軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

184:管理は専門家に任せるにかぎる

サルス首都にある、初代国王の彫像。

建国の際に作られたというその彫像は、台座があるゆえに見上げる必要はあるものの等身大であり、初代国王の人柄をよく表しているという。

誇張は一切なく、素材も有り触れたもの。よくよく質素倹約に努めたのだろう。

この彫像の存在からも、サルスの独立が平和的なものであったことが窺える。

彫像があるのは人々の行き交う広場、時には待ち合わせ場所としても活躍しているという。

今日も例に漏れず、彫像前で人を待つ集団がひとつ。

「ごらん、あのシャトーがサルスの政治の中心だ。国王の居城でもあるが、サルスでは城というよりも議事堂としての面が強いだろうから。外観もそちらに傾いているだろう?」

蜘蛛の彫刻が目を惹く杖、それをついた老紳士が物腰柔らかな声で告げる。

「隙ありゃウンチク言いたがんのは年寄りの証拠じゃろ。若者にゃ退屈だ、なぁ?」

相貌は溌溂と若々しく、しかし老獪な雰囲気を纏いながらインサイが笑う。

「城行くのなんざ出禁になって以来か。久々に高価い茶でも飲ませてもらおうじゃねぇか」

老いてもなお筋骨隆々の肩を揺らし、老輩が大笑いしながらリゼルの肩を叩く。

そんな三人と共に立つリゼルは、思案するように一度だけ頷いた。

思いきり甘えてやる宣言はしたし、実際に人の手を借りることを躊躇わないようにはしてみたが、それにしても甘え甲斐のある人選になったなと思わずにはいられない。

「お前さんそれ、出禁解けとるんか」

「追い返されなきゃ解けてんだろ」

「こういうことを平気で言うから冒険者は雇いにくい。冒険者ギルドはよくやっているよ」

このように、軽口を叩く古豪が三人。

そんな彼らを見ながら、リゼルの隣に立つイレヴンは半笑いで告げる。

「リーダー人選えげつない」

「敢えて選んだつもりもないんですけど」

手を借りるどころか、全てを任せてしまえそうな人選になったのは否めない。

だがそれも、心強くていいことだ。そう結論づけて微笑むリゼルの後ろでは。

「……、……、……」

迎えにきた国家関係者の顔色が死んでいた。

リゼルが昨日、精鋭に追加で頼んだことは一つ。

リゼルの知人の中で、大侵攻の詳細を知り、かつサルス国に物申せるような立場の、物申すのに付き合ってくれそうな人物を集めて欲しいというものだった。もちろん加えて、当日の予定に空きがある相手に限る。

頼まれた精鋭は、その条件をクリアする人物が複数いる事実に一瞬途方に暮れた。

いねぇよ、と突っ込むどころか割といる。最後の追加条件を冗談だと思って笑えなかったのは、実際にそれで人数が絞り込めてしまうからだ。

そうして集まったのが、目の前の三翁であった。

「インサイさん、サルスにいたんですか?」

「いや、ジャッジんとこにな。だからさっき着いたばっかじゃぞ」

「家族水入らずのところすみません」

「いい、いい。儂もサルスにゃ言いたいことがある」

目的地へと先導している使者の顔色は死んでいる。

「精鋭さん、よくインサイさんが王都にいるって分かりましたね」

「そこの奴になんか言われたんじゃねぇの?」

イレヴンが視線を向けたのは、凛と伸びた背筋に柔和な笑みを載せた老紳士だった。

イレヴンは気に入らなそうにそれを一瞥し、リゼルへと明け透けに告げる。

「情報屋の頭、ここらじゃトップ」

「そういえば前に、インサイさんがそれらしいことを言ってましたね」

「本職のついでだよ。私としては、これからも話し相手になってくれると嬉しいが」

「勿論、こちらこそぜひ」

リゼルは微笑んだ。

アリムとはまた違った、文学を深く掘り下げるような本トークができる相手だ。

なるべく手放したくないし、イレヴンが何も言わないということは危険もないのだろう。

ならばリゼルが何を気にすることもない。今後も存分に本について語り合うのみだ。

一行の先頭では老紳士の裏の顔も知ってか知らないでか、使者の顔色が死んでいる。

「そういや坊主はいねぇのか」

「ジルですか?」

隻腕を感じさせない、強者たる歩き姿の老輩が問いかける。

彼こそ過去に国に殴り込んだ先駆者。冒険者が国に喧嘩を売る心得を聞いてみたら、ついていってやると意気込んで同行を申し出てくれた宿の主人だ。

流石は王都の女将の父親。彼女の面倒見の良さは父親譲りだったのだろう。

「できれば、ジルには知られたくなくて」

「怒られんのヤなんだって」

「なんだそりゃ」

老輩は大笑いし、強く己の腿を叩いた。

癖なのだろうそれは力強い音を立て、使者の肩を盛大に跳ねさせる。

「冒険者ギルドに事後報告する時、バレそうではあるんですけど」

「えー、報告いんの?」

「いらねぇよ。喧嘩すんのに許可がいんならギルドも忙しくって仕方ねぇだろ」

「彼が言っているのはそういうことではないだろうに」

「冒険者はこの爺くらい能天気なのが丁度ええわ。派閥なんて考えもつかねぇほうが使い勝手いいじゃろ」

そうして和気藹々と話すリゼルたちの前で、やはり使者の顔色は死んでいた。

リゼルたちが案内されたのは、サルスの政治の中枢だった。

サルス城の外郭にある一室、重厚な長机が置かれた会議室だ。

城内は全体的に、華美というよりは機能性に富んでいる。大多数が思い浮かべる城というよりは、老紳士が先程紹介したとおりの議事堂のようであった。

「この度はご足労、誠に有難うございました」

待っていたのは、酷く誠実そうな好青年だった。

ただし顔は見えない。土下座している。艶めく重厚な長机の上で土下座をしている。

「アスタルニアでは大変なご迷惑をおかけいたしました」

「いえ」

「マルケイドにつきましてもお詫びのしようもございません」

「儂に言うな」

リゼルはとりあえず老紳士を見た。

正式なサルス流の謝罪という可能性もなくはない。

「謝意は伝わるが……サルスの重鎮がするに相応しい謝罪がもっとあっただろうに」

違うようだ。

窘めるように苦笑をする老紳士と、出鼻をくじかれて呆れたインサイにそう悟る。

「俺は許してねぇけど」

「大変申し訳ございません」

「つか謝んの今更じゃねぇ?」

「おっしゃるとおりでございます」

早速イレヴンが遊び始めた。

許していないのは本音だろうが、怒りは既に向けるべき相手で発散済み。よって、責め立てているのは完全なる趣味だろう。

とはいえ多少、これからの話し合いを見据えての牽制もありそうだが。

交渉上手だなとリゼルは微笑み、ひとまず一同揃って椅子に腰かけた。土下座姿と向かい合うように横一列に座ったので、彼のつむじがよく見えるのがなんとも言えない。

「生き生きしてんなぁ、悪ヘビ……で、アスタルニアってのはなんだ?」

「サルスがあちらさんに喧嘩売ったらしいっちゅうのは聞いとる」

「人聞きの悪い。あれは自立心のない一部の研究者たちによる独断だよ」

「それでなんでこいつが謝られんだよ」

「お恥ずかしいですが、手違いで誘拐されまして」

「何、そりゃ聞いとらんぞ」

「ジャッジ君には内緒にしてくださいね」

「おい、また物価上がんじゃねぇだろうな。うちの婆さん困らせんじゃねぇよ」

「魔力布などの工芸品は厳しそうだが、生活に影響はないから安心しなさい」

ヘビが獲物を甚振るような有様の後ろでは、リゼルたちが至って穏やかに会話を交わす。

交わす会話はすべてが国家機密だ。だからだろう、リゼルたちを除けば、部屋には今まさにつむじをこちらに向けている青年しかいない。

ならば、よほど立場のある人間なのかとリゼルが考えていた時だ。

「魔法学院管理部所長として深くお詫び申し上げます」

「所長さんなんですね」

聞こえた声に、リゼルは納得しながら口を開いた。

言い訳もせず、謝りっぱなしの相手にイレヴンも興が削がれたのだろう。そのまま会話の主導権をリゼルへと譲り、リゼルの隣で姿勢悪く椅子へと凭れかかった。

「いつ頃そのお立場に?」

「二年ほど前でございます」

「なら就任早々、忙しさが続きましたね」

「いえ、そん、そん、いえ、そんな、滅相もございません」

青年の落ち着いた声色が、声色はそのままに盛大に乱れた。

出世して幾らも経たない内に、管理下にある研究者が隣国の都市を滅ぼそうとするわ、その隣国の友好国である遠い国の軍を壊滅させようとするわ、さぞかし苦労したことだろう。

リゼルたちは若干の同情を抱く。それを理由に、手を緩めようとは思わないが。

「彼はそう言うが、この年で重役につくだけの実力は確かにあってね」

ふと、老紳士がフォローするように口を挟む。

それもそうだろう。彼は支配者の所業で、具体的にどう国の上層部が苦労したのかを推して量ることのできる立場にいる。

リゼルでさえ、想像するだけで「やりたくないな」と思うのだから、庇いたくなるのも仕方がなかった。

「ああ、知っているかな。彼の双子の片割れも、南区の主導者をしている優秀な子なんだ」

「南区、ですか?」

リゼルは少しばかり意外そうに呟いた。

それに対し、イレヴンが不思議そうに問いかける。

「リーダー南の頭なんて知ってんの?」

「ほら、一度お言葉を貰ったじゃないですか。直接ではないですけど」

「えー、覚えてねぇ、いつ?」

「貴族の俺が、黒い魔物のジルに湖に引きずり込まれた時です」

「あ、すっげぇ覚えてる!」

なんのこっちゃとインサイと老輩がリゼルを見る。

それはサルスに来たばかりの頃、迷宮“湖中のバザール”を訪れた時のことだ。迷宮から引きあげた際、とあるギルド職員から市井に「貴族が黒い魔物に湖に引き摺り込まれた」という噂が流れたのだとリゼルたちは聞いた。

それは間違いなく、リゼルたちが誤解されたものだろう。

そう結論づけた冒険者ギルドが、南区の主導者にそう報告した際の返答こそが「マジウケる」だった。

「サルスは若い人材が優秀ですね」

「そうだろう。ここは国として若い分、徹底した実力主義だから」

感心したようなリゼルに、所長よりも早く老紳士が返した。

その様子は誇らしげであり、これまでの言動からも彼が生粋の愛国者だと分かる。

愛国者というと過激なイメージが付きまとうが、ようは生まれ故郷を自然と愛しているだけのこと。今日も、あまりにもサルスが不利になるようだったら調整に動くだろう。

「それが裏目に出てちゃあ世話ねぇわ」

「頭よすぎる奴らが好き放題やらかしたんだろ?」

「こればかりは私も返す言葉がない」

ただし彼はインサイと同じ商人だ。

利益が絡まない限り、過度にサルスの味方もしないだろう。今日もバランサーの役割を果たしてくれるつもりのようで、それはリゼルにとっても素直に有難かった。

「改めまして、本日はよろしくお願いいたします」

リゼルたちの会話が終わるころ、所長はようやく頭を上げた。

雰囲気に違わず、爽やかな顔の好青年だ。とても机の上で土下座をするようには見えない。

彼は直前まで土下座をしていたとは思えないような落ち着いた仕草で椅子へと腰かける。

重厚な長机を挟んで両者が相対することで、やっと会議室らしい空気が部屋に満ちた。

「わたくしにアポイントメントをとってくださったのは……」

「俺です」

「ああ、あなたが」

所長が両膝に手をつき、深く頭を下げて挨拶をした。

「初めに、不躾で申し訳ございませんが、先日の腕輪というのは……」

「アリム殿下に頂いたものです」

「頂いたというのは……いわゆる、下賜されたものだと?」

「いえ、ご厚意というか」

「つうか土産」

「みやげ……土産??」

イレヴンの一言に、所長は土産という単語の意味を探す旅に出てしまった。脳内で。

その奇妙な間に、老輩が身を乗り出すように片腕を机に乗せる。

「アリムっつうの聞き覚えあんな。何番目だ?」

「お爺様がお知り合いなのは前国王でしたね。その方の第二王子です」

「爺さん会ったことあんの?」

「馬鹿みてぇに明るい爺……前の国王な。そいつの後ろチョロついてんの見た気がすんな」

「布の塊だった?」

「あん、何だって?」

気安い会話に、所長の旅はさらに波乱万丈と化していた。

流石はSランクの冒険者、人脈の広さが果てしない。そう言ってしまうと、ならばBランクのリゼルたちも似たような人脈を築いているのは何故なのか、という疑問は湧くが。

「冒険者の人脈っちゅうのは馬鹿にできんな」

「私たちも見事に人脈を築かれている側だろう」

「そりゃそうじゃが。あ、お前さん冒険者に手足送り込んでねぇだろうな」

「冒険者ならば誰でも王族との伝手を作れる、というのなら考えるよ」

「はっはっ、そんなら儂もやるわ!」

商人二人は慣れたように、意味が分かると恐ろしい談笑に興じている。

そうしている内に、所長の旅もようやく終焉を迎えた。

捜していたものはずっと傍に。つまり土産は土産だという結論に達して逃げられない。

現実逃避で得るものはないな、と後に彼は悟ったように同僚へと語ることとなる。

「その土産……失礼、不敬ですね。アスタルニア王族の方からいただいた腕輪を使ってまで、例の研究者……ここでは最も知れ渡っている、支配者という呼称を使いましょうか。彼と面会を急いだ理由を伺ってもよろしいですか?」

「お心当たりは?」

「幾つか」

所長は自主的に椅子の上で正座した。

ピンと背筋の伸びた、素晴らしい正座だった。

事ここにきて、サルスがリゼルに何かを隠すことはない。だからこその謝意だろう。

リゼルが全てを知ることを、サルスは既に知っている。リゼルが知ろうとして知った訳ではないことも、知ったところで何かをしようなどという意思がないことも、全て。

だがそれでも、分からないことはあるのだ。

「もしアスタルニアの件で支配者に何かを求めるのなら、可能な限り」

「え?」

「えっ」

不思議そうなリゼルに、予想外の反応をされた所長は動きを止める。

その様子に、こりゃあ駄目だとばかりに老輩が片手を振ってみせた。

「国の坊主、お前が真っ先に謝るから本題からずれてくんだろうが」

「それは、当然のことでは」

「終わったこと謝られて喜ぶ冒険者なんざいる訳ねぇだろ。だから悪ヘビに遊ばれんだよ」

「ですが、一度も謝罪せず終わるわけにも」

「それだ、それ」

肘をついた老輩の武骨な指が、真っすぐに所長へと向けられる。

今から言うことを忘れるなと、そう強く言い聞かせるような仕草だった。

「お前は関係ねぇ」

「それは……」

「商業国だのアスタルニアだの知らねぇよ。こいつはな」

老輩は親指でリゼルを示し、そうして再び所長を指す。

「支配者とかいう頭でっかちに喧嘩売られて、買っただけだ。アスタルニアでもな。そいつらがお前んとこの下っ端だろうが何だろうが、こいつが殴り合ったのはお前じゃねぇ」

「殴ってはないですけど」

「俺はちょい殴ったりもしたけど」

「いいんだよ、似たようなもんだろ」

可笑しそうなリゼルと、ニヤニヤと笑うイレヴンに、老輩は豪快に笑ってみせた。

喧嘩は喧嘩だ。論戦だろうが、頭脳戦だろうが、己の力で相手を叩き伏せているのに変わりない。

「冒険者が喧嘩して誰が謝んだ。売った奴も買った奴も、勝ち負けも関係ねぇ。面子は喧嘩おっぱじめた時点でもう決まってるんだよ。後から取り返そうなんて考える奴ぁいる訳ねぇだろ」

非常に冒険者的な考え方だ、と老紳士は杖の蜘蛛を撫でる。

そうしながら、彼は横目でリゼルを見た。

リゼルは、イレヴンと同じように老輩の話を聞いていた。つまりは当たり前の話を聞くように、特別老輩の言葉に感じ入った様子もなく、酷く自然体のままで微笑んでいた。

伸びた背筋も、高貴な目元も、清廉な空気すらそのままに。

それは酷く矛盾を孕んだ光景で、しかし違和感を覚えないことが何より奇妙だった。

「それが、冒険者……」

一方、所長はといえば老輩の言葉に一度は感じ入り、

「冒険者……、……?」

リゼルを見て首を傾げている。おおむね老紳士と同じような感想を抱いたのだろう。

それを横目に、インサイが大きな体を捻ってリゼルを向いた。

「じゃあリゼルは何しに来たんじゃ」

「勿論、支配者さんについて物申しに」

「おい、俺の啖呵をなかったことにすんじゃねぇよ」

「違いますよ」

物言いたげな老輩に首を振り、リゼルはなんてことなさそうに告げた。

「昨日、また支配者さんに支配されそうになったので」

途端、にじり寄るような殺気が部屋を満たす。

椅子の上で正座している所長の顔から、どっと汗が噴き出した。

だが、唯一人以外の全てに向けられた威圧を、所長以外は仕方なさそうに流してみせる。

「おいこら、不貞腐れんな悪ヘビ」

気圧されている所長に気づいた老輩が、頭を押さえつけるように赤い髪を搔きまぜた。

イレヴンはその手を鬱陶しそうに避け、斜めにした体をそのままに告げる。

「不貞腐れてねぇし」

「結局支配されなかった、って許してくれたじゃないですか」

「リーダーは許したけどさァ」

ならば、許されないのは誰なのか。

二股の舌が紡ぐ言葉は平然としている。しかし所長は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。視線を揺らすことすらできず、磨かれた机をただ見つめる。

一筋、落ちた汗が机に黒いシミを描いた。

「イレヴン」

「……はァい」

空気が軽くなる。

「こちらの連れが失礼しました」

「いえ」

所長はゆっくりと息を吐きながら、視線だけを持ち上げた。

向けられる柔らかな微笑み、その隣にいる鮮やかな赤は不貞腐れたように横を向いている。

「交渉ごとで感情を出すものではないよ。威圧が通じる相手だとしてもね」

「うっざ」

「若ぇ若ぇ、リゼルを見習わんか」

「リーダー見習えとか無茶ぶりじゃん」

「冒険者以外にメンチ切んじゃねぇよ、婆さんに怒られんぞ」

「内緒にしといて」

存分に三翁に弄られる姿に、微かに肩から力を抜きながら彼はリゼルへと向き直った。

隣のイレヴンを微笑ましそうに見ていたリゼルが、それに気づいて視線を返す。

「アリム殿下の権力を全力でひけらかした理由、でしたね」

言い方が微妙すぎて、所長はすぐさま同意できなかった。

その会話の外で、インサイが呆れたような顔をして腕を組む。

「リゼルの奴、言い方どうにかできねぇんか」

「ありゃなぁ、うちの婆さんと意気投合してんだよ。昨日こいつが国相手に権力ひけらかしたけど問題ないか、なんて相談すんだろ。そん時、婆さんが『自慢したくなる知人がいるのって素敵よね』なんて同意したもんだから、手段的にオールグリーンだって思っちまってる」

「そもそも権力を有効活用することは悪でもなんでもないだろう。いいのではないかな」

話が早くていいなぁ、とイレヴンは退屈そうに頬杖をつきながら思った。

誰も彼も話の本筋を見失わない。論点はアリムの権力で強引に事を進めたことではなく、そうしようとした理由。全員がそれを当たり前のように共有している。

それにしても、リゼルの言い方はイレヴンもどうかと思うが。

「支配者さんが俺を操ろうとした、とお伝えしたんですけど」

「はい」

「本当に操りたかったのはジルだと思うんです」

好青年の顔立ちを崩さずに動きを止めた所長を、リゼルはまっすぐに見つめた。

「大侵攻で支配者さんがジルを支配しようとしたことは?」

「……存じております」

「そう、それに俺が割り込んだ形です」

「ですが、貴方はそれを打ち破った。言い方は悪いですが、恨まれるとすれば……」

所長の言葉に、リゼルは可笑しそうに頬を緩める。

まるで、突拍子もない作り話を聞いたような笑みだった。

「俺、恨まれてるんですか?」

予想だにしない答えに、所長は目を丸くした。

反面、リゼルは悪戯っぽくイレヴンと視線を交わす。

「むしろ、ちょっと気に入ってもらえてるのかも」

「げ、なんで?」

「自分の魔法をもう一度味わえるぞ、っていう支配者さんなりの親切心がありそうです」

「最悪」

「そんだけ聞くと、やっぱお前さんが狙われてそうじゃな」

「そうなんですけど」

インサイの言葉に、リゼルは少しばかり眉尻を下げた。

実際、支配者が失敗を取り返そうとするだけならば、リゼルでもジルでもどちらでもいいだろう。二人共、支配者の魔法による拘束を振りほどいたことに変わりはない。

ならば何故、本当はジルが狙われたのだとリゼルが断言するかというと。

「俺が、ジルを使っていいよと言ってしまったみたいで」

「は?」

イレヴンが唖然として口を開く。

「リーダーが?」

「そうみたいです。俺も、つい先日気づいたんですけど」

「何に?」

「ほら、前にジルと一緒に支配者さんに会いに行ったじゃないですか」

「俺ハブったやつ?」

「それです」

これについては、もうイレヴンも機嫌を悪くしない。

何故なら、既に機嫌をとってもらい済みなので。

「思えば、一度はジルの支配を失敗している支配者さんの前に、そのジルを引き連れていくのは良くなかったかなと」

リゼルも、クァトとの会話中にようやく気がついた。

見せびらかすような真似をした、意地が悪いことをした、そういうことではない。

己の研究を唯一として生きている研究者は、時に常人では思い至らない思考を持つ。

「貴方は、魔法学院に品物を卸しに行くこともあるんですよね」

リゼルは興味深そうに話に耳を傾けている老紳士を見た。

彼は以前に伝えたことをリゼルが覚えていたことに破顔し、鷹揚に頷いてみせる。

「そうだね」

「個人の研究室を訪ねたりも?」

「ああ、勿論だよ。商機は己で作るものだ。売れそうな、つまり相手の欲しがりそうなものが手元にあるのなら、そこに足を運ばない理由はないのだからね」

老紳士はリゼルの伝えたいことを理解しているのだろう。

その分かりやすい説明に、イレヴンを始め、インサイや老輩まで嫌そうに顔を顰める。

「そういうことです」

ほのほの微笑むリゼルに、いまだ正座中の所長の目が虚ろになる。

自らが監督責任を持つ研究者たちの、あまりの癖の強さに世を儚んでいるのかもしれない。

「そうすっと、今度はなんでリゼルが狙われたのかが分からんくなるな」

「支配者さんとしても賭けだったんでしょうね。目印である魔石の一番近くにいる相手を指定したと思うので、俺かジルかイレヴンか、それほど分の悪い賭けではないと思います」

何より、誰に当たろうが成功判定を下せるだろう。

リゼルを支配できれば、今度は乗っ取られないかの実験ができる。

ジルを支配できれば、当初の目的が達成できる。

イレヴンを支配できれば、他二人が庇えもしなかった証明となる。

前回対象に逃げられ、他者の介入を許し、主導権を奪われた失敗を覆せるはずだ。

「貴方が面会を急いだのは、それを予期して止めようとしていたから」

どこか呆然と呟く所長に、リゼルは少しばかり思案しながらも頷いた。

「いつ実行されるかまでは分かりませんでした。実際、ジルは貸しませんと念押しするだけのつもりでしたし……ただ、急ぐに越したことはないでしょう?」

そしてリゼルは、冗談めかして告げる。

「ジルが支配されて止められる方、サルスにいますか?」

「おらんおらん」

「坊主も腕っぷしばっか磨いてやがるからなぁ」

「かの魔法学院が誇る魔道具も全く通用しなかった、と聞いているからね」

「リーダーつれて逃げる」

朗らかに笑いあう三翁を尻目に、所長はおもむろに椅子から立ち上がる。

ついでに彼の土下座の位置が、椅子の上から床の上に変わった。目元はぎりぎり見える。

「でしたら、急ぐのも当然でしょう」

彼は深い反省の面持ちで、慎重に言葉を紡ぐ。

「今となっては言い訳となってしまいますが、わたくし共といたしましても、人間の支配などという悍ましい所業が二度とないよう十分に配慮をしております。支給する魔石の魔力量なども厳重に管理し、監視の目も外さず、彼の研究の進捗なども詳らかにして」

「あなた方は、随分と彼を過小評価してるんですね」

所長が崩れそうになる姿勢をなんとか堪える。

嫌味など一切含まず、心から不思議そうに告げられたのが余計に心を抉ったようだ。

「俺たちが理解できない方法で、片手間に、彼にはそれができるというだけですよ」

「どうしようもねぇじゃん」

「人間性が壊滅的だろうが天才は天才じゃからな」

「利害の一致で縛るしかないのだろうが……」

老紳士が苦笑し、インサイと老輩を一瞥した。

「そもそも、頭抜けた才能を管理できると考えるほうがおかしい。この二人を見なさい、幸いなことに他者を害することを好む質ではないが、見るからに好き勝手しているだろう」

例に挙げられた二人が、ヤンヤヤンヤと反論を始める。

なんだか雰囲気がそこらの飲み屋のようになってきたな、とそれらを眺めるイレヴンは、過去の武勇伝がぽんぽんと飛び出る会話を興味深そうに聞いているリゼルを横目で見た。

珍しく力押しで事を進めていると思えば、ジルが理由だったようだ。

いや、ジルのためと言いきれば語弊があるか。わざわざ“貸さない”と口に出したのだ。

自分のものに手を出すな、という傲慢な牽制。それは、冒険者最強を煩わせるなという強行的な献身をも孕んでいる。

「(いいなァ)」

どちらも。

肘をついた手に頬を預けながらリゼルを眺めていれば、穏やかな瞳が向けられる。

「支配者さんの封じ込みについては、前にイレヴンが上手にやりましたね」

「俺?」

イレヴンは、サルスに来てから支配者とは顔を合わせていない。

目元に落ちた髪をよけてくれる手を、目を細めて享受しながら疑問を返す。

「彼を倫理では縛れません。でも君は、痛みで支配したでしょう? 物を考えられる限り支配者さんが魔法の探求を続けるなら、思考をそれ一色に染めてしまうのが効果的です」

「おい何したんだ悪ヘビ」

「肌色見えなくなるまでぐっちゃぐちゃにした」

所長がまさかと言わんばかりにイレヴンを凝視している。

サルスに引き渡すころには綺麗になっていたので、これは初耳だったのかもしれない。

「そ、の対応をこの国で実行するには、その、色々と問題がございまして」

「彼らの雑談だよ。気にせず堂々としていなさい」

戦々恐々と告げる所長に、老紳士がフォローを入れる。

ただし、それが気に入らなかったのだろう。インサイがリゼルへ目配せし、もっと言ってやれとばかりに机の下で親指を立てた。

今回の件は、言ってしまえばサルスの管理不行き届き。マルケイドを壊滅せんとした主犯を、のうのうとのさばらせていると言われて否定できるものではない。

リゼルとしても、今日の目的はサルスにしっかりと支配者を管理してもらうことなので。

「本当は、サルス上層部が支配者さんの研究を黙認してるのかなと思ったんですけど」

「決してそのようなことは」

「支配者さんに情報を流す内通者もいるみたいですし」

「は⁉」

「そらもういっちょ!」

インサイからの野次が飛ぶ。

リゼルは苦笑しつつも、素直にそれに従った。

「今回、俺の代わりに支配されたのは子供だったんですよ」

「な……」

「手違い、であっていますか?」

「それは、どういう」

「その子供は俺への攻撃を強要されました。強制された他害は、時に被害を受けた時よりも幼い心に傷を残してしまう。違いますか?」

「それまだまだ!」

野次が続くなか、リゼルはわざとらしく冷酷に微笑んでみせた。

「不思議ですね。少年兵の作り方そっくりです」

つまり、サルスが国家主体となってそれを作り出そうとしているのか、と。

そう告げられた所長は、それが本意ではないと知りながらもショックで土下座した。

彼の頭が完全にリゼルたちの視界から消える。

「よしもう一押し!」

「君はいい加減にしないか」

「爺が若い奴いじめんじゃねぇよ」

「なんじゃ、つまらん」

こちらも諫められたインサイが、あっさりと追撃の手を緩めた。

インサイとしても、完全に憂さ晴らしという訳ではない。露見すれば国家間の問題になりかねないことを、魔法学院管理部所長という、敢えて言うのなら末端が頭を下げるだけで終わらせようというのだ。

インサイもマルケイドの重鎮とはいえ、シャドウから正式に使者として派遣されている訳ではない。自ら築き上げた立場以上の権利は持たないが、今日のことをシャドウに伝えずにいられる立場でもない。

ならば存分にリゼルにつつかせて、「こんなことになってたから許してやらんか」と笑い話にしてやるのが最善手。なにせシャドウは、支配者信者ならぬマルケイド過激派筆頭なので。

リゼルもそれを理解しているからこそ、インサイの野次に素直に従ったのだ。

あとは、自らのパーティに手を出そうとした支配者への意趣返しも、少し。

「では、そろそろ本題に戻ろうか」

老紳士が進行役を買って出ながら、床に崩れ落ちている所長に着席を促した。

所長は動揺を顔には出さないものの、ふらつきながらなんとか椅子に座る。

まともな着席姿を見ると、彼は会議場によく馴染んだ。文官気質であるのだろう。

「君の要望は、支配者の管理の徹底で良かったかな」

「はい」

「サルス側も管理の見直しが必要かもしれないね。なにせ、内通者という話も出た」

「勿論でございます」

そこで老紳士はふと、茶目っ気のある笑みを浮かべてリゼルを見た。

「そうだ、君ならどう支配者を管理するのか、一案があるのなら聞いてみたいものだ」

「俺ですか?」

問いかけに、リゼルは数秒だけ思案した。

ここで処刑を提案するのは簡単だが、あの才能を惜しむ気持ちはリゼルにもよく分かる。

リゼルがサルス側の立場であっても同じことをするだろう。特殊な立地であるサルス、その魔物対策の大部分を支配者が開発、またはアップグレードしているに違いない。

生かしておくことで、受ける恩恵は莫大となる。

ならば、監視の目さえきちんと機能すればひとまずの問題は去るはずだ。

今の監視の、何が足りないのか。支配者の一挙一動を見張っていても足りない部分があるとすれば、それはもはや支配者の才能に並びうる存在にしか理解できない部分があるということなので。

「魔法学院の中庭にガラス張りの研究室を作って、そこで研究してもらいます」

嫌がらせかな、とイレヴンは思った。

「他の研究者たちともたくさんコミュニケーションとってもらいましょう」

嫌がらせだな、とイレヴンは思った。

天才の監視は天才にやってもらう、という我ながら妙案だったのだが。

リゼルは初代国王像の前で、いまいち反応の悪かった自らの提案を反芻していた。

話し合いはそれなりに平穏に終わり、今は昼に集合した場所で誰ともなく足を止めている。

「リーダーまだ納得いってねぇの?」

「魔石用の魔道具を持ち歩く方もいますし、不審な魔力の動きもすぐに分かるのに」

「なんでそんなもん持ち歩いとる」

それはリゼルにも分からない。

リゼルは声をかけてきたインサイを見上げ、近くで話している老輩と老紳士を見た。

「これから三人でお食事ですか?」

「そんならお前さんらも誘っとるわ。今日のところはマルケイドに戻らんとな」

「伯爵によろしくお伝えください」

「おう、たまには遊びにくんじゃぞ。また奴に飯でも奢らせてやれ」

インサイはそう言って笑い、踵を返した。

人混みから頭一つ抜けた長身は、少し離れたとしても見失うことはない。

「お前ら晩飯いんのか」

「イレヴン、どうしますか?」

「リーダーと食って帰る」

「そんじゃあ伝えとくぞ」

インサイを見送るのだろう。

去り際、思い出したように離れたところから老輩が声を張り上げた。彼はイレヴンの答えに了承を示すように、一度だけ大きく手を振って歩いていく。

インサイがあまりに年若く見えるため、外見年齢としては親子に見えてもおかしくはないのだが、二人並んで歩く姿はいかにも古くからの腐れ縁といった風情を醸していた。

互いの職業柄、顔を合わせる時間は決して多くはなかったろうに、不思議なことだ。

リゼルはそう思いながらも微笑み、杖を手に歩み寄ってくる老紳士へと向き直った。

「今日は有難うございました」

「いいや、私もこの齢になって新鮮な経験をさせてもらったよ」

老紳士の人好きのする笑みに、イレヴンが胡散臭そうに眉を寄せる。

「わっざとらしい」

「おや、君の前でも同じように接しているだろう」

「せいぜいリーダーの暇つぶしになれよ」

「勿論、誠心誠意努めさせてもらうよ」

互いに本気ではない。本気になるようなやり取りではない。

親しみのない戯言は、今は敵対していないという確認のためだけの会話だった。

ならば大丈夫か、とリゼルも口を開く。

「そういえば、今日のお礼がまだでしたね」

「礼を受けるほどのことはしていないよ。インサイに揶揄われてしまう」

「いえ、ぜひ」

リゼルは穏やかに目元を和らげた。

「情報屋としての貴方を、アリム殿下に紹介しても?」

「ふむ」

老紳士の笑みは変わらない。

イレヴンだけが、リゼルの意図を推し量るように片眉を上げた。

「アスタルニアは国民の気風もあって、諜報に向いた人材がいないみたいで」

「ああ、そうだね。あちらはどうにも、真っ向勝負を好む人間が多い」

「貴方のような方と伝手ができれば、アスタルニアとしても助かると思うんです」

「勿論、私としても有難い申し出だ」

老紳士はアスタルニアに伝手を持たない。

勿論、手足は存在する。情報屋として潜り込んでいる者もいる。

ただし、情報収集はしても買い手は少なかった。なにせリゼルの言葉どおり、策を巡らせることを好まない人間が多く、更には立地が周辺国から孤立しているため、外の国で話題に上がることも少ない。

ようは、アスタルニアの情報は市場価値が低いということ。

だが、王家が客となるのなら話は変わる。なにせ単価が桁違いだ。

「だが、いいのかい?」

「何がですか?」

「アスタルニア王家が提案を受け入れるとは限らないだろう?」

「いえ、きっと歓迎してもらえますよ」

リゼルは何も気負わず、穏やかな微笑みのままに告げた。

「どんな 抜(・) け(・) 道(・) も、貴方ならば調べられるはずだと伝えれば、きっと」

理解したイレヴンの手が、音もなく腰の剣へと伸びる。

抜け道。信者たちが魔鳥騎兵団への襲撃拠点にした、王家でも限られた人間しか知らない地下通路。どこから漏れて、どのように信者たちへと伝わったのか、いまだ不明点の多いそれ。

つまりは、リゼルの監禁場所のこと。

「アリム殿下にはお世話になったので、ぜひ紹介価格でお願いしますね」

リゼルは優しくイレヴンの手を制しながら、そう告げる。

老紳士をアスタルニアに突き出すのではない。騎兵団襲撃の犯人は信者たちに外ならない。

これは純粋に、腕輪という形で力を貸してくれたアリムへの返礼であり、また今日同行してくれた老紳士への感謝の気持ちであった。

「これは参ったな」

それを理解しているからこそ、老紳士も朗らかに笑う。

頭に載せたハットに触れ、仕方なさそうに首を振る姿は、孫の我儘をきく祖父にも似ていた。

「値切りに応じたことはないが、君の頼みとなれば仕方がない」

アスタルニア王家は、決して老紳士へと贖罪を求めない。

一流の情報屋との伝手ができることは、かの国においてそれほどに大きな意味を持つ。

また老紳士も、たとえ情報料がゼロになろうが損はない。

王家との伝手はそれほどの価値があり、商人である彼がその価値を見誤ることなどない。

両者とも、地下通路の件に触れないことで最大限の利益を得る。ならば、そうしない手はないだろう。

「良かった。じゃあ、アリム殿下にそう伝えておきます」

「よろしく頼むよ」

釈然としない顔をしているイレヴンをよしよしと慰め、リゼルは共に帰路に就く老紳士と本トークに花を咲かせるのだった。

その後、宿でのこと。

すっかり夜も更けた頃に帰れば、部屋には一人寛いでいるジルがいた。

「遅かったな」

「折角だから、戦勝祝いをしてたんです」

「完全勝利だったー」

「あ?」

一体何に勝利したのかと訝しげなジルだったが、特に気にもならなかったので問いただしたりはしなかった。