軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

148:真実は彼一人だけが知る

何故だか酷く暖かかった。

ジャッジは毛布の中でもぞりと身じろぎし、心地良い微睡みを堪能する。うつぶせの体勢が我ながら珍しい、なんて寝惚けながらも両肘をシーツに押し付け頭を持ち上げた。

なかなか開かない瞼を暫くそのままに、こくりこくりと舟を漕ぐ。そして数分後、そろそろ眠気には諦めて貰おうと薄っすらと目を開いた。

「え……?」

思わず零れた声に、パッと喉を押さえる。

自分の声ではなかった。全く聞き覚えがない。動揺に瞳を揺らしながら、ジャッジは視線の先に横たわる存在を呆然と眺めた。

「リゼル、さん」

まるで他人の物のような声を恐れるように、微かな声で呟く。

同じベッドで寝ているリゼルは顔を向こうへと向けていた。しかし熟睡しているのだろう。小さく上下する毛布を何も出来ないままに見つめ、そして困惑のままにシーツの上を後ずさる。

「ッ」

何かが手を掠め、びくりと肩を揺らした。

咄嗟に助けを求めてリゼルへと伸ばしかけた手は、視界に入った赤によりピタリと動きを止める。恐る恐るそちらを見れば、シーツについた手の甲を鮮やかな赤い髪がゆっくりと滑って行った。

「イレ……え?」

振り返るが、誰も居ない。いっそ恐怖すら抱き、半泣きになりながら、ジャッジがやはり耐えられないとリゼルを起こそうとした時だ。

ふいに部屋の扉が開いた。跳ねるように顔を上げ、そしてようやく今居るのがリゼル達の宿だと気付く。それは視界に入った内装と、扉の前に立つジルの姿を見止めたからだ。

「ぁ」

普段は少しばかりの恐怖を感じる相手に、今は心から安堵した。彼ならば今の状態を説明してくれるだろうと、解決してくれるだろうと、そしてリゼルを起こしてくれるだろうと体から力が抜けていく。

歩み寄って来るジルに、ジャッジは起き上がりかけていた上体を慌てて持ち上げた。何故ここに居るのか分からないと、何が起こっているのか分からないと説明しなければと、口を開きかけた時だ。

「ジ、っえ」

リゼルごしに長い腕が伸ばされ、物凄い力でベッドから引き摺り落とされる。後ろへ転がるように落下したが、咄嗟にシーツを握ったおかげで辛うじて頭をぶつけずに済んだ。

しかしジャッジは顔を青ざめ、そして腹の底が冷え切った感覚と共に湧き上がる震えを抑え込めずにいた。

確かにいつも少し怖い。それは圧倒的強者から齎される威圧からであり、ジルの人格についてなどではない。こんな乱暴な真似をされた事もなければ、少しだって怒られた事もなかった。

「……ッ」

圧倒的な力で容易に振り回された恐怖は薄れず、異様な程に感情の籠らぬジルの視線に怯えながらベッドへとゆっくり這い上がる。自分と比べれば小さな背、しかし誰より自身へと安堵を齎すだろう相手のシャツをぎゅっと握った。

物音で起きかけていたのだろう。もぞりとリゼルが振り返り、瞼の落ちかけた目でジャッジを見る。

「どうしました」

普段よりゆったりとした口調で穏やかに微笑みかけられ、伸ばした手が握られる。

「いじめられた?」

身体ごと此方を向いたリゼルが、もう片手でぽんぽんとシーツを叩いた。先程までジャッジが横たわっていた場所へ、戻って来いと。

ジャッジはそろそろと身を乗り上げ、毛布を捲って潜り込む。立ち尽くすジルとリゼルを見比べ、そして微かに体温の残るベッドへと横たわった。

ポスリと枕に頭を預ければ、シーツへ横たわる手が頬へと寄せられた。そして掻き上げるように髪を梳く。

「あの……」

普段とは少しばかり違う撫で方に、震えが収まった。ジャッジは少しの羞恥を抱きながらゆるゆると体の力を抜いていく。

目の前のリゼルはすっかりと瞼を下ろし、薄っすらと開いた唇から零れる吐息には寝息が混じり始めていた。ジャッジの髪を梳いていた手が、首筋を通ってぱたりとシーツへと落ちる。

「……」

その時だった。ふいにジルが動く。

じっと二人の様子を見下ろしていた彼が、冷めた表情のまま手を伸ばした。その手がリゼルの肩へと毛布越しに触れ、そして自らの方へ向かせようと柔く引く。

「ん」

しかしリゼルは拒否するように身をよじった。スッと離れたジルの手が、触れるのを躊躇うように宙を彷徨って再びリゼルの肩へと触れる。

「まだ、ねむいです」

もぞもぞと、リゼルが仰向けになるのをジャッジはただ眺めるしかなかった。

寝起きが悪いと聞いてはいたが、ジャッジが起こせばリゼルは何時だって眠たそうにしながらも起きてくれた。珍しい光景にぱちぱちと目を瞬かせていると、ふいにリゼルが薄っすらと目を開いた。

真っすぐ自らを見下ろしているジルを見上げ、そして寝起きで少し乾燥した唇を開く。

「きょうは、いじわるですね」

ジルの動きがぴたりと止まった。

その一切感情の乱れない無表情の背後で、ジャッジは確かにピシャリと落ちる雷を見た。覚えのあるそれに、ジャッジはまさか有り得ないと思いつつも恐る恐る囁く。

「……スタッド?」

「いきなり呼ばないでくれませんか気持ちが悪い」

確かにジルの声で、遥かに淡々と零された言葉に疑惑が確信へと変わった。

「ジルさん、意外と表情豊かだったんだ……」

ジャッジは混乱のあまり訳の分からない事を呟いていた。

ぱかりと口を開きっぱなしのまま固まっていれば、奇妙なものを見る目で見られる。彼はほんの微かに眉を寄せ、そして何かに気付いたかのように告げた。

「……馬鹿の皮を被った愚図ですか」

「え?」

ジルの言葉にジャッジは横たわりながらも己を見下ろした。

両手を目の前に掲げてみる。骨ばった細く長い指は、剣を握り慣れたかのように皮膚が硬くなっており、ぎゅっと握り締めれば手首に筋骨の筋がはっきりと浮かんだ。

先程からちらちらと視界に入る赤をつまんでみれば、艶のある赤い髪。引っ張れば確かに頭皮が痛む。

サァ、と顔から血の気が引くのが分かった。潤む視界で救いを求めるようにリゼルの寝顔を見つめれば、それを見たジルが酷く不愉快げに零す。

「顔が気色悪い」

「酷い……」

色々な意味で精神が衰弱しきったジャッジは、すっかり二度寝を堪能しているリゼルの名を弱弱しく口にした。

「えーと」

リゼルはベッドに腰かけ、寝起きの頭を働かせながら目の前に立つ二人を見た。

「スタッド君」

「はい」

ジルが淡々と返事をする。

「ジャッジ君?」

「は、はい」

イレヴンが戸惑い交じりに頷く。

「ジルは意外と表情豊かだったんですね」

取り敢えずそれだけ感想を零したリゼルは、未だに夢ではないかと若干疑っていた。

色々と違和感が凄い。ジルも凄いが特にイレヴンが凄い。しぱしぱと目を細めながら眺めていれば、イレヴンが困ったように眉を下げた。

「リゼルさん……?」

「いえ」

不安で仕方がないと訴えるような眼差しに、内心を一切悟らせぬ微笑みを浮かべる。

仕草や口調を見れば、違和感があろうと確かにジャッジが思い起こされた。そうであるならと癖のように頭を撫でようと伸ばした手は、しかし横から差し込まれた手に遮られる。

手首をつかんだ腕をなぞるように視線で辿り、無表情で此方を見下ろすジルへと苦笑を零した。

「ジ……スタッド君、ちょっと痛いです」

パッと手が離れた。

「すみません」

「大丈夫ですよ」

いつもの力加減が、ジルの身体では強すぎるのだ。わざとではないのは理解しているので、此方を窺うジルに何でもないと首を振って見せる。

そのままじっと見下ろしてくるガラス玉のような瞳をどうしたのかと眺め、そしてリゼルはふと思い立った。

スッと手を翳してみせれば、ジルがぱちりと一度瞬いた。そして身を屈め、それでも足りないと気付き膝をつく。

「(これは)」

差し出された頭をゆっくりと撫でた。少し硬めの髪と、そしてポンッと無表情の後ろで花が一輪飛び出た姿に謎の感動を抱く。

ジルの隣ではイレヴンがそわそわとしているのが見えた。普段も素でいるように見えるイレヴン自身だが、これだけ感情が丸出しの姿を見ると実際はそれなりに偽って遊んでいるのが良く分かる。

そうしてリゼルが珍しい姿を堪能していた時だった。ふいにノックもなく扉が開いた。

「あ」

両手をジルの頬へと当て、肉付きの薄い感触をむにむにと楽しんでいたリゼルが、見つかってしまったかとばかりに悪戯っぽく笑みを零した。視線の先には、盛大に顔を顰めたジャッジがドアノブを片手に立っている。

「ジル?」

「ああ」

呼びかけに肯定を示したジャッジは溜息をつき、後ろ手に扉を閉めた。

「おい」

そして伸ばした背筋で、いかにも嫌そうに口元を歪めながら床に膝をつくジルを見下ろした。普段の誠実さが伝わるような声が消え、低く深みのある声がその唇から零される。

優しく頬へと触れる感触を取り上げられたジルが、感情の映らない淡々とした無表情で振り返った。その隣ではイレヴンがぽかんと口を開けて固まっている。自分自身とはいえ色々と衝撃だったようだ。

「誰の身体で好き放題してやがる」

「その顔で凄まないでくれませんか。五割増しで癪に障る」

え、とイレヴンが立ち上がったジルを見た。

「えーと、ジル、はジャッジ君の店から来たんですよね?」

「目ぇ覚ましたら其処だったからな」

言いながら、ジャッジがちらりとイレヴンを見た。問うように視線を向けられ、リゼルは一つ頷く。

「ジャッジ君です」

「……また似合わねぇな」

「す、すみません」

気が引けたように上目で窺う姿に、ジャッジの口元が引き攣るように歪められた。

「きっっ……」

「ジャッジ君に罪はありません」

「………」

「罪はないんです」

いつにも増して強く言い含められ、彼は零しかけた言葉を無理矢理呑み込んだ。おろおろと両者を見比べるイレヴンにリゼルは優しく微笑んで、何でもないと首を振る。

そしてジャッジは再度溜息を零しながら、ベッドに腰かけるリゼルへと歩み寄った。途中、ふと視線をイレヴンへ投げ、投げやりのように口を開く。

「おい、休業中の札はかけといたぞ」

「あ、有難うございます!」

パッと上げた顔を笑みに染めるイレヴンに黙り込む。

「ジャッジ君は悪くありません」

「…………分かってる」

酷く苦々しげな声に、リゼルは困ったように笑いながら近くに立ったジャッジを見上げた。

普段の控えめな様子は欠片も見えず、気怠げに伏せた瞳を流すように此方を見下ろしている。常の猫背が伸ばされているからか、人並み外れた長身がさらに高く見えた。

長い癖毛は適当に結ばれ、服装は非常にシンプル。まるで別人のようだと眺めていれば、その眉が微かに寄せられた。

「ジャッジ君の顔でそういう事、しないで下さい」

「うるせぇ」

「そういう口も」

「うるせぇ」

一刀両断された。割と本気で言ったのに、なんて思いながらリゼルも立ち上がる。

今ここに居るメンバーを思えば、残る一人が誰で何処でどんな姿をしているのかは容易に想像がついた。今どうしているのかは分からないが、取り敢えず出来る事からやらなければ。

「まず着替えましょうか。ジルはそれで良いとして……良いですか、ジャッジ君?」

「は、はい」

自分自身の身体なのだからと気になるかと問いかければ、イレヴンは気にせず頷いた。

そんな彼の姿は寝た時の恰好のまま、上は黒のタンクトップ一枚と軽装だ。ジルに関しては普段寝る時は半裸の筈だが、スタッド自身が納得出来なかったらしく、そこらへんに引っ掛けられていただろう冒険者装備の上だけを羽織っている。

「ジル、着替えを用意してあげて下さい」

「何が楽しくて自分の面倒見んだよ……」

「私はこのままでも気にしませんが」

「黙って来い」

流石に自分の姿で適当な格好をさせておくのは避けたいのだろう、嫌々ながらジャッジはジルを呼びつけて部屋を出て行った。

呼びかけに此方を見たジルへ、リゼルは促すように頷いてみせる。すると彼も素直にジャッジの後へと続いて扉の向こうへと姿を消した。

「あ、あの、僕は」

「ジャッジ君は……どうしましょうか」

一応、イレヴンの空間魔法付きの鞄は此処にある。リゼルの書き物机の上へと放られているそれを見て、しかし勝手に漁るのもどうなのかと椅子の方へと視線を移した。

脱いでそのまま引っ掛けられた冒険者装備に、あれならば良いかと近付いて手に取る。他人の装備は着方が良く分からないというのが冒険者あるあるで、リゼルも例に漏れない。

「ジャッジ君、着れそうですか?」

声をかければ、近付いて来たイレヴンが手元を覗き込んだ。

丸まろうとした背が、しかし驚いたように直ぐさまピンと伸びる。そのままリゼルと視線が合うと目を見開き、慌てたように口を開いたり閉じたりしていた。

どうしたのかと眺めていれば、彼は照れたように眉を落として口元を緩める。

「いえ、その……近くて、驚きました」

ふにゃふにゃと笑うイレヴンに、リゼルは可笑しそうに笑った。

屈む仕草が自然となるほど、随分と今まで気を遣わせていたようだ。それが彼自身の意思によるものだと知っているが、改めて実感できたのは幸いな事だろう。

「あと、これ、多分大丈夫です。着れます」

「流石は鑑定士ですね」

イレヴンへと装備を渡し、さてとリゼルも着替え始める。

途中、何か不都合なことは無いかとそちらを窺えば、しっかりと割れた腹筋をしげしげと触っている姿があった。気持ちは分からないでもないので見なかった事にする。

そして隣の部屋で着替えを済ませたジルとジャッジが戻り、リゼル達も支度を整え終えた時だった。四人が各々好きなように座りながら、朝食はどうしようかなどと話していると、ふいにジルとジャッジが上を向いた。

「ジル?」

「来たぞ」

問いかければ、ジャッジが端的に返す。

釣られるようにリゼルとイレヴンも天井を向いた時だった。バンッと窓が開き、人影が一つ部屋へと降り立つ。

見慣れたギルドの制服を盛大に着崩し、一切表情が動いた事のない顔を忌々しげな笑みに歪め、足音一つたてず彼はイレヴンへと迫るとその胸倉を鷲掴んだ。

「よりによってテメェかよ!」

「ち、違……スタッドはあっちで、僕は」

「うわ何だコレきっっっっも」

リゼルが遮り続けてきた言葉は、まさかの本人の口から齎された。傷つくのではとリゼル達がイレヴンを見れば、意外にも半泣きの表情を引っ込めて困惑を浮かべている。

「そうは言っても、イレヴンだし……」

他の誰に言われようと傷ついただろうジャッジだが、イレヴン自身がイレヴン自身へ突っ込む分には気にならないようだ。

リゼルは良かった良かったと頷いて、そして椅子から立ち上がる。何はともあれ不可解な現象に見舞われただろう全員が揃ったのだ。これ以上事態が混乱する事はない。

「朝食に行きましょうか」

腹ごしらえは大切だ。落ち着いて話すにも丁度良いだろうと、彼らは部屋を後にした。

リゼルが女将へと多めの朝食を頼み、そして五人は宿の食堂で一つの机を囲んでいた。

ジャッジが適当な席へ座り、余所の椅子を一つ引き摺って来たスタッドが誕生日席へとそれを置いて自らはジャッジの隣に座る。イレヴンが恐る恐るスタッドの前へ座れば、ジルが淡々とジャッジの正面へと座った。

真っ先に座った二人が自らの顔を眺めながらの食事に若干の難色を示したが、まぁ仕方ないと口には出さずに終わる。

「今日は何かあるのかい?」

「ちょっとした話し合いです」

リゼルが朝食を運ぶ女将と連れだって、和気藹々と戻って来る。

その手には朝食の載ったトレーがあった。急に人数を増やしてしまったからと手伝いを申し出たからだ。女将は当然のように拒否したが、リゼルが今回は押し通す事に成功した。

「リッ……っい!」

それを見て咄嗟に手伝おうと立ち上がりかけたイレヴンが、正面のスタッドに思い切り足を踏まれて撃沈した。同様にジルもジャッジに縫い止められたが、此方は構わず立ち上がる。

「大丈夫ですよ、ジル」

ジルは微笑んだリゼルを数秒眺め、そのまま腰を落ち着けた。ジャッジが苦々し気に眉を寄せている。

女将により皿が並べられていき、リゼルもトレーを彼女に任せて残る席へと腰掛けた。テキパキと机の上を整えていく女将が、カラカラと笑いながらイレヴンを見る。

「全く、あんたが居るって分かってたお陰で助かったよ。質より量になるのは困りものだけどね」

「そん」

直後、普通に返事をしそうになったスタッドがジャッジに後頭部を引っ叩かれた。パァンッと良い音はしたが、全く痛くはない。

それを目の前で目撃したジャッジ自身が、自らのやるべき事を悟って一気に混乱する。イレヴンらしく、イレヴンらしく、と心の中で唱えながら咄嗟に口を開いた。

「腹減った!」

「パンはたくさん焼いたから、それで腹を膨らませるんだよ!」

はっはっと笑いながら、トレーを空にした女将は厨房へと去って行った。その背を見送り、リゼルがさて食事だと正面を向く。

「おい」

「ごめん……」

「おい」

「ごめんってば……」

スタッドに物凄く威圧されて反省しているイレヴンがいた。

「凄く新鮮ですね」

「なかなか愉快な光景ではあります」

「変に思われなかったんだから良いじゃねぇか」

リゼルがまじまじとそれを眺め、無表情のジルと皮肉げに笑うジャッジがそれに同意した。

イレヴン本人としては、変に思われなかった事が余計に不本意なのだろう。不貞腐れたように椅子の背へと勢いよく凭れ、その指先が腰元でピッと宙を掻く。本来の長髪を挟まないように弾いていた癖だ。

「つってもアレはねぇだろ」

「女将さんのイレヴンへの印象って、とにかく食事なんですね」

「じゃねぇの」

スタッドが顔を顰めながらフォークを手に取り、リゼルもスープへと手を伸ばし、そしてジャッジは大ぶりのウインナーへと齧りつく。そうして各々食事を開始した。

「つうかニィサン全ッ然痛くねぇんだけど」

「みてぇだな」

ピッとフォークで指されて嫌そうな顔をしたジャッジが、空いている手を開閉させる。

「タッパある癖に弱ぇんだよ」

「す、すみません……」

「ジルが普段、それだけ手加減してるって事ですよね」

申し訳なさそうなイレヴンに気にする事はないと告げ、リゼルが感心したように言った。弱いとは言うが、流石にジャッジでも勢いよく引っ叩けばそれなりの力になる筈だ。

早朝、スタッドの意思により自身の腕を掴んだジルの力が強すぎたのも、その所為なのだろう。普段何気なく触れる仕草さえ加減が必要なのだから、意外と戦闘時の手加減が上手いのも納得できた。

「して貰わなきゃ困るッスよ。俺の首吹っ飛ぶ」

「そこまでじゃねぇよ」

「むしろあれで加減してんだからマジ人外」

「おい、こいつぶっ叩け」

「私の身体なんですが」

ケラケラと笑うスタッドに、ジャッジがジルへと促す。

ジルはグラスから水を飲みつつ、惜しいと思いながらもその提案を却下した。これでイレヴン本人が入れ替わっていなければ喜んで全力でぶん殴っていた所だ。色々吹っ飛べ。

「他に支障があるのは?」

気になってはいたが、全員それなりに好き放題に動いていたのでリゼルも流していた。しかし、やはり確認しておくべきだったかと改めて問いかける。

「でけぇから足もつれる。重くて動きづれぇ」

「今は平気そうですね」

「慣れた」

ジャッジの言葉に、さらにイレヴンが小さくなる。

この辺りは仕方が無いだろう。今までの戦闘に特化していた体が、ごく一般的かつ超長身な道具屋になっているのだから。早々に慣れているあたり、彼の身体的センスが窺える。

「俺はあんまッスね。身長変わんねぇし」

「イレヴンはもう少し服をきちんと……」

「えー」

「そういうやらしい笑い方も」

「リーダーほんっとこいつらに夢見てんなァ」

平素の無表情無感情は何処へ行ったのか、にやにやとスタッドが笑う。

身に着けているのは、何とか見つけただろうギルド職員用の制服だった。しかし制服らしくきちんとした格好は跡形もなく着崩され、その指先はパスタの巻かれたフォークを煽るように揺らしている。

きゅう、と笑みに細められた目が面白がるようにリゼルを見て、そして彼は身を乗り出した。

「こっち見る目、すっげぇ甘いし?」

覗き込むように向けられた瞳に、そうだろうかとリゼルはぱちりと目を瞬かせる。

ジャッジを窺えば、呆れたように此方を見ていた。肯定を示すそれに、それ程だったかとジル達を見れば納得いったように頷いたりじっと此方を凝視していたりする。

「そうなんですか?」

「露骨じゃねぇけど、それなりじゃねッスか」

あー気分良い、と機嫌が良さそうなスタッドに、そういう事もあるかとリゼルは一つ頷いた。甘やかしている自覚もあるので、だからどうという問題でもない。

「ジャッジ君は大丈夫ですか?」

「体が軽いぐらい、です」

むし、とパンを千切りながらイレヴンが言う。

彼は実際、階段を降りるときなど若干危なっかしかった。“ぐらい”とは言うが、壁に手を付いて酷く慎重に降りていたし、今もグラスを手に取ろうとして誤って倒しそうになっていたりするので、違和感は相当強いのだろう。

「無理そうなら言って下さいね」

「は、はい」

此方も、今すぐ解決出来るものでもない。慣れてもらうしかないだろう。

ジャッジ本人が悲観的になっていないのが救いか。彼は割とすぐに混乱するし、訳が分からない事態に半泣きにもなるが、受け入れてしまえば割り切った考え方をするので問題ない。

「あ、でも、何か」

「ん?」

もご、と口の中を動かしながらイレヴンが言いあぐねる。

言いたくないというよりは、どう伝えれば良いか分からない、といった風だ。どうしたのかと全員の視線が集まる中、舌で歯をなぞるように動かしながら、イレヴンは小さく首を傾ける。

「歯? から、何か出てる……?」

「ああ」

「あー」

納得したように頷いたのはリゼルとスタッドだった。

ようは、蛇の獣人特有の事情だ。毒の分泌腺が開きっぱなしになっている。

「イレヴン、あれって危ないんですか?」

「えっ」

「出っぱなしはやべぇかも」

「えっ!?」

平然と言葉を交わす二人を、イレヴンが混乱したように見比べる。

危ないという言葉に顔を青くする彼を落ち着けるよう、リゼルは大丈夫大丈夫と自らの皿からプチトマトを分けてやった。イレヴン本人に自殺願望など無いのだ、そんな彼が焦っていないのならば大した危険ではないのだろう。

「おら、牙あんだろ」

「え?」

スタッドが自らの頬をトントンと叩き、そして与えられたプチトマトを食んでいるイレヴンの頬を指した。

「その裏っかわに切れ目ねぇ?」

「切れ目?」

イレヴンが口をもごもごと動かす。

「ん」

「あった? そこに力入れろ」

「ん?」

イレヴンが口をもごもごもごもごと動かす。

それもそうだろうと、リゼルは苦笑しながら我関せずと食事を進めているスタッドを見た。生まれ持った本能のままに出来る事に対して、獣人は言葉足らずになりがちだ。

「イレヴン、もう少し詳しく教えてあげて下さい」

「俺、フッツーに出来んスけど」

「だから獣人は本能的って言われんだよ」

「唯人は考えすぎぃー」

スタッドは一体何が分からないのかと顔を顰め、そして懸命に口を動かしているイレヴンを見る。

教えてやれと言われても、イレヴン自身は物心ついた時から自然と出来たのだ。かみ砕いて説明しようにも意識して行っている事ではないのだから、言葉にしようにも難しい。

スタッドももごもごと口を動かすこと数秒、何とかコツを見つけたようだ。

「あー……上顎の真ん中に向かって力入れる? 巾着しめるっぽく」

「あ」

締めようと思ったら口が開いたらしい。イレヴンは直ぐにパクンと口を閉じたが、直後パッとその顔が輝いた事で周囲は成功を悟った。

違和感が酷いとは言ってはいけない。ジャッジは何も悪くない。誰も何も悪くない。

「出来た……っ」

嬉しそうなイレヴンに、これで一件落着だとばかりに食事を再開させたスタッドだが、二口三口とパンを口に運ぶとぴたりとその手を止めた。眉を寄せ、いかにも不可解だと言わんばかりに腹を触る。

「……何かもう腹いっぱいなんスけど」

「イレヴン、いつものペースで食べてましたからね」

やはりこうなるか、とリゼルが可笑しそうに告げた。

スタッドも小食という訳ではない。むしろ男らしくそれなりに食べる。しかし大食らいの中の大食らいであるイレヴンが普段のように掻き込めば、流石に限界が来るだろう。

逆にイレヴンに入ったジャッジはと言えば、全く満腹感が湧かないことに戦々恐々としながら食事を進めている。

「あー、腹いっぱいなのに全ッ然物足りねぇー!」

「我慢ですよ」

嘆くスタッドにジャッジが煩そうに顔を顰めている中、リゼルは淡々と食事を進めているジルを見た。

スタッド自身は、どうやら自分の身体で好き放題されようと何も気にならないようだ。ジルの身体に関しても、力加減以外は然して支障があるように見えない。

「スタッド君、ジルの身体はどうですか?」

「魔力がクズですね」

だからこそ齎された返答に思わず全員黙った。

そして自覚がある分、ひたすら無言なジルが面白い。リゼルはそんな事を思いながら、黙々とスープを飲み干しているジャッジを眺める。

「平々凡々やや下な魔力量で冒険者最強なんて笑い種は別に良いとして、この錆び付ききった魔力は一体どういうつもりですか」

「やっぱり違いますか?」

「最悪です」

ジルがフォークを置き、そして机へと掌を押し付けた。ピシピシと掌から冷気が広がるも、常とは違い些細な霜が机の表面を覆うのみ。

普段から魔力を用いる者とそうでない者では、魔力の出力や流れ方に大きく差が出る。大抵の冒険者は魔道具を使う機会が多く、それだけ魔力を意識する為に多少は扱い慣れている筈だ。

しかし本来のジルは自動で発動する物しか使えない。つまり道具の方でどうにかして貰わないと使えない。イコール魔力とか知らん状態。

「つっても普通に使えてんじゃん」

「当然ですが」

怪訝そうなスタッドに、ジルが何を当たり前の事をと冷淡に返す。結果、本来の彼が魔法を使えないのはひたすら下手くそなだけだと改めて立証されてしまった。

リゼルが黙り込み続けるジャッジを見る。

「ジル」

「うるせぇ」

気にしてない癖に気に入らないらしく、憮然と一刀両断された。

「そういうお前は何で変わってねぇんだよ」

「何ででしょう」

若干の八つ当たりを含む問いかけに、ジャッジの顔でそういう事をしないで欲しいと苦笑を零しつつ、リゼルはスタッドを見る。

誰もが察している。今のこの状況は明らかに“迷宮だから仕方ない案件”だ。しかもパーティの枠を外れての広い影響力。恐らく問題はリゼル達のみに留まらない。

そしてスタッド本人に心当たりが無いのならば、一番原因解明に近いのは今朝ギルドで目が覚めたスタッドことイレヴンだろう。

「イレヴン?」

「はいはーい」

暇そうに椅子を揺らし、水の入ったグラスを齧っていたスタッドがにんまりと笑う。

「まーギルドも大混乱だったッスよ。職員と冒険者入り乱れ。部屋に突撃された時はすっげぇビビッた」

けらけらと告げるスタッドに、然もありなんとリゼルは頷く。

普段のスタッドが寝坊などするはずもなく、決まった時間に起きて早々に働き出している事は想像に難くない。それがギルドの大混乱の時に限って起きて来ないのだから、強制的な混乱の鎮静化を求めてか、はたまた同じく異変が降りかかったのではと危惧されたのか、両方か。

他のギルド職員が部屋へ飛び込んだとしても何ら可笑しくはない。

「余計な真似はしていないでしょうね」

「即行こっち来たっつうの」

微かに疑惑を含む無感情なジルの視線に、スタッドの瞳が愉悦に歪む。

「『スタッドがグレた!』とは言われたけど?」

ピキ、とジルの手の中のフォークが音をたてて曲がった。

漏れ出る冷気と、無意識に籠った力の所為か。持ち手の途中で変なカーブを描いたそれをジルは淡々と見下ろし、そして淡々と直し始める。

「原因とかは……?」

「多分これじゃねぇのっつうのは」

即行とは言うが、ギルドでそれなりに情報は仕入れて来たのだろう。パンを千切る手を止めないイレヴンに、スタッドは適当に頷いてみせる。

「同じ目に遭ってんのは職員とか冒険者で確定っぽいし」

「ならギルドか」

「昨日、普段と違う所があった?」

「話早ぇー」

ジャッジとリゼルの言葉に笑い、彼は行儀悪く座りながら椅子を揺らした。

「花」

「はな?」

イレヴンが首を傾げる。

決して見慣れることのない違和感を、ジャッジやジルは微妙に視線を逸らして回避する術を手に入れていた。

ちなみにリゼルは慣れた。気にせず穏やかに微笑む姿に、こういうとこ図太いよな、とはジャッジの皮を被ったジルの談。

「迷宮の宝箱から花束出て、それをギルドが買い取って、綺麗だったから余所に回すよか飾っとこうってのが昨日」

明らかにそれだ。

「スタッド君?」

「確かに昨日、いつの間にか窓口に花瓶が置かれていました」

ジルが淡々と言う。いかにも花になど全く興味がないと分かる口ぶりだ。

恐らく彼にどんな花だったのか聞いても“花”以外の回答は返って来ないだろう。普段のスタッドがそうだ。興味のない物に対しては全く気に留めない潔さがある。

「おい、昨日ギルド行ったのか」

「あ、はい、鑑定に」

ジャッジの問いかけにイレヴンが答える。

これでもう確定だろう。影響の範囲は昨日冒険者ギルドを訪れた者たち、効果はそれらの人々の中身を入れ替える。どういう仕組みで、どういう意図があるかは分からないが、迷宮だから仕方ない。

「それだと余計に俺が外れたのが不思議ですね」

「ギルドでもセーフな奴いたし、たまたまじゃねッスか」

迷宮品ならそういう事もあるだろう。

ちょっと寂しい、なんて思いながらリゼルがグラスを置いた。並べられた皿は綺麗に完食されている。

「なら、今日は皆でギルドですね。そろそろ解決策が出てると良いですけど」

それに異議を唱える者は誰もいなかった。

各々食事を終える中、イレヴンのみが神妙な顔をしながら山ほど積まれたパンへと手を伸ばし続けている。ジャムを乗せ、もそもそと食べ続ける彼がポツリと呟いた。

「全然お腹いっぱいになんない……」

「食べんのおっせぇなァ」

自分は悪くない、と落ち込みながらも結局イレヴンは出された分を全て食べ、それでも決して満腹にはならない腹具合に戦々恐々とする事となる。

ギルドは騒然としていた。

冒険者らも自らの身を襲った異変の原因がギルドにあると気付いたのだろう。何せ冒険者は大体他のパーティと宿が被るので、情報共有が早い。もしくは訳が分からないと取り敢えずギルドに行ってみる者も多い。

とある迷宮品に原因がある事が分かり、ならば解決策はと頭を悩ませ、今は“まぁその内戻るだろう”という結論に落ち着こうとしていた。

その時の事だ。

忙しなく開閉しているギルドの扉が再び開く。まだ何処ぞのパーティが奇妙な現象に騒ぎながら入って来たのかとおざなりに見た先で、人々の視線は固定した。

現れたのは五人組だ。話題性ナンバーワンの貴族全開な冒険者、冒険者最強と噂される一刀、ギルドの誇る絶対零度、癖の強い獣人、後ひとりは良く分からん。ギルドで時々見る気がする。

冒険者達は思う。ギルドを訪れたリゼル達が自らと同じ目に遭っているのは違いない。ならば、問題はどう入れ替わっているのかだ。

「痛って」

ふいに、ゴンッという音と共にジャッジが呻く。

リゼル達が振り返った先で、彼が扉の鴨居に頭をぶつけていた。あっとイレヴンがそわそわする中、ぶつけた部分に手を当てたジャッジが盛大に顔を顰める。

「てめぇ此処ぶつかんのか……」

「は、はい……すみません……」

周りの冒険者がイレヴンを二度見した。

衝撃的すぎて現実が呑み込めない。見間違いだろうかと微妙な空気がギルドを支配する中、それを打ち破ったのは奥の扉から慌ただしく姿を現したギルド職員だった。

異変の対応に追われていた彼が、ふいにスタッドを見つける。そして微妙な空気に気付かないまま、のこのことリゼル達へと近付いていった。

「おっ、スタッ……あー……スタッド?」

窺うように問いかけたのは、今朝のスタッドを見て「グレた!」と叫んだのが彼だからだ。

「はい」

それに対しリゼルの隣で、スタッドが感情を映さぬ無表情のままに淡々と答える。

職員があれっと目を瞬かせるのと、冒険者達がおっと目を見張るのは同時だ。もしや迷宮品の影響を受けなかったのかと、誰もがそう思った時だった。

「なぁんつって」

にんまりと浮かべられた軽薄な笑みに全員撃沈した。

「人の身体で遊ばないでくれませんか不愉快です」

「(一刀かぁ~~~)」

「(敬語似合わねぇーーー!)」

「(容赦のない一刀とか死ぬしかない)」

「趣味悪ィ真似すんなよ」

「(これ一刀か。誰だ?)」

「(でけぇから余計に威圧感半端ねぇ)」

「(あれがこうなるかぁー……)」

あまりにもアレな変化に様々な違和感に襲われている周囲の視線が、それならばとリゼルを向いた。

一体誰と入れ替わっているのか。もはや彼らの中にリゼルが入れ替わっていないという選択肢はない。期待したスタッドに裏切られた事実は重い。実際裏切ったのはイレヴンだが。

その空気に押されるように、目の前に立つギルド職員が意を決したように口を開いた。

「えーっと、リゼル氏の中には……」

「俺ですか?」

微笑む姿は、見れば見る程リゼルでしかない。

普段と変わらぬ冒険者らしさの欠片もない清廉高貴な雰囲気。果たしてこの雰囲気をリゼル以外が出せるのか。否。ならば誰なのか。共にギルドを訪れた面子が違うとなれば、その体を手に入れ我が物顔で成りきっているのは。

「誰だ貴様!!」

「てめぇ誰に向かってンな口利いてんだよ」

「あ、リゼル氏は変わってないんですね。すみませんっした」

スタッドに顔面を鷲掴まれた職員は即座に服従した。

「変わらない人って他にも居るんですよね」

「何人か居ますね。ランダムみたいですけど」

顔面を掴まれたまま器用に答える職員に、スタッドを諫めて手を離させながらリゼルはやはりかと頷いた。一度ぐらい入れ替わってみたかったが、ランダムならば仕方ない。

「解決策はどうですか?」

「いやー、全然ですね。問題の迷宮品も隔離してますけど、戻んないっすわ」

「そうですか……一度、ジャッジ君に見て貰っても?」

「おっ、鑑定士さんですか! どうぞどうぞ」

ギルドに凄腕鑑定士として名を馳せているジャッジだ、断られる筈がない。

リゼルがイレヴンを振り返れば、少し驚いたように目を瞬かせながらもコクリと頷いた。そして頼られた事への喜びからか、はにかむように表情が緩む。

直後、まるで禁忌に触れてしまったかのように、それを目の当たりにした者達が顔を青くしてそっと視線を逸らした。先程からおどおどとリゼルに寄り添っていたのは見間違いではなかったのだ。これは酷い。

「……てめぇなァ」

気持ちは分かる、と心から同意を示したジル達を尻目に、スタッドが顔を引き攣らせた。

「俺の顔で変な真似すんじゃねぇよ」

「えっ、変って……」

「それ」

「でも、普通に」

「だから止めろって」

困ったように眉を落とすイレヴンに、スタッドの語調が徐々に荒くなる。そして同じようなやり取りを繰り返す事数度、もはや半分喧嘩になりつつある二人をリゼルが止めようとした時だった。

「イレヴンだって、スタッドと全然違うし……!」

「だから泣くんじゃねぇよ、うっぜぇなァ」

苛立ちを孕んだ怒声混じりの声色に、イレヴンがぎゅうっと口を噤む。

普段通りにしているだけなのに悉く文句を言われては、流石のジャッジ本人も易々と泣き寝入りしようとは思えないのだろう。リゼルが共にいる時、無意識だろうが彼はイレヴンに対して多少強気になれる。

そして、半泣きのままで言い返そうと口を開いた時だ。しつこいとばかりに、スタッドがついにキレた。

「あんまピーピー言ってっとニィサンに頼んでてめぇの童貞卒業し「うわあぁぁぁーーー!!」」

イレヴンが顔を真っ赤にして叫んだ。そしてスタッドは煩さに顔を顰めながらも鼻で笑った。

ジャッジは呆れたように溜息をつき、ジルは絶対零度の名に相応しい目をしながらリゼルの耳を塞ぎ、リゼルはといえば耳を塞がれながらも優しすぎる力加減ゆえに丸聞こえだ。

「はァ? お前マジで?」

「えっ、えっ」

「ニィサン」

「知らねぇよ。まぁ立派なモンは持ってんじゃねぇの」

「ジ、ジルさ……!」

ぱくぱくと口を開閉させるイレヴンが、適当に返すジャッジと耳を塞がれているリゼルを絶望したような目で見比べている。

彼にとっての救いはリゼルが聞いていないこと唯一つ。知られたくない、というよりはリゼルに聞かせるべき話題ではない。聞かせたくない。リゼルがどんな反応を返そうとショックでしかない故の防衛本能ともいう。

「スタッド君?」

リゼルは何となくそれを察し、そっと聞こえていないフリをした。

どうしたのかというようにジルに呼びかければ、耳を覆う掌が微かに力を強める。聞いて欲しくないのは、どうやら彼も同じようだ。

しかし若干気まずげな視線が其処かしこから飛んでくるのは何故なのか。リゼルは内心首を傾げながら、耳ガードを外して貰う。

「えーと、それで」

「何でもないんです!!」

「分かってますよ、大丈夫です」

絶望を浮かべながら必死に言い募るイレヴンに、リゼルは何も聞いていないと微笑んでみせた。そして職員へ迷宮品を見せて貰うよう促し、彼に連れられてギルドの奥へと向かう後ろ姿を見送る。

果たして男としての矜持は無事だろうか。暗雲を背負った背に心配になりつつ、戯れるようにネタを引っ張るジャッジとスタッドに苦笑した。

「あまり揶揄わないように」

「最悪です」

ジルが吐きすてるように追い打ちをかける。

「(あそこ濃いなぁ)」

そんなわいわいと賑やかなリゼル達に、基本的に荒くれ者から荒くれ者へと変わっただけの他の冒険者達はしみじみとそう感想を零していた。

その後、イレヴンことジャッジが迷宮品を鑑定した結果、“寝れば治る可能性が高い”という結論に達した。しかも入れ替わった者達が同じタイミングで眠りについていないといけないという。

ギルドに居た冒険者は、こんな時間から寝れるかと零しながら綺麗に解散し、リゼル達も全員で宿へと帰って枕を持ち寄って眠る事となった。

「雑魚寝?」

「固まって寝た方が良いんですか?」

「いえ、多分、それは関係ないと」

「ですが全員寝たと確認できる方が確実では」

「さっさと寝ろ」

結局ジルの部屋からリゼルの部屋へベッドを運び込み、くっつけて並べて全員で好きに寝た。起きた時に元に戻っていた事は言うまでもない。