作品タイトル不明
幕間 ざまぁを添えて 第二話
初めてフランシスがアルジェを見かけたのは、彼女が無理矢理領地から連れ去られ、王城に住みだしたばかりの頃だった。
拉致された割に冷静で、泣くことすら無い姿を不思議に思ったのが第一印象だった。
そして、数日もしないうちに、思わぬ活発さを見せたアンジェは、城内を彷徨いては、よく迷子になっていた。
侍女達が、突然姿を消してしまう彼女を探し、右往左往する様子を笑いをこらえてフランシスは眺めた。
「あれが、唯の迷子のはずないだろ?」
ロイドと一つしか年が違わない彼は、記憶力と洞察力を武器に身を守ってきた少年だった。
常に息子と比べられるフランシスの粗探しに、余念のない王妃。
下手をすれば、冤罪に陥れられる可能性すらある。
誰が味方で誰が敵か?
利用できる奴と利用しようとする奴は、誰か?
毒を盛られ、亡き者にされそうになったことも、一度や二度ではない。
第一王子のスペアは、彼だけではないのだ。
そんな子供らしくない彼の目に映ったアルジェは、一度として同じ道を通っていなかった。
「アレは、迷子じゃない。子供のフリをして城内の構造を探索しているスパイだ」
見た目とやっている事のギャップに、フランシスは、夢中になった。
王子教育と鍛錬以外の時間を、ほぼアルジェ観察を使ったと言っても過言ではない。
それだけ、彼女は、面白い存在だった。
しかし、それは、『観察対象』としての興味であり、別に彼女に特別な思いを抱いているわけではなかった。
それが、深い思慕とドロドロとした愛憎に変化したのは、彼の誕生日の日だった。
宮廷内でフランシスの生誕を祝う催しがあり、彼は、一段高い席に座らされていた。
室内に漂うのは、微妙な雰囲気。
フランシスが唯一特別扱いされる日を、兄のロイドがみすみす見逃すはずがない。
「やぁ、フランシス、お前も十七才か。俺が王となった暁には、是非臣下として力を発揮してくれ!」
ゾロゾロと取り巻きを連れてフランシスに祝いの言葉を述べるロイドの目は、明らかに相手を見下していた。
「兄上におかれましては、ご健勝のこと、大変喜ばしく……」
お決まりの口上を述べ、深々と頭を下げるフランシスの背中を、
ドン
鞘に入った刀で、ロイドが叩いた。
痛みに顔がゆがむ。
しかし、ここで相手の求める反応を見せれば、益々興に乗らせてしまう。
頭を上げることすらできないまま、フランシスは、母譲りの曖昧なほほ笑みを浮かべ、時が過ぎるのを待った。
しかし、今日のロイドは、執拗に絡んでくる。
どうやら、背後に控えさせているアルジェに自分の力を誇示し、逆らえないよう『教育』したいらしい。
ロイドは、取り巻きから受け取ったグラスを高々と掲げると、フランシスの頭に真っ赤なぶどうジュースを降り注ごうとした。
ジョロジョロジョロジョロジョロ
糸のように細く垂れる液体が、床を濡らしていく。
それなのに、自分が濡れていないことにフランシスは驚き、その興味に勝てず頭を下げたまま視線だけを上げた。
「あ…」
目の前には、いつも彼が目で追っていた少女が立っていた。
アルジェは、開いた扇をフランシスの頭の上にかざし、軌道を変えて、誰も濡れない場所へぶどうジュースを落下させている。
その態度は、まったく力みを感じさせず、楽しんでいるかのように見える。
「なんだ、婚約者のくせに、邪魔をするのか?」
不満げなロイドを見上げながら、少女は、不思議そうに首をかしげる。
「ロイド様の名誉を守るために行ったことを、逆らうとおっしゃられましても」
「はぁ?」
「ほら…このような小者を相手に、声を荒げられては、王太子の名に恥じます」
周りを見回すと、フランシスの誕生日の招待客ということもあり、側妃の親類縁者が多く、反発の声を上げるわけではないが、その視線は非難の色を帯びている。
「…ふっ、そうだな。『小者』風情に、一々声をかけてやる必要もあるまい」
劣勢を肌で感じたロイドは、アルジェの助け舟に乗ることにしたらしく、それ以上何も言わずに部屋を出て行った。
無論、アルジェもその列に付いて出ていこうとしたのだが、思わずフランシスは、その手を取ってしまった。
「あ…ありがとう」
「…何をおっしゃっていらっしゃるのか?」
先程と同じように、不思議そうな顔をする彼女は、別段フランシスを助けようとしたわけではなさそうだ。
あのまま事が大きくなれば、収束させるのに手間がかかる。
単に、彼女は、ロイドにあちこち引っ張りまわされ、騒動に巻きこまれることが面倒くさかっただけだ。
それでも、フランシスとっては、この行為は特別なことであり、仄暗い恋心を抱くのに十分すぎる出来事だった。
「あぁ…アルジェ譲。君をいつか救い出してみせるよ」
勝手に盛り上がり、勝手に恋に落ちたフランシス。
それからの彼は、アルジェに対して異常ともいえる執着を見せるようになっていく。
隙を見ては声をかけ、手を握り、腰を触る。
匂いをかぎ、その甘さに恍惚とした気持ちになる。
アンジェでなくても、薄気味悪いだろう。
だが、それは、ほんの序の口のことだった。
彼は、心の中で思っていた。
もし、手に入らないのならば、いっそ壊してしまおうと。