作品タイトル不明
閑話:いつもはこんなだよアイン達
王都のとある宿。
冒険者ギルドに程近い場所にある宿はほとんどが冒険者向けで、そこも例に漏れずに客の全てが冒険者だった。本来ならば閑静である早朝も、ギルドへ向かおうと動き出す彼らによって非常に賑やかな時間となる。
寝汚い仲間を起こす怒鳴り声、気が急いている所為か肩がぶつかって喧嘩が勃発し、それを迷惑そうに避けながら食堂に向かう冒険者の朝食を催促する大声に、犬でもできる「待て」が何故できないのだと忙しさにおかしくなっている従業員の金切り声。冒険者が泊まる宿などまず安さが最優先であり、サービスなどあってないようなものである。
そんな喧騒が扉越し、いや大部屋である同室で繰り広げられている中、アイン達は全員狭苦しい二段ベッドに収まっていた。一応目は覚めているが起き上がる気配はない。
「……朝ぁー」
その内の一人が、いかにも力を振り絞ったように声を上げた。
スライムが這いずるようなか細い声だったが、彼らが寝そべる二段ベッドは動線など早々に放棄したとばかりに部屋に詰め込まれている。お陰でその声は同じパーティの仲間達へと辛うじて届いていた。
「いや無理……」
「あったま痛ぇ……」
「死ぬ……」
死屍累々の有様に、同室の他の冒険者達でさえ同情はしない。
冒険者にとっては日常の一部。限界を超えて酒を飲んだ者達の末路は、果たして王都に滞在する冒険者が一人もこんな状態になっていない日があるのかと笑い話にもなる程にありふれた光景であった。
そうなるまで飲めたという事は、依頼が上手くいったという証拠。
「依頼受けるっつってたろ……」
「あー……」
「宿代ね……」
そして、酒で懐をすっからかんにしたという証拠でもある。
彼らはその日暮らしの冒険者。必需品を揃えるだけの金は残さねば依頼の一つも受けられなくなってしまうので、辛うじてそこに手を付ける事はないとはいえ宵越しの金は持たない。欲しい装備があれば頑張るが。
だがそうは言っていられない場合もある。それが今この瞬間、先払いしていた宿代を消化しきった日を迎える時だ。追加で払わねば追い出されてしまう。
「いやうぜぇわそんなん……」
「知んねぇわ……」
「あー……」
だが無理なものは無理。
この状態で迷宮に潜ろうとしても、それ以前の馬車の中で吐き散らかして袋叩きにあうのが関の山。アイン達はそう結論付け、全力で問題を先送りして二日酔いから逃げるように二度寝した。
惰眠を貪った翌朝、若さをフル活用して完全に回復したアイン達は宿の主人に突撃した。
今から稼いでくるからツケで泊めてくれと頼み込む為だ。先送りにした問題は結局のところ消滅した訳ではない。自分達でどうにかしなければ当然のように立ちふさがり続けるのだ。
駄目元だが試すだけならタダだろう、と全員気合を入れる。ツケを頼むのはこれで三回目。よって駄目元。そろそろアウトを食らいそう。
「今日がっつり稼いでくるってぇ!」
「マジだって、俺ら最近マジイイ感じだからさぁ!」
意図せず威圧するような声、更に四人で囲むとなればどう見てもカツアゲ現場だった。
しかしこの宿の主人は筋骨隆々な元冒険者。怯む筈もなければ冒険者事情にも通じていた。
時にやむをえない事情を汲んで迷宮対応してくれる事もある。求めれば元Bランク冒険者としてアドバイスをくれる事もある。しかし、だからこそ彼はよく知っている。
「てめぇら宿代で飲んだくれやがったな」
「うん」
「美味かった」
追い出された。
「ケッチ臭ぇ爺だよなぁ!」
「稼がねぇと野宿じゃん」
「次の宿どうすんの?」
「あそこのさぁ、鎧屋の裏とか」
多くの冒険者が定宿を持たない理由の一つがこれだ。
気に入らない奴と宿が被って自主的に、というのも少なくはないが圧倒的に追い出される率が高い。とはいえ冒険者はそんなものだという前提がある為、追い出すにしても追い出されるにしても割と扱いは軽いのだが。
「まぁ稼いでからだろ」
「良いのあっかな」
「Bとか」
「死ぬし」
アイン達も特に気にせず、今夜の宿代を稼ぎに冒険者ギルドの扉を潜る。
今日も今日とて冒険者ギルドは男臭い。これで受付嬢の一人でもいてくれれば調子も上がるというものだが、それがもし好みの娘だったら正直手を出さない自信は冒険者の誰にもないわけで。調子が上がりすぎて無茶な依頼を受けてやろうという面々が出ないという点では十分に合理的なのだろう。
唯一いる職員の紅一点はギルド長の妹であり既婚者。更に言えば色々な意味で世話になりすぎていて足を向けては寝られない相手なのだ。冗談でも口説けない。
「よう」
「おーっす」
「メンバー足りてる?」
「まだ分からん」
かけられる声に適当に返しながらアイン達は依頼ボードへと向かった。
混み合うそこへ構わず体をねじり込めば、両側から怒声が飛んでくる。どうせ誰も彼もが同じようにしてその場にいるのだ、相手もそれ以上突っかかってくる事はない。
聞き慣れたそれらを気に掛ける事なく、力尽くでどうにか依頼用紙が見える位置まで来る。そうなると今度は自らが押しのけられる側になるのだが、それにはすかさず怒鳴り返して立ち位置を死守しなければならない。
「C?」
「だろ」
「やっぱ?」
この場に立っているのは、いつの間にかアインともう一人だけになっていた。
他のメンバーも人混みの何処かにいるだろう。アイン達パーティもだが、冒険者というのはCランクが最も多い。依頼ボードも混み合うので全員揃ってのんびりと依頼を選ぶ、という訳にはいかない。
「とにかく金な、即金でー」
「四人分の宿代」
「あと酒と飯」
「Fでも受けてろ」
「ハァー?」
戯れながら隙を見ては前に立つ冒険者を掻き分けて最前列へと向かう。
今も目の前では次々と武骨な手によって依頼用紙が剥がされ続けている。良い依頼を逃さない為には即座に依頼の良し悪しを見極めて勝ち取らねばならない。残り物、地雷、楽しければ何でもオッケーなどというのは実力のある変わり者ぐらいなのだから。
「アイン! スライム核で銀貨二十!」
「取れ! ぜってぇ取れ!」
ふいに前方から聞こえた声にアインはすかさず声を張り上げた。
パーティの一人が見事に最前列を勝ち取っていたらしい。スライムというのは冒険者ごとに好き嫌いや相性の良し悪しの差が大きいのだが、アイン達パーティは特に苦手ではない。得意という訳でもないのだが、無難な魔物よりはトリッキーな魔物を相手にする方が楽しいと考えるタイプだった。
「あ? 手ぇ放せやオイ」
「ざッけんなてめぇが放せ!」
なかなかの報酬だからだろう、他にも狙っているパーティがいたようだ。
喧嘩か、とアイン達は既に半分キレつつも笑いながら自らも参戦しようと人混みを抜ける。こういう時の暗黙の了解で、関係のない冒険者達は我関せずと喧嘩するだけのスペースを空けてやったりするので最前列を抜けるのは容易だった。
即座に相手のパーティも集まってくるのを見つけて煽るようにガンを飛ばす。もはや反射で胸倉を掴んでやろうと伸ばした手が、同じく伸ばされた向こうの冒険者の腕と交差した。そして吠えるように口を開き。
「ギルド内での乱闘はご遠慮ください」
感じた冷気にすぐさま閉じた。
いつの間にか傍に立つ絶対零度。その無感情な瞳にアイン達と相手のパーティはそろそろと上げていた手を下ろし、粛々とした真顔で行儀よく謝罪を口にする。
何故他の冒険者が乱闘を察した瞬間、煽るでもなく面白がるでもなく我関せずを気取るのか。それは巻き添えを食らいたくないからだ。王都の冒険者ギルドには、本人は特にそういった意識などないだろうが絶対零度という秩序がある。
とはいえテンションが上がりすぎるとそれを忘れる冒険者も多い。その良い例であるアイン達は、凍り始めていた己の足元が解放されるのを見て心から安堵した。
「あれ可愛がれるリゼルさん最強じゃん……」
「フツーに怖ぇわ」
「頭撫でてんの軽くホラーだもん」
「分かる」
何事もなかったかのように去っていくスタッドの背を見送り、アイン達と相手のパーティは頷き合った。
別に受付してもらう時に敢えて避けようなどとは思わない。受付業務や報酬準備一つとっても明らかに仕事が早いし、依頼人に理不尽な事を言われた時などいっそ最強の味方感すらある。ただそれとは別に怖いものは怖い。
「……ジャンケンする?」
「まぁ、じゃあ……」
報酬の分配などで何故かジャンケンをするリゼル達の姿は有名で、王都の冒険者ギルドでは何故かじゃんけんがいざという時の問題解決策として浸透しつつある。
その後のジャンケンは相子の続く熾烈な戦いとなったが、最終的にアインが勝利を導いたチョキを勢いよく振り上げながらパーティと共に雄叫びを上げる事で平和的に事態は収束した。
アイン達が訪れたのは迷宮“箱の洞窟”だった。
全六十階層、Cランクのアイン達だと二十階近辺ならば安定して戦える。ちなみに彼らの安定の基準は“装備が破損しないから余分な金がかからない階層”なので、二十階をすぎれば多少の苦戦もあるのだが。
彼らは以前、とある迷宮の初踏破でランクに見合わぬ装備を手に入れる事ができたが(それでも頭抜けた性能という訳ではないが)、その性能に頼って調子こいて装備を壊しでもすれば直すだけの金がない。身の丈に合わない装備を身に付ける弊害だ。
かといって縮こまるような真似もしないので、いつか今の装備を使い捨てる日も来るだろう。
「ここ何処まで行ってた?」
「十五」
「じゃあ二十目指すかぁ」
「十五で出んのって何色?」
「知らね。覚えてねぇし」
迷宮に入ってすぐの魔法陣の前で抜き身の剣を片手に話し合う。
今回の依頼で必要なのは中層のスライム核。アイン達にはスライムの核で何ができるのかなど全く予想もできないが、依頼人がご所望ならばその通りに集めるだけだ。
この迷宮にスライムが出るのは確実、依頼はCランク、ならば十五階から奥に進んでいく内に目当てのスライムは出るだろう。そんな見切り発車でアイン達四人は魔法陣の上へと立った。
そして今、彼らは盛大に迷っていた。
「今俺ら何処にいんの?」
「それが分かってたら迷ってねぇっつう」
「それな」
この“箱の洞窟”は立方体を並べてつなぎ合わせたような整然とした造りをしている。
足場は平らで戦いやすく、罠のパターンも少なく比較的見つけやすいのだが、とにかく迷いやすい。進もうが曲がろうが全く変わらない景色、更には目印になるものも何もない。
アイン達も冒険者の例に漏れず簡単に道順をメモしながら歩いているが、魔物が出るたびにペン(ただの細長い木炭)と紙(ギルドの机から無断拝借したもの/ギルド長指示によりスタッドは黙認)を放り投げるので紙面はすでにしっちゃかめっちゃかになっている。
「何だこれ、何描いてあんの?」
「こっちから来てぇ、ここで右行ったんじゃん。で左……違ぇわ、この線何だ」
「つかこんだけ真っすぐ歩いてんのに線ぐねってんのウケる」
「うっせぇわ」
一人がぶらぶらと剣を揺らしながら周りを見張り、残る三人で自作の地図に挑む。
歩きながら描くので線は蛇行し、分かれ道の数とそのどれを進んだかが辛うじて分かるのみ。冒険者にとって地図とは、進むのではなく引き返す時に役立つ事が最優先なので正確性は後回しにされやすい。
なので、同じところを回っているのに線が重ならない事が多々ある。そして迷う。
「もう分かんねぇわ、進も進も」
「まぁ次の魔法陣まで行けりゃ帰れっし」
「一泊とかマジでクソだぞ」
「こんで引き返せなけりゃ俺らマジ死ぬわ」
「リゼルさん助けてぇーーーー!」
足を踏み出し、叫びながらアイン達はゲラゲラと笑う。
楽観視している訳でも根拠なき自信を抱いている訳でもなく、この程度は冒険者にとって日常というだけのこと。誰より自由である彼らは、己の命に何の責任も乗っかっていない事をよく知っている。
「つかマジリゼルさん欲しいんだけど」
「迷わねぇもんなぁ……」
「あれ何で迷わねぇんだろ」
「頭良いから」
「あー」
叫びすぎて寄ってきた魔物を何とか倒し、雄たけびを上げて素材をはぎ取りながら話す。
その声にまた魔物が寄ってくるのではと突っ込む者はいない。今まさに名前の出たリゼルも良いのかなと思いつつ、「元気が良いのは彼らの長所だなぁ」と微笑ましげに眺めるのみだった。
「地図いらねぇのビビんだけど」
「フツーさぁ、『地図、大丈夫ですよ』って言われたら描いてくれんのかなって思うじゃん。リゼルさんならキレイな地図描いてくれんだろうなーとか思ったじゃん。でもすっげぇ手ぶらで歩き出すじゃん」
「もう何も聞けねぇよな」
「あ、ハイ、みてぇな……げ、くっそ破れた」
先日の“自由パーティの日”の事を、アイン達は迷宮に潜るたびに思い出す。
迷宮に入って早々、ほのほのしながら至って穏やかに歩きだしたリゼルの姿。武器らしい武器がないのは良い、魔法使いだから。リゼルは魔法使いを名乗った事など一度もないがアイン達は魔法使いだと思い込んでいるのでそう納得した。
けれど地図が大丈夫とはどういう事なのか。何が大丈夫なのか。ギルドで既に買ってあったのかとも思ったがそれを取り出す気配など微塵もなかった。
「すげぇ二度見したのにリゼルさん気づいてくんねぇし」
「逆に不思議そうな顔されるし」
「今思うと不思議そうにされる筋合いねぇんだよなぁ」
「それ」
はぎ取った素材を革袋に詰め込んで立ち上がる。
念願の空間魔法が付与された革袋。一度この便利さを経験したならもうあの頃には戻れない。そう、重たい荷物を背負って魔物との戦闘になった途端に投げ捨てては折角の素材が破損する、そんな当たり前でもストレスフルな日々とはおさらばだ。
「でもあの日の迷宮はめちゃくちゃ楽だった……」
「分かる……」
「めちゃくちゃ楽しかった……」
「凄ぇ分かる……」
アイン達は再び歩き出した。
もはや自分達がどちらに向かっているのかは分からないが、おそらく先に繋がっているだろう道を選んで進んでいく。相変わらず一人が地図をとっているも、やはり正確性はない。
「何つうか、基本は任せてくれんじゃん」
「あー……余分な口挟んでこねぇの楽だったわ」
「それすぎる」
「上のランクの奴と組むとさぁ、あんじゃん。何つうの? アピール?」
「あるある。あれマジでウケんだけど」
「まず聞いてねぇわっつうな、うっぜぇわ」
けれどリゼルは違った。
常の雑談には普通に参加するが、アイン達のやり方に口を出す事は一度もなかった。情報を出し惜しんでいる訳でもなく、アイン達と攻略していて判明した情報のみを口にしながら、分からない部分は一緒に悩んでくれる。
リゼルが訪れた事のない階層だったというのもあるのだろう。そこにランクが上であるという見栄もなければ、年長者であるという嫌な自負もない。冒険者は実力主義である、という不文律を誰より体現していた。
「それが嫌味じゃねぇのが凄ぇ」
「むしろ教わる気満々じゃん、あの人。あんだけ頭良いのに」
「俺ら相手に教わる側でいられんのやべぇ」
「分かんねぇとこ聞かれんの気分良かったー」
「分かる」
「でも正直何でそんなもん気になんだって十回くらい思った」
アイン達は魔法陣のパーティ認定について聞かれてもよく分からない。
そして剣の手入れの仕方に個人差があるのかどうか聞かれたのも何故か分からない。
剣など持つ予定はないだろうに、もしやパーティメンバーの剣を。そう思いかけるも武器の手入れを他人に任せたがる冒険者は少ない。リゼルがそういった他人の領域に踏み入るような真似をするとは思えず、ならば何故だと余計に疑問のみが残る。
「楽っつっても難易度下がんねぇの絶妙」
「ストレスねぇんだよな。まぁ強化魔法はそこらへんあっけど」
「強化魔法っていや何なわけ、他の魔法使い凄ぇ報酬主張してくんじゃん」
「あっち行くなこっち行くなうるせぇし」
ちなみに強化魔法は割と制約が多い。
魔法使いから距離が離れすぎると効果が切れるし、姿が見えなくなっても同じく。なので話に上がった他所の魔法使いの言い分は正しい。元気に駆け回るアイン達を相手にさぞ苦労した事だろう。
実際リゼルもその辺りは一人せっせとフォローしていた。だがそんな事など知る由もない彼らは不満たらたらに整然とした通路を進んでいく。
「リゼルさんは『良いですよー』っつってガンガン使ってくれたのに」
「あの人ぜってぇ怒らねぇよな」
「待て、それ考えると俺らリゼルさんに報酬……お、あれ罠じゃね?」
「どれ」
「あの線」
通路の真ん中で足を止め、四人はどれどれと天井を見上げる。
見れば確かに一つの立方体分の天井にうっすらと線が走っている。あそこが開いて槍でも降ってくるのか魔物でも降ってくるのか、アイン達は各々想像力を膨らませながら顔を見合わせた。
力強く頷き合い、そして。
「行くぞオッッッラ!」
「ダッシュ!! 超ダッシュ!!」
「ッしゃセーーーーーッッッフ落ち、落ちんの!?」
天井は一ミリも動かなかったし床が抜けて全員落ちた。
アイン達は基本的にやかましいので魔物遭遇率が高い。
ちなみに本人たちにやかましい自覚はないので遭遇率が高い事には気づいていない。彼らが年の割になかなかのランクだと称されるのは、こういった事情により叩き上げられているというのも理由の一つかもしれない。
「俺ら何で魔法でパッと火とか出せねぇの?」
「何でっつわれても」
「ねぇもん出すのはムズイっつうだろ」
「言ってねぇで魔石出せ」
落下した先は真っ暗闇。
四人はしこたま打ち付けた腰やら肩やらをさすりながら空間魔法を漁る。
彼らが持つ空間魔法は背負うタイプの革袋。手を突っ込むには一旦背中から下ろす手間があり、下ろしたら下ろしたで視界ゼロの空間の所為で鞄の口を見失う。
「アイン早く」
「やってるわ。魔石とトーチ……やべ、魔石落とした」
「うぇーい」
「ドンマーイ」
「どっか行った」
「ふざっけんな!」
「魔石も安くねぇんだぞ!」
ランタンは割れやすいしかさばるので、冒険者が一般的に使うのは松明だ。
良い感じの木の棒に油分を多く含む樹皮、あるいは樹脂をしみこませた布を巻き付けた簡単なもの。自作する冒険者も少なくなく、いざとなれば使い捨てられるので荷物にならないと重宝される。
「今魔物出るとやべぇんだけど」
「迷宮対応頼むー」
「空気読んでぇー」
真っ暗闇の中でアイン達が手探りで地面を探すこと暫く。
転がっていった魔石を何とか見つけ出して、地面に置いたまま見つけた一人が魔力を流し込む。数秒で良いならば魔力の量は少なくて良い、魔石の表面を舐めるように灯った炎がようやく僅かに暗闇を払う。
「おいアイン松明」
「トーチっつって」
「さっきから言ってっけど何?」
「リゼルさんが言ってた。かっけくねぇ?」
「かっけぇ」
「頭良さそう」
そしてアインの持つ松明、もといトーチに火が移る。
途端に床の魔石を囲んでガラ悪く座る男たちの絵面が露わとなり、誰も魔物を警戒して立っていない事実に全員で爆笑していたら即行魔物に襲われた。明かりをつけるまで襲われなかったのが迷宮による慈悲なのか偶然なのかは不明だ。
「おっ、スライム!」
「やりぃ! オレンジって何?」
「変わる変わる! 変身じゃん、鳴き声のやつ!」
目当ての魔物の登場にアイン達はすかさず剣を構える。
目の前ではぐにぐにと橙の粘液を変形させていくスライムが三匹。この色のスライムは変形した姿に対応した声を投げかけられれば討伐可能だが、階層的に鳴き声で対応可能な姿にはならないだろう。大抵の魔物相手ではもはや鳴き声どころではない。
「おい二匹! お前抑えてろ!」
「早く倒せよ!」
三匹を同時に相手にはできない。
一人が二匹を必死にチクチクする事で変形を阻止し、他の三人が残りの一匹を囲む。
スライムの倒し方は、完全に他の生物に化けた後ならばその生物を倒す方法で良い。変形前は体内を流動する核を剣で捉えるのが酷く難しいので、大体の冒険者が姿を変えた直後を狙う。
「おっ、ツノウサギ」
「バグってねぇ?」
「一階とかで出るやつじゃん」
例に漏れず変形を待っていたアイン達の前には、額からツノを生やした一匹のウサギの姿。
まぁラッキーという事で、と剣を構えようとした彼らだが、ふとアインが零した一言でその動きを止める。
「ウサギの鳴き声でいけんじゃねぇ?」
「お前頭良いな」
スライムを斬った後の剣は微妙にべたつくのだ。
使わずに済むならそれで良い、とひたすら二匹のスライムをチクチク突いている一人を除いて全員剣を下した。そして三人とも大きく息を吸い、特に大声である必要などないのに思い切り叫ぶ。
「ぴょん!!」
「ぴょん!!!」
「ぴょんっつってんじゃん!!!!」
「ぴょーーーーーーーーーーーーーん!!!!!」
剣で倒した。
アイン達は地図係をローテーションしながら迷宮を歩く。
今日中に二十階まで進むのは無理だと諦め、来た道を引き返しているのだ。しょっちゅうある事なので今更渋りはしない、迷宮で夜を明かすのは避けたいので全員一致で撤退を決めた。
いつもより魔物との遭遇率が高い。そして迷いやすい構造にまんまと迷いまくっている。
ランク的には適正階層を出ないのだが、こういう相性の悪い迷宮というのはどんな冒険者にもあった。
「今核何個?」
「八」
「あと二個が長ぇー」
「いけっかな」
とはいえ依頼達成を諦めるつもりはないが。
でないと帰る宿がない。門番に見守られながらの野宿は心が侘しくなるのだ。
「まぁ戻ってる内にいけんだろ」
「ここゴーレム出んじゃねぇの?」
「出たらダッシュな」
だらだらと喋りながら歩く。
ちなみに苦手な魔物と相対した時に逃げられそうなら全力で逃げる、というのは冒険者の常識だ。その逃走中に罠を見落として引っかかる冒険者も多い。
「ジルさんがいりゃなぁ」
「いやいらねぇよ」
「あの人がいんなら俺らがいらねぇよ」
「天才じゃん」
アイン達は三方に伸びる分かれ道の前で足を止めた。葉の茂った蔓のように線が伸びている地図をのぞき込み、多分こっちだなどと言いながら歩みを再開させる。
前方に魔物の姿を見つけたが、こちらに気づいていなさそうだと小走りで通り過ぎた。見つけた魔物全てを相手にしていては幾ら体力に自信があってもキリがない。
「リゼルさん、何でパーティ組めてんだろ」
「やる事あんの?」
「強化魔法いらねぇだろ、あの人」
「応援してんじゃん?」
「は? 嬉しい」
自由パーティの日にリゼルが自身のパーティについて話す事は少なかった。
折角組んだのだからとパーティの一員として振舞ってくれたのだろう。一刀と比べられるのはアイン達も勘弁なので、楽しかったのはそういった事が一度もなかったのが大きい。
今更ながらにそれに気づいて、四人はにやにやとしながら歩を進めていく。
「合同で受けたのあんじゃん、羊の」
「あったな」
「依頼人と話してたのほとんどリゼルさんだったじゃん」
「てコトはアレね、ジルさんそこらへんは投げてんのね」
「剣振ってりゃ良いっつうの楽だろうなぁ」
「あー楽、それ楽」
「ぜってぇ楽」
羨望を込めた同意の声が次々に上がる。
実際はリゼルもそれなりに戦闘に貢献しているし、アイン達も実力がないとは全く思っていないにせよ強化魔法の印象が強すぎた。彼らがサポートよりも剣を振り回したいタイプなので、パーティを組んだ時はそれを汲んだリゼルがサポートに専念したというのもあるだろう。
「あの性格悪い獣人と組めてんのも凄ぇけど」
「組めねぇ奴いんのかな」
「相手が拒否らなきゃいけんじゃん?」
床一面の落とし穴ゾーンを壁に張りつくように横這いに進む。
途中、のそのそとやってきたスライムが見事に落とし穴を踏み抜いて落下していくのに、アイン達は爆笑するやら目当ての獲物を逃した事に悲鳴をあげるやらしながら何とか危険地帯を通り過ぎた。
何とか規定数のスライム核を集めきったアイン達は、ギルドで受け取った報酬を手にほくほく顔でギルドを出た。
彼らの報酬の分配は、基本的にそれぞれに報酬の一割。そして残りの六割をパーティの予算としてキープする。宿代や食事代、冒険者業の消耗品はそのパーティ予算から出す事になっていた。冒険者パーティとしては一般的だろう。
個人に割り振られた分は完全にパーティ予算とは別物であり、たとえ今回のようにパーティ予算が枯渇しようが誰もそれを当てにはしない。冒険者の常識だ。
「早く新しい脛あて欲っしー」
「金貯まった?」
「全然貯まんねぇわ」
なので同じパーティといえど互いのお小遣いにはノータッチ。
誰がどれだけ貯めこんでいるかは誰も知らない。とはいえ有るものを無いという理由もないので誰が金欠かは大抵分かる。
「今日リューネちゃんとこ行かねぇ?」
「あー、あの酒場」
「アインほんと好きな」
「可愛くね?」
四人はぶらぶらと街中を歩いていた。
あまりガラのよろしくない男が四人、肩をそびやかして歩いている光景は非常に冒険者らしいと言える。理不尽に斬りかかられる事はないとは知っているものの、冒険者に馴染みのない者からすればなかなかに近寄りがたいだろう。
「お前カイナちゃん口説いてなかった?」
「フラれたぁ」
「んで次か」
「ヤリチンじゃねぇか」
「否定はしねぇわ」
日も落ちかけた王都、帰路についた人々の賑わいに彼らの笑い声が混じった。
彼らの進路はそのまま目をつけていた宿、ではなく一軒の道具屋へ。リゼルに紹介されたその店は冒険者の必需品を漏れなく揃えてくれている。勿論、全体的に良い品が並んでいるので相応の値段はするが、アイン達が重宝するような安い品も一緒に扱っているので普通に利用していた。
何より店主は鑑定も可能。よく分からない迷宮品を相手に、よく分からんと匙を投げる鑑定士も珍しくないなか、何を持ち込んでも正確な鑑定結果を出してくれるという、知る人ぞ知る道具屋だった。
「宝箱ラッキーだったよな」
「何気にリゼルさんと一緒に潜った時が最後じゃね?」
「久々っつうほど久々でもねぇか」
そう、今日の迷宮では宝箱を見つける事ができた。
二階分しか探索できていないのに見つけられたのは非常に運が良い。いつもは十階層を隅々まで練り歩いて一個見つけられれば良いほうだ。
ちなみにリゼルと潜った時は運良く二個見つけられたが、リゼルは頑なに宝箱を開けようとしなかった。何故かはアイン達には分からない。
「とうちゃーく」
「やってる?」
「やってるやってる」
どの店にも言える事だが、営業は割と店主の気分次第だったりする。
アイン達は扉にかかっている営業中の札を確認し、道具屋の扉を開いた。中には長身の店主が一人、帳簿らしき紙束に落としていた視線を上げる。
「あっ、いらっしゃいませ」
「うぃーす」
「相変わらずでっけぇなぁ」
「うらやましー」
「何食ってんの?」
「えっと、普通に……」
ぞろぞろと足を踏み入れながら喋れば、立ち上がった店主が困ったように眉を落としながら苦笑を浮かべる。ジルやイレヴンやスタッドを知っているアイン達からすれば、この気弱そうな彼がリゼルと親しいというのが少しばかり意外でもあった。
でかい以外は何処にでもいるような奴なのに、いや別に誰とつるもうがリゼルの自由なのだが。そんな事を思いながらジロジロ見るアイン達は、ガンをつけられているのではとジャッジが内心半泣きになっている事など知る由もない。
「あの、今日は買い物で……?」
「そうそう。鑑定さぁ、してくんねぇ?」
「迷宮品なんだわ」
「あ、はい、大丈夫です」
何故か安堵したような店主へと鑑定料を渡し、アイン達は宝箱から入手したそれを渡した。
今日手に入れたのは一冊の本。極一部のマニアに需要があるので一応の値段はつくが、高額がつくような事など滅多にないし重いので冒険者にはハズレ扱いされる迷宮品だ。
「迷宮本ですね、装丁に傷もないし……内容は、“完全網羅!冒険者能力辞典”……?」
「見てみろよ、俺ら載ってんのやばくね?」
「まぁ何度か潜ってる迷宮だしな」
「名前だけだと他の奴分かんねぇ」
作業台の上でページを捲っているジャッジの手元を四人でのぞき込んだ。
本の内容は題名の通り。恐らく過去にその迷宮に潜った事のある冒険者の中からランダムでピックアップして、それぞれの能力値が項目別にグラフ評価されている。
知り合いの名前があれば楽しめるが、そうでないなら大して面白くもない本だ。
「これ俺、俺のページ、意外と魔力あんのビックリなんだけど」
「無駄すぎんじゃん」
「だよなぁ」
「火とか出せるようになれよ」
「全ッ然やる気ねぇわ」
笑い合うアイン達の前で、ふいにページを捲っていたジャッジの指が止まった。
ページには何とリゼルの名前。そして次のページにはジルの名前。それに気づいたアイン達が笑いの余韻が引かないまま自身らも散々ビビり散らかしたその事実に食いついた。
「これ! やばくね!? ジルさんやばくね!?」
「バグりすぎだろ!」
「グラフはみ出してページ黒いっつうね!!」
「ギャハハハハ!」
グラフ評価で塗りつぶされたページを見下ろし、全員涙を浮かべながらバンバンと作業台を叩きつつ爆笑する。
「でさぁ、リゼルさんが」
そしてアインがリゼルのページに戻ろうと手を伸ばした時だった。
それを避けるように、白手袋に包まれた手が本を遠ざける。あれ、と顔を上げたアイン達に店主は困ったように眉を落とした。
「その、素手だと汚れちゃうので……」
「あ、すまん……ん?」
「まぁ、そうだよな……ん?」
「……ん?」
今の今まで素手で掴んでいても気にされていなかったが、確かに言われてみればそうかとアイン達は納得した。いまいち理解はしきれなかったが一応は納得した。
そして混乱しつつも、ハッと何かに気づいたように顔を上げる。
「もしかしてすっげぇ高ぇ本!?」
「やばくねぇ!?」
「宿代余裕じゃん!!」
「いえ、特に高価っていう訳じゃないんですけど……」
「違うのかよ!!!!」
対応的にそうかと思ったら全然違った。
上げて落とされたアイン達の慟哭に、おろおろとしながらも口にされた金額は確かに迷宮本としては一般的な金額で。持っていてもどうしようもないので彼らはそのまま買い取りを頼んだ。
何故かとても嬉しそうにされた。
その後、目をつけていた宿を訪れたアイン達はというと。
「あんたら今度踏み倒したら承知しないからね」
「オッケオッケ」
「だいじょぶだいじょぶ」
「前も最後には払ったじゃーん」
「先払いっつってんだから先払いすんのが普通なんだよ!」
以前に一度ツケが溜まりすぎて追い出された宿だが、一度だけならまだセーフだろう。
そう悪びれずに顔を出した彼らに、女傑で有名な名物女将は厳しい顔をしながらも彼らを追い返そうとはしなかった。何といっても冒険者などそんなもの、踏み倒して別の国に行ってしまわないだけまだ良心的だ。
まぁ、王都に限ってはあまりにも素行の悪い冒険者はいないが。
「今度踏み倒したら怖いギルド職員さんに言いつけるからね」
「あれっ、えっ……女将さん美人じゃね……?」
「すっげぇ美人じゃん……びっくりする……」
「優しいし美人だし最高じゃん……」
「惚れそう……や、もう惚れてたわ……」
「媚びんじゃないよ」
そして仕方なさそうにしながらも満更でもなさそうに頬を染めて宿代を告げる女将に、アイン達は何かをやり遂げた男の顔をしながら互いの手のひらを力強く打ち合わせる。見事彼らは新たな定宿を手に入れた。
こうして彼らは今日も、朝から晩まで冒険者の極々ありふれた日常を過ごすのだった。