軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

149:協力してないと見られない

その日、ギルドに滅多にない客が訪れていた。

空も茜色に染まる頃、深追いせずに依頼を切り上げた冒険者達が集う。彼らは皆一様に、物珍しげに、あるいは楽しげに、はたまた驚きながらその三人組を眺めていた。

視線の先にいるのは、まだ幼さの残る子供が三人。何やら酷くご立腹な少女を先頭に、好奇心のままに周囲を見渡す男児が二人。

「あっ」

ふと、ふくれっ面から一転して少女が笑みを浮かべた。その視線の先にはギルドの受付カウンターがあり、冒険者達は誰かは分からないが職員の子供か妹かだろうと納得して視線を散らしていく。

タッと少女が駆けだし、空いた窓口のカウンターへと両手をかけた。つま先立ちをして、精一杯身を乗り出す。

「お兄ちゃん!」

ふわりとスカートを揺らし、可愛らしく笑う少女が呼びかけたのは。

「「(絶対零度ォーーーー!?!?)」」

無表情で少女を見下ろすスタッドへと、散って行った冒険者らの視線が一斉に集まった。

冒険者だけではない。その場に居たギルド職員も全員愕然とした目でそれを見ているし、スタッドの隣に座る若い職員など椅子から転げ落ちた。

そんな彼らの視線の先で、少女の満面の笑みを受けたスタッドはといえば、やはりというべきか無表情かつ無反応だった。つま先立ちの少女はきょとんと目を瞬かせ、ストンと踵をつける。

「あたしね、貴族さまの宿で」

「知っています」

抑揚のない声に、しかし少女はパッと表情を明るくした。

そして周囲は何故か安堵した。リゼル越しの知り合いならば、と納得したのだ。いやリゼルの知り合いだとしても盛大に疑問は残るが。

「あの、それでね、イライしたくて」

「分かりました。冒険者への依頼は初めてでしょうか」

「うん!」

「では説明を」

「ちょいちょいちょいちょい」

子供が、冒険者へと依頼。

一体何がどうなって、と目を白黒させる周囲を尻目に、スタッドは普段の依頼人の対応と何ら変わらず手続きを始めようとした。それを、床に転げ落ちていた職員が何とか遮る。

そして小声で訴えた。

「子供の言うこと真に受けんのはどうよ!?」

「依頼するのに年齢制限はありませんが」

「そういうんじゃなくて! お遊びなんだから適当に」

ふいに、ひそひそ声が聞こえる。

「しんけんな人を茶化す人はダメな人って貴族さまが言ってた」

「あの人はダメ」

「人としてダメ」

「生きててすみません……」

子供の内緒話は何故こうも響くのか。職員は今にも死にそうな顔をして引き下がった。

代わりに、対応を変えないスタッドの好感度が軒並み上がっていく。どちらかと言えば引き下がった職員の方が親身になってくれているというのに、子供というのは現金なものだ。

「この度、当ギルドの説明を致しますスタッドです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

「「よろしくお願いしまーす!」」

良い子の挨拶に子持ちのギルド職員は微笑ましそうに頷く。向かい合っているのが無表情かつ無感情でなければ楽しいギルド見学と勘違いしそうだ。

シュールだなぁ、と冒険者達も眺めている。

「冒険者ギルドでは、依頼人の方から冒険者への依頼の仲介を主に行っております」

「ちゅーかい」

「橋渡しです」

「はしわたし」

スタッドは暗雲を背負う隣の職員を見た。

「『皆のお願いごとを聞いて、それが得意な人に、俺達が代わりに頼んでおくよ』」

顔を上げた職員が、身ぶり手振りで翻訳していく。

子供達はそれで理解が出来たのか、素直に頷いた。その視線がすぐにスタッドへ戻るあたり、彼への信頼度は未だ低い。

「依頼を行うには依頼料が必要です。依頼料はランク毎に決められています」

「ランク知ってる! Aから、F!」

「Sからです」

「なんで?」

なんで。まさかそう来るとは。

それが当たり前だった冒険者らは、確かにと内心同意しながら瞬きを忘れたように淡々と子供達を見下ろしているスタッドを見た。そして隣に座る職員もスタッドを見た。

「ギルドが出来た当初はAからFしか有りませんでしたが、後々それらに収まらない規格外の冒険者が現れました。よってAランクの中でも、彼らしか達成できない高難度の依頼を分ける為にSランクが作られました」

「『どうせすっげー依頼はすっげー奴らしか受けないから、すっげーランク作った』」

翻訳が大活躍だ。

「なんでAのままじゃダメだったの?」

「Sランク並みの依頼を持ち込む依頼人は裕福な人間が多いので、特別なランク設定とする事で依頼料を高額にしてギルドへの収益を」

「『大人の事情だよ!!!!』」

「オトナはすぐそうやってゆう」

大活躍の翻訳は再び撃沈した。

そして周囲は物凄く納得した。確かにSランクの依頼料はべらぼうに高いと聞く。冒険者側は然して気にした事はないのだが、依頼人層を思えば納得だ。

あまり裕福でなく、しかし急を要するSランク級の依頼を持ち込む依頼人も皆無ではないが滅多にいない。そういう時はギルドがこっそり冒険者へと交渉して、ランクを下げた指名依頼として出来レース染みた事をしていたりする。極秘だ。

「そのランクというのは依頼内容によって変動します」

「……『どんな依頼がしたいのかな』」

息も絶え絶えな翻訳には見向きもせず、子供達は顔を見合わせた。

そして、少女がきっと眉を吊り上げる。腕を組み、堂々とした立ち姿で、すっと息を吸った。

「戦争です!!」

全員少女を二度見した。

「我こそはというグンシは名乗りをあげなさい!」

「ぐ、ぐんし? ……軍師??」

「となりの学び舎のれんちゅうにフクシューしてやる!」

「復讐!?」

流石はリゼル関係だ、と周囲は遠い目をして納得した。納得した理由が酷い。

顔を引き攣らせる職員は、もはや遊びだとは茶化せなかった。先程の心臓が痛くなるほどの内緒話は勿論の事、少女の怒りが本気すぎて怖かった。

「ギルドでは暴力沙汰での冒険者の雇い入れをお断りしております」

そんな中、淡々とスタッドは話を進める。

「ぼうりょくじゃないもん!」

「具体的に教えて頂いて宜しいでしょうか」

「やつらを、頭のてっぺんから下まで泥だらけにして、お母さんたちに怒られるようにして、ぎゃんぎゃん泣かせてやりたいの!」

「その服、二度ときれないようにしてやる!」

「クツだって三回あらってもムダなくらいドロドロにしてやる!」

「こわ……最近の幼女こわ……」

これは困るし物凄く怒る、と子持ちの職員は眉を下げた。特に白い服の時にやられてしまうと大変だ。多分手洗いしてる時にもう一度キレる。

頬を膨らませ、堂々と復讐を語った少女へと震える職員が恐る恐る口を開いた。

「あーっと、こういう時ってさ、大人連れてくると「卑怯者!」とか言われない?」

「女には、やらなきゃいけない時があるの!」

「それに貴族さま、フクシューでは自分の手をよごすなって言ってた」

「だから泣かすのはれんちゅうの母さん達にまかせるんだよな!」

あの人か。全員の脳裏に、ほのほのと微笑み手を振るリゼルの姿が浮かんだ。

ちなみにリゼルはそんなに物騒な事は教えていない。「復讐って何?」と聞かれた時に、豆知識程度にさらりと答えただけだ。

だが度々リゼルの英才教育を受けた子供達は、それを咀嚼し正しく理解した。将来有望だ。

「それに、ほしいのはグンシだから良いの!」

「しょうぶの方法も約束ももうすんでるから」

「ぜったいかてる作戦がほしい!」

つまり、子供達は何らかの勝負で相手を完膚なきまでに負かしたいのだ。泥だらけに、と言っている辺り、子供時代にヤンチャの呼び名を思うままにしていた冒険者達には勝負の方法も見当がつく。

何だか面白そうじゃないか、と何人かが声を上げかけた時だった。

「だから、貴族さまくらい頭のいい人を、おねがいします!」

「オンリーワンでは!?」

全員引っ込んだ。そして職員は叫んだ。

そもそも名乗り上げた所でスタッドに彼らに依頼を受けさせる気はない。テンションが上がって子供達に混じり、そして大人気ない事になるのは容易に想像がつく。

そしてスタッドはじっと子供達を見た。依頼人の希望に沿う方法など一つしかない。

「ならば指名依頼としてはどうでしょうか」

「しめー?」

「通常、依頼を受ける冒険者はランダムですが、指名依頼ならば任意の冒険者に依頼を任せる事が出来ます。受けるかどうかは冒険者に一任されますが」

「『好きな冒険者を選んでね』」

少女らの顔がパァッと輝いた。

誰もが聞かずとも分かった。子供達が真に望んでいる者など、先程から唯一人だけなのだから。

「貴族さまがいい!」

「「貴族さま!」」

異口同音に告げられた名前に、凄いトコいくなぁと誰もが思う。

恐らく今の王都で最も多くの指名依頼を集めながら、受諾率は最も低い。引き受ける依頼も、依頼人や内容などに法則はない。有るのは、彼らが興味を引かれたかどうかという共通点のみ。

報酬に金貨を積むような依頼人すら存在する冒険者へと、子供達が同じ指名依頼を出そうとするのだから。

「では此方の用紙に記入をお願いします」

「あ、椅子いるか。ちょい待ってて」

「みっつ!」

「ほいほい、三つね」

職員が近くの机から椅子を三つ引き摺って来る。

背伸びしてカウンターの上に置かれた用紙を覗き込んでいた子供達は、嬉しそうに椅子へと上った。腰掛ければ足がつかないが、書き物をするには丁度良い。

元気に礼を告げる子供達に、職員は胸がジンとしたように心臓を押さえて天を仰いだ。自分は駄目じゃない。まだセーフ。

ちなみにスタッドは座ったまま一切動かない。良い意味でも悪い意味でも子供扱いは出来ない男だ。

「名前と、イライと」

少女が代表して依頼用紙に記入をしていく。

見ていた冒険者達は、流石大きな都市の子供達だと感心したように眺めていた。小さな村では文字など使わずとも普通に過ごせるので、読めるけど書くのは微妙だという者も少なくない。

「しめーのぼうけんしゃと」

大きく“きぞくさま”と書かれた指名冒険者欄をスタッドはじっと見ていた。まぁ分かるから良いか。

「ほうしゅう……」

少女の手がピタリと止まる。

「お兄ちゃん、ほうしゅうってお金?」

「ほぼ間違いなく。ただ依頼によっては現物支給、納品物の数割、珍しい所で試食などの、依頼自体が報酬となっている場合もあります」

「『お金が一番簡単だけど、別のものでもいいよ』」

「指名依頼については、冒険者側が納得しさえすれば良いので報酬の自由度が高いです」

「『貴族さまが喜びそうなものって何かな』」

うんうんと悩み、コソコソと話し合う子供達をスタッドは見ていた。

内緒話は筒抜けだがそれで良い。もし貨幣で払おうとすればどれ程になるか。戦術指南ならばおよそD以上、だがそうすると依頼料だけで子供たちの丸聞こえの予算を超える。

その時、スタッドがふと視線を上げた。彼が対応している依頼人や冒険者から視線を外す時は、酷く限られている。

「貴族さま、なにがほしいかな」

「お金とかじゃきっとダメだよ」

「のこったご飯、毎日たべてあげるとか」

食べてもらってるのか、と周囲の冒険者もスタッドと同じ方向を見た。

こそこそと話し合う三人の子供達に、ふと影がかかる。少女らが疑問に思って仰け反るように真上を見上げる前に、三人が向き合っていた用紙がヒョイと奪われた。

あっと思って目で追った先には、優しい微笑み。

「ご指名、有り難うございます」

「貴族さま!」

「「貴族さまだ!」」

椅子の上で体ごと振り返る子供達へリゼルはにこりと笑い、そして依頼用紙へと視線を落とす。両隣からジルとイレヴンもそれを覗き込んだ。

「依頼、“ふくしゅうのおてつだい”」

「すっげぇ楽しそう」

「内容、“ぐんしをぼしゅうします!”」

「適任じゃねぇか」

ニヤニヤとしながら、あるいは面白がるように鼻で笑うジル達にリゼルも微笑み、そして用紙を横へずらして自らを見上げる子供達をリゼルは見下ろした。

輝くような目を向けられているあたり、随分と期待されているようだ。リゼルは考えるように何となくチラリとスタッドを見て、そして子供達へと視線を戻す。

「復讐の動機は何ですか?」

「どーき?」

「切っ掛け、理由、事の始まり」

「りゆう!」

ぱっと少年二人が少女を見た。

三人は同じ学び舎に通う友人同士だ。数日に一度、近所の先生から読み書き計算を簡単に習うのが一般的な学び舎で、少女達が通う場所も例に漏れない。

そして、そんな学び舎は王都のそこかしこに存在する。

「昨日ね、外であそんでたら、隣の子たちに泥団子なげられてね」

少女が憤慨しながら話し始める。

そして、周囲はその時点で大体察した。相手を上から下まで泥だらけにしてやりたいという願望、そして憤慨する少女、更に昨日は雨上がりで地面がぬかるんでいた。

「あたしのね、お母さんに買ってもらった白のワンピース! 特別なの、初めてきたのに! 泥んこになっちゃってね!」

あーあ、と軽いリアクションを冒険者達がとろうとした瞬間だった。

「万死に値するね」

「それは許せない」

「復讐に走る権利はあるわね」

「弁償すれば良いんだろとか逆ギレされたら×××千切るレベル」

ギルドに居た女冒険者と女性職員から一斉に同意の声が上がった。真顔だ。

マジかよ、と冒険者達も思わず真顔になったし、「弁償させれば?」と口にしかけたイレヴンは口を閉じた。そうか、そういう問題じゃないのかと男全員粛々と胸に刻み込む。

「女性の服を汚すなんて、酷い男もいたものですね」

そんな中、リゼルは同意するように平然と告げる。

少女が膨れっ面のまま何度も頷く。そして普段から件の学び舎と遊び場を巡って争っている少年らも、フクシューだフクシューだと声を上げた。

「依頼料、持ってきましたか?」

「おこづかい!」

「「の、あまり!」」

「じゃあ、三人ともお小遣いの半分ずつこのお兄さんに渡して下さい」

子供達が、握りしめた銅貨を一つずつスタッドの前へと置いていく。

スタッドの視線が子供達の後ろに立つリゼルを見た。まだランクも決まっていない。だが間違いなく依頼料には足りない。しかしリゼルの指がそっと唇の前で立てられたのを見て、スタッドは口を閉じて並べられていく銅貨を眺める。

ちなみにジルは、リゼルに頼まれ今まで受けていた依頼の終了手続きへと向かった。

「お兄ちゃん、よろしくね!」

「「よろしくおねがいします!」」

「…………承りました」

取り敢えず受けとれと隣の職員にジェスチャーで促され、スタッドは並べられた銅貨を回収した。

そしてリゼルが、子供達の前に再び依頼用紙を置いた。いまだ空欄の報酬欄へトンッと指先を乗せ、それを覗き込む子供達の旋毛を見下ろす。

「報酬、何にしましょうか」

微笑めば、子供達が首を傾げてリゼルを見た。

しかし、同じくゆるりと首を傾けられる。教えては貰えないようだと、彼らは悩むようにうんうんと頭を抱えた。

「ご飯、たべてあげるのは?」

「いつもと同じじゃつまらないです」

「お金?」

「そんな事したら、俺が君たちのお母様に怒られますよ」

楽しそうに笑うリゼルを、スパルタだなぁと周囲は眺めている。

徐々に混む時間だからか、何組かの冒険者が入ってくるものの誰も出ていく気配はない。「何してんの?」「いや何か面白い」という会話が、ギルドに残っている者と新しく入って来た者達の間で頻出していた。

普段ならば「子供の遊び場じゃねぇぞ」と声を張り上げるような者も、まじまじとその光景を眺めている。

「このお兄さんなら、ヒントをくれるかもしれません」

「俺?」

「そういうの、得意でしょう?」

ふいに、話を振られたイレヴンがリゼルを向き、そして子供達を見下ろす。

イレヴンは子供が好きではない。むしろ嫌いな類いだ。だがリゼルの庇護下にいるのならば拒否までは行かず、何より復讐の為に金を惜しまず手段も選ばない根性は、今回に限っては気まぐれな彼に効果的だった。

多少乗り気になっていると分かっているからこそ、リゼルも話を振ったのだが。

「別に良いけど」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

さて、とイレヴンは自らのしなる髪を弾く。

正直リゼルに対しての交渉材料など、自分が知りたいぐらいなのだ。幾つか候補はあるものの、自分の時に使えなくなっては困る。それらを子供達が提示できるかはまた別だが。

「間違いねぇのは本」

「本……」

「貴族さまのほしい本、わかんない」

「まァこれが用意出来るとは俺も思ってねぇけど」

なら何故言った、という視線が集まる中、イレヴンがにんまりと笑う。

「てめぇらが用意出来るモンっつうと、情報ぐらいだろ」

「じょうほう?」

「リーダーが知らなそうで、興味持ちそうな情報」

子供達が顔を見合わせ、何度目かの作戦会議を始めた。

美味しいお菓子屋さん、秘密の抜け穴、埋めた宝物、綺麗な花の咲く木、髭が凄すぎるおじさん、次々と挙げられる候補を聞こえない振りをしているリゼルだが、正直ちょっと気になるものも幾つかあった。子供は侮れないなぁと素直に感心する。

「ここは、とっておきの」

「あれか」

「あれはぜったいすごい」

どうやら意見が纏まったようだ。

さて、絶対凄いと称される情報は何だろうと、せーのと声を合わせた子供達を見る。

「ひゃっぴきの猫だまり!!」

すごい見たい。

「じゃあ報酬決定です。用紙にそうやって書いて下さい」

「はーい!」

子供達は交渉が成立した事に喜び、そして嬉々として依頼用紙へと記入した。

これで全ての項目が埋まる。後はギルドで依頼として登録し、リゼル達へと回すだけだ。だが、とスタッドが見れば、リゼルは微笑んで子供達から用紙を受け取った。

「はい、これで依頼は成立です」

リゼルは手にした用紙を子供達に見えるようにかざし、そしてトンッとその中央を叩いた。ひらりと揺れた紙が、ふいに緑の炎をあげてポンッと一瞬で燃え尽きる。

キラキラと飛び散る光の粒に、子供達はわっと歓声を上げた。

リゼルは子供達にも対等に接するが、相手が子供だという配慮を放棄する事もない。そりゃそうだよなぁ、と周囲から納得の視線が集まる。

「宜しくお願いします、依頼人さん」

「よろしくおねがいします!」

「「おねがいしまーす!」」

にこりと微笑むリゼルに、子供達も椅子から飛び降り元気に挨拶した。

「じゃあ作戦会議です。あっちの机でしましょうか」

「はーい!」

子供達は今まで座っていた椅子を持ち、せっせと運んで行く。

微笑ましくそれを見送り、そして入れ替わるように終了手続きを終えたジルが、掌で報酬を遊ばせながら戻って来たのを迎えた。

「イレヴンはどうしますか?」

「見てく。面白そうだし」

「ジルは?」

「帰る」

ジルは報酬を三等分してリゼルとイレヴンに分け、言葉通りに颯爽とギルドを去って行った。関わりたくないという露骨なアピールだ。

ジルが居ると子供達もやや委縮するし、彼自身が望まない限りリゼルも仲を取り持とうとは思わないのであっさりと見送った。

「ニィサンも大概正直だよなァ」

「面倒事は積極的に避けますよね」

「一番面倒臭がりッスよね」

さりげなくスタッドからも子供達の依頼料を回収し、リゼルは報酬と纏めてひとまずポーチへと入れる。

子供たちの元へ向かえば、三人はぷらぷらと足を揺らしながら待っていた。そわそわと周りを見渡し、ちらちらと此方を窺う姿に、まるで緊張していない訳ではないようだと苦笑する。

丸いテーブルの、何故か一辺に集まるように座る子供達と向き合うようにリゼルも座った。その隣に、余所の机から椅子を引っ張って来てイレヴンも腰掛ける。

「じゃあ、軍師として詳しく話を聞きましょうか」

リゼルが微笑めば、予供達はピンッと背筋を伸ばした。

良く躾けられてるなぁと、イレヴンは机に寄りかかるように頬杖をつきながら思う。リゼルにその意志があろうが無かろうが、どちらにしても子供達はこうなるのだろう。

「勝負はいつですか?」

「明日のまなびやがえり!」

「方法は?」

「泥だんごなげ!」

「じゃあ、目標は?」

「泥だらけにして、泣かす!」

「せいぜいお母さんに怒られるがいい!」

打てば響くような幼い声に、リゼルは何かを考えるように頷いた。

目指すは完全勝利なのだろう。少女を見れば分かる。それしか考えていないような顔をしていた。むしろ出来ると信じて疑わないような目で見られている。

随分と厳しそうな依頼人だと苦笑し、さてどうしようかと唇を開いた。

「此方が一切汚れず、相手を上から下まで泥だらけにするのは簡単です」

「ほんと!?」

少女がパアッと笑みを浮かべる。

少女らしい、可憐で可愛らしい笑みだったが、その笑みの理由をはっきり聞いていた周囲はあまり和めなかった。隠されない敵意が怖い。

「イレヴンならどうしますか?」

「縄で縛って泥池に突っ込んで浮き上がらなくなるまで待つ」

「イレヴン」

「なーんつって。ふっつーに落とし穴か何かに落として上から泥水振りまくのが良いんじゃないッスかね」

途中で入った教育的指導に子供達は首を傾げながらも、成程と頷いた。

落とし穴を掘るのは大変そうだが、相手が勝手に落ちてくれる。上から泥をかぶせるだけで、自分たちは汚れずに済むのだから随分と楽ちんだ。

ならそれが良い、と子供達が同意の声を上げかけた時だ。ふいに、リゼルが口を挟む。

「確かに簡単ですけど」

「ダメなの?」

「かんぜんしょーりなのに?」

「君達にとっての完全勝利が何かって事です」

どういう事だろう、と子供達の不思議そうな目がリゼルを向いた。ついでにギルド職員も冒険者も向いた。

「穴を掘って、簡単に落として泥水をかけて、それを見下ろした感想は?」

少しの間。

「たぶんもう泣いてる」

「「かわいそう」」

「そうですね」

リゼルが可笑しそうに笑う。ここで清々すると言われなくて何よりだ。

恐らくこの場で唯一それを笑って見られるイレヴンは、つまらなそうに子供達を見ていた。子供を苛める趣味は無かった筈だが、物足りなさを感じているのかもしれない。

「良いですか。目的を勘違いしちゃいけません」

「泣かす?」

「では、無いでしょう?」

首を傾げる子供達に、リゼルは優しく語りかける。

「復讐っていうのは手段ですよ。自分の中で、折り合いをつける為の方法です」

「おりあい」

「納得、気持ちの切り替え、心が穏やかになること」

「分かった!」

「目標は、おりあい!」

「そう。じゃないと、復讐する意味がありません」

だからこそ、イレヴン提案の罪悪感を抱くような方法では駄目なのだ。

納得を示した子供達に、理解の早い子だとリゼルも頷く。もしかしたら鵜呑みにしているだけかもしれないが、今はそれで良い。

「だから、君達はきちんと知らなければいけません」

優しい微笑みで溢された忠告に、子供達はパチリと目を瞬かせた。

「それしか方法が無くても、誰もが当然の権利だと肯定しようと、自分だけは復讐を正当化しないように。力に訴えた手段をとる事を正義だと思ってはいけません」

「……フクシューはダメってこと?」

「駄目じゃないですよ。ただ、間違えないようにってだけです」

リゼルも理解させようと思って言った訳ではない。

難しい難しいと机にへたる子供達に、可笑しそうに笑う。ようは暴力は良くないよ、という話だ。どんな理由があろうが、それは変わらない。

それに、間違った正義感ほど他者に利用されやすいものはない。子供の喧嘩にそこまで言う気はないが、いつか役には立つだろうとリゼルは言うだけ言っておく。

「そういう奴は使いやすいんスけどね。何つうの、正義感? みたいなやつ。勝手に突っ込んで周り巻き込んで自滅してくれるし」

何せ身近にこんな存在がいるのだ。言い聞かせておいて損はないだろう。

そして周囲から「レベル高い会話してるなぁ……」という視線が集まる中、少女が意を決したように口を開いた。

「貴族さま、フクシューいや?」

「嫌じゃないですよ。だって、君達はそうしないと気が済まないんでしょう?」

「すまない!」

「泣かす!」

「覚悟、出来てますね」

「できてる!」

「ドンとこい!」

ならば、依頼を受けたリゼルは精一杯それを助けるのみだ。

元々、復讐の是非を問う気など更々無い。むしろ必要ならば仕方ない派だ。盛り上がる子供達に、ならば早速作戦会議だとポーチを漁る。

「大切なのは、相手に遺恨を抱かせない事です」

取り出したのは、何枚もの紙とペンだった。

机の上に広げれば子供達が目を輝かせ、椅子の上に立ち上がらないギリギリまで身を乗り出す。

「いこん」

「相手を恨む気持ち、君達が相手に抱いている怒り」

「フクシュー!」

「やり返されたらキリが無いですからね」

うんうん、と子供達が頷いた。今まさに復讐心に駆られている彼らだ、しっかりと理解できるだろう。

「だから、勝負は正々堂々と。その上で完全勝利しましょう」

「あんま圧倒的過ぎても絡まれんじゃねッスか」

「そうなんですよね」

リゼルがうーん、と考えながらペンと紙を子供達三人へそれぞれ渡す。

ちなみに意味はあまり無い。作戦会議っぽくて良いかなと思っただけだ。実際、少女達は喜び勇んでペンを握り、さくせん、と紙に書き込んでいる。

「決め台詞、ですね」

「は?」

何故そうなった、という視線が集まる。

「完全勝利を決めて、決め台詞を叩きつけましょう。相手が敗北を認めざるを得ないような、格好良い決め台詞です」

辛勝だと意味がない。圧倒的勝利だからこそ言える決め台詞。

大半のギルド職員は良く分からなかったが、大半の冒険者は成程と深く頷いて納得した。それは敗けを認めざるを得ない、とでも言いたげだ。

証拠に、子供達は大はしゃぎで大賛成している。

「どんな決め台詞にするかは君達に任せますね。一番大切な作戦です」

「「はーい!」」

「かっこいいのにするね!」

そして地図が欲しいだの仕掛けがどうだの話し始めたリゼル達に、職員達は「本格的な作戦だなぁ」と目をしぱしぱさせていたし、冒険者達は脳内で圧倒的な勝利を収めた自分を想像して格好良い決め台詞を相手に叩き付けていた。

とある少年達は、悔しそうに歯を食い縛って目の前に立つ少女達を睨み付けた。先日、泥を引っ付けてやった白いワンピースが真っ白な裾をひらめかせている。

戦況は最悪だ。こちらの服は泥にまみれ、口の中まで砂利ついている気がする。

頭を振れば髪から砂がこぼれ落ち、靴の中に入り込んだ泥のせいで足の裏も気持ちが悪い。手持ちの玉は既になく、追い詰められた公園の隅は乾ききった硬い地面で覆われていた。

追い詰めていたつもりが、いつの間にか追い詰められていた。

連携のとれた動きはいっそ称賛に値して、作戦AだのBだのに翻弄された。正直凄く格好良かった。フォーメーションとかも格好良かった。

「これで、おしまい」

少女の鈴が鳴るような声と共に、相手の手にした泥玉が振り上げられる。

少年達は腕で顔を庇い、目を瞑る。しかし、衝撃はいつまで経ってもやって来なかった。

恐る恐る目を開ければ、玉は振り上げられたまま止まっていた。

「負けをみとめれば、さいごの一発はかんべんしてやる」

「さいごまで戦うなら、そのカクゴをみとめてオレたちも戦うぞ」

少年達はぽかんと口を開け、顔を見合わせる。

そして、キッと眉を吊り上げた。どうせ負け戦だ。最後まで戦ってやろう。

「やれ!」

啖呵をきった少年に、玉を構えた二人を従え少女が凛と微笑んだ。

「戦いがおわったら、いいおともだちになれそうね」

そして少女達の玉が、少年達の腹を射抜く。

勝負は少女達の完全勝利で幕を閉じた。

「あれ、“貴族さまたちをイメージしたの!”って言われたんですけど」

「分からねぇでもねぇんスよね」

「え?」

イレヴンによって案内された密かな観戦スポットで、リゼルは勝負の行方を見守っていた。

少女は酷く清々しい顔をして、泥だらけの少年達と和気藹々と話している。同じく清々しい顔をした少年達が、これから帰って母親に怒られるのかと思うと少しばかり複雑だ。

一番の被害者は汚れきった服を何とかする母親達なのでは、と薄々気付いていた事を改めて思う。復讐には犠牲が付き物なのだ。

「じゃあ行きましょうか、ひゃっぴきの猫だまり」

「こっからだとー」

夕暮れ時、晴れの日、その条件で運が良ければ見る事が出来る“ひゃっぴきの猫だまり”。

どんな光景なのだろうと話し合いながら、リゼル達は子供特有の抜け穴順路を苦戦しつつも進む。

猫だまりは色々凄かったので、リゼルは大満足だった。