作品タイトル不明
161:大体の冒険者がそれを再確認する
装備を身に着け、さて依頼を受けようかと一人ギルドを訪れたリゼルは、いつもと少しだけ違う雰囲気に何かあっただろうかと内心首を傾げた。
ひとまず扉の前から受付カウンターへ。不思議と、いつもは早い者勝ちだとばかりに受付へと詰め寄る冒険者が少ない。依頼ボードの前でざわつく冒険者を横目に、手が空いてじっと自身を見ているスタッドの下へと向かう。
「スタッド君、お早うございます」
「お早うございます」
「今日、何かありましたっけ」
リゼルは周りを見回しながら手を伸ばし、さらりとしたスタッドの髪を一度だけ撫でた。
無意識の行動はそのまま続かず、離れていく手を見送ったスタッドが淡々とした無表情のままにリゼルの横顔を見上げる。
「今日は“自由パーティ”なので」
「え?」
リゼルがぱちりと目を瞬かせれば、すっとギルドの掲示板が指さされた。
そこには“FREE PARTY DAY”のプレートが打ち付けられている。見たまま聞いたままならば自由にパーティが組める日なのだろうが、リゼルにはどうにも全容を把握しきれなかった。
冒険者のパーティなど誰かに強要されて組むものでもなく、元々好き勝手に組むものだ。敢えて強調するものではないだろうし、ならばそのままの意味ではないのだろうが。
「当ギルドのギルド長発案の行事なんですが」
そんなリゼルの疑問を察し、スタッドが説明を続ける。
「過去に、パーティメンバーの引き抜きによるトラブルが相次いだのを受けて作られました。大半が“思ってたのと違った”という理由で元のパーティに戻りたがる冒険者が原因でしたので、ならば事前に試せる環境があれば良いだろうという馬鹿みたいな理由らしいです」
「成程」
引き抜きという前提を知らなければ、ただのギルドのイベントだ。
それで揉め事がなくなったかと言えばそんな事はないが、一応減ったのではないかというのがギルドの見解らしい。今となってはイベントとして楽しむ者が大半だという。
そもそも、パーティメンバーの変更にギルドの許可など必要ない。冒険者に変わったと言われれば登録し直すだけ。結果、ただの切っ掛けづくりが祭り化したのだろう。
「迷宮とかは大丈夫なんですか?」
「この日だけはどんなパーティでもパーティ認定されるそうです。それを利用した不正でなければ、ですが」
流石は迷宮だ。
リゼルは一つ二つと頷いた。昨日、ジルが“今日だけはギルドに寄り付かない”と宣言していたのはそういった事情があったのだろう。駄目元でも一刀相手に声をかけてみる冒険者は多そうだ。
けれど、リゼルにしてみれば非常に興味がそそられる。他のパーティから学んだ事を自分のパーティにフィードバックすれば、より良い冒険者生活が送れるのではないかと。
「あ」
しかし、ふと思いついた。
座ったまま自身をじっと見上げるスタッドを見下ろし、口元を笑みに緩める。
「一緒に迷宮、行きましょうか」
「行きます」
淡々とした声で襟のバッチを引き千切りながらの即答だった。
隣で依頼の手続きをしていた某職員がスタッドを二度見し、その前に立つ冒険者達が真顔で疑問符を浮かべ、丁度依頼用紙を持ってスタッドに持ち込もうと近付いてきていた冒険者達は踏み出した足をそのままに固まる。
まさかのギルド職員の引き抜きだ。
「リ、リゼル氏、ちょ……あ、ちょい待ってて。えーと」
「はい」
手続していた冒険者に断りを入れ、隣の席の職員は引き攣った口元を開いた。
何を言うつもりかと絶対零度の瞳に射られながらも彼は恐る恐る告げる。
「スタッドは、流石に無理なんじゃ……」
「今日、お休みって言ってませんでしたっけ」
「休みです行けます」
「いえ、そのですね、ギルド職員が冒険者として迷宮入りするのは無理だった、ような……スタッドその目止めて!?」
慌てたように手続きへと戻る職員に、そういうものかとリゼルはスタッドを窺った。
立ち上がりかけた腰を無言で下ろしている辺り、本人も分かってはいたのだろう。今日だけは行けるかも、という可能性に賭けてみたのかもしれない。
そして、試して駄目だった時の事を考えて引き下がってくれたのだ。
「君を迷宮の前で待たせる訳にはいきませんしね」
「……貴方を一人で迷宮に潜らせる気もありません」
スタッドがぽつりとそう零すのに、リゼルは眉を下げて微笑んだ。
そして、じっと自らを見続ける水晶玉のような瞳へと手を伸ばした。自分も残念だと伝えるように親指でゆっくりと下瞼をなぞる。瞬きの少ない瞳が微かに細められた。
そしてパッと手を離す。やや不満そうに見られたが、あまり受付前を独占する訳にはいかないだろう。
「じゃあ、また後で」
「はい」
つまり依頼を受けるのかと、そう納得したスタッドに見送られる。
直後、彼はリゼルが“自由パーティ”を満喫するつもりかもしれないと気付き立ち上がろうとしたが、直ぐに冒険者に依頼用紙を差し出されて叶わなかった。知るかと突き返してしまいたいが、流石にリゼルに怒られてしまうだろうと黙々かつ手早く手続きを進めていく。
そんなスタッドを背に、リゼルは依頼ボードへと歩いた。当初の目的通り、他のパーティに混ぜて貰おうと考えたからだ。
「(イレヴンはちょっと嫌がるかな)」
思わず笑みが零れる。
意外とパーティでの活動にこだわるイレヴンだ。良い顔はしないだろうが、とはいえ絶対拒否もしないだろう。
そんな事を考えながら、依頼ボードの前でたむろっている冒険者達を見回した。
「今日ってパーティ二組で迷宮入れんの?」
「そりゃ無理だろ、タテマエ的に」
「そいつ貸してくれ! 女手あると報酬増えんだ!」
「えー! 出稼ぎしたばっかだから今日はヤダぁー!」
「だってよ、諦めろ」
普段は滅多に耳にしない、冒険者の貸し出し交渉がそこかしこで行われている。
とはいえ、慣れたパーティにただ新顔を入れるだけでは連携が取りづらくなるだけだ。安定したパーティを組めている冒険者達がメンバーをシャッフルするメリットはなく、普段は受けられないような依頼を受ける良い機会だからと助っ人的なやり取りがほとんどか。
ならば自身も魔法使いとしての需要ならば有るのではないかとリゼルは一つ頷いて、うろうろとメンバー募集の声を探す。
「うちの槍使いとそっちの大楯交換しねぇか」
「ここに弓あまってるぞ! 解体得意!」
「ゴーレム得意なやつー、つか属性付与の武器持ちー」
お、とリゼルはそちらを見た。
属性付きの武器は持っていないが(宝箱から出ないから)、魔法が使えれば同じ事だろう。ぱっとそちらを見て足を踏み出そうとすると、ふいに募集の声を上げた冒険者と目があった。
「ゴーレ……ただし武器持ちに限る!! 魔法不可!!」
不可か、とリゼルは素直に諦めた。
だがその後、同じ事が二度続いた。数が少ない故にそれなりに需要がある筈の魔法使いが、同行パーティが見つからない。本来ならば有り得ない事だが。
「(避けられてる……)」
流石にちょっと落ち込んだ。
「おい、貴族さん……」
「あれ落ち込んでんの……?」
「し、見んな! 目が合ったら嬉しそうにされるぞ!」
会話こそ聞こえないもののリゼルが察せない筈もなく。
むしろ察しているからこそ余計に避けられているのだと理解してしまう。好き嫌いは相手の自由だが、冒険者的な実力に欠けると思われているのならショックだった。
少し遠い目をしているリゼルを気遣っているのか、作業の合間合間に凝視しているスタッドを尻目に、冒険者達はひたすら罪悪感と戦いながら平静を装っていた。
「貴族さん、結構な魔法使いだろ。別に嫌な奴でもねぇし、そんなら」
「馬鹿、そんで連れまわして傷の一つでも付けてみろ」
「つっても傷の一つや二つ、あの人なら冒険者の勲章っつって喜……まぁ……うん……」
「な! そうなんだろ!」
魔法使いは魔法発動まで前衛が守るもの。それが冒険者の常識だ。
何故なら魔法の発動準備中は完全に無防備になる。リゼルはその点については自衛可能とはいえ、周りの冒険者達がそれを知る由もない。彼らはヒソヒソと囁き合いながら、非常にスムーズに近くのパーティと交渉を成立させていく。
それを眺めるリゼルが、無理そうかなと諦めかけた時だ。
「あーーー、寝坊した」
「良い依頼残ってねぇだろうなぁ」
「全員起きねぇし」
「飲み過ぎなんだっつうの、昨日。お、そういや今日自由パーティじゃね」
「それも良い奴は売り切れ……」
勢いよくギルドの扉を開き、ぞろぞろと気だるげに入って来たアイン達とリゼルの視線がばっちり合った。
「おっ、リゼルさん居んじゃん!」
「一緒しねぇっすか依頼!」
「また強化魔法とかかけて下さいよー!」
ばたばたと駆け寄ってくるアイン達に、リゼルは輝く笑顔で頷いた。
それを見ていた周りの冒険者達は「怖いもん知らず万歳!」と歓喜の渦を巻き起こしていたし、スタッドは非常に不満そうな空気を漂わせていたが嬉しそうなリゼルに負けた。
そしてリゼル達は和気藹々と依頼を決めて、もの言いたげで渋々としたスタッド相手に手続きを済ませると、楽しそうにギルドを出発するのだった。
暫くして、冒険者の姿もほとんどなくなった冒険者ギルド。
スタッドも受付から離れて裏での職務に回り、カウンターには暇そうに数少ない冒険者を眺めている職員が一人。冒険者ギルドにとっては一番手の空く時間帯だ。
そんなギルドの扉が、普段の喧しさとは違った控えめな音を立てて開かれる。
「お、ジャッジ氏」
「こ、こんにちは」
すわ依頼人かと姿勢を正した職員が、見慣れた長身にそれを少しばかり崩した。
ジャッジはそんな彼に眉を落として笑い、そしてきょろりと視線を動かす。受付内に目当ての姿がない事を確認し、まぁ良いかと受付に座る職員へと歩み寄った。
「あの、今日」
「ん? 鑑定あったっけ」
「えっ!?」
いつものギルドからの鑑定協力要請。
それを受けてきたジャッジが、もしや日程を間違えただろうかと焦った時だ。
「貴方にも伝えてある筈ですが」
「すんません」
背後から感じる冷気に職員は即座に謝った。
そんな彼の後頭部を冷え切った目で眺めていたスタッドは、静かにジャッジへと視線を移す。覚え違いではなかったようだと安堵している姿に何を思う事もなく、何度も口にした定型文を今日も口にする。
「こちらへ」
「うん」
踵を返したスタッドに、ジャッジも迂回するように受付カウンターの内側へと入った。
その間にもスタッドはどんどんと中に進んでいってしまい姿が見えなくなるが、ジャッジも何度も訪れた場所だ。他の職員とすれ違う度に声をかけられ、ぺこぺこと挨拶を交わしながら奥の部屋へ。
開かれたままの扉を見つけて覗き込めば、雑多に素材に溢れた室内が目に入った。
「今日もたくさんあるね」
「でなければ協力を要請していません」
「だよね……」
それにこだわりがあるという訳ではないが、基本として整理整頓をこなすスタッドだ。
そんな彼の手が入っても雑多に見えるのだから、とにかく物が多い。これでもギルド所属の鑑定士が大分減らしたというのだから、素材を売り払う冒険者がよほど重なったのだろう。
「使わない素材なんて持ってても仕方ないかぁ……リゼルさんは持ってるけど」
「空間魔法持ちでなければ荷物になるだけでしょう。ここからお願いします」
折角素材を手に入れても、固定の宿を持っていなければ部屋に置いてもおけない。
とはいえ固定宿を持たない冒険者は金銭的に余裕がある訳でもないので、素材はとっとと売ってしまう者がほとんどだ。不自由ではないが、素材持ち込みによる目当ての装備を狙っている者は小銭と引き換えに宿に預かって貰うなど工夫しているという。
「“殺人人形”のリボン……銀貨二が一、一が三、これは破棄で」
紐で束ねられたリボンをひらひらと捲り、カリカリとスタッドが何かを書き込んでいる音を聞きながらジャッジは何かを悩むように考えた。
空間魔法。それが付与された鞄。値段はもとより希少性から手に入れられる者が限られるというそれ。ジャッジの店では幾つか取り扱いがあるのだが、
「銅貨三が五……あ、これ珍しい柄してる。銀貨五が一」
「次は」
「えーと、これかな」
パーティごとに分けられたリボンを次々と手に取って鑑定していく。
とはいえリボンはそれほど多い方ではない。何組かのパーティのものを鑑定し終え、一段落ついた。
スタッドが鑑定の終わった素材を部屋の隅に寄せて、直ぐに次の木箱を指さす。
「次はこれです」
「分かった」
溢れるほどに木箱に詰め込まれているのは大量の縄。
“首吊り人形”と呼ばれる少しホラーな魔物の素材だ。名前だけで察せる通り輪になった縄を首に引っ掛けている魔物だが、倒せば縄の輪がほどける事がある。
そうなると縄も魔物と一緒に消えずに残るのだが、あんまり触りたくないという冒険者も多い。とはいえ売れるから恐々持ち帰るのだが。
ジャッジも元の魔物を思えば触るのが怖いのだが、彼の鑑定眼は素材を無害だと告げている。結果、内心で情けない声を上げながらも箱の中で存分に絡んだそれに手を突っ込む事となっていた。
「うぅ、絡まってる……」
「管理不行き届きですね。後でこれを纏めた奴に言っておきます」
「別にそこまでは……あ、解けた。銀貨三、二が二」
立ったまま金額を書き込んでいたスタッドも、その合間に箱の前に膝をついて縄を解こうと手を伸ばす。しかし、この縄は非常に千切れにくいのが特徴だ。
「スタッド、そんなに引っ張っちゃ、あ」
「すみません」
取り敢えず引っ張れば解けるだろうと力の限り引っ張ったスタッドによって状況がやや悪化した。スタッドが潔く謝る。彼は自分が悪いと思えば素直に謝れる男だ。
「そういえば最近、空間魔法の鞄が入ってこなくて売り切れちゃったんだ」
せっせと絡んだ縄を解き、時々固い結び目をスタッドに任せながらジャッジは何となしに告げた。
「そもそも簡単に出回る品でもないでしょう」
「それはそうなんだけど……僕も、爺様ごしにしか手に入れた事ないし」
ジャッジの店に並ぶ鞄は全て、インサイから流して貰ったものだ。
むしろ、今まで数個でも並べられていたのが異常とも言える。中心街の高級店でさえ滅多に扱える品ではなく、だからこそ小さな道具屋にあるのだと誰も思わないのだろう。
空間魔法付きの鞄を求めてくる者など全くいない。ジャッジも敢えて薦める真似はしない。何処から仕入れているのかと言及されても困るからだ。
「これは、銀貨二……が、五。爺様がルートを秘密だって言うなら、それこそ領主様が守ってるくらいの秘密なのかも」
「解けました。空間魔法は謎過ぎる、と魔法使いが言っているのは聞いた事があります」
「有難う。銀貨一が二、三が一、あとは破棄。どんな人が作ってるんだろうね」
ジャッジが店でそれを扱えるのも、インサイが“自分の所で扱えない”と言ったからだ。
つまり、足が付くような真似はしたくない。それ程に秘密が守られている。ジャッジの店でも年に数個しか仕入れのない品だ、全体の流通数も微々たるものだろう。
「銅貨七、八、銀貨二が二。あ、そういえば最後に買っていったの、リゼルさんの知り合いだったよ」
「次お願いします。誰ですか」
「名前は分からないけど、四人パーティで」
書き込んでいる紙面から視線を上げないスタッドに、ジャッジもごそごそと縄を漁りながら少し前の客人を思い出す。
彼らはリゼルから“欲しいものは何でも揃いますよ”と紹介されたという。それが空間魔法の希少性を考慮してか、それともジャッジを自慢してくれたかは分からないが、後者だったら嬉しいなとジャッジはふにゃりと口元を緩めた。
訪れた冒険者は、空間魔法付きの鞄があるとは知らなかっただろう。扱いのある店に見当もついていなかっただろう。しかし普通は聞こうとも思わない質問を、ただリゼルの言葉を鵜吞みにして思い付きで口にした。
『あ、空間魔法の何かとかねぇっすか!』
そして見事に彼らはそれを手に入れた。同時にほぼ無一文になった。
「あ、リーダーはアインさんって言うのかな? そう呼ばれてた気がする」
「……」
「スタッド? あれ、冒険者じゃなかった?」
「いえ冒険者です」
ピタリとペンの動きを止めたスタッドを不思議そうに見上げ、ジャッジは縄の鑑定へと戻った。
幾つか絡まった縄を解けば、後はスムーズだ。良いペースでテンポよく鑑定を進めれば、暫くジャッジの金額を読み上げる声とそれを受けてのペンの音だけが室内に響く。
そして山盛りの縄の鑑定を終える頃。その箱を部屋の隅へと寄せながら、ぽつりとスタッドが呟いた。
「あの方が」
「え?」
「あの方が今日、そいつらと迷宮に行きました」
今度はジャッジが沈黙した。
スタッドはさて次は、とばかりに大量の魔石を指さす。壁に沿うように積み上げられた木箱へ、操られるようにふらふらと近付いたジャッジが魔石の入った布袋に手をかけた。
そして彼は、ざっと顔を青くしてぎしぎしと油の切れたネジのような動きでスタッドを向く。
「何で止めないの……?」
「あの嬉しそうな顔を見てから言え愚図」
「だって、ジルさんとか、イレヴンとか……!」
「今日は自由パーティの日なのであの方がそう望んだんです」
「僕は、望んでない……」
もはや半泣きのジャッジを、スタッドは無表情を動かさぬまま淡々と見た。
随分と図々しくなったものだ、とは考えもしない。ジャッジの変化などにスタッドは興味がない。しかし、何か引っかかるものがあって口を開いた。
「あの方が行動するのに貴方の許可がいるんですか」
「い」
言い淀んだ姿こそ、答えたようなものだった。
「いらない、けど、僕が嫌だって言ったら、リゼルさんは止めてくれるし」
「自惚れないで下さい。私が言っても止めてくれるに決まっているでしょう」
「じゃあ止めてよ!」
「依頼は厳選しました」
リゼルと一緒だからと普段より難しめな依頼を受けようとしたアイン達を、スタッドは二度追い返している。リゼルが達成可能だと判断したなら問題なく達成できるのだろうが、スタッド自身が嫌だったからだ。
ぎゃんぎゃんと文句を言うアインを尻目にリゼルは微笑ましそうだったので問題はないだろう。
「リゼルさん、大丈夫かな。大丈夫だから行ったんだろうけど……」
「戻ってきた際に私が徹底的に無事を確認するのでさっさと鑑定を続けなさい愚図」
「うぅ」
無事に帰ってくるのは分かっているけど、それでも心配は心配なのだと。
口に出すと怒涛の反撃を食らうのでジャッジは内心で思いながら、とにかく鑑定に集中しようといつもの二割増しのスピードで手を動かし始めるのだった。
その頃のリゼルはというと、アイン達と元気に迷宮攻略に励んでいた。
スタッドの度重なるリテイクにより、特に特徴のない迷宮の中層に差し掛かった階層。そしてアイン達による強化魔法で暴れまわりたいという希望の為に、受けた依頼は討伐だ。
目的の魔物を探しながら、アイン達パーティも未攻略の階層を進んでいく。
「リゼルさん、これどっちっすか」
「多分、あっちに飛び移るのが近道だと思います」
「あっち?」
「あれか」
まるで古代の地下水路のような迷宮。
リゼル達の歩く通路は水路からそれなりの高さがある。水深はありそうなので落ちても怪我はしないだろうが、時折何かの影が揺れるので魔物に襲われる可能性は高い。
そんな道を歩いていて出会った分かれ道で、リゼルが指さしたのは水路を挟んだ反対側だった。小さな足場の壁には上へと伸びる梯子が見える。
「ただ、行き止まりっていうのもありそうで……どうしましょう、アイン君」
「俺? 何で?」
「このパーティのリーダーでしょう?」
「あ、そうか……そうか??」
パーティ一同が盛大に釈然としない感を抱く中、リゼルは少し離れた足場を眺めた。
跳んで届くかは微妙か。とはいえ強化魔法をかければ余裕とは言わないが届くだろう。ジルやイレヴンなどは思い付きで跳んでは余裕そうな顔をしているので非常に羨ましい。
「うし、じゃあ行くぞ!」
「おっし!」
「良いっすかリゼルさん!」
「勿論です。じゃあ、先に行きますね」
「「えっ」」
アイン達が唖然とする中、リゼルは何歩か後ろに下がった。
用意していた強化魔法を発動。と、と、とリズムに乗るように駆けて思い切り足を踏み込む。アイン達の声なき声には勿論気付かない。
空中でバランスを崩さないように注意して足場に着地すれば、格好つける事は叶わず数歩たたらを踏んでしまった。実力主義の冒険者、年上の意地というのは意味のない事かもしれないがと苦笑しながら振り返る。
「跳べんのか……そりゃそうか」
「いやビックリするわ、魔法使っててもビックリするわ」
「舐めてねぇけどすっげぇ意外」
「それな」
凄くヒソヒソされている。
「梯子の先、先に確認してきましょうか?」
「や、俺行くんで。魔法使いセコらせるとか」
「(せこらせる……あ、斥候させる)」
ぐっぐっと膝を曲げ伸ばしし、腕を回しながらアイン達が言う。
リゼルは確かに、と一つ頷きながら足場の端へと寄った。ジル達と一緒の時は魔法使いやら何やらの役割分担に大した意味はなく、各々出来る事を好きなように行っているのであまり意識しないがその通りだ。とても勉強になる。
ぶんぶんと手を振るアインへ、“飛ぶぞ”という合図だろうと手を振り返した。
「よっし! リ」
「俺も君達みたいに、ぴょんって簡単に跳べると楽なんですけど」
強化魔法をかけて貰おうと思っていたアイン達は覚悟を決めるしかなかった。
そして雄叫びを上げながらの全力跳躍で無事に全員飛び移った彼らに、冒険者の身体能力というのはやっぱり凄いなぁとリゼルは感心するのだった。
王都の何処かに幾つもあるアジト、その内の一つ。
朝日が昇り始めた頃に眠りについたイレヴンに起きる気配はない。しかしそんな彼に来客が一人あった。
「頭、今良いですかね」
無音で部屋へと入ってきた相手に、イレヴンは機嫌が悪そうに瞼を開く。
扉の前に立つ男は、長い前髪で両目を隠していた。彼の名をイレヴンは知らない。もしかしたら本人も知らないのかもしれないが、興味もなければ不便もない。
赤い髪をかき混ぜながら上体を起こし、視界を覆う髪の隙間から部屋へと訪れた男を一瞥した。寝ている所にわざわざ声をかけるのだから、その要件はイレヴンが男を殺さない程度のものなのだろう。
必然、リゼル関係か。
「……何」
「情報屋がうろついてんすよ、一刀周り」
「は?」
欠伸を零しながら問いかけたイレヴンに、男はそう告げた。
イレヴンは不可解そうに眉を寄せる。冒険者界隈では名の出回っているジルの情報を求める者など、然して珍しいものではないだろう。
そんな事で起こしたのかと不機嫌を露わにするイレヴンに、男は保身の為にすかさず言葉を続けた。
「そいつがどうも、俺らも使うような奴で」
イレヴンや精鋭達も使うような情報屋。
情報屋というのは独自の情報網を持つ。網の末端は数多存在しても、最も情報の集まる中枢というのは酷く限られる。
その情報網同士は基本的には不可侵だ。末端は入れ代わり立ち代わりしていようと、中枢が潰し合う事はしない。一つ一つの網が届く場所は限られるのだと、彼らは知っているからだ。
イレヴンの持つ情報網も非常に優れてはいるものの、何もかもを知るには足りない。よって他の中枢を利用する事もあるのだが。
「王都の賢い奴らはもう手ぇ出さないんで、他所から流れてきた奴ですね」
「で?」
「一刀と、その“ご実家”の繋がり探るとこまで来てるっぽいです」
ご実家。
それはジルから時折話を聞く、何処にでもあるような生まれ故郷の事ではないのだろう。もはや縁のない王都の侯爵家、騎士の管理を担当するという栄誉ある血筋を孕む家柄。
オルドルが城でのパーティーで接触した事から、繋がりゼロとはもはや言い張れない。しかし冒険者最強に騎士が対抗心を燃やした、その最強をいつでも使えるよう伝手を作ろうとした、そんな真実よりもよほど現実味のある予想など幾らでも上げられる。
よってその件は問題がない。オルドルも貴族として一から十まで教育を受けた身だ、幾ら私情で動こうがその辺りの配慮を欠かす事はない。と、いうのはリゼルの談だが。
「雇い主は」
「まだ調べ中で」
「……つっかえねぇな」
舌打ちを零し、イレヴンは再び毛布に潜り込んだ。
「ニィサンに言っとけ」
「貴族さんじゃなくてですか?」
「てめぇに機嫌とれんのかよ」
誰の機嫌かなど言うまでもない。
今回の件にリゼルは関係していない。しかし無作法者の漁る真実など全ては今更のこと。それを振りかざしてジルをどうしたいのかなど知りもしないが、それをリゼルが良しとしないのは確実なのだから。
精鋭が、勿論機嫌などとれはしないと素直に引き下がる。
「一刀に何か言われたら」
「貸しにしとけ」
「了解です」
そして部屋には一人、二度寝を始めたイレヴンの姿だけが残された。
その頃のリゼル達。
「あ、宝箱!」
「よっしゃラッキー! 宝箱!」
「宝箱いぇーーーー!!」
「(テンションの上がり方が凄い)」
いくらか攻略を進めて見つけた宝箱に思い切りテンションを上げていた。
しかし宝箱は水路を挟んだ反対側。しかも先程アイン達が全身全霊をこめて飛び越えた足場よりも遠い。
足場も狭く、水路のど真ん中にある孤島だ。本来ならば水路を泳ぐか歩くかしてびしょ濡れになりながら取りに行くしかないだろう。
しかし、アインはぐっぐっと準備運動をしながら得意げにリゼルを見た。
「リゼルさんねがいしゃっす!」
「はい、じゃあ」
「飛んだら合図するんでー!」
「え」
跳んでからでは遅い。強化魔法で空は飛べない。
しかしアインは既に走り出している。パーティは誰も止めない。むしろその事に気付かず煽りまくっている。
リゼルは急いだ。宝箱を発見した時点ですでに魔法を作り始めていたが、間に合うかどうかはぎりぎりだ。なにせ走り出しから跳躍までは数秒もない。
そしてアインが床を踏み切って、その体が宙へと。
「あ゛ーーー跳びすぎッ、へぶッ!」
魔法は間に合ったが、彼は踏ん張り切れずに水しぶきを上げて転がり落ちていった。
狭い通路にゲラゲラと笑う声が響く中、リゼルは水面から顔を出したアインへと目を瞬かせながら肩の力を抜くのだった。
ジルは一人、王都の門を潜って外から街中へと足を踏み入れた。
今日はギルドに寄りつかないと決めていたし、馬車を使うにも待っている間に声をかけられるのも面倒だったので歩きで行ける近場の迷宮に潜っていたからだ。それでも昨日、一昨日と既に他のパーティから打診を受けていたのだから、ソロ時代はこれほど近寄られなかった筈なのにと思わずにはいられない。
「ちょいすいませんね」
そんなジルに声がかかった。
知り合いといえば知り合い、しかし偶然同じ方向へと向かっている。そんなどちらともとれる位置から話しかけてきたのは、リゼルに精鋭と呼ばれる男。
こいつよく見るな、とジルは視線だけをそちらに動かすも、振り向きも足を止めもしない。それを当然のように精鋭が口を開く。
「情報屋がウロついてるんで、一応。結構なやり手です」
「てめぇらよりか」
「いやー、どっこいどっこいですかね」
然して興味を煽られる事なく呟いたジルに、精鋭が笑いの滲む声で返す。
関わりたくない案件、という訳ではないのだろう。もしそうならば精鋭達は見ない振りを決める筈だ、イレヴンやジルに知らせる時点で無茶ぶりされても何とかなる相手だと判断している。
そして、それがどうしたとジルは無言で言葉の続きを待った。わざわざ知らせてくるのだから、放置していると何かしらの支障があるのだろう。
「二つ目のご実家に手ぇ伸ばしそうなんで」
ジルは微かに眉間の皺を深めた。
知られたとしても不都合はない。今では完全に縁が切れている。多少はギルドから追及は受けるだろうが、問題なく冒険者は続けられる筈だ。精々、昔世話になった侯爵家が多少付け入る隙を他の貴族に与える程度か。
それ自体はどうでも良い。どうでも良いが。
「(面倒くせぇな……)」
かすめ取られた情報が出回ろうものなら、ジル本人が何も変わらなくとも面倒事が増えるのは想像に難くない。解決された案件をほじくり返される事への億劫さもあった。
ジルは微かに眉を顰め、歩みを止めないままに口を開く。
「てめぇんとこの頭は」
「“貸しにしとけ”だそうです」
「そうしとけ」
「伝えときますね。なんかリクエストとかあります?」
「……あいつそんなもんしてんのか」
「いえ、貴族さんは大体お任せで。時々“やりすぎ注意”くらいですかね、言われんの」
「好きにしろ」
蛇の道は蛇に任せるに限る。
ジルが最近、不快な視線を感じた事はない。件の情報屋は徹底して接触を避けているのだろう、そんな顔も名前も分からない相手を追う術など持たないのだから。
意識の狭間を縫うように気配を消した背後の男に、ジルは特に何かを思うことなく変わらず歩みを進め続けた。
その頃のリゼル達。
「あー……腹減ってきた」
「足疲れた」
「手入れしたい」
「何処かで休みましょうか」
ペースは乱さないものの愚痴の増えてきたアイン達に、リゼルはそう微笑んだ。
とはいえ迷宮内。完璧に安全な場所というものはないのだが、そこは全員それなりに経験を積んだ冒険者。
そこそこ見通しの良い場所の壁際、打ち捨てられた石材が点々と転がる場所を見つけて丁度良いと腰かける。
「じゃあ俺見張り」
「俺がやりますよ。ほら、座って下さい」
「えー……」
アイン達パーティの一人が座ろうとしないのを促せば、彼は滅茶苦茶渋々と座った。
リゼルは何故だと首を傾げつつ、座ったままの膝の上に女将特製のサンドイッチ弁当を広げる。「この人見張りするって言わんかった?」という視線が集まるが気にしない。
「リゼルさん、それ……」
「え?」
「いや、うん……美味そうっすね」
「少し食べますか?」
「いや見張……うーん……いただっきます!」
「美味ぇ!」
「普通に美味ぇ! いや普通じゃねぇけど!」
自身らで持ってきた特に具のないおにぎりを片手にリゼルの昼食へと次々と手を伸ばすアインらへ分け与えながら、リゼルは声に釣られたのか遠くから近付いてくる魔物へと炎の矢を飛ばした。
そして振り返ってぽかんと倒れた魔物を眺めるアイン達を尻目に、自らもサンドイッチを一つ手に取る。女将の作るそれは相変わらずとても美味しい。
「君達も色んな国を回ってるし、美味しいものも色々食べてそうですね」
「は? あぁ、うぃっす……」
「おい、あれ素材とりに……」
「あんだけ燃えてりゃ残らねぇだろ」
「なら良いか。前依頼で行った村のパンとかすっげぇ美味かったんすよ!」
「サルスで食った肉とかもな! 食べた事ねぇ味した!」
「リゼルさんアスタルニア行ったんすよね! やべぇ羨まっしー!」
彼らはリゼルが魔物へ魔法を放つ度に一瞬無言になりながらも、非常に賑やかな昼食を堪能した。
とある小さな工房の使い古された木の机。
そこに腰かけ、細く長い指で小さな蕾を剥く。粉のような無数の黒い粒が敷いた用紙の上に零れ落ちるのを一瞥し、研究家は張りのなくなった蕾を無造作に机の端へと落とした。
そして新しい蕾へ。籠にたんまりと積まれたそれは、暫くなくなりそうにない。
「そんでよ、好みだったから口説いてみたら逃げられたんだよな」
「そうだろうとも」
机の向こう側、床に胡坐をかいて草花を毟っている昔馴染みへと当然のように告げる。
「何でだよ! インテリさんに嫌がられた事ねぇぞ!」
「彼はよく君に付き合っていると思うよ」
ばっと顔を上げて反論するメディに、研究家は肩を竦めてみせた。
先日、仕入れた大量の魔物素材を運ばせた見返りにと回復薬作りを手伝わされている。何せ、この工房の親方もメディも細かい作業に向いているとは言い難い。
職人として出来ないとは言わないが、好む好まないは別だろう。研究家としては淡々とした作業が嫌いではないので、これが力仕事の見返りとなるなら文句はなかった。
「良いよな、てめぇはインテリさんに依頼受けて貰えて」
「とは言っても、二回だけだけれどね。指名は躱され続けているし」
「アタシなんか一回だけだっつうのに……」
「その一回があった事が驚きだよ。魔石砕きだって?」
「まぁ実際砕いてたのは黒いので、インテリさんはひたすら計算してたけどな」
研究家から見ても、リゼルが力仕事に向いているようにはとても思えない。
彼女が会話を交わしたリゼルの印象は、興味があるものに対して手を伸ばすことに躊躇しない相手だということ。恐らく魔石砕きも好奇心から受けたのだろう、ならば二度目に気が向かなくても仕方がない。
基本的に魔物への興味で生きている研究家なので、その気持ちは深く理解できる。
「小生も今度は、依頼用紙に研究成果でも添えてみようか……」
「ドン引きだろ」
「興味を煽ることに成功すれば勝算もあると思うけどね」
「そんならアタシだってインテリさんが好きそうな……こう……なんか頭の良いもん付けるわ!」
いまいち思いつかなかったようだ。
研究家はぷちりぷちりと蕾を潰しながら目に焼き付けたいつかの竜の姿を思い出し、うっとりと呟く。
「あぁ、もう一度会いたいものだ。ふふ、ありのまま生きる姿を美しいとは思うが、解剖してでも全てを知りたいと思ってしまうのが小生ら研究者の性だな……」
「てめぇは本当に頭おかしいよなぁ」
「あの黒い冒険者に頼んだら何とかしてくれないだろうか」
「依頼料払えねぇだろうが、そんなもん」
「ふむ、ぐうの音も出ない」
竜の討伐など、依頼料だけでとんでもない事になりそうだ。
スッと真顔に戻った研究家は、深く残念に思いながらプチリとまた一つ蕾を潰す。
「アタシもな、指名依頼でインテリさんの一晩を買おうとした事があってな」
「それと一緒にしないで欲しい」
「ギルドの受付ですっげぇ怒鳴られたんだよ」
「また憲兵にしょっぴかれはしなかったかい?」
「なんか特に好みじゃねぇ職員がすっげぇ無表情な奴を羽交い絞めにして“逃げろ、逃げろーッ!!”っつってきた」
そして彼女達はそんな取りとめのない雑談を交わしながら、黙々と作業を続けていった。
その頃のリゼルは。
「うっはは戦いやすー!!」
「色んなトコから魔法出てくんのやべぇー!」
「あ、そんな先行しちゃ」
「おらどんどん行くぞー!」
「逃げんじゃねぇよオッラ!」
「駄目ですよ、見えないところに行っちゃうと」
「あれ一発で斬れるとか気持ち! 気持っち! オラオラオラッ……げ、つまった、ゲッフ!!」
「ぎゃははッ、蹴られてやんの!」
勢いで全てを解決せんばかりの戦い方に翻弄されていた。
強化魔法が楽しくてテンションが上がっているのか、走り回る魔物を同じく走り回って追いかけるアイン達は一瞬たりともその場に留まらない。そんな彼らすべてにフォローを入れるリゼルは非常に忙しい。
何よりジルとイレヴンが滅多に負傷しないだけに、魔物からの攻撃を食らっている姿を見ると地味に驚く。だからこそ更にフォローに勤しむ。
「げ、落ち、濡れ……ッうぉ!」
今も魔物に吹き飛ばされた一人が水路へと落下しようとするのを風で無理やり留めれば、彼はぱっと満面の笑顔を浮かべてリゼルを見た。
「リゼルさんすか今の! マジやべぇっすね、あざす!」
「はい、どういたしまして」
悪い子ではないのだと、再び魔物へ向かって駆けていく姿に苦笑する。
でもちょっと疲れた。ジル達が恋しい。そして“やばい”の意味が多岐に渡り過ぎるのが凄い。そんな事を思うリゼルだった。
日もすっかりと落ちた頃。
一人宿に帰ってきたリゼルは、ふいに開け放たれた食堂の扉の向こうに自らの愛しいパーティメンバーの姿を見つけた。
「あ、リーダー帰ってきた」
「遅かったな」
不満そうなイレヴンと、視線だけ此方へと向けたジル。テーブルには酒瓶が見えた。
何処から聞いたかは知らないが、リゼルがアイン達とパーティを組んで依頼を受けたのを既に知っているのだろう。リゼルは部屋へ戻って着替えようともせず、ふらりと食堂へと足を踏み入れる。
「つうか俺許してねぇんだけ、ど……」
腰かけたまま開口一番に文句を口にしかけたイレヴンの頬を包み、そのまま後頭部へと回した手で引き寄せ、包み込むように良い子良い子と頭をなでる。
イレヴンが身動きもせず黙り、そしてジルからは理解できないものを見る目で見られたが、リゼルはしみじみと口を開いた。
「君達とパーティを組んでて、本当に良かった」
「……え、何?」
「おいどうした」
「ジル、サルスで美味しいお肉が食べれるそうですよ。行きましょうね」
「あ? ……まぁ、行くけどな」
「イレヴンも美味しいもの、たくさん買ってあげますね」
「いや自分で買うけど……何、何かあった? だいじょぶ?」
よしよしと手を動かしたまま慈しむような笑みを浮かべるリゼルに、一先ず次はサルスかとジルは一口酒を飲み、イレヴンはそろそろと腕を持ち上げポンポンとその背を叩いてやる。
依頼は大成功。報酬も揉めることなく分配できた。
証拠にアイン達はほくほく顔で非常にテンション高く去って行ったし、リゼルもそれに関しては何も言う事はなく有意義な経験を得た。ただただ疲れたと、それだけの事だ。
それを暫く自らのパーティに癒された後のリゼルがジル達に伝えた事もあり、ジル達から“一体何をしてくれたのか”と疑惑を持たれていたアイン達が無事に命拾いしたのはここだけの話。