軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

162:イメージ的な問題で隠された可能性

サルスは決して大きな国ではない。

所有する領地は唯一、海と見紛うばかりに広大な湖の真ん中に浮かぶ湖上の都のみ。たったそれだけの地で国として独立し、魔法大国として名を馳せていた。

「綺麗な国ですよね」

青空を映す凪いだ湖面は、時折平原を駆ける風に揺らされ白く染まる。

岸から湖の真ん中にそびえ立つ都市へと続く大橋は風化を知らず、水面を反射した光に照らされて真っ直ぐに伸びていた。巨大すぎる湖のお陰で捉えづらいが、長く長く伸びた橋の先の国は決して狭くはないのだろう。

リゼルは髪を掬う風に目を細め、名匠が幻想を描いたかのような光景を堪能する。

「ニィサン来た事あんだっけ」

「一度、結構前にな」

「じゃ、俺のが詳しいか」

何度か見ているらしいイレヴンはともかく、久々だろうジルにも然して感動はないようだ。宝箱から希少な剣が出た時の方が余程興味深そうにしている。

彼らしいと言えばそれまでだが、と苦笑してリゼルは止めていた足を動かした。

「じゃあ、行きましょうか」

その進路はサルスへの大橋から外れ、湖を沿うように北へ。

大切な目的の前にリゼルには少しだけ寄りたい所があった。ジルやイレヴンからも何事もなく了承を得られた。

「ようやくって感じッスね」

「手間暇かけた割には遅かったな」

「こっちに来る機会がなかったので」

それだけだと言うような言葉に、ジルもイレヴンもあっさりと納得する。

それは商業国を襲った大侵攻。流す事も出来た癖に、わざわざ巻き込まれにいったリゼルの本当の目的。シャドウに恩を売って見事に手に入れた、商業国領主しか持ち得ない情報。

そうまでして手に入れたそれは、何かをする為に必要なのではない。ただリゼルの興味を酷く引いたというだけなのだから。

「空間魔法、見れると良いですね」

嬉しそうに笑うリゼルに、二人はやや微妙そうな顔を向ける。

「見れねぇ可能性もあんのか」

「ご本人達に嫌だって言われたらそれまでなので」

「あ、そういうもん?」

そして三人は草原の先に見える森へと、のんびりと歩いていった。

そうだ、サルスに肉を食べに行こう。

自身のパーティメンバーの大切さを再確認したリゼルがそう決めてからは早かった。とにかくジルに肉を食べさせねばという使命感すらあったし、そしてイレヴンにもたくさん食べて欲しいと心から願った。

ちなみにジルは普通に美味いと評判の肉を食べてみたいのでサルス行きについては何の問題もないのだが、リゼルのその心持ちに関しては正直どうなのかと思っている。落ち着け、と声をかけた所でリゼルは心底落ち着いているのだからどうしようもない。

そしてイレヴンはたくさん食べさせてくれるのは勿論大歓迎、リゼルが自身のパーティを何物にも代えがたいと考えている点についても大変ご満悦なので何でも良い。サルスにでも何処にでも一緒に行く。

「サルスは近いのが良いですよね」

「僕も、時々行くんです」

ふにゃりと笑ったジャッジに、リゼルも目元を緩めた。

店を訪れたのはサルスへと出発する前の準備、というよりは出発を伝える為だ。とはいえ簡単に会えなくなるアスタルニアと比べれば、リゼルの言葉通りサルスは近い。

のんびり馬車に揺られても二日かからず、馬で急げば一日もかからない。普段から色々な場所を行き来する冒険者にとっては、特に何かを身構える必要もない近場だろう。

何だったら商業国より近いので、出発を聞いたジャッジの心も非常に穏やかだった。

「ジャッジ君は魔道具目当てですか?」

「はい。最新のものだったり、変わり種があったりするので」

「魔鉱国でも色々見ましたけど、あちらは精密さに特化したイメージでしょうか」

「あっ、そうですよね。小型化とか、装飾とか」

つまりサルスには発明家気質が多く、魔鉱国には職人気質が多い。

そういう事だろうかと納得して、リゼルは店に並べられている魔物除けを手にとった。

「乗合馬車だと、こういうのは用意して貰えるんでしょうか」

「え」

バッとリゼルを見たジャッジが複雑そうな顔で悩み始める。

リゼルを荷物と変わらぬ扱いをするような乗合馬車になど乗せたくない。しかし近いだけあって王都とサルスを行き来する馬車は多く、中にはそれなりに乗り心地の良いものもあった。

だが果たしてリゼルはそういった馬車を選ぶだろうか。

「その、馬車って……」

「イレヴンが手配してくれるそうです」

「そ、そうですよね……!」

恐らく同じ危惧を抱いただろうイレヴンへとジャッジは密かに感謝した。

こういう時、ジルはリゼルが床に座ろうが、その結果腰が死ぬ事になろうが好きにさせてしまうのだ。きっと率先して立候補してくれた事だろう。

「なら、魔物除けは必要ないと思います」

「分かりました」

「必要なのは食料と……あ、野営の準備で足りないものとかありますか?」

「大丈夫ですよ、有難うございます」

リゼルが魔物除けを棚に戻し、ふとジャッジと反対側へと顔を向けた。

「護衛依頼で連れていって貰えないか、とも思ったんですけど」

「サルス行きの護衛依頼は少ないので」

リゼルの隣で、休日を有意義に満喫しているスタッドが淡々と告げる。

彼が身に付けている服装は、以前リゼルと出かけた時に購入したものだ。選んだ本人であるリゼルは、顔を合わせた時に似合う似合うと嬉しそうに頭を撫でた。

並んでいるペンを手に取ってみているスタッドに、そういえばとジャッジも頷く。

「確かに、僕も帰ってくる時しか雇わないかも」

「そうなんですか?」

「はい。帰りは、仕入れたものを載せてるので」

つまり、魔物というより盗賊対策。

馬車旅は野営がなければ護衛の必要性が格段に下がるとリゼルもジルから聞いた事があった。魔物の生息地を突っ切るような真似をしないのなら、強めの魔物避けをつけて走り抜ければ大抵なんとかなるらしい。

「ん、馬車だと一度野営を挟むってイレヴンが言ってたんですけど」

「日の出前に出れば、その日中につけるんです。商人はほとんどそうしてると思います」

ようはイレヴンが朝早すぎるのが嫌なのだろう。

成程、とリゼルは頷いた。それを聞いた時のジルがやや呆れていたのはそういう事だったのかと今更ながら理解したからだ。

とはいえ、リゼルも朝に強い方ではないので非常に有難い事なのだが。

「乗合馬車は、人数が揃うまで出ない馬車が多いので、出発もそんなに早くないと思います」

「助かりますね」

可笑しそうに笑みを零すリゼルに、ジャッジもふにゃふにゃと表情を緩める。

「乗合馬車には護衛がつくんでしょうか」

「少ない依頼のほとんどが乗合馬車なので恐らく」

野営を一度挟むという事は、とリゼルがスタッドを見れば頷かれた。

彼はそう説明しながら、ジャッジから適当なインクと紙を差し出されペンの書き味を確認している。ちなみに彼は今までそんな事を気にした事はない。リゼルがやっているのを見て覚えた。

「護衛依頼という事でCランク相当の報酬が出ますが、二日以内で終わる上に一度も戦わず済む事も多いので人気の依頼です」

「だから俺もあまり見た事ないんですね」

「大抵は貼った傍から剥がされるので」

人気の依頼は早い者勝ちだ。

ギルドを訪れるのが朝一番、とは無縁なリゼルでは見た事がなくても仕方がない。そして唯一まだ残っている時間帯にギルドを訪れる事があるジルも護衛依頼に興味はないし、イレヴンもリゼルと同様。

これも今までサルス行きに食指が動かなかった理由の一つだろう。

「どんな方が護衛についてくれるのか楽しみです」

「えっ」

そういう事になるのか、とジャッジは目を瞬かせた。居合わせた冒険者も大層気まずいだろうと、何故か彼が居た堪れなさを覚えている。

スタッドは特に何も思う事はない。リゼルが楽しみならそれで良いと頷く。

「ペン、どうですか?」

「違いが分かりません」

リゼルは何本かペンを試していたスタッドの手元を覗き込んだ。

ぐりぐりと幾つもの丸が連なる線が四つ。確かにそれを見ただけでは大した違いは分からない。

「スタッドは書ければ良い派だよね……」

「それで不都合を感じた事がないので」

「どれが書きやすい、とかもないですか?」

「書きやすい」

「ペン先が引っ掛からない、割れにくい、軸が握りやすい」

リゼルの言葉に、スタッドが何本か並んだペンをじっと見下ろした。

本人の手の形や力加減もあるので、リゼルやジャッジが一概にこれだと示してやる事は出来ない。とはいえスタッドが試したものはどれも、“多分このあたりかな”とジャッジが絞り込んだものなのだが。

どれも同じと言うのなら、その優れた鑑定眼が最良を選び抜いた証拠でもあるのだが。

「後は、純粋にデザインが好きとか」

使えれば良い、というのなら気にした事はないだろうが。

そう考えながらも一応提案してみたリゼルに、ふいにスタッドのガラス玉のような瞳が向けられた。分からないから選んでほしいと、そういう事だろうとあたりをつける。

「スタッド君には……これでしょうか」

「これにします」

「良いんですか?」

「はい」

リゼルが選んだのは、木製の軸の色味が最も濃いもの。

飾り気はないが、銀の首輪には握りを邪魔しない程度にさり気ない装飾が施されている。全体的に落ち着いたデザインがスタッドに、そして手首に巻かれた時計によく似合う。

「じゃあ、選ばせてくれたお礼に」

リゼルはスタッドの手からペンを取り上げ、そのままジャッジへと渡した。

戸惑うジャッジにラッピングは不要だと告げ、ぱちりと無表情をそのままに一度だけ目を瞬かせたスタッドへと悪戯っぽく笑みを浮かべる。

「それと、王都を離れるお詫びに。許してくださいね」

「…………はい」

渋々頷く姿に可笑しそうに目元を緩めた。

スタッドがリゼルのサルス行きをそれなりに嫌がっているのには気付いていた。なにせ、告げた瞬間にいかにも“不満です”といった空気を醸し出していた程だ。

アスタルニア行きの時ほどではないのは、やはり近場だというのがあるだろう。滞在期間はともかく、行き帰りに余計な時間がとられないのは大きい。

更に、寂しいは寂しいが割とすんなりと受け入れたジャッジとの大きな違いがある。

「はい、スタッド。箱はオマケだから」

「どうも」

「……まだ不貞腐れてるの?」

「当然でしょう愚図」

リゼルから銀貨数枚を受け取り、ジャッジはペンの入った細長い箱を差し出した。

それを受取りながら、むしろ何故平気なのかとスタッドが淡々としたまま自身より高い位置にある顔を見上げる。泣いて取り乱せばそれはそれで鬱陶しいが、別れをすんなりと許容している姿も癪に障った。

そんなスタッドに、ジャッジは困ったように眉を落としながら口を開く。

「なら、僕が会いに行く時、一緒に行く?」

「は?」

「あ、リゼルさん、その……泊まる宿とかって」

「決まってますよ。女将さんが紹介してくれた宿があるんです」

真顔で一瞬動きを止めたスタッドの前で、ジャッジは嬉しそうにリゼルから宿の場所を聞いていた。

二人の反応の違いはここだろう。会いに行くという発想があるかないか。

今までに仕事上の人付き合いしかしてこなかったスタッドは考えもしなかったが、ジャッジは当然のように遊びに行こうと決めている。いざとなれば仕入れという大義名分がある、というのも大きい。

「私も行きます」

「うん、分かった」

「気を付けて来てくださいね」

「貴方もお気をつけて。……これも、有難うございます」

やはり近いというのは良いなと、リゼルはぽんっと花を飛ばして見える程に機嫌を直したスタッドへ「どういたしまして」と微笑んだ。

そしてそれから数日もしない内に王都を発ち、今に至る。

イレヴンが見つけた馬車も荷物のついでに客を乗せて小遣い稼ぎするようなものではなく、きちんと客を客として扱う馬車だった為、いつもの幻狼のクッションの大活躍の下にリゼルの腰は死なずに済んでいた。

サルスの前で降ろして貰った時には“ここまで来て入国しないのか”という目で見られたが。そしてジャッジの予想通りに護衛で雇われていた冒険者達には二度見されたが。

「冒険者って色んな国を行き来しますよね」

「そッスね」

「飽きるからな」

さくりさくりと草を踏みながら草原を歩く三人は、昼下がりの陽気を堪能しつつのんびりと雑談を交わす。

「護衛してくれた冒険者の方、見るからにやりにくそうだったのは」

「あー、客で冒険者に当たった事ねぇのって?」

「はい」

護衛依頼を受けた馬車の乗客に他の冒険者がいた、そんなに意外な事でもないだろうとリゼルは不思議に思っていた。

国の移動では護衛依頼を受けて運んでもらうのが手っ取り早いとはいえ、毎度毎度手ごろな依頼がある訳ではない。実際、今回のリゼル達もそれで普通に客として馬車を利用したのだ。

そんなリゼルの問いに、馬車で凝り固まった首をほぐしながらジルが口を開く。

「ねぇだろうな、特に今回みてぇなのは」

「サルスですか?」

「距離」

「あ、成程」

近場に行くのに、わざわざ馬車など利用しないということ。

納得したように数度頷くリゼルは“逞しいなぁ”と感心しているが、徒歩で移動する冒険者の大半は金欠または節約の為だろう。乗れるものなら乗っている、というのが正直なところだ。

「つうか今回に限りゃニィサンの所為じゃん?」

「あ?」

「一刀乗ってんなら護衛いらねぇだろっつうさァ」

赤い髪をしならせながらケラケラと笑うイレヴンに、ジルが嫌そうに眉を顰めた。

依頼を受けてもいないのに、何故動かなければならないのかと言いたいのだろう。降りかかる火の粉は払うが、他の乗客を守る義理はない。

よって今回も、道中に魔物が出た時には護衛の冒険者に丸投げした。三人とも疑問を抱く事なく、当たり前のように奮闘する冒険者達をのんびりと眺めていたものだ。

おかげで護衛の冒険者達は非常にやりにくそうだった。八つ当たりを兼ねて見事に魔物を撃退していたが。

「竜でも出てくんなら馬車から飛び出してやるよ」

「そんなんなったら逆に飛び出して貰わねぇと困んだけど」

「でも君の腕が千切れかけるところは見たくないです」

「あれは何年か前の話だろ」

風に交じる土の匂いに、徐々に緑の香りが混じる。

三人が辿り着いた森は、随分と広いようだった。しかし気後れせずに足を踏み入れ、整備された道はないものの一応は人が行き来して自然と出来たらしい獣道を見つけて歩く。

森の恵みを得ようと立ち入るサルスの住人達によって作られた道だろう。踏み固められ、草が茂っていないだけで随分と歩きやすい。

「何か手掛かりとかあんスか」

「伯爵曰く、“木に扉がある”らしいですけど」

「何だそれ」

すんなり親切に教えるのも癪だったのか、シャドウはヒントしかくれなかった。

言葉通り受け取って良いのだろうか、と三人は取り敢えず森の奥へと進んでいく。今日は森の中には珍しくリゼルが先頭だ。

「扉までは矢印を辿れば良いみたいなので、君達も探して下さいね」

「矢印?」

「それも隠されてんなら望み薄だな」

「一応、この獣道沿いにあるとは思うんですけど」

空間魔法使いが完全に俗世と縁を切っている事はないだろう。

空間魔法が付与された鞄も多岐に渡る。それら全てを自分達で作っているとはとても思えないし、流行を追ったデザインも見受けられた。

出回っているものを参考にするにも、それこそ鞄だけ買ってこようにも外を出歩いているのは間違いない。ならばわざわざ道なき道を進むよりは、歩きやすい獣道を選ぶだろう。

「伯爵も、外の人間を拒絶してる訳じゃないって言ってましたし」

「まぁ鞄売って儲けてんならな」

「サルス行くならここ通んのが一番楽かァ」

三人はいつもより歩調を緩め、周りを見渡しながら進んでいく。

リゼルが前、ジルが右、イレヴンが左。役割分担も完璧だ。

「あ」

「ん? あ、道終わった?」

そうして二十分ほど歩いていると、ついに踏み固められた獣道が終わってしまった。

特に何かがある訳でもなく自然消滅。サルスから森へと訪れる人々はここより先に用がないようだ。進むにしても頻繁に訪れる訳でもなく、道が残らないのだろう。

「矢印ねぇッスね」

「見逃してはねぇと思うけどな」

「どうしましょう、このまま進んでみますか?」

適当に進むのは無謀過ぎるだろう。

それは勘弁したい、と何気なくイレヴンが天を仰いだ時だった。ふいに枝葉の間に何かを発見する。

「あ、なんかある」

「あ?」

「どれですか?」

「あれ、ちっさい看板みたいなの」

リゼルとジルもイレヴンの傍に集まり、どれだどれだと顔を寄せながら彼が指さす先を見た。

そして探すこと暫く。全員が見つけたのは矢印が描かれた掌サイズの板で、それが適当な縄で木の幹へと縛り付けられていた。

「矢印だな」

「あれだけ上にあるなら見つからないのも納得ですね」

「俺えらい。褒めて」

リゼルは良い子良い子とイレヴンの頭を撫でてやり、矢印が示す森の奥を見た。

道はないが歩けない訳ではない。三人は今度はイレヴンを先頭に、更なる矢印か扉を探して歩き出す。

木も巨木が増えてきた。大人何人かが両手を伸ばしてようやく一周囲めるだろう太い幹に手をつき、木漏れ日を浴びながら周りを見回す。

「やーじるしー」

「あれか」

「お、みっけ」

「あ、見つけました」

次々と姿を現す矢印を辿りながら、更に歩くこと十分ほど。

道を覚えてしまえばすんなりと森を出れるんだろうけど、と話しながら進んでいれば、何個目かの矢印を発見した。しかし、今まで見たものと違う。

「真後ろじゃん」

「戻れって?」

「いえ、それはないと」

言いながら後ろを振り向いたリゼルは、ふと言葉を切った。どうかしたかと同じく振り返ったジル達も、すぐに矢印の意味を悟る。

三人の視線の先には、巨木に埋め込まれたような一つの扉。まるで木と同化しているかのように歪な木目を持つ木製の扉は、何も知らなければ見逃してしまいそうだ。

リゼルは扉に近付くと、その表面を撫でてみる。普通の木だ。

「凄く味のある扉ですね」

「……ここに住んでんの?」

「無理だろ」

確かに巨木は巨木だが、中をくり抜いたところで常駐はできまい。

どうすれば、とそれを眺めるジル達の前でリゼルは扉をノックしてみた。勝手に開けてみる訳にもいかないだろう。

「誰かいるような感じはしねぇぞ」

「そうなんですか? 何かの魔力は感じるんですけど」

「どんな?」

「何でしょう、ずっと奥まで続いてるような」

その時、扉の向こうから「はーい」という朗らかな返事が返ってきた。

誰かいてくれてよかった、とほのほのしているリゼルとは裏腹に、ジルとイレヴンはあまりにも普通の返答すぎてどう反応して良いのか分からなくなっている。木の中から返事があるという圧倒的な違和感。

「突然の訪問で申し訳ございません。マルケイドの領主様の紹介で伺わせて頂いたんですが」

「あー! はい、はい」

リゼルがなるべく警戒されないように、穏やかな声で扉の向こうへと呼びかける。

表面の曇り切った古びたドアノブを捻って現れたのは、一人の中年男性だった。

「いつもお世話になっておりまー…………」

「あ、固まった」

「久々に見たな」

「楽しまないで下さい」

彼はリゼルを目にした瞬間に扉を開いた体勢のまま動きを止めた。

リゼルが苦笑しながらちらりと男の後ろを見る。扉を境に、そこには闇があった。木の中がタールで埋め尽くされているかのようで、そこから男が身を乗り出している。

彼の下半身はいまだ、その黒に埋まっていた。

「すみません、商談で伺った訳ではなくて。俺が空間魔法使いにお会いしたいからと、領主様に無理を言ってお住まいを教えて頂いたんですが」

「いえっ、それはもう、何のお構いも出来ませんが……!」

腰の低い男にリゼルは色々と察して、何とか誤解を解いた。

冒険者だと告げたら全く以って理解出来ないという目で見られたが。最終的に“商業国の領主の友人だしな……”と納得されたあたり、完全に誤解が解けたのかは不明だ。

「じゃあ、立ち話も何ですので。うちにでも行きましょうか」

最初よりは砕けた態度で朗らかに笑う男は、自らを村の代表だと名乗った。

村とは、と不思議そうなリゼル達へ、扉の中へと促してみせる。扉の中といっても、扉を境に一切中を窺えない闇の中なのだが。

迷宮の扉も似たようなものとはいえ、迷宮は迷宮だ。迷宮だし、で納得できるものとは違うのだろうと思えば得体が知れない。

「こん中入んの?」

「転移……ではないですよね。空間魔法でしょうか」

「普段手ぇ突っ込んでても抵抗あんな」

「はは、大丈夫ですよ。普段商品を受け取りにきてくれる方も嬉々として入ってますし」

なんとなくインサイな気がする、と思いながらリゼルは開かれた扉の中へと手を入れてみた。普段使っているポーチと変わりなく、何の感触もなくずぶずぶと腕が入っていく。

そのまま一歩、闇の中へと足を踏み込めば変わらぬ地面の感触。迷宮にそっくりだ。

「大きな空間魔法みたいなものでしてね。中には村があるだけでして」

「リーダーそれだいじょぶ? 顔埋まったけど」

「大丈夫ですよ。あ、本当です、村があります」

いつの間にかリゼルの襟元を掴んでいたジルの手が外された。

そのまま完全に扉を潜り抜ければ、男の言った通り極々普通の森に囲まれたのどかな村が広がっている。家は数軒、たまたま近くの家から出てきた住人に二度見された。

リアクションが逆なのでは、と不思議に思っている間にジル達も扉を潜り抜けてくる。

「お、マジだ」

「何で俺らが珍しいもん見る目で見られてんだよ」

「いやぁ、お客さんなんてなかなか来ないですからね」

代表の男が最後に扉を潜り、後ろ手にそれを閉めた。

リゼルが振り返れば、そこには小さな小屋がある。外からは巨木、中からは小屋。何とも不思議な扉だ。

「折角小屋があるのに、中には入れないんですよね」

「いえいえ、板の一枚や二枚はがせば入れますよ。最初は扉だけだったんですが、それも奇妙だと後から扉に合わせて建てただけの小屋なので」

それはどうなんだろうと三人は思った。

「向こう側も木が生えちゃってね。扉が埋まっちゃったんですけど、まぁ良いかと」

それもどうなんだろうと三人は思った。

しかし口には出さない。まぁ言われてみればそうかもなと思えたからだ。とはいえ納得できるかといえばジルとイレヴンに限っては微妙そうだが。

そのままリゼル達は男の家へと案内される。村にしても小さいので、もはや目の前に見えているような家だ。すぐに辿り着いた。

「おぅい、客人つれてきたぞぉ」

「あら、もう商人さんが来る時期だった?」

「いやぁ、そこから紹介された方々だったよ」

外観も内観もごく普通の一軒家。扉を潜って何処か別の場所に出る訳でもない。

非常に慌てた様子の夫人に案内されて、リゼル達は男と一緒にテーブルを囲んだ。用意された焼きたてのマフィンがとても美味しそうで、早速イレヴンが手を伸ばしている。

「よっぽど客人が珍しいんですね。外でもすれ違う人に驚かれましたし」

「まぁ、珍しいは珍しいですが、それだけって事は……いや、はい」

感心しているリゼルを他所にジル達は色々察した。

もはや慣れたものだ。特にリアクションなく、むしろ少しばかり面白がりながら出されたコーヒーを飲んだり焼き菓子を頬張ったりしている。

「伺ってご迷惑じゃなかったですか?」

「いやいや、とんでもない。村に来ないってだけで、私らはサルスなんかには結構行きますからなぁ。もしかしたら俗世を嫌って隠れ住む、みたいに思われてるかもしれませんが、全然そんな事はありません」

「じゃあ何でこんなとこ住んでんの?」

「そりゃあ、先祖代々ここに住んでるんで。わざわざ離れる理由ってのもないんですよ」

非常に納得のいく説明だ。

色々と特殊な環境であることは確かだが、当人たちにとっては他の村と何ら変わりがないのだろう。村で生まれても外に出て行く者もいれば、結婚を機に外から入ってくる者もいるという。

同じような理由で国から外れた森の中に実家があったイレヴンも、あっさりと納得したようだ。

「そもそもこの村を作ったのもご先祖様でして」

「そりゃそうだよなァ」

「空間魔法の中、っていう認識で良いんですよね」

「にしても迷宮に似すぎだろ」

「ははっ、そうでしょうそうでしょう。どうにも迷宮を真似したようで」

迷宮だから仕方ない、を知る三人にしてみれば割ととんでもない事を言っている男は、しかし他の冒険者以外の人々と同じく“迷宮って不思議なんだなぁ”で済ませた。

そもそも冒険者以外は、迷宮の扉すら見た事がないという者が大半だ。よく分からないけど冒険者がよく出入りしている所、ぐらいの認識なので全くピンと来ないのだろう。

いや、そもそも。

「何をどうすればこうなるのかは分かりませんが、ご先祖様は凄かったんですなぁ」

「分かんねぇの?」

「よく住めんな」

「古代言語が残っているような頃の話かもしれませんね」

当然のように空間魔法を使える者特有の感覚なのだろうか。

さして疑問を抱いていないあたり、リゼルは地域格差をしみじみと感じた。自分達が普通だと思っていたものが普通じゃなかった。田舎あるあるだ。

「それに村は特に隠してはいないんですよ」

「あ、そうなんですか?」

「えぇ、空間魔法については口外しませんけどね。商人さんに昔、そうした方が良いとアドバイスされたそうなので」

確かに、空間魔法の鞄目当ての輩がこぞってやって来ては大変だ。

最初に目を付けた商人も独占して扱いたいという下心はあったかもしれないが、彼らの平穏を守る意図も確かにあっただろう。

空間魔法の事さえ周知しなければ、こんな森の奥にわざわざ訪ねてくる者もいない。いたとしても、驚く相手に“先祖が魔法的な方法で作ったらしい”と説明すれば大体納得されるという。魔法に縁がなければそんなものだ。

「矢印の看板も、元は郵便ギルドの人が迷わないようにつけてたんですよ。最近はすっかり覚えてくれたんですけどね」

はっはっはっと朗らかに笑う男に、成程とリゼルは頷いた。

「俺はあんなに頑張ってこの場所を教えて貰ったのに」

「操られまでしたのにな」

「根に持たないでください」

「持ってはねぇ」

「まーまー、リーダーの所為じゃねぇし」

大侵攻という危機にそれなりに貢献して手に入れた謝礼は、意外と扱いが軽かった。

とはいえ、情報なしで辿り着こうと思うと高難度であることに変わりはない。結局、一番確実で手っ取り早い方法はとれたのだろう。

リゼルはそう考える事にした。復活が早いよな、というのはジルの談。

「あ、そういえば」

ふいにリゼルは自身の腰からポーチを外してみせる。

「俺も使わせて頂いてるんですよ、空間魔法」

「おぉ! こりゃなんとも嬉しいもんですね!」

「この二人も持ってるんです。とても重宝しています」

微笑んだリゼルに倣うように、ジルとイレヴンもそれぞれ持ち上げてみせる。

商人(おそらくインサイ) がここに買い付けに来るという事は、実際にそれを購入して使用している者など滅多に見ないだろう。数が数である上に、高価という事も相俟って身近な相手が使っているという事もない筈だ。

宣言通り、とても嬉しそうに破顔しながら男は口を開く。

「いやぁ、お高かったでしょう。……世間一般的にはですが」

やや配慮された。

「貴重で、とにかく便利ですから。相応の値段だと思いますけど」

「いやいや、商人さんもそう言って驚くほどの金額で買い取ってくれるんですけどね。まぁ、特に必要な技能もなく出来るもんですし、気が引けちゃって」

「あ? そういう魔法じゃねぇの?」

イレヴンが皿の上のマフィン、その最後の一つを手に取りながら尋ねる。

ちなみにマフィンは彼一人が食べつくした。その消費ペースを見ていたのだろう、新しい生地を素晴らしい手際で作り終えた夫人が、マフィン第二陣をオーブンの中へとセットしている。

「魔力が元ではあるんでしょうが、魔法と言っていいかは分かりませんなぁ」

「血で受け継がれるような、一族特有のものかなと考えていたんですが」

「ああ、そうですそうです。そんな大それたものじゃないですけど、体質みたいなものでして」

男はぽんっと己の腹を叩いてみせた。

「どうにも魔力を溜め込みやすい体質らしく、それを吐き出すとああなるんですよ」

「ゲロじゃん」

「イレヴン」

流石に失礼だ、とリゼルはちょっとイレヴンを叱った。

拗ねたようにおかわりのマフィンを食べ始めた姿を横目に、申し訳ないと男へ謝れば鷹揚に笑って許して貰える。

「はっはっ、言葉で説明すれば確かにそうなってしまいますね」

「その溜め込んだ魔力は、相当な?」

「えぇ、えぇ、それはもう出した本人が中毒になりかけるぐらいでして。ですので魔石に吸わせて、その魔石が貴方たちの言う“空間魔法”の核になるんですよ」

ちなみに、何故そうなるのかは本人達にも不明だという。

本人たちの魔力が特殊なのか、あまりにも高密度な魔力に魔石が変化を起こすのか。リゼルは色々と仮説を立ててみるも、専門家でもないので結論には至らなかった。

敬愛する国王の兄、酷く優秀な魔術研究者である彼ならば分かるだろうか。そんな事を考えながら、リゼルもマフィンを一つ貰う。

「いやぁ、魔力が溜まり過ぎると何とも気分が悪くて」

「やっぱゲロじゃん」

「てめぇも懲りねぇな」

「だってさァ」

「イレヴン」

「……はァーい」

渋々引き下がったイレヴンに、リゼルは男へと話の先を促した。

ちなみにマフィンの皿をジルにも寄せてみるが、嫌そうな顔をされるのみ。すぐさまイレヴンが自分の前に皿を引き戻していく。

「今では鞄の中に魔石を入れてで済んでますけど、ご先祖様がその方法を見つけた時は大変だったそうで」

「大変って?」

「容れ物がなかったからでしょうね、空間が一気に広がって周りのものを引き込んでしまったらしく。あぁ、あちらの平原に開いてる大きな穴がそうです」

完全にリゼル達がそれを見た体で話されたが、三人に心当たりはなかった。

ここに来るまで、それほど大きな穴など一度も見ていない。どういう事かと疑問に思った一瞬で、ふとリゼルは思案するように視線を流しながらマフィンを飲み込んだ。

「そこ、今は湖になってますか?」

「そうですそうです、いつの間にか川と繋がって。と言っても、何百年も前の事らしいですが」

ジルとイレヴンが思わず真顔になった。

つまりサルスを中心とした広大な湖。国としては決して小さくはない魔法大国、その優に二回りは広いだろう湖がまさかの空間魔法の副産物。

「その引き込んでしまった土地がこの村なんですけどね」

「あ、じゃあ俺達の使ってるものの中にもこういった空間がある訳じゃないんですね」

「ははっ、あったら素敵なんですけどねぇ」

今までの歴史が覆されるような事実が朗らかに話されているが、これで良いのだろうか。

まぁ良いんだろうと、ジル達は聞かなかったことにした。村の代表が特に何も思っていないのならば、空間魔法が身近な者にとっては今更驚くべき事でもないのだ。

その点、ならば何故リゼルが平然としているのかが不思議だが。きっとそれも今更なのだろうと、ジルはコーヒーを一口含み、イレヴンはマフィンを食べつくした。

「もしご迷惑でないなら、是非作るところを見学させて頂きたいんですが」

「うぅん、それは」

「無理なら勿論」

「あぁ、いえいえ。嫌だとかじゃないんですよ」

申し訳なさそうに眉を下げたリゼルに、男が慌てて否定する。

「ただ、魔力が溜まってる者がいたかと思いまして」

「溜まってねぇと駄目なんだ?」

「出来なくはないですけど、あまり体に良いものではないですね」

「体内魔力も狂いそうですしね。体調も崩しそうです」

「えぇ、本当にその通りで。まぁ、平均して一年に一度くらいでしょうか」

「そりゃ出回らねぇな」

この不思議な村に住む者は、外からやってきた者以外は血縁ばかりだろう。

しかし見れば分かる通り住人は多くない。全員が一年に一回、空間魔法を生み出したとしても出回るのは微々たるものだ。

うーん、とリゼルは腰に戻したポーチを撫でる。

「体調不良の結果だと思うと、ちょっと使いにくいですね」

「はははっ、気にせず使ってください! 私らとしても大きな収入源ですからね、嫌々作っている者なんておりませんよ」

男の隣、夫人もくすくすと笑いながらコーヒーのお代わりを注いでくれる。

本人達がそういうのなら遠慮なく使わせて貰おう。リゼル達がそんな事を話していると、ふいに思い出したように夫人が告げた。

「あ、そういえばあの子がそろそろじゃないかしら。ほら、あなたの弟さん」

「ああ、そういえば前に鞄を選んだって言ってたな」

「そうそう」

どうやら空間魔法が生まれる瞬間を見られるようだ。

三人は男に案内され、二軒となりの家へと向かった。彼の弟夫婦の家らしい。

どうやら他者に見られるのがどうこう、というデリケートな作業でもないようで、リゼル達は驚愕のあまり真顔になられながらも快く見学の許可を貰えた。

「鞄は外で買ってくるんですか?」

「卸し先の商人さんが時々まとめて持ってきてくれるんですよ。やっぱり売り物にするからでしょうね、色々な種類を頂けて」

「やっぱあの爺じゃねぇの」

「流行の鞄があるのも納得ですね」

流行に敏感そうなインサイだ。

空間魔法が付与される時期に流行りそうなデザインなどお手の物だろう。この件に関してはインサイの知らない所で進めた話なので、彼の領分に無断で足を踏み入れない為にも敢えて尋ねはしない。

「じゃあ、行きますね」

その時、準備が済んだのだろう。

男の弟が普通に立ったまま一つの鞄を手にとった。仕立ての良い革の鞄だ。売り出す値段を思えば、鞄自体も安っぽいものを使う訳にもいかないのだろう。

鞄の中には一つの魔石。一つ金貨何枚という最上級の魔石だ。そうでもないと大量の魔力を吸収しきれない。

「あ、確かにお腹のあたりに魔力が集まってる感じがします」

「分かんねぇ」

「それを鞄ん中入れんだ?」

そして三人が見守る中、手に持った鞄を開いた彼はおもむろに顔をうつむかせ。

「おぅえ」

「ゲロじゃん!!!!!!」

流石のリゼルも今度は咎めなかった。

その後、色々と話を聞かせて欲しいという男や弟夫婦の願いを快諾し、リゼル達は空が茜色に染まるまで弟夫婦の家に留まった。

普段の冒険者生活のこと、迷宮のこと。イレヴンが面白可笑しい事実を付け足し、ジルがツッコミを入れつつもリゼルが色々と話せば、時々半信半疑になりつつも随分と楽しんでくれたのだろう。最終的に、無事にリゼルも冒険者だと信じて貰えた。

そして暗くならない内にと朗らかに送り出され、サルスへと向かう途中。

森を抜け、草原を歩きながら、薄暗い空の下で湖の上に光を灯すサルスを眺めていたリゼルがちらりと後ろを振り返った。そして誰もいない事を確認し、おもむろに口を開く。

「なんだか色々な意味で使いにくくなっちゃいましたね。いえ、使いますけど」

「そッスね」

「事実なんて知るもんじゃねぇな」

かの一族の名誉を守る為に付け加えるが、吐き出されたのは純粋な魔力だけだ。

非常に強い魔力。むしろそこだけ見れば魔力だまりの霧のように、煌めく煙が鞄に吸い込まれていく幻想的な光景だっただろう。でも口から出た。

「で、知りてぇ事は分かったのか」

「彼ら以外、再現不可能って事が分かっただけで十分です」

「へぇ」

ジルがリゼルを一瞥し、前を向く。イレヴンの唇もただ弧を描く。

さくりさくりと草を踏む音。風も随分と冷たくなってきた。見上げれば、空には夕焼けと夜空が隣り合わせになっている。

「ちょい急がねぇと門閉まるかも」

「そんなに早いんですか?」

「や、あんま覚えてない。ただ早い国だとそろそろっぽい」

「急ぐぞ」

宿までの道で迷わなければ良いけど、と話しながら三人は歩調を速めてサルスへと向かうのだった。