじめな最期を迎えさせ、自分にとっての都合の良い結果を招こうとしている。
「では…まずは、前王妃の手勢を削がせてもらおうか」
意味深にほほ笑むフランシスに、ルーは、うっとりとした視線を向ける。
強くて、凛々しくて、聡明で、優しいルーの王様は、これからメルクルディ国に新しい時代を作るのだ。
恋にもにた思慕は、ルーの胸を熱くさせる。
「ルー、頼めるかな?」
控えめに、しかし、決して拒否されないことを知っているフランシスが命令を下す。
「仰せのままに」
信頼されている事に感動するルーは、右手を胸に当て、喜びに打ち震える。
もし仮に、フランシスの手で切って捨てられる時が来たとしても、彼は、進んで両手を広げて受け入れるのであろう。
それすら、彼の喜びなのだから。
こうして、フランシスとルーによる、粛清が始まった。
最初の標的は、元王妃。
未だに派閥の長であり、幽閉された3人の中では、一番力を持ち続けている。
「先ずは、彼女の手勢を貰い受けることにしよう」
既に、フランシスの頭の中で、全てのシナリオは書き上がっていた。