作品タイトル不明
300話 〈閑話〉プミラの婚約者とその商店その九
私は、トミーの前まで歩いていって、目の前に立った。
「お断りします。私は、貴方を愛していません。私は、兄の店が大切で、兄が一番大切です。兄に迷惑をかけ、兄の店の害になるような貴方と婚姻を結ぶことは考えられません」
そう言った後、軽く頭を下げました。
「今となっては貴方にも彼女にも感謝しています。婚約破棄していただいてありがとうございました。私と似た経験をされた方にアドバイスをいただいたのですが、その通りでした。『結婚してからだったら手遅れだった』と。――その通りでした。貴方は、貴方が選んだ方と、人生を共にして下さい。少なくともそれは私ではありません」
ハッキリ言いました!
顔を上げ、サッパリとして兄のところに戻ります。
兄はうつむいていましたが、笑いを堪えているように震え……あ、実際に堪えていたようで、爆笑しました。
「うーわ! 痛烈ッスね、プミラ! 『婚約破棄ありがとうございました』はすっげーセリフッスよ! スカッとしたッス!」
「うむ、私もそう思った。スカーレット嬢に是非聞かせてやりたい。ついでにあの甘ったれ泣き虫男に婚約破棄イベントの時に言ってやれば良かったのにな、と思った」
インドラ様がウンウンうなずいています。
トミーが絶句して私を見ていますが、もう無視です。
私と貴方はもう無関係です。
バロックがホッとした顔をしています。
「……良かった。未練があったらどうしようかと思ってた」
「全然ありませんよ。文字もまともに書けない人なんて、人生に必要ありません」
送られてくる手紙の文字の汚いことといったらもう……。
軽く手を振ったら、バロックまで爆笑しました。
インドラ様がパン! と大きく手をたたきました。
「さーて! 話はついたな。まぁ、至極簡単だが。プミラ嬢は下衆の極み男と結婚しない、ベン君は証文を破棄しない、ついでに契約不履行の罰金を支払ってもらう。以上が結論だ。じゃあ、ここからは【取り立て人】である私の出番だ! 皆、帰っていいぞ! 私がキッチリ取り立てよう!」
インドラ様がうれしそうに、張り切っています。
ソード様は逆にとても不安そうな顔になりました。
「俺、その話を知らないんだけど。ベン、お前、インドラとどういう話をしたの?」
「簡単ッスよ? ここまで乗り込んで証文撤回しろっつーことは、かなりのダメージを与えてる、って考えるのが当たり前っすよね? そうなりゃどーせ金なんて持ってないだろうし、持ってても今じゃそんなはした金は酒も買えない値段ッスし。だからインドラ様に、そいつをどんなふうにでも好きなようにしていい、って ソ(、) イ(、) ツ(、) 自(、) 身(、) を(、) 売(、) り(、) 渡(、) し(、) ま(、) し(、) た(、) 」
ソード様ががく然として、兄を見つめています。
「…………お前…………。ソレ、どういうことかわかって言ったのか?」
兄はうなずいて、怒りをにじませた笑みを浮かべました。
「もちろん。それでインドラ様に感謝されるなら安いモンでしょ。俺は全くどこも痛まないし」
……なんでしょう。話が不穏なのですけれど……。
ソード様は絶句したまま兄を見ましたが、急に吹っ切れたように頭をかきました。
「…………なら、口を挟む余地はねぇな。お前とインドラとの話し合いの結果だ。ソイツもベンとベンの大切にしてる家族にケンカを売った償いは必要だろ。俺もその気になってるインドラをなだめるのはおっくうだし、どっかでガス抜きさせねーとなんなかったから、ちょうどいいか」
インドラ様が腕をぐるぐる回しています。
何やら恐ろしく張り切っているポーズです。やる気に満ちあふれています。
「じゃあな。俺は先に消える。巻き添えくらいそうだから」
そう言うと、瞬間、ソード様は消えました。
…………すごい。さすが英雄【迅雷白牙】。
「俺たちも行くッスよ」
兄に背を押され戸惑いながらも歩きます。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 謝る! 謝るから! ……プミラ! ベンジャミンを止めてくれ!」
兄が振り返ってトミーを見ました。
「なれなれしくするなよ。もう一度言うけど、タメ口きかれる覚えはねーよ。せいぜいインドラ様のストレス解消に役立ちな」
…………その、ストレス解消ってなんでしょうか?
「うむ! あとは任せろ!」
インドラ様がのけぞって胸を張ると、一瞬でトミーをひざまずかせました。
うれしそうに証文を取り出して、トミーの前でヒラヒラさせます。
「ほーら、これが証文で、私が証人だー。これから違約した罰を与えるぞー。お前は貧乏だから金は払えないだろう? ベン君も私も金持ちなので、白金貨じゃないと受け付けないのだー。どうだ? 払えないだろう?」
呆れてインドラ様を見ました。
ふっかけ過ぎです! ……あ、でも、今それくらい貯金あるかも……。
「私がもう二度とベン君たちの前に姿を現さないよう、キッチリ躾けてやるからなー? うん、楽しくなってきたぞ! うっひょー! やるぞー!」
気にはなりましたが、インドラ様が楽しそうに甚振……いえ、話しかけていますし、ちょっとは懲らしめてもらいたい気持ちもあったのと何よりもう二度とつきまとわないでほしいと思いましたので、トミーの懇願の叫びを無視して雑木林を後にしました。