作品タイトル不明
301話 〈閑話〉プミラの婚約者とその商店その十
夕暮れになり、ようやくインドラ様が戻って参りました。
お肌が輝くように艶々しておりますが……いったい何をしたのでしょう?
「ただいま戻ったぞ! ちゃんと調教してきたから安心しろ! 今後絶対に出くわさないと思うが、出くわしても、お前等を見た途端、頭を打ちつけて土下座し詫び続けるようにしてやったからな!」
…………。
また、聞き違えたようなことを言い出しました。
ソード様がとっても曖昧な顔になっています。
「…………楽しかったようで何よりだけど、殺してないよな?」
「うむ! ちゃんと生きてるし、 今(、) は(、) 傷一つ無い身体だぞ! 最初は〝追いかけっこ〟――私がハンターでやつが盗賊の役で遊んでたのだが、途中でやつが座り込んで動かなくなってしまったのだ。つまらないから殺そうかと思ったのだが、そういえば躾けると約束してたのを思い出して、そっから調教に入った! うむ! なかなかの出来具合だったな! インドラは、調教を覚えた!」
インドラ様は拳を握り天に突き出しました。
ソード様は片手で額を押さえています。
「…………お前とベンとの話し合いの結果だし、お前も気が済んだみたいだからな。ハァ……ま、いっか。ベン、お前も気が済んだか?」
自身を納得させるようにつぶやき、最後は兄に聞きました。
兄は肩をすくめます。
「俺は、大して金も持ってないやつから搾り取ってもしょうがないんで、インドラ様に好きに扱って構わないんでその代わりなんか売れそうな物開発して仕入れさせてくれねーっスか? ついでにプミラに二度と近寄らないよう躾けてもらえたら助かるンスけど、って持ちかけただけッスよ? そうじゃなきゃ、こっちが損するばっかじゃないですか。俺は商人ですから、出来るだけ損しないように、向こうからやってきた儲かりそうに無い商品を買ってもらえそうな人に売り飛ばしただけ、ッス」
そう言ってソード様を絶句させました。
インドラ様がソード様を見上げると、近寄って抱きつきます。
「ソード、そんな顔をするな。やつは約束を破っただけじゃなく、ベン君の大事な妹をまた傷つけようとしたのだぞ? ベン君がそんな相手に情けをかけるわけないだろう。お前が私の妹を斬り殺そうとしたのと同じだ。ベン君は商人らしい仕返しとして私に売りつけ、私は高値で買い取った。これこそWIN-WINの関係、というものだ」
ソード様は目を瞬かせてインドラ様を見つめ、苦笑した。
「ま、そういやそうだよな。彼女がまだ心に傷を負ってたら、とんでもない話だったんだからな」
……まぁ、確かにソード様のおっしゃる通りですね。
確かに一緒に働いていた頃は、近隣の町で一番カッコイイ人だと思っていましたし、口数が少なく落ち着いていて、兄との対比でより素敵な人だと思っていました。
――ですが、あのことがあって町を離れ王都にやってきて、適齢の男性が周りにあふれかえっている環境下におかれました。
彼よりもハンサムで紳士で優しい人なんて、お客様にもたくさんいますし、従業員の中にだっています。
目が肥えてしまったんでしょう。
求婚だって、お店目当てはあるでしょうが、ひっきりなしにされているのです。
王都で見たトミーは、田舎から来た観光客以外の何者でも無く、その妻……あれほど劣等感を抱いた相手は、田舎の大将を気取った肥満気味の女性、ってだけでした。
貴族の女性はかなり努力しているようで、胸はしっかりと主張しつつも他はほっそりとしています。
特に王都はさまざまな人が集まり危険に満ちあふれていますし、過去に魔族の襲撃がありましたので、女性も護身術をたしなんでいる方が大半です。
私も習い始めましたから。
そういう女性を見慣れた私には『運動した方がいいんじゃないかしら?』と余計なお世話を言いたくなる女性でした。
私が今現在この状況にいなければ、毎日が憂鬱で、つらく、死んでしまいたいと思うことだってあったでしょうし、トミーの言葉に涙を流してすがったかもしれません。
ですが、私は今王都で貴族や富豪の方のお相手をしながら毎日送られてくる手紙を書く日々です。
昔の男なんてどうでもいいのです。
手紙の返事を書く足しになりません。
――あ、ただ、綺麗な文字で適切な返事が書けるのでしたら、かなり揺らいだかもしれませんね。いえ、手を取り「一緒に頑張りましょう!!」と言ってしまったかもしれません。
可能性が欠片もなかったので小揺るぎもしませんでしたが。
……そもそも兄が成功していなければトミーが私を口説くなんてことはなかったでしょうしね。
と、考えて、割り切りました。
えぇ、そこには山積みの手紙が鎮座していますので、感傷的な気分に浸っている場合じゃありません。
ですが、兄には言っておかないといけないことがあります。
「ベン兄さん、迷惑をかけてごめんなさい。そして、気遣ってくれてありがとう。でも、どうせ気遣ってくれるなら、仕入れを切り上げてまで王都に帰ってきて、いずれ憲兵に捕まるような男に制裁を加えるのではなく! 手紙を書く人員を増やして下さい! もしもトミーの字が美しく、文章は貴族様を感心させるような手紙を書いてたら、私は兄さんが反対しようとも手を取り一緒に仕事をしましたよ!? 嫌なら手紙を書く人員を!! さぁ!!!」
そこにいる全員が目を瞬かせました。
兄はすごく困った顔でモジモジしています。
「……い、いや、俺も探してるんスよ? でも、やっぱお貴族様でもないと、ちゃんとした文章って書けないし、字が綺麗って縛りをつけると、ほとんどいないんスよ……。ちゃんと、人材は募集して、きた人に例題で手紙を見せて、読んで、返事を書いて貰ってるんスよ? だけど、これがまた! 書けないんスよ! で、プミラには悪いけどもうちょっと頑張ってほしいかなーって……」
目をつり上げている私の顔を見た兄の声が、フェードアウトしていきます。
今、私が怒りを募らせているのは、トミーじゃありません。
兄ですよ!!!