作品タイトル不明
152:結局何も分からなかった
魔物使いが、何の為に魔物を使役するのか。
勿論それは人それぞれで、彼女の場合は旅の一座の一員として相棒の魔物と切磋琢磨していた。使役してるのはスライム、数年来の相棒だ。
時に他の魔物の姿に、時に人の形もとってみせる。特に好評なのが、観客と全く同じ姿に変身させた時だ。そんな器用な真似が出来るスライムなど自らのスライムしか居ないと、彼女は常々胸を張っている。
「んん?」
そんな彼女は、日々の日課であるスライムのマッサージをしながら首を捻った。
ちなみにスライムがそれを気持ち良く思っているかは分からない。日に何度も形を変えれば体も凝るだろうと彼女が勝手にやっているだけだが、逃げられた事はないので嫌がってはいないのだろうと思っている。
「しこり?」
ヒンヤリとしたプニプニの体を揉んでいると、いつもと違う感触があった。
核ではない。何だコレ、としばらく揉みしだく。見た目には変わらないのに、掌で握れるぐらいの大きさのしこりが複数。目に見えないボールでも入っているかのようだ。
「何……何これ……病気……?」
ごりごりと指先で解すように揉んでも、しこりの位置がずれるだけ。
「肩こり………?」
いや、スライムに肩はない。スライム凝りと言うべきか。
最初は魔物にしかなれなかったスライム。それが必死に練習して、今は目の前に立つ誰にだって姿を変えられる。その苦労の日々。初めて自分の姿になってくれた時の事は忘れない。
ドロドロとした人型、つまり最も怖い部類のゾンビを経て自分の姿になった時の感動。スライム型に戻る時のオドロオドロしい光景は若干トラウマだ。
「うーん」
むにむにむに、と揉む。
「まぁ調子悪そうでもないし」
昼間の興行でも拍手を貰った見事な変身を披露できていた。
迷宮にいた魔物だし、こういう事もあるのかもしれない。彼女はそう頷き、つんつんと自らのスライムをつつく。そしてパンッと手を叩いてみれば、もにっとした体でピョンッと見事なジャンプを見せてくれた。
「具合悪いー?」
問いかけるも、スライムは膝の上でむにむにと動くだけ。
いつも通りの光景に、彼女はほっと息を吐いてベッドに潜り込んだ。あまり魔物に入れ込んではいけないというのが魔物使いの常識だが、何年も手を組んでいれば愛着も湧く。
何処ぞで見た魔鳥乗りなど溺愛に溺愛を重ねていたので、自分など可愛いものだろう。平然とそう思いながら、彼女は枕元のスライムをペチペチと叩いて健やかな眠りへと落ちていった。
翌日やはり気になり、興行の後にたまたま噂で聞いた“魔物研究家”に会いに行った彼女は、足下にスライムを引き連れのんびりと歩いていた。
その機嫌は良い。最初は解剖でもされるんじゃないかと冷や冷やしながら戸を叩いたが、研究家を名乗る女性はとても真摯にスライムを見てくれたからだ。
『すまないね、小生でも原因は分からないようだ。ただ、魔物は弱ると攻撃的になる種が多い。気が立った様子がないのなら安心して良いと思うよ』
やや申し訳なさそうに告げた研究家に、その言葉だけで十分安心出来たと感謝した。
そしてお礼に研究家そっくりにスライムを変身させれば、酷く興奮しながら喜んで貰えた。何とも良い人だった。物静かそうな雰囲気に反して、物凄く激しい拍手喝采をくれたのだから。
魔物繁殖のメカニズムは全く解明されていない。
気付いたら居るし、気付いたら襲われている。迷宮内では倒すと魔力となって散るので、迷宮の魔力がどうにかなって自然発生しているのではないかと曖昧ながら考えられていた。ならば迷宮外の魔物はと言われると、よく分からないとしか言いようがないのだが。
「早く治ると良いねぇ」
そう話しかけられながら彼女の足下をもにもにと這うスライムが、しこりと称された体内の何かをぽこぽこと落とした理由さえ誰にも分からない。
本スライムさえ気付いているのか定かではない。まるで小さな個体を産み落としたかのように、分裂したかのように、小さなスライムのようなそれらはゆっくりころころと道の端へと転がっていった。
幸いと言って良いかは分からないが、誰もそれには気付かない。もし気付かれたら「何か落ち……た?」やら「生んだ!?」やら声が上がった事だろう。
「今日はとっておきの魔石あげようね」
小さくなっていく声と、先程まで一体化していた筈のスライム。
その後ろでそれらは坂もないのにゆっくりと転がり、そしてコンッと家の壁へとあたった。それに沿うように再び転がり、角を曲がるように路地裏へ。
「悪いねぇ、リゼルさん」
「いえ、丁度宿に戻る所だったので。お手伝いくらいさせて下さい」
直後の事だ。その直ぐ横を、とある冒険者が通り過ぎた。相手が気付かないままの一瞬の邂逅、だがそれらはその一瞬で深く記憶した。
誰より視線を集めていたからだ。雰囲気が一線を画していたからだ。目に焼き付くような存在感が刷り込まれ、そしてそれらは姿を変える。
次の瞬間、小さな幾つもの塊は自らの二本の足で路地の裏から姿を消していった。
「おっ、リーダー!」
それが王都の街並みを歩んでいると、背後から呼びかける声があった。足を止める。
振り返れば、最初に見えたのは艶のある鮮やかな赤。それを蛇のようにしならせながら近づいて来た男は、当然のように隣へと並んで歩みを共にし始めた。
「どっか行くトコ?」
尋ねられ、柔らかく首を傾げて首を振る。
記憶にある穏やかな微笑みを浮かべてみせれば、納得したように赤色は頷いた。
「ブラついてるだけかァ」
王都の街並みを、二人並んで歩く。
そういえばニィサン見かけた、ギルドで乱闘してた、牙の覗く口元から出る話題が尽きる事はない。楽しそうに話す姿に、微笑んだまま時折相槌を打つように顎を引く。
「あ、そういやさ」
「?」
ふと、思い出したかのように愛想の良い顔がこちらを見た。
ちょい、と指差し誘われたのは一本の路地。不思議そうに目を瞬かせ、連れられるがままについていく。
細い路地では頭上のみを日が照らし、足元はやや肌寒い。冷える空気を掃うように鮮やかな赤を追って歩を進める。
「リーダー時々こっち入って来てんスよね」
ゆるりと一つ頷いてみせる。
そして赤色が角の向こう側に消えた。歩み寄り、覗き込む。
瞬間、胸元を掴まれ引き寄せられた。はくりと開いた口からは何も出ず、そのまま路地裏の壁へと背を叩きつけられる。
「でさァ」
先程までの雑談と全く変わらぬ声のまま、その顔が近付いてきた。
迫る瞳を覗き込めば、裂けた瞳孔と視線が合う。胸倉を掴んだままの手がギチリと服を引き、首元を晒した。
瞳が擦れ違う程に近づいた顔、視界が赤で埋まる。スンッと首筋に触れた吐息に、何かがゾワリと腹の底を震わせた。それは恐らく、生物として誰しもが持つ生存本能と呼ばれるもの。
「誰だよテメェ」
直後感じたのは首を通り抜ける鋭い何かの感覚で、それはパチリと目を瞬くとパシャンッと水音を立てて消えた。
それは、冒険者ギルドに足を踏み入れた。
向けられる視線、軽く上げられた掌、そして散り散りになるそれらを眺め、一歩二歩とギルドの中を歩いていく。中程まで行けば、受付カウンターに居る一人の職員がこちらを見た。
軽い様子で軽く頭を下げられ、にこりと笑みを浮かべてみせる。すると相手は慣れたように隣を見て、淡々とペンを走らせる男を物珍し気にほらほらと促した。
「スタッド、ほら」
「…………」
「スタッド? おい、リゼル氏来たって」
促されても、凍り付いたような無表情は顔を上げない。
周囲がやや騒めく。それに導かれるように近寄ってみれば、必死で隣へ声をかけていた職員が焦ったように此方と男を見比べた。小声で隣を懸命に促し、顔を引き攣らせている。
「やっ、あの、虫の居所でも悪いんですかね、ははっ……」
ゴンッ、ゴンッと叩く手を酷く鬱陶し気に払った無表情が、そしてようやく顔を上げた。変わらず感情の浮かばぬ人形のような瞳が、ちらりと此方を一瞥して再び書面へと落とされる。
「何か」
零された声は淡々としていて、逆に周囲が酷く騒めいた。
「スタッ、おい、ス……スタッドさん!?」
「おい絶対零度やべぇぞ!」
「あそこに反抗期は来ねぇだろ!」
戦々恐々とする空気の中、どうかしたのかというように首を傾げてみせる。
すると、それをどう受け取ったのだろうか。必死な顔をした職員が、自らの頭へ手を乗せながら懸命に隣を指差し始めた。
訴えかけるような目に唇で笑みを描き、書面に向き合う男を見下ろした。歩み寄り、手の届く距離。ほっとして此方を見る職員の真似をしてその頭に手を伸ばした、その直後だった。
「不愉快です」
音もなく、伸ばした手首から先が落ちる。
無表情な男の手には氷のナイフ。隣に座る職員は悲鳴を上げて椅子ごと後ろに倒れ、周囲の冒険者たちは突然の凶行に驚愕を浮かべながらも己の得物へ手をかけた。
しかしそれも、床に落ちた手首がパシャンッと水となって消えるのを見て止まる。
「魔物かッ」
「スライム!」
「手ぇ出しづれぇなァ!」
動きを止めていた冒険者達が迷わず武器を抜いた。
直後、凍り付いた空気がギルド内へと広がる。バキンッと何かが砕ける音と共に、それの足を氷の結晶が覆い尽くした。
それは触れている足に強烈な痛みを与える程の氷点下を感じていないかのように、歩めなくなった足元をきょとんと見下ろす。そして顔を上げるも、絶対零度の瞳は既に此方を映してなどいなかった。
「街中に魔物です。憲兵に連絡を」
無感情な男が淡々と立ち上がり、床で魘されている男を足先で蹴り起こす。
その時には既に、それは弾け飛ぶ氷と共に、ビシャリと粘度の高い水となってギルドの床へと飛び散らかっていた。
「やっぱスライムだよなぁ」
「つってもおかしいだろ」
「あー、色な」
「魔物に変わんなら分かっけど」
「つうか核は?」
その周りを冒険者らが囲むようにしゃがむ。
飛び散った粘液を指先で突きながら、さて自分たちも駆り出される前にギルドを出ようかと各々立ち上がるが叶わず、依頼料を押し付けられながら被害拡大防止の為に見回りへと向かわされるのだった。
“鑑定に自信あります”と自信なさそうに書かれた看板を潜り、それは店の扉を開いた。
店内では店員が一人、他の客の対応をしている。此方を見た目が柔らかく綻んだので、同じように目元を緩めてみせれば、店員は嬉しそうに笑って接客を再開させた。
あてどなく店内を歩き回る。とある一角、ふわりと届いた香の香りに、思わず眉を寄せながら後退った。
「だ、大丈夫ですか?」
すぐ後ろから声が聞こえ、振り返る。
頭上から心配そうに此方を見下ろす長身に、ふるりと首を振った。何でもないと伝えるそれに、店員はほっとしたように眉を下げる。
「魔物除け、ちょっと仕入れすぎちゃって……もしかして、匂いがきつかったかなって」
少し恥ずかしそうにそう零す相手に、微笑んでゆるりと首を傾げてみせる。
やっぱりかぁと肩を落とす店員にふと手を伸ばし、その目元へと触れてみる。ここが一番、この写し身の匂いが濃い。匂いというか、気配というか。それには自分が感じているものが何か分からなかったが、引き寄せられるものはあった。
「えっと、リゼルさん……?」
触れる目元をくすぐったそうに細めながらも、純朴な瞳が此方を見下ろす。
しかしその目も、直ぐに不安そうなものへと変わった。恐る恐る持ち上げられた大きな掌に、ゆっくりと伸ばした手を握られる。
「手、凄く冷たいです。具合悪いとか……」
「?」
「温かいもの、飲んでいきませんか?」
握られた掌が熱く、ぱちりと目を瞬いてゆるりと首を振る。
見上げれば、驚いたように見開かれた目が揺れていた。手は離されない。
「……え、っと」
恐る恐る、窺うように覗き込んで来る目に微笑みかけた。
「リゼルさん?」
両手で、見上げた先にある頬を包む。どうしたのかと不思議そうな顔に少しだけ力を籠めれば、内緒話かと柔らかな髪から覗く耳を寄せられた。
そして笑みを描いていた唇をぱくりと開き、引き寄せた頬へと向ける。今まさに唇が頬へと触れようとした時だ。
トスッと腹に衝撃を感じた。
「えっ、や、止め……!」
見下ろせば、背から腹まで貫通している鋭い枝。顔を上げれば目の前の穏やかな顔が酷く焦燥感を露わにしていて、それは穏やかな表情を浮かべたまま水となって弾けて消える。
「な、…………えッ?!」
後には濡れた床の前でひたすら混乱する店員だけが残され、物言わぬ店はやはり何も伝えぬままに床から伸びた槍の如き枝をその身に戻していった。
女将の買い出しに出会い、遠慮に遠慮を重ねられながらも荷物持ちの役割を得て宿へと戻ってきたリゼルは、自室でのんびりと読書に没頭していた。
書き物机についている椅子を窓の近くへ移動させれば、直接日が当たりはしないものの明るく、時折室内へと吹き込む風が気持ち良い。揺れて頬をくすぐる髪を耳にかけ、リラックスするように組んだ足に立てた本を捲る。
王都に古くから根付く伝承の一説、初代王が国を作り上げるまでの物語。
「(“王が一本の枝を地へと刺し祈りを紡げば、天が祝福を与えるかのように空が”……それって“王座”だったりするのかな)」
流石に無理か、と馴染みの道具屋を思い出しながらリゼルが一人納得していた時だった。
ふいに部屋の扉がノックされ、本から顔を上げる。優秀なパーティメンバーのように足音で誰が来たか分かるような技術もなければ、そもそも本に集中していて気付いてもいなかった。
女将が荷物運びのお返しにオヤツでも持ってきてくれたのだろうかと、「どうぞ」と声をかける。
「?」
現れたのは、見知らぬ男だった。
浮かべられた微笑みに他意はなさそうで、彼は部屋に入ってくると後ろ手に扉を閉めた。リゼルが本を閉じてそちらを見れば、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「どなたで……ん?」
見上げ、そしてリゼルは目を瞬かせた。
よく見ると、同じ服を身に着けている。特徴のある冒険者装備ではないので、一見して直ぐには分からなかった。更によく見れば、顔も似ているような気がする。
まじまじと見ていれば、男は目の前で足を止めた。
「……貴方の名前は?」
身を乗り出して机に本を置きながら問いかければ、男はことりと首を傾けた。
その唇がはくはくと開閉し、そしてゆっくりと上体を倒す。近付いた顔がじっと自らの唇を注視するのを眺めながら、同じ顔だとしても意外とピンと来ないものだとリゼルは感心していた。
「な、ま、え」
ゆっくりと繰り返してやる。
しかし目前の口は開閉を繰り返すだけで、何も音を紡がない。舌の覗く口内を覗き見ながら、問題は無さそうだがと不思議に思いながらも納得した。
そういうものなのだろう。リゼルは伸ばされた両手を好きにさせながら、そんな事を思う。
「(どうしようかな)」
誰かの変装、というには先程の行動が説明出来ない。
何らかの魔物なら刺客として差し向けられた可能性も有る。そう考えかけ、しかし此方の世界ではまず有り得ないかと内心首を振った。
ならば何故自分の姿をとっているのか。両手で頬を包まれながら、どうやら同じらしい顔を見上げる。
「あなたの飼い主は?」
「?」
後ろに魔物使いが居るのだろうか。
そう思って問いかけるも、首を傾げられるだけに終わる。魔物を差し向けてくるような魔物使いなど某支配者しか思いつかないが、彼ならばこんな計画性も何もなく魔物を送り込まないだろう。
「人じゃないんですよね」
感触は人と変わらないにも拘らず、頬に触れる手は冷たい。
手を伸ばし、噛みつかれないのを確認してリゼルも相手の頬へと触れる。ふに、と薄い頬をつまんでみるも反応はない。触れられた事に気付いているかどうかも不明だ。
「スライム?」
ここまで繊細な変身が出来るのは、リゼルが知る限りでスライムだけだ。
何が原因で己に化けたのかは分からないが、恐らく間違ってはいないだろう。さてどうしようかと、相手の頬から手を離した時だった。
その手首が握られる。確かめるように柔く、そして徐々に強く。
「いけませんよ」
「……」
「離しなさい」
痛みを感じる程ではない。ただ、容易に振り払える力でもない。
腕が引き寄せられ、相手の顔が近付いてくる。窺うような眼をしながら何も映してはいない瞳に、確かに人ではないのだとリゼルは改めて理解した。
「(誰かのパートナーだったら申し訳ないけど)」
そしてリゼルが魔銃を発現させ、目の前の同じ顔を撃ち抜こうとした瞬間だった。
近付いてくる首筋の中央をピッと何かが横切る。同時に水を切り裂くように、真横に一本の筋が走る。リゼルは跳ねた水が頬にあたるのを気にせず微笑んだ。
直後、目の前の相手が水となって消える。その後ろから現れた黒を見上げ、足先で濡れた床を気に掛ける事無く呼びかけた。
「ジル」
いつの間に部屋を訪れたのだろうか。手袋を外した手が伸ばされるのを眺めていれば、頬についた水の残滓を拭われる。
そういえば本は濡れなかっただろうかとそちらを見ると、どうやら無事のようだった。一安心だ。
「これ何だ」
「さぁ、スライムだと思うんですけど」
二人して床を見下ろす。
しかし、正体が分からないまま首を切り落とそうとするのはどうなのか。これが魔物じゃなくて人だったらどうするのかと思うが、恐らくジルの事なので勘やら何やらで判別はついているのだろう。
「どっから連れて来たんだよ」
「俺じゃないです」
「あ?」
「普通に部屋に入って来たので」
いくらガラの悪い顔をされようと、リゼルには本当に心当たりがない。
座ったまま身を屈め、部屋の床を指先でなぞる。スライムらしい粘度も何もない、ただの水が床板に染み込みつつある。
「核が残ってねぇな」
「そもそも街中に魔物が出るっていうのが……よくあるんですか?」
「な訳ねぇだろ」
「ですよね」
リゼルが此方に来てから、一度もそんな話など聞いた事がない。
時折魔物使いが連れている魔物を見るぐらいか。だが、その頻度も決して高くはない。なにせ魔物使いの存在自体、少なすぎて滅多に見ないからだ。
「こういう時ってギルドでしょうか。憲兵?」
「ギルドじゃねぇの」
そこから憲兵に報告、という事だろう。
確かに今のところ特に混乱が起きているようには見えない。冒険者個人が憲兵に報告したとしても信憑性に欠けるというのもあるが、これは日頃の行いが悪いから仕方ない。
「相手に敵意が無ければ、どっちでしょうってやろうかと思ったんですけど」
「趣味悪ぃ」
「ジルは何で分かったんですか?」
「勘」
やっぱりかと頷いてリゼルは立ち上がり、冒険者装備に着替えるかどうか少し悩んで、結局そのままジルと共にギルドへと向かう事にした。
「あっ、貴族さん見ッ……一刀いるし本物か」
「あ、あーっ、あーー……ホンモンか」
「これは……本物だ」
道中、擦れ違う冒険者達に物凄く覗き込まれる。
「他にもスライムがいたって事でしょうか」
「何で全部お前になってんだ」
「何ででしょう?」
自分が複数人いるとは、何とも不思議な感覚だ。果たして彼らは姿を変えて一体何をしたいのだろうと、リゼルはまた一人駆け寄ってきた冒険者に手を振ってやりながら考える。
先程のあれは、恐らく襲われそうになったのだろう。他者に危害を加えようとするのは魔物として当然の行為だろうが、流石に自分の姿でそうされては困る。
「本物ですって看板を持つとか」
「胡散臭ぇ」
却下された。
「それにしても完成度の高い変身でしたね」
「まぁ他所で変な事はしねぇだろうな」
「変?」
「魔物っつう理由以外で憲兵に取っ捕まりそうなこと」
それは大変だ、とリゼルは粛々と頷いた。
そして二人がそんな雑談を交わしながら歩みを進めること暫く、辿り着いたギルドの扉を開ければ、その向こう側は色々な意味で大惨事となっていた。
ギルドの中央で土下座を決める女性、その背でもにもにしているスライム、そんな彼女を取り囲むように立つスタッドや憲兵や冒険者等々。
「誠に申し訳ございまぜんでじだぁぁーーーー!」
大号泣で謝罪を繰り返す女性ともにもにしているスライムに、リゼルとジルは事態の解決を悟った。
旅芸人をしていると言う女性は、ギルドの椅子に腰かけながら何とか落ち着いたようだった。号泣の名残で、すんすんと鼻を鳴らす姿が何とも痛ましい。
冒険者らは外で見回っている他の冒険者の回収に向かった為、珍しくも静かなギルド内には余計に彼女のすすり泣く声が響く。ちなみにリゼルはややこしいから出歩くなと言われた。
「えーと、それで」
淡々としているあまり、意図せず追い詰めるスタッド。そして憲兵というだけで委縮して謝罪と号泣をぶり返す為に憲兵長も近寄れず、何故かリゼルが女性の話を聞いている。
膝をつき、赤くなった目元にハンカチを差し出してやり、優しい声で語りかけていた。ジルなど論外だ。
「街中に散らばったスライムは、貴女のパートナーが原因かもしれないと?」
「はい……」
スンッと鼻をすすりながら彼女が言うには、証拠はないが恐らく間違いはないらしい。
先日から相棒のスライムの体内にしこりが有ったこと。街中にスライムらしき魔物が出たと冒険者ギルドから報告を受けた憲兵がまず訪れたのは彼女の泊まる宿で、その時に初めてしこりが消えている事に気が付いたこと。
言われてみれば、若干相棒が軽くなったような気がしない事もないこと。微妙に曖昧だ。
「どうしてそうなったのかは、取り敢えず置いておきましょう」
それで良いのか、と視線が集まるもリゼルは気にせず話を続ける。
「しこりの数って覚えてますか?」
「か、数ですか?」
一瞬不思議そうな顔をした彼女だが、直ぐにハッと思い至ったようだ。
つまり、何匹のスライムが街中に散らばったのか。リゼル達が把握しているのは宿に現れた一匹、そしてギルドに現れた一匹の二匹のみ。もっと居てもおかしくはない。
「確か、四、四でした!」
「気付かなかったっていう事は、支配の外なんですよね」
「、はい」
「大丈夫ですよ。王都の憲兵はとても優秀ですし、直ぐ見つけてくれます」
使役している魔物なら、魔物使いは何となく居場所が分かるという。
だが今回は無理そうだ。膝の上に乗せたスライムを落ち込んだ様子でむにむにと揉んでいる彼女から、リゼルは一瞬だけ視線を離す。
その視線の先に立っていた生真面目そうな憲兵長が力強く頷いた。そして彼がギルドを出ようと扉に近づいた時だ。バンッと勢いよく扉が開く。
「リゼルさん!」
顔面蒼白なジャッジが飛び込んで来て、憲兵長は脛を強打した。扉に縋りながら無言で悶えている彼へと同情の視線が集まる中、ジャッジは焦った様子でギルド内を見渡し、見つけたリゼルへと駆け寄る。
そしてどうかしたのかと立ち上がったリゼルの上から下まで確認し、そして近くにジルとスタッドが居るのも確認して安堵したようにしゃがみ込んだ。
「よ、良かった……宿に行ったら、ギルドに行ったって言われて……」
「ジャッジ君?」
「あ、その」
差し出した手に遠慮がちに掴まって立ち上がるジャッジが言葉を濁すのを、リゼルは悪戯っぽく微笑んで口を開く。
「俺の偽物にでも会いましたか?」
「え!?」
「その偽物どうした」
「え、あ、水に」
「息の根は止めましたか」
「止まっ……た……はず?」
周囲に酷くあっさりと受け入れられた所為か大混乱だ。
ちらり、と此方を窺う姿にリゼルは大丈夫だというように目元を緩めてみせる。過激な思考を持たない心優しい彼には、同じ顔というだけで色々とショックだった事だろう。
「でも、俺を探しに来てくれたっていう事は偽物だって気付いてくれたんですね」
「は、はい。変だなって思ってて、その、串刺しになって水に戻った時に……」
串刺しかぁ、とリゼルはしみじみしている。
「何故見ただけで分からないんですか愚図」
「だって、変だなってだけで別人って思わないし……違うなって思っても、スライムって発想がなくて」
「私は分かりました」
「スタッドはだって、スタッドだし……!」
「手首を切り落として氷漬けにしました」
「分かったってば!」
氷漬けかぁ、とリゼルはしみじみしている。
別物だと分かっていても、少しばかり思うところがないでも無い。足の痛みから復活した憲兵長から物凄く気遣うような視線が向けられているし、ジルからも同情を込めて見られている。
ふと、頼れるパートナーの子供らしき存在がそんな末路を辿った事にショックを受けていないかと魔物使いの女性を見れば、申し訳なさそうにしながらきょとんと見上げられた。魔物使いはこういう所シビアだ。
「だが、これで三匹か。偶然なのか、お前の周りばかりだな」
闇雲に外を探させるより何かの手がかりがあった方が良いだろうと、憲兵長が外に出るのを止めて戻ってくる。眉を寄せ、どうだと視線を向けられるもリゼルに心当たりはない。
首を振れば悩むように腕を組み、そしてスライムをもにもにしている女性を見下ろした。
「失礼。何か、心当たりがあるなら教えて頂けないでしょうか」
「こ、心当たり……」
力が入ったのか、掌にぐにゃりと潰されたスライムが歪な形になっている。
本人的に、いや本スライム的にどうなのだろう、と興味深そうにそれを見下ろすリゼルに、ジルが呆れたように溜息を一つ零した。
「あっ」
その時、ぱっと彼女が顔を上げる。
「何となく、似たような気配に近づいていく……のかも?」
「似たような?」
「変身させると、同じ顔した人が気になるというか」
身振り手振りで説明してくれる女性に、成程とリゼルは頷いた。
確かに顔というよりは気配という方が正しいだろう。だからリゼルと親しくしている者の元へと向かいたがる。そして最も気配が強いのは勿論当人なので、宿で隣り合わせの部屋にいたリゼルとジルだとリゼルの方へと来たのだ。
振り返ってみれば、やや一方的ながら言い合っていたジャッジが照れたようにふにゃふにゃと笑い、そしてスタッドが真顔で此方を見ている。喜んでいるらしい。
「なら、後一匹もお前に縁の深い相手の傍に」
憲兵長がそう言いかけた時だ。
「あ、リーダー見っけ。何かそっくりなスライムっぽいヤツがさァ」
「ですよね」
「だろうな」
気だるげに扉を開けて現れたイレヴンに、リゼルとジルは頷く。
こうして事件は被害もなく無事解決し、魔物使いの女性は憲兵長による粛々とした説教を受けて半泣きになりながらギルドを後にしていった。
とある憲兵長の聞き取り調査より、とある魔物研究家曰く。
「ふむ、実に興味深い。それは恐らく、子ではなく同位体だろうね。分裂、と言った方が伝わるかい? 本来ならばあらゆる魔物に変身出来るスライム、そんな彼か彼女かが人に変われるようになったのは、話に出た魔物使いの彼女との特訓の成果だ」
「同位体だが、別個体の所為で使役の魔法が効かなかったんだろうね。同じ事がまたあるか? さぁ、それは小生でも分からないさ。ただ、まず有り得ないと思ってくれて良い」
「しかし、うん、実に素晴らしい! 魔物の繁殖の如何は小生達にとって永遠の謎でね。なにせ種としての幼生というのは存在しているにも拘らず、そこに至るまでの過程が何処にもない。こういった事例を目の当たりにしてしまうと胸が高鳴ってしまうというものだ!」
「気付いているかい!? 竜という存在は卵を産むんだ! 知っている!? ならば分かるだろう、子を産む彼らが魔物の頂点と呼ばれる矛盾が! いや、それを嫌だとは決して思わないし、例外というものは何処にでもあるものだと知っている! ただ! 彼らを魔物だと定義づけるのは尚早じゃないかと小生は思うんだ! そうだろう!? ならば何かと言われれば小生にも分からないが、竜は竜という存在でいけないのかと古参のお堅い研究者には」
以下略。